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入山章栄の提言。 エスタブリッシュ メント(大企業)の 逆襲にはビジョンの 再定義が必要だ。(前編)

2018.02.16
日本では今、テクノロジー系のスタートアップが経済界に新風を吹き込んでいる。しかし、シリコンバレーのスタートアップ・エコシステムに比べて、ベンチャーキャピタルなどによる投資額が潤沢とは言えない日本では、イノベーションの創出やその影響範囲がどうしても限定的になってしまうという課題もある。
そこで期待されているのが、大企業(エスタブリッシュメント)の逆襲である。人材、技術、データ、資金という豊富なリソースを蓄積している大企業が、スタートアップやベンチャーキャピタルのやり方を取り入れながら再起を図ろうと動き始めているこの潮流を、より大きなものにするには何が必要なのか。
スタートアップ・スタジオ\QUANTUMのメンバーが、各界イノベーターたちとの対話を通して、エスタブリッシュメントが再起、逆襲するためのヒントを探っていく。
第一回目となる今回は、\QUANTUMで代表を務める高松充が、気鋭の経営学者である入山章栄氏に疑問をぶつけた。

すべての企業が、生まれた瞬間から イノベーションを生めなくなる宿命にある

高松 日本ではエスタブリッシュメント、つまり大企業によるイノベーションが停滞してしまったことによる「失われた20年」が経済にも大きな打撃を与えてきました。
ただ、近年はもともと持っていた豊富なリソースと、リーン・スタートアップのような方法論を融合させて再びイノベーションを加速させようとする大企業も増え始めています。入山さんはこの現状をどう見ていらっしゃいますか?

入山 大企業がスタートアップのやり方を“逆輸入”したり、タッグを組んでイノベーションを生み出そうとしたりする動きは、これからもっと増えていくと思います。というより、増えていかなければダメでしょう。

経営学には「組織の進化理論」(evolutionary theory)というものがあります。この理論は、「会社組織というのは生まれた瞬間から、イノベーションが生まれにくくなっていく仕組みが、そもそも内在している」と主張します。この宿命から逃れるには、どこかのタイミングでスタートアップに回帰するような動きは不可欠になります。

高松 「生まれた瞬間からイノベーションが生まれにくくなっていく」というのは興味深いですね。

入山 生まれたてのスタートアップは、「新しい価値」を生まなければ存在できませんよね。何としてでもイノベーションを生もうとします。ここでは、経済学者ジョセフ・シュンペーターの言う「新結合」であったり、私の本『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)にも書いた「知の探索」などの、考えが重要です。すなわち、可能な限り幅広い知を集めて、知と知を新しく組み合わせることです。知の多様性が重要なわけです。

しかし一方で、ビジネスを成立させるには、社会に適応していく力学も働く必要があります。ユーザーやステークホルダーから「この会社はちゃんとビジネスができる会社だ」という社会的な信用を得なければ、継続的に利益を生み続けることができません。従って、例えば「高品質な製品を、納期を守って提供していく」などのためにオペレーションを安定させなければならないわけです。すると、同じような意思決定ができる人たちで組織を運営した方が楽ですから、「人材の平準化」の動きが出てきます。加えて「分業化」も進んでいきます。その方が効率的だからです。

つまり、そもそもイノベーションを生むには「多様性ある知の組織」が必要なのに、社会的な正当性を得ようとするプロセスで、それとは真逆の組織づくりが進んでいくことになります。この進化が行き着くところまで行くと、組織は硬直化してイノベーションが生まれなくなってしまうのです。

高松 なるほど。

入山 これは「どっちが良い組織か?」という二元論ではなく、どの企業も放っておくと「標準化」「分業化」に流れてしまう、という前提で考えなければなりません。

だからこそ、大企業では必ずどこかのタイミングでスタートアップ的なやり方に回帰していく作業が求められるのです。社内でイントレプレナー(社内起業家)を育てるのか、社外のスタートアップと共創するのか、やり方はさまざまでしょうが。

高松 ただ、その「スタートアップへの回帰」の重要性には気づいているものの、実際には手を打てていない、または手を打ったが機能していないという大企業が日本では多数派だと感じています。原因はどこにあるのでしょう?

入山 今お話しした進化理論とは別に、日本の大企業は根本的にイノベーションが生まれにくい仕組みになってしまっているからでしょう。

今の時代は、「イノベーションを生むことと企業戦略がほとんど一体化している」というのが私の理解です。昔、アメリカの経営学者マイケル・ポーターが『競争の戦略』(ダイヤモンド社)で書いていた「計画して、顧客を分析して......」というやり方だけでは、世の中が変わっていくスピードに追いつけないからです。

それゆえ、「戦略とはイノベーションのこと」という前提で、新しいことにスピード重視でチャレンジしていかなければならないわけですが、日本の大企業の組織はこれが非常にやりにくい方向に進化しすぎてしまった。

人事制度ひとつをとっても、日本の大企業はいまだに新卒一括採用がメインで、社風にフィットしそうな同質な人材を採用し、その後は特定の事業部内で人材を抱え込みながら育成し、評価は平等主義で行う......となっています。先ほど述べたように、イノベーションを生み出すにはダイバーシティ重視で多様な人材を中途採用することで「知の探索」を促すべきですが、それとは真逆の組織づくりが常識のように行われてきました。

これ以外にも、「イノベーションを生む」という観点で見れば、従来型の日本の組織づくりにはさまざまな弊害があります。だから、理想的にはこれらの仕組みを全部壊してから再構築しなければなりません。仕組みというのは、すべてが噛み合って始めて機能するものですから。

大企業では失敗のリスクが取れないプロジェクトを
リーン・スタートアップで育てる「出島」とは

高松 確かに、「部分最適」でイノベーションを生もうとしても、中途半端な形で終わってしまいますよね。

入山 高松さんがCEOをやっている\QUANTUMは、スタートアップ・スタジオとして起業支援を行うだけでなく、大企業の新規事業創出やスタートアップとの共創も支援しているじゃないですか?\QUANTUMの監修書籍『STARTUP STUDIO 連続してイノベーションを生む「ハリウッド型」プロ集団』の中にはいくつか事例も書いてありましたが、うまく進むプロジェクトにはどんな共通項があるんですか?

高松 多いのは、社長・経営陣が「出島」を使った新規事業創出にコミットされている場合です。「出島」というのは、入山さんがおっしゃるような既存の企業文化を持ち込まずに、独自のルールで新規事業づくりやスタートアップとの共創を行う場を設けて、出島のリーダーに権限と資金を与え、既存事業とは異なるルールで新規事業をリーンに進める取り組みを指しています。

入山 「出島」では具体的にどうプロジェクトを進めるのですか?

高松 ある大手メーカーと行ったプロジェクトの事例でご説明させて頂きますね。この取り組みにおいては、\QUANTUMが子会社を設立する形で、リーンに事業を立ち上げました。

事業化の始まりは、「技術的には優れた特徴があり、様々な用途があると思っている複数の技術を保有しているが、自分達の既存事業の枠を超えた顧客視点で新たな用途を発見するのが難しく、製品・サービスのアイデアが出せない」というご相談でした。確かに、ご紹介頂いた技術の中には、\QUANTUMからするといろんなビジネスに応用できそうな技術がありました。

そこで、\QUANTUMのクリエイター、マーケッター、エンジニア、コンサルタントのメンバーでアイディエーションを行い、ある技術を活かしたIoTサービスのアイデアとビジネスモデルを複数案ご提案しました。その中の2つのアイデアにご興味を持って頂いたことを受け、そこから先は、\QUANTUMを依頼主の出島として活用してもらいました。

具体的には、両社メンバーで共創し、製品・サービスのプロトタイプとサービス内容が分かるムービープロトを作成し、SXSWやCEATECに出展しました。そこで、想定顧客やビジネスパートナー候補の方から、沢山の有益なフィードバックをもらい、最終的にサンフランシスコ近郊地域で期間限定のサービスを始めました。当初のローンチをサンフランシスコ近郊地域に限定したのは、シリコンバレーが近いという地域柄、IoTサービスを使い慣れている人が多く、ここで実際にユーザーに有料で使ってもらい、フィードバックを得ながらサービスを磨き込んでいくことが、事業の本格ローンチの近道であると考えたからです。

プロトタイプの開発から子会社の設立、事業開始までにかかった期間は約1年半でした。スタートアップの皆さんから見れば普通のスピードだと思いますが、日本の大企業の新規事業ローンチに掛かる期間としては異例のスピードだと思います。事業パートナーのメーカーの方からは、「ウチで事業化しようとしても、想定される売上規模が小さ過ぎて稟議が通らなかっただろう」「仮にウチで事業化できたとしても、諸々の承認・検証作業があるから2年以上はかかったはずだ」と言われました。つまり、大企業では失敗のリスクが取れないようなプロジェクトを、一旦我々が事業主体者となって誕生させたというわけです。

入山 今後の展開はどうなるのですか? このまま\QUANTUMの子会社として運営していくと、メーカー側の旨味が少ないように感じますが。

高松 依頼主が「事業として継承可能な状態」と判断されたら、依頼主に売却するオプションを当初より用意してあります。依頼主から見ると、少ないリスクで事業開発を始め、事業を立ち上げるノウハウと将来的に成長が期待できる新規事業を習得できる取引です。これを、我々は依頼主から見た「スピン・アウト・イン」取引と呼んでいます。大企業にとってハードルが高い新規事業の0→1フェーズを\QUANTUMが担い、1→100の成長フェーズを大企業が自社事業として進める新規事業開発モデルです。もちろん、我々もリスクテイクの成果に応じた報酬を頂戴します。

入山 なるほど。私はベンチャーキャピタルのWiLとつながりがあって、WiLがソニーとタッグを組んで生み出したスマートロックの合弁会社Qrio(キュリオ)のお話を聞く機会があったのですが、Qrioはソニーにいた優秀な人材がスタートアップ的なイノベーションの生み方を学ぶ場としても機能しているようでした。

\QUANTUMの「出島」も、大企業が人材を外で育てる一つの方法になっていくかもしれませんね。

高松 ええ、そうですね。そういう側面もあると思ってやっています。

<後編に続く>

「出島」がいかに新規事業創出に適した場であったとしても、すべての企業がそこから等しく逆襲の狼煙を上げられるわけではない。その成否を分けるものは何か。また、日本のエスタブリッシュメントがイノベーションを活性化するためには一体何が必要か。
この続きは、3月12日、当サイトにて公開予定。

Profile

入山 章栄
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年から現職。経営戦略、グローバル経営を専門とし、国際的な主要経営学術誌に多く論文を発表している。著書「世界の経営学者はいま何を考えているのか」「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」は、共にベストセラーに。

高松 充
博報堂にて営業職、在米日本大使館駐在を経て、TBWA\HAKUHODOで経営企画職、CSO、CFOを歴任。人材、ブランド、技術、チャネルなど、大企業が保有する豊富な資産を活かしたスタートアップとの共創により、日本独自のイノベーションを起こし続けたいとの思いから、スタートアップ・スタジオ「\QUANTUM」を創業し、2016年より現職。好きな言葉は「New is better than good」。常に新しいことに挑戦し続けるためのモットー。『キャンペーンアジアパシフィック』から「ニュービジネス・ディベロップメント・パーソン・オブ・ザ・イヤー」を受賞。

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