
スピーカー
むかわのジビエ 代表
ハンター
本川 哲代 氏
博報堂
クリエイティブ局 チームリーダー
エグゼクティブクリエイティブディレクター
ヒット習慣メーカーズ リーダー
中川 悠
中川
より豊かな都市のありかたを探るべく立ち上げたプロジェクト「New Urban Guerrilla」では、これまでさまざまな領域の方々と、都市の新しい豊かさについて語り合ってきました。
今回は北海道を拠点にするハンターの本川さんをゲストに迎え、熊による人身被害が増える昨今、都市で暮らす人間と野生動物はどのような共存関係を築いていけるのか、またその具体的な打ち手などについて語っていけたらと思います。
まずは簡単な自己紹介からお願いできますか。
本川氏
札幌市すすきの生まれ、すすきの育ちで、幼い頃からずっと動物好きでした。高校卒業後はスーパーに就職して、30代後半まで働いていたんですが、ある時突然「辞めよう」と思って。というのも、スーパーで売られている魚や肉、野菜についてふと考えてしまって。、心機一転、仕事を辞めて札幌農学校に通い、動物や農業について学んでいきました。
卒業後は2年ほど富良野のメロン農家で働いていたんですが、鹿による食害があったので狩猟免許もとりました。その後札幌に戻っていた時に、ハンターの人手不足や高齢化といった課題を知り、「だったら」と狩猟メインに活動するようになったんです。
中川
そうだったんですね。
本川氏
ただ、害獣とはいっても鹿も同じ生き物だし、殺すだけじゃかわいそうじゃないですか。それで、きちんと食肉として食べてもらえるよう、撃つだけじゃなくて解体技術も身につけたいなと考えていたところ、「むかわ町にいい先生がいるよ」と教えてもらって。その後むかわ町に移住し、師匠のもとで解体技術を習得していったんです。

中川
むかわの師匠は、どんな点でほかのハンターと違ったんでしょうか。
本川氏
一度、先輩ハンターが解体した鹿を食べたことがあったんですが、これがものすごく美味しくなくて。でも師匠のさばいた鹿肉はとても美味しいんです。要はハンターの腕で肉の味が決まるんですね。人の技術が足りないばかりに、せっかくもらった鹿の命を十分に活かしきれていない現実があるとわかったわけです。
中川
なるほど。
本川氏
それから3年程、むかわ町の有害鳥獣駆除委嘱ハンターとして師匠と一緒に狩猟をしてたんですが、今度はジビエ料理のブームがやってきます。ただテレビなどで見る限り、一見して質の悪い鹿肉なんです。鹿の数が増加するのに合わせて肉や衛生管理の知識が十分ではないハンターも増え、結果的に質の悪い肉が流通し、食中毒などの懸念も出はじめていた。そこで厚労省も看過できなくなり、「ちゃんとした処理場をつくりましょう」という動きが出始めました。そのタイミングで、私も自分で処理場をつくろうと決めたんです。
中川
シンプルな害獣駆除という入り口から、鹿の命を活かすためにも、きちんと安全でおいしい食品として流通させるという活動に移られていったんですね。
本川氏
そういうことです。
ちなみにただの駆除であれば、一日に何頭も撃ってはまとめて処理することが可能ですが、食肉にするとなると、一頭撃つたびにすぐに運び出し、血抜きなどの処理をしなければなりません。なので、運搬用に車両を改造したり、専用の処理設備を導入するなどして、2015年に鹿肉処理加工場「むかわのジビエ」を開業しました。以来、私自身ハンターとしての活動は続けつつ、地元のハンターが捕獲した鹿の処理と、食肉用やペットフードなどへの加工、販売事業を行っています。

中川
害獣といわれる野生動物と人間の共存については、ハンターとして本川さんはずっと考えてこられたことだと思います。改めて、なぜいま熊を始めとする鳥獣被害が増えているとお考えですか。
本川氏
確かに、熊に関しては目視することも増えたので、個体数自体が確実に増えているとは感じています。ずいぶん前から個体数が増加する要因はいくつか出て来ていたと思うんですが、それを人間が無視してきた結果なんですね。山も森も人間のためだけにあると考え、熊たちの住環境として守る、整備するという視点がなかった。春熊駆除といわれる取り組みも、「(国の)予算がついたからとりあえず〇頭ずつ駆除してください」なんていわれるんですが、何に基づいた数字なのか根拠がわからないんです。だから獲る側も、ただただ言われたから獲っている。当事者である熊の存在がなくて、人間の都合だけですべてが行われていることに、根本的な原因があるように思います。
鹿は増えすぎて人に迷惑をかけるから害獣と呼び、駆除の対象になっていますが、野生動物って数をコントロールできないほど増えたら、必ず自分たちで個体調整します。何かの種が絶滅したとしても、何億年続いている地球の歴史の一現象にしか過ぎないから、彼らはそれでうろたえたりはしない。数が増えたとか減ったとかでうろたえているのは人間だけなんです。熊も同じです。増えすぎて餌がなくなったりしたら共食いするなどして自分たちで数を減らそうとします。

中川
すごい。野生動物は自然にバランスをとるんですね。
里山が減ったり、杉の木ばかりが増えたことで、森に熊の餌がなくなったという話も聞きます。
本川氏
ありえるでしょうね。動物たちの住環境を考えずに植林していった結果です。
中川
でも難しいのは、僕たちも学校でそういうことを教わる機会がないんですよね。
本川氏
おじいちゃん、おばあちゃんたちの世代にそうした知識があっても、残念ながらいまは家庭内でもそういう会話をすることがなくて、なかなか次の世代に受け継がれていかないんですよね。
中川
昔は里山や森と都市の境界にあいまいさがあったから、家族内でも話題にできた。いまは完全に分離されてしまっているから難しいんでしょうね。
本川氏
自然のものを採りすぎてはいけないという考えも、なかなか浸透しません。山菜も、いまはあるだけ採り尽くしてしまう人が多い。そうした人間の行動が、結局動物たちにも影響を及ぼしています。熊に関しても、駆除してほしいという人と、かわいそうだという人だけの議論になってしまっている。本来ならずっと前から、動物学者などの専門家も交えた議論をしておかなくてはいけなかったんです。都市に住んでいるから「獣が襲ってくる」と思って右往左往しますが、同じ地球上に生息している者同士じゃないですか。そういう視点が抜けてしまっているのが問題だと思います。
中川
人間と動物の間で緩衝地となっていた里山が減ったいま、何か違う形で、都市と自然が融合するような、人と動物が手を取りあえるような形は考えられないでしょうか。
本川氏
できるとは思いますよ。人間が、「野生動物をここから先には出さない」と意識することで、それは可能だと思います。ただ、人間の育てた作物を食べ、いわば餌付けされた野生動物が増えてしまっているので、もう手遅れかもしれないとも思います。「ここに来たら餌が食べられる」と一度認識してしまったら、野生動物は自力で獲物をとろうとしなくなりますから。
中川
確かに、森の中に食べるものが潤沢にあれば、熊だってそこからわざわざ人間がいるところまで出てきませんよね。野生動物が棲む森林の環境を整え直すという動きは、現段階であるんでしょうか。
本川氏
やってはいるけど、ゾーニング施策には予算がつきにくいですね。あくまでも農業被害を防止するというのが前提としてあるので。
それよりもいまは火消し状態で。とにかく数を減らすことが第一だということで、鹿は毎年北海道で15万頭ほどは駆除しています。人間の都合で勝手に増やして、勝手に駆除している状況です。昔から存在してきた狩猟文化をきちんと後世に伝えてこなかったこと、狩猟しない人を育ててきてしまったこと、そういったことが大きいと思っています。
中川
そんな数を駆除しているとは驚きです。
中川
人間が手を入れなくても、野生動物はおのずと個体調整するという話がありましたよね。彼らが彼らのなかで種のバランスをとれるのであれば、そういう場所をつくっていくとか、あるいはそういう環境整備にお金が回っていく仕組みができないだろうかと思いました。
たとえば本川さんの「むかわのジビエ」の食品を高級店などに卸し、それなりの価格で消費されて、その収益が本川さんの活動や環境保全に回っていくような仕組みです。都会の旺盛な消費力が、自然環境や野生動物の管理・保全に活かせるようになれば面白いなと思うんですが、いかがでしょうか。
本川氏
そうした循環はとても素敵だと思います。
教育においても、やっぱり野生動物のことをまずは知ることから始め、同じ地球上で共存するうえでのリスクやメリットデメリットを、感情抜きにエビデンスベースで教えていくことが大切だと思います。たとえばゾーニングという言葉も、あちらとこちらを遮断するという意味で、相手側に関心がないような印象を受けます。そうではなくて、万が一野生動物が人間のテリトリーに入ってきたときの対処方法とか、マダニを持ってくるとか角でつつかれるなどのリスクを教えていくことが重要だと思うんです。
中川
野生動物をめぐっては、どうしても「かわいそう」という感情論が先に立ってしまいがちですから、エビデンスを持ってフラットに知識を学ぶ、いうならば「獣育」みたいなものが重要ということですね。本川さんのような人の知見をより多くの人たちに伝えるためにも、「獣育」ができるチャネル、メディアをつくっていくことも必要かもしれません。
学校でヤギを飼うといった取り組みもありますが、どう思われますか。
本川氏
ヤギの本来の成育環境を考えると、学校は決していい環境とは言えません。夏休みに入ればお世話係の子も不在になりますし、生き物を飼う大変さを学ぶには不十分だとも思います。最近は友人の酪農家が学校に牛を連れて行って、触らせるような活動もしているのですが、牛にしてみたら子どもに囲まれてストレスも感じてしまうはず。「かわいいね」「大きいね」といった表層的な関わり方だけで終わるのではなく、もっと本質的なところを大人がしっかりと教えないといけないと思います。
ただ、「獣育」という言葉はすごくいいと思います。
中川
都会の住民にとっては、ジビエ料理が「獣育」のひとつのきっかけになるかもしれませんよね。
本川氏
確かにそうですね。私たちハンターのような存在だけではなくて、鹿肉を扱い慣れている料理人のような立場の人も、「獣育」はできると思います。都会でジビエ料理を食べる人って、純粋な好奇心からだったり、“いいことをしている”という意識だったりがあると思います。そこをもう少し深く、きちんと知識を持って消費するというか。それは一次生産者さんたちの願いでもあると思います。
そもそも生産者と消費者の間の距離がいまは遠すぎます。その距離を縮めようと、鶏をつぶすワークショップなども行われていますが、ヒヨコから育てたわけでもない人が単に「鶏をつぶす」体験をしたところで、センセーショナルな感覚だけが残ってしまうように思います。本来は鶏の成育過程から知り、その命をいただくのだったら、鶏がなるべく苦しまないような方法まで考える。未来の動物との関わり方にまで想いが及ぶような、そうした知識の醸成もとても大事だと思うんです。
たとえば動物園も、最近は動物たちのQOLを上げるために毛がついたままの肉をあげるとか、自然に近い環境をつくるといった対策をとっていますよね。
中川
なるほど。動物のウェルビーイングという考え方はいいですね。広がっていくといいなと思います。

本川氏
要は「自分たち人間がやられて嫌なことは、動物にもやらないようにしましょうね」という考え方です。少しずつ日本でも浸透しつつある一方で、実はヨーロッパでは禁止されているトラップ、罠猟が、日本だと増えているという現実もあります。
中川
なぜヨーロッパでは罠猟が禁止されてるんですか。
本川氏
罠の近くにカメラなどを設置し、罠にかかったあとすぐに駆け付けられるようなシステムにしておかない限り、動物がずっと苦しむことになるからです。当初の捕獲目的とされない動物の誤捕獲も懸念されます。天然記念物だったり捕獲禁止の動物もそのフィールドにいる可能性があるので日本とは違いヨーロッパでの罠猟はかなりシビアな審査があります。
中川
なるほど。
本川氏
食べることそのものは悪くない。そして、生き物を殺すのであればなるべく苦しみを長引かせないことを考える。そういうことを自分で考え、判断できる子どもが増えるといいなと思います。
中川
人間と動物が共存するよりよい環境をつくる、シミュレーションゲームなどがあってもいいかもしれませんね。ハンターさんや獣医さんとかにしっかりと監修してもらって。
本川氏
それもいいアイデアだと思います。
鹿肉の美味しさだって、私たち生産者がいくら「美味しいよ」と言っても、なかなか伝わらないんです。その点、美味しく調理する技術を持った料理人の方たちが、第三者の目線から、「鹿肉が美味しいので料理に使いました」「どうぞ食べてみてください」と発信してくれるといいなと思います。そうして、生産者と消費者の間で、食をきっかけとした交流につながれば。
中川
今後計画していることなどはありますか。
本川氏
来年か再来年、ここ「むかわのジビエ」で鹿フェスをやろうと思っています。動物の肉は、処理場という箱がなければ食べられませんから、そうした裏方のことを知っていただけたらと思っています。鹿にかかわるすべての人――ハンターから、獣医さん、警察、学校の先生、研究者、鹿運搬用の車両に改造する鉄工業者、そしてもちろん食べる人――さまざまなステークホルダーが集まれば集まるほど、議論の層も厚くなるはずです。鹿の鳴き声に似た音が出せる、鹿笛を使うコール猟というものがあるんですが、一番鹿らしい音が出せる人を表彰する、鹿コール大会というのもやってみたいです(笑)。
中川
それは面白そう。構想が膨らみますね。
本川氏
知って食べて、考えて、楽しむイベントにできたらいいですね。
中川
人と野生動物が安心して共存していくには、結局は動物のQOLを上げるという視点を持つこと、そしてそのことについて、領域の異なるさまざまな立場の人同士が一緒に考える必要があるということですよね。
たくさん学びのあるお話をいただけました。ありがとうございました!

※肩書は取材当時のものです

札幌・すすきの生まれ生粋の道産子。2013年にむかわ町へ移住。
鹿処理場「むかわのジビエ」代表。
動物たちの声を「ヒト」に届けるための処理場でありたいと願うオバハンター。
趣味は海外の狩猟テキストを集め翻訳すること。

メーカーの商品開発職を経て、2008年に博報堂中途入社。エグゼクティブクリエイティブディレクターとして、日々お得意先や社会の課題に向き合っている。最近年をとったせいか、もっと自然体で、自然と共に生きていきたいと思うようになり、都市生活に新たな余白を生み出していく「New Urban Guerrilla」という取り組みをはじめた。同じ想いを持ったいろんな人たちとご一緒したいです!