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IoT時代に求められる 「モノから発想しない モノづくり」

2018.04.16
2015年「モノ×テクノロジーで未来を動かすプロダクト・イノベーション・プロジェクト」として発足したmonom。広告会社にありながら、モノづくりにチャレンジするこのプロジェクトの狙いは何なのか。monomのビジネスデザイナー・谷口晋平に訊いた。

IoT時代のマーケティングは「プロダクト」が中心になる

──まず、monomがどういうプロジェクトチームなのかをご説明いただけますか。

monomは、プロダクト開発を主軸に、それに付随する事業やサービス開発を行うチームです。プロダクト=モノだけではなく、サービス、コンテンツ、そしてマーケティングにいたるまで、モノをとりまくすべての体験とビジネス全体をデザインの対象としています。クライアントに対するコンサルティングサービスと、自社起点の開発プロジェクトを手がけています。
現在メンバーは12名で、メンバーの構成は、プロダクトデザイナー、ビジネスデザイナー、マーケッターもいますし、コンテンツやインタラクションの設計を専門とするコンテンツデザイナーもいます。その他にも、様々な企業やベンチャーや大学などとの共同研究や水平連携型の開発をマネジメントするテクノロジーリサーチャーがいたり、エスノグラフィーなどデザインリサーチを専門領域とするメンバーや、弁護士資格を持ち、主に知財戦略の観点からビジネス設計を行うメンバーなど、小さいながら非常に多様性に富んだチーム構成になっています。

──広告会社がモノづくりを手がけるのは大変珍しいと思いますが、なぜmonomを立ち上げようと思われたのですか?

これまで企業と生活者は、多くの場合、メディアを介してコミュニケーションをしてきました。たとえば、生活者に商品を知っていただくために広告が存在し、企業のCMを見て「これはいい」と思えばその商品やサービスが買われていく、というのが典型的なパターンだったと思います。
しかし、IoTの時代になり、商品やサービスは「売って終わり」ではなくなりました。商品やサービスが顧客の手に渡った後にこそ、本当の意味での顧客と企業のつながりが始まるようになりました。特にIoT型のプロダクトであれば、それがどのように使われているのかというデータが常にフィードバックされてきますし、企業はそのフィードバックを受けて、機能やUXを改善したり、コンテンツやサービスを拡張したりできます。絶えず顧客の観察を続け、商品やサービスのアップデートを繰り返し、顧客の体験をより豊かにし、そして自分たちのビジネスも広げていく、そのようなことができるようになりました。
つまり、「プロダクト」そのものを介して、企業と生活者が24時間365日つながり続けられるようになった、これがIoT時代以前との大きな違いです。
そして、企業と生活者が「プロダクト」を介してつながるというのは、まさにコミュニケーションの一つの形です。コミュニケーションを生業としている博報堂の一つのメニューとして、このような「プロダクト」に関するソリューションを持つべきではないか、そう考えたのが、monom立ち上げのきっかけでした。

感情のデザインで生まれるIoT時代の新商品

──monomは、「モノから発想しないモノづくり」をコンセプトに掲げていますが、具体的にはどういうことでしょうか?

我々が新しいものをつくっていく手法とは、着地点を「人」に置き、そこを軸にアイディアを組み立てる、というものです。
そこでは、「便利である」とか「ユーザビリティが高い」ということも重要ですが、それ以上に、どういう感情に基づいて顧客から選ばれ、使うことでその顧客がどういう感情になっていくのか、また、日々使っていく中で、その顧客の生活体験がどう変わっていくのか、といったことに重点を置きます。
つまり、プロダクトの機能的・便益的な側面ではなく、人の「気持ち」の部分にフォーカスする。ここがmonom独自の部分であり、広告会社が広告の世界で磨き上げたクリエイティビティが発揮できるポイントだと考えています。

そして、この考え方を生かして開発した商品の一つが、「Pechat(ペチャット)」いう、ぬいぐるみに付けるボタン型のスピーカーです。専用アプリを操作することで、ぬいぐるみを通して子どもとおしゃべりすることができます。おかげ様で発売してから1年が経ちますが、引き続き、大変大きな反響をいただいています。

実際のところ、「しゃべるぬいぐるみ」というのは以前から世の中に存在していました。しかしながら、我々がこだわったのが、この商品をあえて外付けタイプにし、それぞれのご家庭にあるぬいぐるみに付けられるようにすることでした。なぜなら、子どもたちの心を揺さぶるのは、「しゃべるぬいぐるみ」の存在ではなく「自分が大切にしているぬいぐるみがしゃべること」だと考えたからです。自分が小さい頃から大事にしてきたぬいぐるみが、ある日突然、自分の名前を呼び、語りかけてくれる。これは見知らぬ「しゃべるぬいぐるみ」が家にやって来るのとは違う体験です。機能としては変わらなくとも、生活者の体験としては全く異なるものなのです。「気持ち」や「感情」にフォーカスしなければ、この差を見つけ出すことはできません。そして、この差を捉えたからこそ、この商品はお子さんの気持ちを強く動かし、それを見た親御さんの気持ちをも大きく動かすことができたのだと感じています。

そして、「Pechat」も売って終わりではありません。ユーザーの使い方をデータ分析したり、SNS上への投稿やカスタマーサポートに寄せられる要望を観察し、改善点や新しいアイディアをどんどん商品に反映し、アップデートしているのも大きな特徴です。実際、この「Pechat」も、発売後1年の間に、「英語モード」や「赤ちゃんモード」などを追加してきました。今後も、ユーザーとの対話を通じて、さらにアップデートし、プロダクトを成長させ続けていく予定です。

──谷口さんが、こうしたプロダクトの開発を通じて、学んだことを教えていただけますか。

新しいものを世の中に受け入れてもらうのは、たやすいことではない、ということです。
今まで世の中になかったものというのは、仮にすごく便利だったり、面白いものだったりしても、それを生活の中に受け入れ、ある日ガラッと今までの生活のやり方を変えるのにはかなりの心理的なハードルがありますし、それを日常に定着させることはさらに難しいことです。
遠い未来を想像するのは、さほど難しいことではありません。たとえば自動運転の車が走り回ったり、万能のお手伝いロボットが家の中にいる便利な未来は、誰もが想像するものです。しかし、そういう世界がいずれやって来るとしても、それが今の時点で受け入れてもらえるものであるとは限りません。受け入れる生活者や社会の側にも、段階が必要なのです。
今の段階でも受け入れてもらえる「未来」のことを、我々は「半歩先の未来」と呼んでいますが、これを見極めていくことが、世の中に新しいものを受け入れてもらうためには非常に重要だと考えています。ここでも人の「気持ち」や「感情」が重要なキーになります。
ただ、これは口で言うのは簡単ですが、実際に行うとなるとかなり難しい。私たちも思考錯誤を繰り返してきましたが、結論は「テストをしてみなくては、わからない」でした。そのため、いろいろな可能性やシナリオを検討しつつ、最後の判断はテストを重ねた結果を踏まえて行っています。
そうしたテストの一環として、プロトタイプをクイックにつくり、様々な場を活用して発表を行い、できるだけ早い段階から世の中の反響をもらうようにしています。クラウドファンディングも実施したこともありますが、これも資金集めのためというより、そのアイディアを見た人がどういう反応を示すのか、どのような賛同や反対の声が上がるのか、といった生活者の声を拾うことを主な目的として実施しました。
商品をローンチするタイミングというのは、ほんの小さな区切りでしかなく、ローンチする前の開発段階から、そしてローンチした後もずっと継続して、絶えず生活者や世の中とのインタラクションを通じて発見をし続け、それをクイックにプロダクトに反映していく、これが今のモノづくりのひとつのあり方かなと思います。
昨今のように、社会やビジネス環境がますます複雑化し、変化の速度も加速度的に上がっている状況下では、このようなアプローチが、結果的には最も生存確率が高くなると身を持って感じています。

広告会社だからできるモノづくりで新しい市場をつくる

──広告会社がモノづくりを手がけるのは前例がないように思いますが、どのように経営陣を説得したのでしょうか?

私ともう一人の立ち上げメンバーとで、キーマンとなる役員の方一人ひとりにお時間を取っていただいて、このプロジェクトの意義をお伝えし、議論をさせていただきました。
その際、「モノをつくって売りたい」という伝え方はしませんでした。それだと、それは博報堂がやるべきことなのかという点で納得が得られないと考えたからです。
そこで、私たちがお話しさせていただいたのは、IoTの時代のモノづくりの話と、広告会社がモノづくりに取り組む意味と価値についてです。
役員もいち生活者ですから、テクノロジーによって世の中が大きく変わりつつあり、今まさにその転換点にいるということは強く認識しています。そして、これからの世の中や社会やその歴史に、博報堂がどう参加していくべきかについて、常に問題意識をもっています。
正直、理解してもらうまでに時間はかかりましたが、最終的には、「熱意はありそうだから、とりあえずやらせてみようか」と、まるでプロトタイプをつくるような感覚で了承していただけました(笑)。

──monomが目指すこれからのモノづくりとは、どのようなものでしょうか?

monomでは自分たちでつくるものに関して、一つのルールを設けています。それは、「今までになかったカテゴリーの商品であり、今までになかった新しいマーケットを生み出しうるものであること」というルールです。
というのも、博報堂はあらゆる業種業態のクライアントとのお付き合いがありますので、こうしたルールを設けることで、クライアントの事業とバッティングするようなモノづくりを行うことは避けています。むしろ、既存のマーケットを活性化させるようなものを目指したいと思っています。たとえば、先ほど紹介した「Pechat」の場合も、古くから変わらずにあった「ぬいぐるみ」というカテゴリーに、新しい体験価値を加え、ぬいぐるみの楽しみ方の選択肢を広げていると評価していただいています。
現在、「ELI(エリ)」という、自分の普段の発言を記録・解析し、自分に最適な英会話を学べるウェアラブルデバイスを開発しています。これもスマホと連携して使うプロダクトなのですが、スマホ自体は日本では既にだいぶ普及していて、今後スマホそのものの市場が大きく伸びる状況ではありません。しかし、スマホが普及したからこそ実現できる新しいプロダクトやサービス、つまり「スマホの周辺」のイノベーションは、これからますます求められますし、そこには大きな可能性があると思います。その観点からも、「ELI」もまた、スマホの価値をさらに高め、新しい生活体験を広げることに寄与するものになると考えています。

「モノづくり」という、博報堂のこれまでのビジネスにはなかったことをやっているため、「社内ではなく社外でやるという選択肢もあったのではないか」と訊かれることがあります。でも、我々は当初から社内でやることにある種のこだわりを持っていました。
博報堂にはさまざまな人材がいます。また、クライアント、メディア、官公庁などと長年築いてきた関係や広いネットワークもあります。こうした博報堂が持っているアセット(資産)を生かしてチャレンジすることで、世の中により大きな価値をつくり出せると考えていたからです。
博報堂の持っているアセットの新しい活かし方や、その価値の転換にチャレンジしたほうが、結果的に世の中に大きなインパクトを与えられると思っていますし、我々のこのチャレンジがうまくいけば、他の企業のヒントにもなるのではないかとも考えています。

広告会社の場合、クライアント企業の課題に対して解決策を提案する形の受託型の業務が多いのですが、monomを立ち上げてから「一緒に何かをつくろう」と声をかけていただく機会が増えました。
機会があればクライアント企業との協業にもチャレンジし、さらに新しい価値をクライアント企業と共に創造していきたいと考えています。

Profile

谷口 晋平
2008年博報堂入社以降、コーポレート部門を経たのち、ストラテジックプラナーとして大手飲料・自動車・消費財メーカー等を担当。新商品/事業開発、ブランド戦略立案など幅広い領域の業務に従事。monomでは、戦略会計・組織論などの知見を活かした包括的な事業構築・ビジネスデベロップメントを担当。

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