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生活者発想から、形のあるプロダクトをつくりだす。「プロダクト・プロトタイピング研修」が耕すこれからの企業文化とは?

2026.03.18
「プロダクト・プロトタイピング研修(以下 プロプロ研修)」は、博報堂DYグループの生活者発想と、日本の製造業が持つ面白い技術をかけ合わせることで新しいプロダクトを発想し、プロトタイプの製作までを行う「手を動かし、ものづくりに向き合う」社内研修で、2025年度で4年目となります。
この研修を運営している博報堂DYホールディングス グループ人材開発室GMの豊田理佐、プロプロ研修の立ち上げ時から企画・運営を担当してきた相場加奈子、相場と共に2025年度の運営に携わった佐藤由奈の3人に、1月末に最終発表を終えた2025年度のプロプロ研修への手ごたえと、博報堂DYグループの社内研修が目指す役割について聞きました。

博報堂DYグループの生活者発想を、事業会社の技術とかけ合わせる

豊田:「プロプロ研修」では、小規模だけれども面白い技術を持っている町工場などの事業会社の協力のもと、受講生がその技術を活用した新しいプロダクトを発想し、事業会社に実際にプロトタイプをつくってもらってプレゼンテーションするまでを約3ヶ月かけて行います。私たち人材開発室と、創造性を研究・教育する博報堂の組織 UNIVERSITY of CREATIVITY (UoC)が共催しており、元々は博報堂の若手クリエイター職が参加する研修として2022年度に立ち上がりました。
博報堂DYグループは、「生活者発想」を掲げており、プロプロ研修でも、立ち上げ当初から生活者発想を研修の中心に置いています。

相場:毎年2社の事業会社とコラボレーションしており、2025年度はエレベーターを中心に多種多様なオーダーメイドボタンを製造している株式会社島田電機製作所さん(以下島田電機)、そして物体を「折る」技術を売りにした事業を展開している株式会社OUTSENSEさん(以下OUTSENSE)の協力のもとで実施しました。

豊田:人材開発室が運営している活動のひとつに、博報堂DYグループ各社から集まった約30名のメンバーが共に生活者発想を知り、実践し、共有する研修に取り組むことで、会社を横断したグループの文化を耕すことを目的とした「カルチャー創生コミュニティ」があります。「生活者発想」という軸が共通していることから、2024年度のプロプロ研修は博報堂だけではなくグループのカルチャー創生コミュニティのメンバーからも参加者を受け入れる形で実施し、2025年度には完全にカルチャー創生コミュニティの活動の一環として実施しました。
受講生の構成こそ当初と変わりましたが、「「事業会社の技術」と「博報堂DYグループの生活者発想」という両軸から新しいプロダクトを考えてみる」という軸は当初から変わっていません。それでも回を重ねるごとに研修の内容はより充実したものに変わってきています。

相場:私は2022年度の立ち上げからプロプロ研修の企画・運営を担当しています。この研修を3年やってきたなかで、受講生にはどうしても頭のなかだけ、パソコンのなかだけで考えて発想しようとしてしまうところがありました。そこで今年はパソコンから離れて「手を動かしてもらう」ことを意識してもらうために、アイデア出しを始める前の段階で武蔵野美術大学によるアートプログラムを入れたり、モック(試作品)制作と中間発表のために1泊2日の合宿を設定したりするなど、リアルを意識できる新しい試みを取り入れました。
2025年度のプロプロ研修は10月22日から1月23日の3ヶ月にわたり行われました。受講生は6チームに分かれ、3チームずつが島田電機さんとOUTSENSEさんそれぞれの技術からアイデアを発想します。
最初の3回はまず「インプット」のフェーズとして、キックオフで研修の概要を把握した上で、プロトタイプを製造してもらう工場を実際に見学し、武蔵野美術大学によるアートプログラムで創作の考え方や手の動かし方を学びました。
それらを踏まえ、チーム別ミーティングを通じてプロダクトのアイデアを出していきます。研修開始から1ヶ月になる11月20~21日には作業スペースを備えたホテルで合宿して、泊まり込みでモック(試作品)制作と中間発表を行いました。この合宿が今年度のプロプロ研修のひとつの山場です。
モック制作・中間発表の後はさらに生活者ヒアリングを重ね、そのアイデアで本当にいいかを改めて検討します。そこからブラッシュアップしたアイデアをもとに仕様書を書き、それぞれの事業会社にプロトタイプを製作してもらった上で、研修開始から3ヶ月後の1月23日に最終発表を迎えました。

会社の外に出て手を動かすことで、遠くまで発想が広がる

相場:プロプロ研修の特徴のひとつは、プロトタイプを製造してくれる企業やアドバイザーなど外部の組織と連携していること、そして会社の外に出て研修を行う機会が多いことです。2日目には実際にプロトタイプを作る工場を見学しました。板金をやるようないわゆる町工場に行く機会はなかなかありませんから、受講生にとっていい刺激になったと思います。

佐藤:私は生活者発想を形にすること、生活者発想の幅を広げることに興味があったので、自ら希望して今年度からプロプロ研修に携わっています。2社それぞれと一緒にプロトタイピングする3チームずつに受講生が大きく分かれるので、島田電機さんとは相場が、OUTSENSEさんとは私が連絡するような形で役割分担しています。

相場:私が見学に帯同した島田電機さんは、規模が大きくない分風通しがいい組織だと感じました。普通のメーカーの工場なら広報など一部の人しか説明できないようなことでも社員みんなが把握していて、会社に誇りをもって楽しみながら説明してくれていたのが良かったです。

佐藤:OUTSENSEさんがいつも製作を頼んでいる板金加工会社を見学した際に、数式を象ったすごく繊細な板金加工の作品を見せてもらいました。それは依頼があったわけではなくて、従業員の方がやってみたくて作ったものだそうです。自分の思い描いているものを空いている時間にちょっと作ってみて、それを工場内に展示するマインドっていいなと思いました。

工場見学の様子

相場:3日目のアートプログラムは、武蔵野美術大学の「価値創造人材育成プログラム」のなかで行われているプログラムをベースに、一日かけて行われました。
午前中は武蔵野美術大学の石川卓磨先生に、与えられたテーマの捉え方や考える視点について講義をしていただき、午後は与えられた課題をもとに、その辺りにある材料で何でもいいからとにかく工作して、形にすることにチャレンジしました。美術作家の方に相談しながら手を動かし、なんとか時間内で完成させて、作品について説明するところまでもっていった経験は、後にモックを作り、中間発表を行った際に生きてきたと感じます。

佐藤:準備されていた資材だけでなく、美大の廃材置き場まで行っていろんな資材を見て、「それで作ってもいい」とお話ししてもらったことが、受講生にとって目の前のもの以外からもインスピレーションを得るいいきっかけになっていたと思います。石川先生にはその後もアドバイザーとしてチームミーティングや中間発表、最終発表に参加していただき、深いところまで突っ込んだフィードバックをいただきました。

左:箕輪亜希子講師 中央:石川卓磨准教授 右:受講生

相場:プロダクトデザイナーやスタートアップ支援の専門家といったアドバイザーの方を交えたチーム別ミーティングを経て、根津のホテルに缶詰になってモック制作から中間発表まで行う2日間の合宿を行いました。ホテルに朝チェックインして、2日目の午後1時から始まる中間発表までずっとモック制作に取り組みます。途中で発想を変えるために外に出てフィールドワークするチームもありました。

佐藤:チーム別ミーティングの段階でアドバイザーの方に入っていただき、沢山の思考のシャワーを浴びせてもらえたので、モック制作の段階では受講生の発想がすごく広がっていたと感じます。たとえば家具のアイデアを考えていたチームが壁にぶつかったときに、「動物園とか行ってみようか?」みたいに一度遠くに飛ばしてみる発想が出ていたのが面白かったです。
合宿の最後には、中間発表に対する全体講評と、島田電機さんの3チーム、OUTSENSEさんの3チームに分かれての個別講評の時間を設けました。アドバイザーで入ってもらっている嶋本達嗣さん(博報堂フェロー)が、全体講評で「”人間の気持ちに戻る”と”暮らしに戻る”という2点を意識して、ここからもう一回考えてみてください」と言っていたことが印象に残っています。ものを作っているとどうしても手の先に集中して、技術やデザインばかり考えてしまいますから、いい言葉をいただけたと思います。

OUTSENSE 堀井COO
左:島田電機製作所 島田社長 中央: quantum 川下CEO

親と子どもが安心できる空間を実現するプロダクト

相場:合宿後は、モックやアイデアについて周りの生活者にヒアリングを重ねてアイデアをブラッシュアップし、プロトタイプの仕様書を書いてそれぞれの会社に発注、最終発表当日を迎えました。

佐藤:中間発表の段階では「どんな人に使ってほしいか」の部分がぼんやりしていたチームもありましたが、生活者の生の声を聞いてアイデアに反映していったことで、最終発表ではどのチームもプロダクトのリアリティが増していたと感じます。

相場:最終発表では、アドバイザーとしてプログラムに伴走してくれた、スタートアップ・スタジオquantumの川下さん、門田さんと博報堂フェローの嶋本さんに、それぞれの視点から良かった発表を表彰してもらいました。
プロトタイピングとしての完成度が評価されて「quantum賞」に選ばれたのは、板の面全体が均一に光る「導光板」という技術を使って、商業施設などにある授乳室のシンプルな風景を「美しく、また行きたい場所」へと変えるモジュール・ドアのアイデアです。

※イメージ画像は生成AIで作成
quantum 川下CEO

佐藤:プレゼンテーションでは「授乳室は暗い」「仕切りがカーテンなのが嫌」という生活者の声が紹介されていました。授乳室の空間がすごく閉鎖的なので、本来は母と子の幸せな時間のはずなのに事務的な気分になってしまうというインサイトは、私自身も生活者として「たしかにある!」と共感しました。「なぜ導光板の技術を使うのか」という問いに「透けないことが必要な上で、光の存在感がほしいから」とちゃんと応えているところも良かったです。

相場:嶋本さんが「嶋本賞」として選んだのは「壁育(かべいく)PANEL」のアイデアです。

佐藤:これは「子どもの好奇心を押さえつけず、ワクワクすることを実現するような壁を作りたい」という思いからできたプロダクトで、子どもの成長に応じて高さごとに壁のパネルが変わります。一番下の段は、乳児からつかまり立ちくらいまでの幼児を想定して、舐めても大丈夫な素材で出来た、凸凹やモフモフなど触って楽しめる壁。真ん中の段は落書きができる立体的なホワイトボード。そして一番上の段は、OUTSENSEさんの折りの技術を活用して子ども自身が壁の形を変えられる、創造性を刺激するパネルになっています。

※イメージ画像は生成AIで作成
博報堂 嶋本フェロー

相場:私自身を振り返っても、たしかに子育てのなかで「やらないで!」みたいに否定的な注意をしてしまうことは多いです。そこに「ここならいいよ」と許可できる空間があることで、子どもと親に心の余裕が生まれるかもしれないと思いました。嶋本さんは評価の理由として、「大人に一番欠けているのは遊び心。このチームは工場見学での「折り紙って楽しかったな」という気づきから商品にしたところが良かった」と言っていました。

研修とは、仕事のやり方を変える「旅」のような体験

豊田:人材開発の仕事をしていると、研修は「旅」に似ていると感じます。普段と違う場所で刺激を受けたり、素晴らしい景色を見て落ち着いたり、普段会わない人と食事を共にしたり語ったりすることで絆が生まれて、良い記憶として残る。研修も同じで、普段と違う場所で、普段と違うことをやって刺激を受け、新しく面白いレクチャーや受講生同士の対話で、良い記憶として残り、学びや気づきがより促進されます。
博報堂DYグループ各社の社員には、自分が勉強したいことがあれば自分で学ぶ力が元々ありますし、実際に自習している人も沢山いるはずです。ですから会社は「そうではない学び」をサポートする必要がある。普段と違う場で、刺激を受ける機会を適切に提供して、成長をサポートすることが人材開発の役割として大きくなってきていると、最近感じています。
このプロプロ研修の特徴は「リアル」であることです。事業会社の技術を実際に自分の目で見て、「生活者発想で生活者を見る」という博報堂DYグループの強みを活かしながら「手で触れるもの」をつくっていくという作業自体に、発想を鍛えるプロセスが含まれています。「手の知性」ということばもありますが、受動的に情報を吸収するのではなく、自らの手で構築する過程に深い学びが生まれます。 昨今は動画配信やAI活用含め、さまざまな勉強の仕方がありますが、「リアルにこだわった研修をつくっていく」ことも、ひとつのキーワードになると思っています。

相場:プロプロ研修が始まって4年目になり、今年度は「手を動かすこと」「ものづくり」に対して受講生が向き合える研修になりました。現在博報堂DYグループは新規事業開発にも注力していますが、この研修はその後押しにもつながると思います。事業開発の種になるようないろいろな研修を沢山の人に受けてもらい、この文化を社内に広げていきたいと考えています。

佐藤:研修は受講できる人数が限られますが、受講生がプロプロ研修に取り組んだときの生活者発想を活用しながらまず手を動かしてみる、というやり方は会社員として生活していくなかでも意識できるものです。研修以外の形でも自発的な取り組みが生まれる文化が広がっていくと素敵ですね。

豊田:人材育成にはいろいろなやり方がありますが、やはり社内だけではなく外部と連携し、外部知を取り入れていくことは非常に大事です。人材開発室では、プロプロ研修以外にも大学や企業など社外の組織とコラボした人材育成プログラムを実施しています。
博報堂DYグループが大事にしている「生活者発想」とは、最終的には、今回つくったようなプロダクトや、普段の仕事なら企画やクライアントへの対応といった、アウトプットへとつながる動的なことです。
この研修での学びを、全員がすぐ活用するのは難しいかもしれません。けれども身体知を伴う対話的探究は、『体験の記憶』として埋め込まれ、時間が経ったあとでも、複雑な課題に直面した際に、ふっと浮かび上がり、再活性化 します。「あのとき、みんなでたくさん対話しながら手を動かしてアイデアを出したな」という記憶が浮かんで、行動の指針や問題解決に対する構えがかわり、仕事のやり方が変わったりします。
企業文化は、「日々の仕事のやり方」から育まれていきます。その背景には、社員一人一人の、思考の癖や、何を大事するかという価値観があり、そこが多様に変化することで、動的な行動にもつながっていく。受講生はこの研修を通じて、「日々の仕事のやり方」を良くする何かを持ち帰ってくれているはずです。

※肩書は取材当時のものです

豊田 理佐
博報堂DYホールディングス グループ人材開発室GM

相場 加奈子
博報堂DYホールディングス グループ人材開発室

佐藤 由奈
博報堂DYホールディングス グループ人材開発室

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