THE CENTRAL DOT

New Urban Guerrilla 連載第五回
都市の文化をまとう服
〜服は都市の新しい価値を引き出せるのか?〜

2026.03.09
2017年に発足して以来、連載コラム「ヒット習慣予報」で新たな習慣の兆しを発信しているほか、生活者データを活用してさまざまな “ヒット習慣”を研究・分析し、新商品やサービス開発まで行う博報堂「ヒット習慣メーカーズ」。ヒット習慣を探る中で、現代の生活者が癒やしを求めていたり、幸せを模索していたりする兆候が見えてきました。
そんな中ヒット習慣メーカーズのメンバーで新たにスタートする企画が、「New Urban Guerrilla」。都市生活の可能性を探究するさまざまな活動体や官民を巻き込みながら、現代の生活者にとって本当に幸せな、豊かな都市生活とは何かを追求し、社会実装までを目指します。
本連載では、「New Urban Guerrilla」発足を記念し、メンバーがゲストと共に新しい都市の構想を語り合います。 今回のゲストは、「よりよい明日をつくる」ためのファッションの提案を経験し、現在は独立しOpen Designという会社に参画されている関戸様です。

スピーカー
合同会社Open Design
コンセプトデザイナー
関戸 遼 氏

博報堂
クリエイティブ局 チームリーダー
エグゼクティブクリエイティブディレクター
ヒット習慣メーカーズ リーダー
中川 悠

博報堂
PR局
統合ディレクター/PRディレクター
ヒット習慣メーカーズ メンバー
村山 駿

おしゃれとは自らのオーセンティシティから立ち上がる「欲望のZ軸」

中川
さまざまな領域のプロフェッショナルをゲストに迎え、都市の新しい豊かさやその可能性について語り合ってきた本連載ですが、今回のテーマはいよいよ“ファッション”です。「都市の文化」をまとう服といった切り口で、地域の魅力を引き出すようなファッションについて、何か仮説やアイデアを導き出せたらと考えています。

まずは、ゲストの関戸さんから自己紹介をお願いできますか。

関戸氏
イッセイミヤケを展開するISSEY MIYAKE.INCと同じグループ企業であり、複数のデザイナーズブランドを展開してきた株式会社エイ・ネットで、僕は事業部長やブランド責任者、執行役員などをやらせていただきました。今は独立し、Open Designという会社に参画しています。

イッセイミヤケのものづくりには「未来」を感じていました。長い時間をかけて人気を得るものも少なくありません。メンズのプリーツも、その動きやすさや扱いやすさなどが少しずつ評価され始め、最近では特にクリエイターの方々にも支持されるようになりました。一方僕が勤めていたエイ・ネットはもう少し近い距離の未来で、「よりよい明日をつくる」ための提案を行なっていたように感じていました。

中川
ファッションクリエイターの方々は、どうやって先を予見するんでしょうか。

関戸氏
広く情報を入手しているということはもちろん、共通しているのは技術的な理解度の高さだと思います。工藝的な手法への理解などもそうですし、スポーツからミリタリー、ドレスなどあらゆるジャンルの技術に通じているデザイナーの方もいらっしゃり、色々な形でイメージもストックされていて、それらを自在に組み合わせることができる。自分の中にそうした広い地図を持っていて、そのうえで面白い一歩を提案する方は、つねに新しい何かをつくりだせているような気がします。

中川
いきなり難しい話で恐縮ですが、服と生活の関係性が今現在どうなっているのかなど、普段感じていることがあれば教えていただけますか。

関戸氏
天候などの外部環境に合わせた機能性や、生活の中での必然性から飾りの部分が生まれたりと、本来であれば生活と着ることと自分でいることはイコールだったと思うんですが、いまはその両者が切り離されてしまったような気はします。コロナの時、「着ていく場所がないから服を買わない」という声があって僕は少しびっくりしたりもしたんですが、多くの人にとってファッションは「自分自身でいること」と直結してなくて、職場なり外食なり「コンテクスト(場)に合わせて着るもの」なんですよね。「自分がそのままでいるファッション」を持つには、一度自分の中のオーセンティシティをつくらなければなりませんが、それが面倒になってしまったのかなと思います。

一般的には天然繊維が肌にいいといわれているけど、農家の人が作業中の快適性を考えると、当然化繊の方がいいとなる。そうした技術への理解と自分のオーセンティシティがきちんと両立しているような人が、これからは何かをリードしていくような気がします。

中川
社会全体としては制服化も進んでいますよね。どの年代も、奇抜さがない、正解と言われるファッションを身にまとっている。

関戸氏
もしかすると、生活者自身が自己のオーセンティシティを磨くことをギブアップしちゃったのが現代なのかなと感じます。原研哉さんも「欲望のエデュケーション」と表現されますが、欲望を精緻にマーケティングした結果が製品だと考えると、製品と欲望はそれぞれ呼応しており、欲望をこそよくしていくのがデザイナーの仕事の重要な側面でもあると思います。

中川
確かに、マーケティング的発想のニーズに合わせた服が増え、三宅一生さんのように未来をつくる、導いていくようなファッションが少なくなっているような気はしますね。

村山
それをまとうことで自分の人生が変わるとか、ワクワクする未来があると思いづらくなっていますよね。おしゃれへの欲望がすり減ってしまっているという感覚もあります。

関戸氏
人によって定義はそれぞれですが、おしゃれって、「普通」と「意味不明」のXY平面があったとして、「どの辺のバランスにいたいですか」って話であるように思います。そこにZ軸を立てなきゃいけない。Z軸の立て方によってはナンセンスにもなるし前衛的にもなります。

村山
自分なりのZ軸を立てる時に初めて立ち上がる、欲望の形ですね。「欲望のZ軸」っていいですね。

また、服によってコミュニケーションが生まれることもありますよね。ファッションが単に寒いから着るといった機能的な役割や、フォーマルな場だからスーツを着るといった社会的な役割を表現するだけじゃなくて、もっと仕事や学習におけるコミュニケーションや、自分の人生を開拓していくツールになっていけば、そこから新しい欲望のヒントが生まれるかもしれません。

中川
ちなみに僕はいまオオカミの服を着ていますが、これも僕のオーセンティシティと言えるかもしれません(笑)僕が好きな三峯神社では、神様の使いであるオオカミを連れ帰ることができる「ご眷属拝借」という行事があって、いま僕にはオオカミのスタンドが3つついているはずなんです(笑)なので、この服はおしゃれというよりも自分の意思表示として着ている。そういうスタンスでいます。

自分を知り、素材を知り、欲望の解像度を上げていく

中川
Z軸が自分の人生を豊かにするためのエッセンスだとすると、自分が住んでいる地域も一つの豊かさになりえると思います。その地域の魅力を引き出すような服の在り方ってあるものでしょうか。

関戸氏
先日のことですが、仕事で美濃焼の里を訪れた同じ日の夜、東京に戻ってきて歌舞伎町のアートフェスティバルに行ったんです。田園風景で焼き物を見て回った後に、夜の繁華街で派手な演出のライブを見るという、とても両極端な体験だったんですが、そのどちらでも心を動かされました。その土地の数千年にわたる歴史や文脈に触れることで、個ではなく全体性へと回帰していくような感覚がある一方で、都市においては人間の身体性を爆発させることで得られるものがある。そのどちらもありだなと思ったんです。

また、たとえば岐阜の石徹白(いとしろ)洋品店というつくり手さんは、集落で受け継がれてきた民衣を現代に合った魅力的なデザインに仕立てて販売しています。服に、その土地の生活の知恵が反映されているんですね。大島紬も、独自の織り方と素材によって涼しさを生み出していて、服を通して土地の営みを知ることができます。京都の山村に住み、そこで独自の服作りを行う居相大輝さんという服飾作家もいます。100年、200年といった、人生よりも長い時間軸を一旦自分の中に取り込んで、服という形に落とし込んでいるケースを見ると、服が、そこにある営みを知る1つの装置になっている気がします。

村山
野良着のように、その土地での暮らしに適した服を環境がつくるというベクトルもある一方で、裏原のように、裏原らしさのある服を着る人がどんどん集まることで、街の文化や地域性が形作られるというベクトルもありますよね。人の感性や価値観が、先ほどのZ軸にある欲望として、地域を新しくしていくような可能性について議論しても面白い気がします。

関戸氏
従来のものをそのままつなげていくのではなく、新しくし続けることでつながっていくものもある。つまり伝承と伝統の違いですね。たとえば伝統工芸的な織物を昔からの技法でつくるのはとても労力がかかりますが、これだけ技術が進歩しているいま、同じやり方を続けることに固執しなくてもいいのではないかということです。

中川
そうですね。以前仕事で「スニーカー通勤」を啓発したときのことですが、当時ニューヨークでは一般的だったスーツにスニーカーのスタイルをどう日本になじませるかを考えた結果、健康や運動のメリットと合わせて提案したところ、成果が出たということがありました。少し先回りして行動文化を投げ込むといったことが、新しいカルチャー、新しい生活様式の誕生にはやはりとても重要なんだと思います。

村山
確かに、地域や土着の伝統なり風土を経て生まれた服が、何かしらの欲望の軸と出会うことで新しい価値が生まれるとすると、面白いですよね。伝統だから着るのではなく、自分の欲望にマッチするからそれをまとう、ということ。さらにそれが地域の楽しみ方などと接着すると、服の新しい可能性も出てきそうです。

中川
僕が今住んでいるのが下町なのですが、その辺の寿司屋とか銭湯とかに行くなら、甚平を着て雪駄を履くようなファッションの方が間違いなく気持ちがいいはずなんです。でも実際は、「やっぱり普通の服を着よう」となって、そうした服の選び方はなかなか一般化するのは難しいだろうなとも思う。そこを突破する何かが必要な気がします。

関戸氏
最近知ったんですが、鹿を捕獲する際、罠がかかる場所によってはすごく暴れて体温が上がり、肉の臭みが増してしまうんだそうです。だから、臭みが出ないような罠のかけ方、技術がきちんと存在している。単にジビエ料理を食べて「臭みがなくておいしい」というのではなく、その背景も理解することが大事だと思うし、そうした目線の解像度を服に対しても持っていることが理想的だとは思います。

村山
鹿肉の話もそうですが、快楽の解像度を上げることが、ファッションにいずれつながっていくような気がしました。鹿肉のおいしさの後ろにある捕獲の技術とか加工技術がわかってくると、味わいに奥行きが見えてくる。同じように、自分の快楽とか好きなことをブレイクダウンして解像度を上げて、抽象化、概念化したものがファッションとして現れるといえそうです。

関戸氏
クリスチャン・ディオールが著した『The Little Dictionary of Fashion』(ザ・リトル・ディクショナリー・オブ・ファッション)にも同じような話が出てきます。ものを選ぶときに、自分をよく知り、自分なりに似合うか似合わないかを吟味し、素材のことをよく知り、丁寧に組み合わせることを良しとすることです。それこそがラグジュアリーで、決して派手なものとか高いものがいいということではないんですね。

村山
とかく売れる売れないと言った経済の話になりがちですが、本来ファッションってもっと心の話ってことなんですね。

「都市の文化をまとう服」の仮説を考える

中川
「都市の文化をまとう服」というテーマに寄せて、いくつか僕らで仮説を考えてみました。以下の中で、何か気になるアイデアなどはありますか。

a.地域ライフファッション…その地域特有のライフスタイルを体現した服。海の近くの暮らし、山の近くの暮らし、ビルに囲まれた暮らしでは、服のあり方が変わりそう。

b.都市循環する服…その地域の畑で育てた綿花、飼育する羊からとれたメリノウールでつくった服を、その地域の人のみに販売する。

c.地域活性する服…その地域の民族衣装のようなものが、地域の新たな魅力となり、移住者を増やせないか。

d.地域特有の娯楽服…温泉の多い地域には、浴衣のような入浴に適した服を。釣りが盛んな地域では、仕事の後に釣りに行ける服を。地域の娯楽にフィットした服があったら楽しい。

e.季節の変わり目を祝う服⋯祭りの時期だけでなく、季節の変わり目に季節ごとの&地域ならではの服装を着ることで日常生活に新しいハレの演出を生みだす。

f.服とともに提供するレストラン⋯提供する食事を最大限楽しむための服までトータルで提供するレストラン

g.ブランドドレスコード⋯各企業が自社のブランドを体現したファッションドレスコードを設定することで、働く人がロゴを背負うではなく、自分らしく企業らしさを表現するメディアになる。

関戸氏
aの地域のライフファッションは、は先ほど出た野良着の話に近いですね。僕の知り合いが都心から海の近くに引っ越したら、それまでは関心のなかった特定のブランドを着るようになったそうです(笑)。そういうのって言語的な理解ではなくて、身体的な理解が根底にある気がします。

中川
ワインで言うテロワール、つまり生産地の風景を見ながらワインを飲むと美味しくなるというように、ファッションもその土地の風や空気、文脈を感じながら着ると気持ちいいということかもしれませんね。そういう意味で、似たような服が広がっている都市というのは、テロワールが不足しているということかもしれませんね。

関戸氏
bの都市循環する服については少し無理やりな気もしますが(笑)。でも原料の生産に関わることで、自分の物語が生まれ、ウールや繊維素材に対する想いや関心が間違いなく深まるでしょうね。

中川
やっぱり、解像度高く学んでいくことって、自分の意志だけだとなかなか難しい。環境がそれを教えてくれることで好奇心が芽生えて、どんどんのめり込んでいくことってありますよね。

村山
ファッション自体が入口なのではなくて、都市が面白いとか、癒されるなど、服と違うところにファッションの入口があることが重要な気もします。

関戸氏
cに関して言うと、先ほど出たZ軸との掛け算が新たな価値発見のきっかけになるということですよね。

村山
地域の文化と接触させる役割こそ、ファッションが担うべきなのかもしれません。以前、漁師にあえて使い込んでもらったジーンズを、漁師たちの生き様を刻んだデニムとして販売するプロジェクトがありました。ジーンズを通じて、食や漁師という新しいZ軸と出会うのは、非常に面白いですよね。

関戸氏
eの季節の変わり目について。確かに最近は温暖化で、夏と冬しかないようにも感じますが、たとえば二十四節気などで強制的に意識をリセットできるタイミングはいくつかあります。

中川
土用の丑の日も、もとは季節の変わり目に体調を崩しやすいので、滋養のあるウナギを食べようという呼びかけでした。二十四節気などの暦のリズム、大きな自然のリズムを意識することも、見直されてもいいような気はします。

関戸氏
fのような服とともに料理を提供するレストランは思い当たりませんが、すごくいいと思います。たとえば咀嚼音をたてないように黙食することで、強制的に身体感覚の解像度を上げるようなことができそうですよね。そうした体験がおいしい食事と一緒にできるというのは面白そうです。

村山
体験と服はつながっていますよね。温泉に行ったらあの浴衣を着るから、食事もおいしく感じる。

関戸氏
お茶会なんかはその最たる例ですね。1年準備して、12年に1度しか出さないお面を出したりして。作法として美しく見える足の踏み方、手の出し方が決まっているなど、とても身体的な行為でもあります。ただあそこまで形式化されていると気軽に実践するのは難しいので、「このTシャツを着てどんぶりを掻き込んでみよう」くらいがいいかもしれません。

中川
現代のお茶会があってもいいかもしれません。そこを目指してファッションもつくっていく。お茶会をもっと日常的なものに新解釈してもよさそうですよね。

村山
gのブランドドレスコードに関しては、弊社は「粒ぞろいより粒違い」という人材育成方針があるので、社員がみんなバラバラなファッションを着ていることがブランドドレスコードかもしれませんね。

関戸氏
僕の出自であるデザイナーズブランドは厳格なコンセプト至上主義だったのですが、様々なブランドを育てられた方の中には、その中だったら比較的自由度高く挑戦ができる適切な制約を「フレームワーク」と表現される方もいらっしゃいます。それを聞いてとても驚いたし、いいなと思いました。

中川
どちらの在り方でも成立するけど、正しい制約の中で少し遊びを持たせるというフレームワークの考え方は面白いですね。

今日の議論に出てきた、「欲望のZ軸」の話は、ファッションに限らずいろんなテーマに通底している気がしました。また、欲望を自らつくっていくのも大事だし、環境を新たにつくっていくことでそれがより生まれやすくもなり、ファッションの在り方も変わり得るという話も印象的でした。

今日は貴重なお話をいただきありがとうございました!

Instagramアカウントが立ち上がりました。
落書きのような無邪気でUrban Guerrillaなアイディアを発信していきます。
https://www.instagram.com/newurbanguerrilla/

関戸 遼 氏
合同会社Open Design
コンセプトデザイナー

デザイナーズアパレルにて様々な角度から事業運営を経験。その後、デザイン&アートフェスティバルの企画運営に携わり、クリエイティブの流通の仕組みを体感。関わるあらゆる人にとって挑戦となるような取り組みを目指して、現場主義のリサーチで横断的な視点を更新中。

中川 悠
博報堂 クリエイティブ局チームリーダー
ヒット習慣メーカーズ リーダー
エグゼクティブクリエイティブディレクター

メーカーの商品開発職を経て、2008年に博報堂中途入社。エグゼクティブクリエイティブディレクターとして、日々お得意先や社会の課題に向き合っている。最近年をとったせいか、もっと自然体で、自然と共に生きていきたいと思うようになり、都市生活に新たな余白を生み出していく「New Urban Guerrilla」という取り組みをはじめた。同じ想いを持ったいろんな人たちとご一緒したいです!

村山 駿
博報堂 PR局
PRディレクター/統合ディレクター
ヒット習慣メーカーズ メンバー

PR戦略局から、19年に統合プラニング局に異動、21年にふたたびPR局に異動。社会発想を軸にした統合コミュニケーション、情報戦略に携わる。毎日きまった街のきまった飲み屋に入り浸っていた生活を経て、知らない街の知らない店に飲みに行きたいなとリサーチ活動を実施中。

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