

山口
今回は、取材の機会をいただけて本当に嬉しいです。数年前にWebで御菓子丸さんのお菓子を拝見して、あまりの可愛さと、これまでの和菓子とは違う“何か”に衝撃を受けました。
今日うかがいたいのは、杉山さんの制作の根底にある考え方です。和菓子は「季節を閉じ込める」「引き算の美学」などとよく言われますが、杉山さんの中では、何を足し、何を引くという感覚をお持ちなのでしょうか。
杉山
そうですね……、私の中では「あえて引く」とか「意識的に足す」という作為的な感覚はあまりないんです。
お菓子を作るとき、私は自然物をモチーフにすることが多いのですが、例えば花には花びらがあって、めしべとおしべがありますよね。それって誰かがデザインとして足したものではなく、その生命が生きるために、あるいは子孫を残すための必然的な構造です。私の造形も、それに近いような感覚がありますね。
山口
デザインとしての装飾ではなく、構造そのものが形になっている、という?
杉山
はい。ある著名なデザイナーの方が、ご自身のデザインについて「Become(なる)」という言葉を使われていたのですが、それが私にもしっくりきています。日本語の「誰かになる」というと意志的なニュアンスがありますが、現象として「そうなってしまう」、着地すべきところに導かれて「なっていく」感覚なんです。
自分がコントロールするのではなく、素材の重みや、固まる時間、口に入れた時の崩れ方といった「事象」と向き合っているうちに、最終的に着地したときに「ああ、これしかない」という答えが出る。それが私にとっての造形です。

山口
なるほど。具体的に、その「なっていく」プロセスを象徴するエピソードはありますか?
杉山
代表作の「鉱物の実」がまさにそうです。制作のきっかけは、お正月に飾る、木の枝に紅白の餅を飾り付けた「餅花」をあのまま食べられたらいいな、というシンプルな発想でした。
最初は実際の木の枝に餡入りのお団子をつけてみたのですが、それだと重力に負けて落ちてしまう。これは、“なっていない”状態です。ところが、試行錯誤の中で琥珀糖を使ったところ、うまくいきました。琥珀糖って最初は寒天で、周りが結晶化することで琥珀糖になるのですが、それがしっかりと枝を抱え込むように接着したんです。
山口
琥珀糖を使う必然性があったのですね。

杉山
これなら手で持てるし、食べられます。お花にめしべとおしべがあるのと同じような、物理的・構造的な意味がある状態に「なった」と感じました。
こうしたことを、一つひとつ、いかに精度を高められるかに日々取り組んでいます。
山口
たとえば「鉱物の実」の制作なら、「金属を感じさせるお菓子があるとおもしろいのでは」といったアイデアから入っているのかな、それを具現化するプロセスなのかな、と勝手に想像していました。もっと抽象的なところから出発して、手を動かしながらヒントを得ていく。そのうちにゴールが変わることもある、という感じなのですね。
杉山
そうですね。頭の中に、まず「食べたい食感」や「見せたい景色」という設計図があるんです。
数年前に「最中(もなか)」を作ろうとしたとき、私ははじめ、最中の皮に砂紋のような細かい模様を入れ込みたいと考えていました。最中の皮を「種(たね)」というのですが、老舗の種屋さんにそれを相談したところ、「物理的に不可能だ」と言われてしまって。最中は餅をプレスして熱で膨らませる工程があるので、緻密な模様を彫っても、膨らむ力でデザインがぼやけてしまうんです。
歌原
素材の性質が、制約になってしまった、と。
杉山
そうです。でもそこで諦めるのではなく、「膨らむ」という性質を肯定するデザインと、逆に「膨らませない」ことで緻密さを守る製法に分ければいいんだと気づきました。
結果として、緻密な模様は、木型で生地を押し固めた「宝相華(ほうそうげ)」という焼き菓子になり、最中の方は「すなふ」という、膨らみを活かした抽象的な形へと進化しました。

山口
まるで生物の進化みたいですね。2つに分かれるべきだったものが分かれていった。
杉山
作るうちに制約によって枝分かれして、2種類のお菓子ができあがっていきました。結果を見ると、最初に山口さんがおっしゃった「引き算」がされていることはあるなと思いますが、逆に足し算のお菓子ができあがってもいいかなとも思っています。
歌原
「宝相華」の紹介文には、“模様を食べる”をコンセプトにしている、とありますよね。本当に細やかな模様ですが、こちらはどんなプロセスを経てできあがったのでしょうか。
杉山
まず生地には和三盆糖を使っています。和三盆糖はすばらしい素材なのですが、現代の私たちが日常でコーヒーなどと一緒に食べると、甘さが少し強く、口の中が重くなる感覚がありました。もっと軽やかで、口の中でホロホロと溶けるような、現代版の和三盆の形はないかとたくさん考えました。
そこで焼き菓子の専門家の方に相談して、小麦粉をあらかじめ煎ってグルテンを飛ばし、和三盆とわずかな油を合わせて低温でじっくり焼く、という手法にたどりつきました。和菓子の「落雁」と、洋菓子の「ポルボロン※」の中間のような、どこにもない食感です。味も3パターンほど変わっていくようにしたかったので、物理の専門家の方にも相談しましたね。
※ポルボロン…スペイン発祥のホロホロと崩れる食感の焼き菓子。
歌原
素材を解釈して、多方面で専門家に相談しながら作りたい形を試行錯誤する。今の形になるまで、たくさんの時間がかかったんじゃないでしょうか?

杉山
実際、1年以上かかりましたね。生地だけでなく、木型も特殊な製法で作ることになりました。「宝相華」の生地を詰めたときに繊細な模様が浮き上がり、その意味がきちんと伝わるように、正確に表現したかったんです。そんなオーダーを忠実に叶えてくださったのは、仏像を彫る仏師(ぶっし)さんでした。
架空の花を組み合わせた模様である宝相華は、仏教美術にもよく使われています。そうした部分も汲み取って、彫刻のプロが彫ってくださった型は、お菓子というプロダクトに不思議な神聖さを与えてくれました。
山口
最初に設計図があると話されましたが、試作しながら、まったく業界外の方とも組みながら、設計図にどう近づけるかというプロセスがあるのですね。
杉山
はい。表現だけではだめですし、技術だけでもだめですし。いかにその両輪を磨きながら、キャッチボールを重ねた末に、見た目と味ができあがってくるという感覚です。

山口
お話をうかがっていると、和菓子でありながら、和菓子を飛び越えるようなイメージを感じます。ご自分の中にもそんな変革の意識があるのか、それとも変わっていって当然というような意識なのか……どうでしょうか?
杉山
変革の意識というほど強くはないですが、もうちょっと崩してみたい、というふうには思っていますね。
私は和菓子の中でも茶席菓子をベースに学んできたのですが、その世界では、あくまでお抹茶がメインです。なので、お花であっても香りのあるお花は生けませんし、和菓子も主張の強いものは出されません。銘や見た目は違っても、食べると同じあんこの味で。もちろん、こうした茶道の世界の「型」は、先人の知恵や美意識の集約だと思うのですが、私はあえて「和菓子を主役」として作っているので、少しずつ崩してもいいかなと思いを持つようになったんですね。

山口
もう少し主張してもいいのでは、と?
杉山
たとえば、春に桜色の山の和菓子を食べたら桜の味がするとか、秋の山を食べたら柿の味がするとか。季節のもので、実際に食べられる食材を使って、味と色からも季節を感じるというふうに自分の制作をシフトチェンジしたんです。
歌原
それは、御菓子丸を始めるきっかけでもあったのでしょうか?
杉山
はい。御菓子丸という屋号で制作を始めて、これまで色で表現してきたことを、素材をガラッと変えることで「こうだったらいいのにな」を表現するようになりました。自分の中ではかなり大きな変化で、それが楽しくて、どんどんいろいろな製法や表現で作るうちに、今のようなお菓子になっていきました。

歌原
「御菓子丸」という屋号の由来についてもお聞きしたいです。一度聞いたら忘れない、力強さとチャーミングさが共存していますよね。
杉山
ありがとうございます。名前を決めるとき、いちばん大切にしたのは「親しみやすさ」と「脈々と続いていくこと」でした。今の時代、新しいブランドを立ち上げるなら、もっと横文字のお洒落な名前にすることもできたかもしれません。でも、あえて江戸時代の家紋や、少し堅苦しくて古い会社名のような響きを目指しました。一種のパロディのような感覚もありますね。
歌原
親しみやすさ、とおっしゃいましたが、たしかに和菓子というと、凝ったものほどある種のとっつきにくさから、日常からは距離があるように感じるかもしれないなと思います。

杉山
そうなんですよね。たとえば最中にしても、「皮が上あごにくっついて食べにくい」とか「子どもがあまり喜ばない」という側面が少なからずあります。
それなら、食べる直前に自分で餡を詰めるようにして皮をパリパリに保ち、中にアイスを忍ばせたりしてもいい。もう少し軽やかなものとして、和菓子をアップデートしたいなと思っています。
かといって、すごく意気込んでいるというわけでもなく、根っこにあるのは、自分が本当に食べたいものを作って、それをお客さんと共有するような感覚ですね。
歌原
杉山さんは予約制の「御菓子丸喫茶」も手掛けていらっしゃいます。これまでの「作って送る」という活動から、お客さんと御菓子丸を共有する場をもつようになって、どんな心境の変化がありましたか?
杉山
意外だったのは、私はどちらかというと茶道から離れていっている感覚があったのですが、お客様からは「禅的ですね」「茶の湯の精神がありますね」といった言葉をいただくことでした。
自分では意識していなかったのですが、考えてみれば「今日は冷え込むから、まず温かいお菓子を出そう」といった形で、その時間を最大限に楽しんでいただこうとすることは、茶道のおもてなしの精神そのものでした。
自分の和菓子も、先ほどの引き算の話に通じるかもしれませんが、華やかな味わいというよりは、ちょっと余韻や余白を残すような味わいに仕上げていると思います。それも改めて捉えると、やっぱり和菓子なんだなと。一周回って戻ってきたような感じですね。

山口
いろいろな試行錯誤を重ねた結果、和菓子が持っている本質に収まっていくような。
杉山
そうかもしれません。和菓子は、だいたい5本の指に収まるくらいしか材料を使いません。そのシンプルな素材を、いかに研ぎ澄ませていくか。味わいでいうと、お寺の鐘がボーンと鳴った後の、消えゆくときの響きのような。そんなところに私はおもしろさを感じているのだなと思います。
それは自分もやりながらたどりついた感覚ですが、喫茶を始めて直接感想をいただくようになって、お客様も同じような印象を持たれているのがすごく新鮮な気づきでした。
山口
お菓子を楽しむことの根底に、何を感じてもらうか、どういう時間を過ごしてもらうか、があって、現代に形を変えているのかもしれないですね。

歌原
デザイナーの同僚と、「暮らしに必要なものが充実している今の時代に、新しいものを生み出す必要はないという考えもある。でも時代が変わると、人の行動や考えが変わり求めるものが変わっていく。本当に人が求めるものは、誰かが提案しないと生まれない。デザイナーはそのために存在しているんじゃないか?」と話したことがあります。杉山さんは、今の時代にみんなが「あったらいいな」と思うものを、ご自身も「あったらいいな」と思って、形にしているように思えます。
杉山
おっしゃるように、人が求めることは時代とともにどんどん変わっていきますよね。それを肌感覚で受け取りつつ、自分は何を食べたいか、と考えているようなところはあります。
最近だと、食感をいろいろと工夫しています。きっかけはだいぶ前になりますが、2013年ごろ、仕事で中国の上海や北京へ行く機会がありました。そこで現地の若いクリエイターの方々にお菓子を出した際、「日本の和菓子は、私たちには甘すぎるし、何より食感(テクスチャー)がなくて物足りない」と、一口食べて残してしまいました。
山口
それはショックですね。でも、グローバルな視点からの本音でもあるのかもしれない。

杉山
そのとき、「ああ、そうか」と腑に落ちたんです。日本の和菓子は、お茶を邪魔しないように、ひたすら素材を漉してなめらかにすることを目指してきました。それはすばらしい文化ですが、海外の方、あるいは今の多種多様な食体験をしている私たちにとって、引っかかりのない少し寂しいものに映ることもあるわけですよね。
そうした点から、食感に対するおいしさを追求し始めて、たとえばメレンゲを使ってサクッとした層を作ったりしています。安易に迎合しているわけではなく、日本人が昔から「絹豆腐」と「木綿豆腐」の微妙な食感の差を楽しんできたような繊細な感覚を、現代の素材と技術で形にしている感覚です。
この2~3年で作っているものは、中国の方にも日本の方と同じようにすごく喜ばれているので、アップデートできているのかなと思っています。

山口
御菓子丸として、あるいは杉山さんとして、これだけは守りたいという一線はありますか?
杉山
「美しくて、おいしい」という2つが、どのお菓子でも成り立っていることです。それは、和菓子づくりを始めて、最初からやりたいと思っていたことでもあります。美しさだけを追求するのではなく、食べたときに「あ、これまでにない味だ」「この食感はおもしろい」という驚きを伴うおいしさがあって、初めて完成すると考えています。
デザインの段階で、食べやすさにも、ものすごくこだわります。先ほどお話しした「すなふ」も、口にいちばん心地よく収まり、かつ断面が綺麗に見える「2.5センチ」という高さを、粘土で何度もプロトタイプを作り、実際に口に当ててみて導き出しました。
山口
まさに、お菓子という媒体を通じたデザインそのものかもしれないですね。
杉山
そうですね。私の和菓子は、美術が好きな人にはアートのように見え、デザインが好きな人にはプロダクトに見えるようです。SNSなどでは、投稿する方によって、私の肩書きがアーティストだったりデザイナーだったり職人だったりと揺れ動きます。その振れ幅を大事にしたいです。
山口
最後に、これからやってみたいことは何ですか?
杉山
たとえば、砂糖を使わないお菓子や、植物性のお菓子にも注力したいと考えています。喫茶でも、4種類お出しするうちのひとつは砂糖を使わないという試みをしています。和菓子の起源や、かつてお菓子と料理の境界がなかった時代の調理物のあり方などももっと深く掘り下げて、さらなるアップデートを続けていきたいですね。
歌原
杉山さんのお菓子がそうであるように、杉山さん自身の和菓子への向き合い方も「なっていく」のですね。

Photo by 末長 真

1983 年三重県生まれ、京都在住。食べて消えることに表現の可能性を感じ、京都にて和菓子を学ぶ。食べる行為を一つの体験として捉え、記憶に残る一瞬を菓子に込めて制作する。2006年-2016年まで「日菓」としての活動、2014年より「 御菓子丸 」を主宰、制作、販売している。

博報堂入社後、財務、人事、営業、コンサル、公共部門を経て、2018年より博報堂グループのデザインコンサルティングファームであるHAKUHODO DESIGNに所属。2023年より現職。経営戦略・事業開発からブランディングまで幅広い領域でのコンサルティングを提供。2024年、博報堂が発行する雑誌『広告』の編集長に就任。ACCグランプリ、Spikes Asiaゴールド、D&ADグラファイトペンシルなど受賞。

博報堂の開発部門で新規ソフトウェアのプロジェクトリード・プロダクトマネジメントに従事したのち、2023年よりquantumに所属。MEDUMでは、デザインリサーチャーとして、ユーザーニーズの掘り起こしから、UX設計の知見も活かした実効性の高いリサーチを実践し、新しいモノづくりを支援している。慶應義塾大学文学部東洋史学専攻卒。趣味は茶道、茶名は宗理。