
落合 康裕氏
静岡県立大学経営情報学部 教授
大澤 智規
株式会社TEKO LEVERAGE CEO/エグゼクティブクリエイティブディレクター
井川 優衣子
株式会社TEKO LEVERAGE クリエイティブディレクター/プロジェクトデザイナー
大澤
まずは落合先生の主な研究テーマについて教えていただけますか?
落合
私は金融機関で実務経験を積み、大学の研究者になりました。専門分野は経営学で、特に経営戦略の視点から、ファミリービジネスや事業承継を研究対象としています。
私の研究は、大きく2つの軸があり、1つ目はファミリービジネスを定量的に分析する研究です。上場企業には有価証券報告書の提出が義務付けられていますが、約4000社分の有価証券報告書をもとに分析した結果、全体のおよそ半数がファミリービジネスであることが分かりました。そのうえで、ファミリー企業と一般企業を比較し、成長性や安全性、収益性といった観点から業績分析を行っています。
2つ目は創業から100年以上続く「長寿企業」に関する研究です。長寿企業は3~4世代にわたる事業承継が必要で、そのほとんどがファミリービジネスです。長寿企業の研究によって「なぜ事業承継をうまく実現できているのか」を明らかにすることが目的です。定量分析にとどまらず、先代や後継者へのインタビューも含めたフィールド調査も実施し、定性的な面からも分析しています。

井川
落合先生は以前「日本には長寿企業が非常に多く、世界的にもかなり珍しい」ことに触れていらっしゃいましたがその背景にはどのようなものがあるのでしょうか?
落合
長寿企業の多くは、地域に密着しています。地域の文脈の中で事業承継を捉えていくと、その意味は大きく広がってきます。例えば、先代が築いてきた取引先との信頼関係、仕入れ先や顧客、金融機関など、企業はさまざまな利害関係者との繋がりを持っています。つまり、事業承継とは前の経営者から次の経営者へ代替わりするというだけではなく、「地域との関係性」を次の世代へ引き継いでいくプロセスでもあると言えるわけです。
井川
事業承継は経営権だけでなく、先代が築いてきたさまざまな関係やネットワークをまとめて引き継いでいく必要があるということですね。

落合
日本の老舗企業における事業承継は、企業を取り巻く外部の人々との関係も含めて、地域というものを“丸ごと”捉えて事業承継していることが多いと感じています。企業は経営者や従業員だけの所有物ではなく、利害関係者全体に影響を与える存在として捉える視点が、日本の長寿企業の特徴だと考えています。
大澤
今の日本において、一般的に事業承継のボトルネックは「後継者不足」が挙げられますが、現場の最前線に立つお立場として、こうした問題の深刻さを肌で感じる場面はありますか。
落合
日本では人口減少を背景に、2010年代から「後継者不足」への関心が高まりました。当初は「企業を継ぐ人がいない」という問題が中心でしたが、そこから10年近く経った今、事業承継は第2ステージに入ってきていると感じています。
これまでの「事業承継1.0」がバトンを渡す瞬間に注目していたのに対し、これからの「事業承継2.0」は、後継者の成長や育成までを含めて“線”として捉える発想が肝になると考えています。
多くの後継者が「先代の築いた文化の中で自分の個性をどう活かすか」に苦労しているように感じます。事業承継とは「ヒト・モノ・カネ・情報」といった経営資源を引き継ぐことに加え、政治や経済状況、さらには社会動向など変化する環境に合わせて自らの判断を加え、事業を前進させることが求められます。「先代からの事業を守ること」と「自分らしさを発揮すること」は矛盾する課題です。この葛藤といかに後継者が立ち向かい、乗り越えていくかが事業承継の最も重要なテーマだと言えます。

井川
企業を取り巻くさまざまな環境の変化があるなかで、後継者が「時代性が違うから以前のようには振る舞えない」というのはすごく理解できました。そのうえで伺いたいのですが、先代の思考回路を今の時代に適応させるだけではなく、自分らしさを組み込むことの重要性について、先生はどのようにお考えでしょうか。
落合
受け身で指示を待つのではなく、仕事に意義を見出して、自ら考えて行動することで責任感や主体性、創意工夫する力が育まれます。もし、自分の考えたアイデアが成功すれば、後継者は「この仕事をやっていてよかった」という自信や自己効力感を得ることができるでしょう。受け継いだ理念を大切にしつつ、状況に応じて臨機応変に判断し、自分の頭で考え行動する力が必要になります。うまくそれを実現している企業は後継者の育て方に特色があるように思いますね。
大澤
結局のところ、事業承継がうまくいくかどうかは、先代から受け継ぐ価値観や経営スタイルをどう受け止めるか。そして、後継者自身がどれだけ当事者として主体的に取り組めるかだと感じました。実際のケースとしては、引き継ぎに失敗して業績が停滞・縮小する企業もあれば、逆に先代がカリスマ的な経営者だったにもかかわらず、後を継いだ世代でさらに事業を成長させている企業もあります。
後者の企業に共通しているのは、後継者が先代の思いや強みをしっかり理解しつつ、自らの判断で経営に責任を持っていること。つまり、承継を通じて“自分の経営”へと進化させている点が鍵になっていると思います。
先生のおっしゃる、後継者自身の覚悟に繋がる内省的な「ストーリー」は、その企業において変えるべきものや守るべきものとは別に、後継者自身の物語を加えていくということなのでしょうか?

落合
最終的には「足し算なのか、掛け算なのか」という問いに行き着きますが、「ストーリー」という概念に最近注目しているのは、人が過去をどう語るかに深い意味があると感じているからです。現場で先代や後継者に話を聞くと、彼らは事実を羅列するのではなく、感情の起伏を交えた物語として語ります。苦しかった時期も、後になって振り返ると「転機」や「教訓」として再構築され、頭の中で「物語」として整理されていくのです。
つまり、ストーリーは人の思考や行動に強い影響を与えるもので、事業承継においては「後継者自身の人生の物語」と「会社としての長い歴史の物語」の双方を意識することが大切です。
大澤
会社の歴史を背負うだけではなく、そこに後継者自身の物語を重ねていく際に、事業承継の重圧とどのように向き合えばいいのでしょうか?
落合
例えば、ある経営者の方は「ライフラインチャート」という手法を用い、うまくいった時や苦しかった時、大きく気持ちや行動が変わった転機などを一本の線で描き、自身の価値観や行動の軸を整理していました。こうすることで、経営者としての自分の“軸”を確認できるといいます。ほかにも、独立志向なのか安定志向なのかといった自分の価値観を見定める「キャリアアンカーシート」を活用している経営者もいました。
大澤
先生のお話を聞くと、「後継者のライフヒストリーや経験」と「会社の歴史」を結びつけて考えることがあらためて重要だと気づきました。会社の歴史を箇条書きや年表のように整理するだけでは、自分らしさや創意工夫にはなかなかつながりにくいのですね。
落合
最初は箇条書きしたもので走り出す後継者も多いですが、その理解の仕方で結果は大きく変わります。行間を読み、対話を重ねられる後継者は、先代や取引先との関係から新たな気づきを得て、企業の物語を再発見することができます。そのストーリーを外部と共有することで信頼が生まれ、後継者の「資源動員力」も高まります。とはいえ、一定の時間は必要なので、社史を学び、会社の歴史や文化を理解し、その文脈から判断・発信することが周囲から共感を得る鍵になると言えるでしょう。
大澤
M&Aなどの買収を通じて、外部から後継者が来るケースもあります。この場合、現場の空気や経営者としての先代の振る舞いを知る機会がなく、良くも悪くも突然その立場に立つことになるわけです。その結果、表面的には高い経営スキルを持っている人であっても、状況によってはうまくいく場合とそうでない場合が大きく分かれるのではないでしょうか。
落合
M&Aで新しい経営者が就任した際、現場や地域の文化になじめず、適応できないケースは少なくありません。これは結局、社内と地域の「対人関係」に集約されると感じていて、長年培われた会社の文化や地域との信頼を、どう受け継ぎ反映させるかが大事になるでしょう。どんなに有能な経営者でも、従業員や多様なステークホルダーとの向き合い方を疎かにすれば、組織や地域に適応するのは容易ではありません。
井川
外部から事業承継する場合、これまでの経験や価値観といった「自分なりの軸」をすでに持っているケースが多いと思います。だからこそ、経営を引き継ぐにあたってはまず、会社の内側にある考え方や背景をしっかりと理解することが肝になるということですね。

大澤
これまでの事業承継に関する相談は、「とにかく会社を継いでもらい、潰れないようにしたい」というものが多かったように思います。しかし、最近は事業承継だけではなく、「会社のストーリーを途切れさせず、どのように次の世代に繋げていくか」を考えるようになってきたと感じています。
落合
私は「自分を知る」「会社の歴史を知る」「将来の承継を構想する」の3ステップが重要だと考えています。会社のことを理解したうえで改善しようとしているのか、何も知らないのに変えようとしているのかによって、入口が全く違います。新しい経営者が周囲の信頼を得るためには、会社の価値観や文化をしっかり理解することが重要です。その上で、会社の未来の青写真をストーリーとして描き、従業員や取引先に「納得感」や「説得力」を持ってビジョンを語ることが非常に重要になります。

大澤
自社や自分自身を「物語」として伝える力を高めることが、事業承継の成功にもつながるんですね。
落合
こうした「物語」の伝え方は多様化していて、写真などのビジュアル資料を添えたり、最近では動画を活用したりする企業もあります。こうした記録は、会社の文脈やストーリーを継承するうえで大きな助けになるほか、社内外への伝達にも有効な手段です。きちんとストーリーとして継承されていれば、自社の存在意義を深く理解することができます。この部分は自社のブランドレガシーに関わる重要な要素であり、「安易に変えてしまうとブランドや会社の価値を損なう可能性がある」ことに気づくのが大事だと私は思っています。
井川
今のお話を聞いて、自分史を掘り下げるべき理由がわかった気がします。「先代がやってきたから続ける」という単純な話ではなく、背景や文脈を踏まえたうえで「何を継承するか、何を手放すのか」を見極めるために、自分史や社史を掘り下げるのは必然だと感じました。
大澤
まさに何を承継して、その価値や物語をどう伝えるかが、事業承継の成否を左右する時代になっていますよね。単なる記録としての社史ではなく、「その先に何を繋いでいくか」を考えた社史であれば、非常に重要な意味を持つでしょう。
落合
私たちの研究の世界でも色々なトピックが議論されていますが、その中でも注目されているのが先述した「レガシー」という概念です。会社のストーリーや物語の整理と、このレガシーの移転の考え方は、整合性のあるものとして理解することが重要です。

大澤
私たちのように外部から事業承継を支援する立場だと、どうしても制度や仕組みの構築に力点を置きがちですが、先生のおっしゃる「人から人へ継がれていく物語」という視点が、実務の成功を左右する重要な要素であることを再認識しました。本質的な価値の承継を抜きにしては、ビジネスの成功は難しいのだと実感しました。
落合
最近では多くの金融機関がウェルスマネジメント部門を拡充していますが、実は「富(ウェルス)」には「株・債券などの金融資産」と「ブランドや伝統を含む無形資産」という2つの側面があります。いままで、金融機関は前者を得意としてきました。今後、会社の物語や社史づくりの支援を行うことでウェルスマネジメントの視点が一段と深まり、企業の存在意義やブランドストーリーが顕在化するなど、従来以上に奥行きのある金融サービスを提供できると考えています。
井川
今までとはちょっと違うアプローチが生まれてきそうですね。例えば老舗ブランドのように会社の歴史そのものが商品価値になっている企業もありますが、そうでない企業では、ブランドの承継に対する意識はどうしても薄くなりがちです。だからこそ、こうした物語の言語化が重要になるのですね。
落合
経営者の考えについては、一度きりではなく10年ごとに同じ質問を重ねてインタビューするなど、時間軸に沿って定期的に記録することが大切です。なぜそれが重要かというと、同じ質問でも回答が変わることがあり、その変化の理由を振り返ることで「次に取るべき行動の手がかり」になるからです。そう考えていくと、TEKOが提唱する「コアストーリー」と、経営者が自らの言葉で物語を語ることの重要性は共通しているのではないでしょうか。
また、会社のコアストーリーは社内だけに保存されるものではなく、外部にも発信することで蓄積されていきます。こうして外部に蓄積されることで、コアストーリーはより長期的に保存されやすくなり、会社の価値や文化を守る仕組みとしても機能するのです。例えば、後継世代が自社の先代からは聞かされていなかった内容を、地域の取引先の経営者から教わるようなイメージです。だからこそ、後継世代はコアストーリーの期待値にあった経営をするよう促されるのです。
大澤
ストーリー化は事業承継に限らず常に重要であり、企業全体を時間の流れで俯瞰しながら、「企業そのものを一つの物語として長期的に捉える視点」に達することが、最終的な目標だと再認識しました。本日はありがとうございました。



