
登壇者:
山田崇臣氏/日本放送協会 デザインセンター 映像デザイン部 部長
茂呂譲治/博報堂プロダクツ 取締役常務執行役員
佐藤カズー/地球中心デザイン研究所 CEO/CCO
ファシリテーター:
江村千草/博報堂 経営企画室 サステナビリティ企画部 部長
江村 今回の対談は、バーチャルプロダクションスタジオからお届けします。バーチャルプロダクションとは、巨大なLEDウォールに3DCG背景を映し出し、その前に人物や商品を配置して撮影することで、リアルとバーチャルの境界を越えた映像表現を実現する手法です。背景はカメラの動きや照明と同期してリアルタイムに変化し、仮想空間内で撮影をしているかのような映像効果と没入感を得られるのが特長です。ロケ移動や大規模セット制作・廃棄を抑えられる可能性もあり、従来と比べ環境負荷軽減が望める撮影手法としても注目されています。まずはNHKさんでの実装例を手がかりに、制作現場の変化と課題を紐解きます。

山田 NHKは放送局として番組をつくり続ける事業体のため、エネルギー・資材の排出や廃棄も、どうしても大きくなりやすい。だからこそ、組織全体で環境経営に取り組むことが重要だと考えています。環境経営として、「エネルギー」「情報発信」「ワークスタイル」「制作プロセス」「資源・廃棄物」の5領域に整理して「持続可能な社会に貢献する公共メディア」を目指しています。

「エネルギー」では、2030年度末までにCO₂排出量を50%削減する目標を掲げています。取り組みの方向性としては、エネルギーを「減らす・選ぶ・作る」。たとえばスタジオ照明のLED化、蓄熱式空調システムの導入など設備更新を通して使用量を”減らす”。再生可能エネルギーを “選んで”調達する。太陽光発電でエネルギーを自分たちで“作る”ことも含め、環境負荷の低減を進めています。
「情報発信」では、公共メディアの使命として番組やイベント、国際会議などを通じて、気候変動対策の重要性を伝えてきました。
「ワークスタイル」の面でも、研修や社内コミュニケーションによる啓発を続けています。給水スポットを置いてマイボトルを推進したり、環境経営に資する取り組みを表彰する制度を設けたり、建物内でテーマ展示を行ったり——“自分ごと化”をしてもらう施策を、様々取り組んでいます。
「制作プロセス」においては、たとえば大河ドラマ『べらぼう』では「サステナブルアクション」をつくって、スタジオ前に掲示したり、台本の表紙に入れたりして、スタッフ全体の意識を高める取り組みをしました。また、カリキュレーターを導入し制作過程で「どのシーンで、どれだけCO₂が排出されているか」の計測も始めています。
「資源・廃棄物」については、美術領域のウエイトが大きいので、ここに重点的に取り組もうとしており、3R(Reduce/Reuse/Recycle)を軸に、最終的にはサーキュラーエコノミーを目指しています。Reduceでは、今日のテーマでもあるバーチャルプロダクションを活用し、「美術セットの作る量を減らす/作らない」。Reuseは、美術セットの規格をできるだけ揃え、耐久性の高い素材で作り換えることで、汎用性のあるパーツとして“繰り返し使える”ようにする。Recycleは、木工から段ボール素材への切り替えを進めたり、最後に残る廃材・端材を子ども向けワークショップの素材として活用し、循環させることを意識して進めています。
山田 大河ドラマ『どうする家康』での実例をご紹介します。バーチャルプロダクションの導入により、生産性の面で大きな効果を得られます。通常、合戦シーンはエキストラを200~300人入れて撮影しますが、バーチャルプロダクションを導入したこちらのシーンでは現場のエキストラを最大でも60人弱に抑えつつ、LEDの中の“デジタルエキストラ”数千人を同期させて撮影しています。
さらに、地面もターンテーブルに乗せ回転させて、LEDの世界と同期させることで、正面にしかスクリーンがない状況でも360度に近い映像効果にトライしました。撮影自体は4日間ほどで、もし同じことをリアルなロケで撮影したらおそらく1カ月はかかるであろうという規模感のものを、短期間で成立させられました。

クリエイティブ表現の面でも可能性が広がり、バーチャルプロダクションの導入により、今まで描けなかった世界観を描くことが出来ます。『どうする家康』では、国ごとの空気感やアイデンティティを強調するような演出ができました。甲斐は霧がかっていて奥深い山岳文明のように、尾張は曇天で不穏さを帯びて信長の上にはカラスが飛んでいる——それぞれの特徴をあえて誇張して表現することが出来たのも、良かった点です。
こうした表現を支えるのが、デジタルアセットです。LED背景として使う素材は、撮影の1年半〜2年ほど前から準備を始めました。中世・戦国時代を表現するために全国の建造物や文化財を取材してリスト化し、フォトグラで取ってきてバーチャル空間上で集め、城下町・砦・城・御殿として構成します。 “実在”するものをベースにアセットを構築し、その前にセットを立てて芝居をする、そんな取り組みを進めました。


山田 『どうする家康』では、ドラマシーンの約80%をバーチャルプロダクションで撮影しました。導入効果は、①多彩な演出の実現②天候リスクの回避③移動・準備によるインターバルの圧縮、時間やコストの削減④撮影日数圧縮・撮影環境向上による働き方改善⑤美術セット廃棄量削減による環境負荷低減⑥アセットの二次展開・文化発信など、多岐にわたります。アセットは次の作品でアップデートしながら利活用することもできますし、将来的にはゲームやアニメなど別領域への展開にも貢献出来るのではないかと思っています。
一方で、同じ規模感で継続するには、中長期のコンセンサスに加え、大河ドラマは次年作と制作期間が重なるためハイエンドな取り組みを継続するための体制と人材育成が不可欠です。今放送している『豊臣兄弟!』では『どうする家康』のアセットをアップデートし同様の規模感で撮影をしているので、ぜひご注目下さい。

茂呂 大河ドラマのようなスケールでは、バーチャルプロダクションが非常に効果的であると改めて思いました。時間や場所の制約が開放されるだけでなく、クリエイティビティ・表現の可能性が大きく広がると感じ、視聴者にとってもより楽しい未来につながるのではと思いました。
佐藤 「80%」という数字には驚きました。逆に、実現しなかった20%はどのような撮影だったんですか?
山田 トライしたものの、どうしても違和感が拭えず従来の手法に戻したシーンがありました。たとえば騎馬シーンですね。時間をかけてポスプロ(撮影後に、素材を編集・加工し完成させる一連の作業)でしっかりコストをかければ、当然できる。けれど毎週45分の放送をつくっていく生産量と、クリエイティブのコントロール——そのバランスで“これが正解”という形を見出し切れない部分がありました。
また、現場の工夫として挙げられるのが「床」です。バーチャルプロダクションを取り入れると、これまでロケで撮っていた“外のシーン”がスタジオ内に入ってくる。都度土を撒くような運用は現実的ではないので、起伏のあるラバー素材の地面パーツを開発して、敷けばすぐ“外のシーン”が成立するように準備しています。時代劇だと表現するものがある程度決まってくるので、地面のように必ず出てくる要素に重点投資して、汎用的に使える共通パーツとして整備する、という考え方です。
江村 広告や映像制作の現場でも、バーチャルプロダクションやAI技術を活用し、映像制作におけるCO₂の排出や資源の使用といった環境負荷の低減に貢献する取り組みが始まっています。博報堂グループは、広告・コミュニケーションの領域で脱炭素・サステナビリティ課題に挑戦を続けているので、ぜひご紹介させてください。
後編では、バーチャルプロダクションやAI技術を活用し、博報堂プロダクツや地球中心デザイン研究所が進める様々な企業における事例や幅広いステークホルダーとの取り組みを通して、「構想を、社会実装へ」進めるための具体的な方法論やサステナビリティを“みんなのうれしい”につなげるクリエイティビティ 」について掘り下げます。
博報堂グループの脱炭素ソリューション「サステナクリエイティビティ for Carbon Neutral」ご紹介サイト
https://hakuhodo.co.jp/scforcn/

1997年、NHK入局。映像デザイナーとして、主にエンターテインメントおよびドラマ分野の番組制作に携わる。伝統的な制作フローに最新技術を融合させ、コンテンツに新たな価値を創出する取り組みを続けている。

2011年、同業他社から博報堂に入社。アクティベーション、クリエイティブ、デジタル領域の部門長、
およびHDYグループ横断のCX領域のプロジェクトリーダーを経て、2024年より博報堂プロダクツの取締役常務執行役員に就任。
営業、クリエイティブ、AI・データ、デジタル、リアル、映像、SP/コマース、ビジネスプロセスサービス等、全18の事業領域を統括。ad:tech tokyoアドバイザリーボードメンバー。カンヌ他国内外賞受賞。

1973年生まれ。大手レコード会社、外資系広告会社を経て2010年9月にTBWA\HAKUHODO入社。2024年10月に地球中心デザイン研究所(ECD)を設立し、持続可能なクリエイティブ・システムの構築を目指している。広告のみならず、プロダクトやサービス、建築など公共施設のデザインなども手掛ける。また、カンヌライオンズなど国際クリエイティブ賞の受賞数は数百を超え、審査員、審査員長なども歴任。Campaign誌 アジアクリエイターオブザイヤー受賞。地球環境学修士。慶応義塾大学院 SDM未来社会共創イノベーション特任准教授。

2010年博報堂入社。多様な業種において統合マーケティングの戦略立案からアクティベーション、メディアプラン構築まで一貫して従事。2018年より経営企画室にて全社戦略策定や経営の意思決定支援を担う。2024年からサステナビリティ領域を専任、2025年より現職。現場知見と経営視点を融合させ、サステナブル経営の実践を推進する。