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オフィス街の昼寝推進計画~仕事中の昼寝に市民権は与えられるのか? ~
New Urban Guerrilla 連載第三回

2025.10.22
2017年に発足して以来、連載コラム「ヒット習慣予報」で新たな習慣の兆しを発信しているほか、生活者データを活用してさまざまな “ヒット習慣”を研究・分析し、新商品やサービス開発まで行う博報堂「ヒット習慣メーカーズ」。ヒット習慣を探る中で、現代の生活者が癒やしを求めていたり、幸せを模索していたりする兆候が見えてきました。
そんな中ヒット習慣メーカーズのメンバーで新たにスタートした企画が、「New Urban Guerrilla」。都市生活の可能性を探究するさまざまな活動体や官民を巻き込みながら、現代の生活者にとって本当に幸せな、豊かな都市生活とは何かを追求し、社会実装までを目指します。
本連載では、「New Urban Guerrilla」発足を記念し、ヒット習慣メーカーズのメンバーがゲストと共に新しい都市の構想を語り合います。

スピーカー
株式会社ニューロスペース
代表取締役社長CEO
小林 孝徳 氏

博報堂
クリエイティブ局 チームリーダー
エグゼクティブクリエイティブディレクター
ヒット習慣メーカーズ リーダー
中川 悠

博報堂
PR局
統合ディレクター/PRディレクター
ヒット習慣メーカーズ メンバー
村山 駿

OECD加盟国で睡眠時間ワースト1位の日本

中川
本日のゲストは、睡眠の改善を通じた健康経営の支援事業を展開している、株式会社ニューロスペースの小林孝徳さんです。この連載では都市の在り方をより豊かにするための可能性をさまざまな視点から探っていますが、今回僕らがテーマとして選んだのは“昼寝”です。

まずは小林さんの事業が誕生した経緯を教えていただけますか。

小林氏
大きなきっかけは、僕自身、学生時代や社会人1、2年目にひどい睡眠障害に悩んでいたことです。夜寝られなくて、昼間に空いている会議室やトイレの個室で必死に睡眠時間を確保しようとしていました。調べてみると、2012年当時、睡眠障害による経済損失は3兆円との試算が出ていて、苦しんでいるのは自分だけではないと気づきました。ちなみにその後、ランド研究所というアメリカのシンクタンクは15兆円という数字を出している。それだけ睡眠障害に悩む人が多いということです。睡眠改善ソリューションを提供する会社は当時なかったので、だったら自分で作ろうと思い、2013年12月にニューロスペースを起業しました。

中川
10年前はむしろ、いかに寝ないで働くかといった考え方の方が優勢でしたよね。

小林氏
この10年、社会的にブラック企業の体質が問題視されるようになり、政府が働き方改革に本腰を入れて動きはじめました。そして2014、2015年頃にようやく健康経営の概念が知られ始め、当社の睡眠事業も注目されていきました。

中川
具体的にはどんな事業を展開されていますか。

小林氏
厚労省が出している「健康づくりのための睡眠ガイド2023」によると、基本的に適正睡眠時間の確保と睡眠休養感を阻害しない生活習慣が実施できていれば、自ずと高い睡眠休養感が得られとされています。ただし睡眠時無呼吸症候群や、不眠症、うつ病など何かしらの疾病が隠れている場合にはそれにあたりませんから、早急に医療機関を受診するようにとガイドは言っています。弊社の事業もこの厚労省の方針に従っていて、無呼吸症候群などを判別できる簡易サーベイや、不眠症やうつ病に罹患されている方を睡眠から判定するサーベイを提供しています。また、従業員の睡眠リテラシーを上げる睡眠セミナー、睡眠データをもとに課題を可視化し、7週間で改善に導く睡眠改善プログラムも提供しています。

村山
医療での解決ではなくビジネス的な解決を選択された理由は何ですか。

小林氏
今の医療は、個人が医療機関にアクセスをしない限り、診断や処置がなされない仕組みです。本人が自己申告で行かないと診断がつきませんし、病気と認識できていないために医療にかからない方がたくさんいます。そんな現状を受け、医療ではなく予防的なヘルスケアの領域に集中することが、社会の持続的な健康増進にもつながると考えました。

中川
睡眠の重要性は見過ごされてきたし、いまだに何が正解なのかがわかりにくい分野でもある。だから可視化していくことが大事なのかなと思います。ちなみに、起業された当時から現在まで、日本の睡眠に関する課題に変化はありますか。

小林氏
ほとんど変わりはありません。一昔前に比べて、寝ないで働くことを是とする考え方は減っていますが、文化としては依然根強く残っています。なお2018年から、OECD(経済協力開発機構)の加盟国中、韓国を抜いて、日本は睡眠時間でワースト1位です。

村山
日本では勤勉であることが美徳とされ、休むことが怠惰と見なされてしまう傾向がありますよね。結果的に睡眠時間も自ずと減っているような気がします。

中川
働き方改革が、国が音頭をとった瞬間に企業も取り組み始めて、社会全体に機運が高まっていったように、法律とか政策が変わった途端に睡眠に関する習慣も変わりそうな気もします。自分たちで習慣を変えようというボトムアップの動きと、トップからルール化する動きが合致すると、一気に変化が進むのではないでしょうか。

小林氏
たとえば宮城と茨城と長野の3県は、条例で原則部活動等での朝練を禁止としています。睡眠が足りなくなるのを防ぐためです。

村山
面白いですね。ただ、「短時間の睡眠はやめましょう」とか「もっと睡眠をとりましょう」という一意的な働きかけだけだと、受け止め方の余白がなく、「自分は短い睡眠でもいいのにな」と感じる人の生きづらさにつながってしまう懸念があり、社会に浸透しにくいような気がするんです。睡眠を快楽とか楽しみ、豊かな行為として多様で自由な行為と捉え直す方が、「自分はどう楽しもうかな」といった感覚で、気軽に行動に移せるのではないでしょうか。そんなポジティブな社会との向き合い方が理想的だと思います。

「昼寝=生産性を高めるための戦略的時間」を共通認識にする

中川
海外の企業ではオフィスで昼寝用の時間を導入していたり、ナップボッド的な昼寝ブースが設置されてある例を見聞きします。そもそも昼寝には、どんな意義があるんですか?

小林氏
十分な睡眠時間が取れている人には仮眠は必要ありませんが、現代社会で働く以上、最適な睡眠を毎日欠かさず取ることはかなり難しいですよね。足りない睡眠を日中に補うためにも仮眠は非常に大切です。仮眠の時は眠気を感じるアデノシンという物質が分解されたり脳疲労が解消されたりと、科学的にも良い効果を生むことが実証されています。

中川
一日何時間ぐらいの睡眠時間が理想的なんでしょうか。

小林氏
ショートスリーパーならたとえ3時間睡眠でも日中元気に活動できます。反対に10時間睡眠じゃないと昼間眠くなるという、ロングスリーパーもいます。よく言われる7、8時間というのはあくまで平均値なので、まずは自分にあった最適な睡眠時間をみつけ出すことが最優先です。

中川
なるほど。日本の昼寝の現状ってどうなんでしょうか。

小林氏
最近は昼寝を活用してビジネスやイノベーションを創出しようとする事例もいくつかありますよね。たとえばトヨタ自動車が開発した「TOTONE(トトネ)」という仮眠シートは、パワーナップ(積極的仮眠)を通して仕事の生産性を上げるというアイテムです。ここ2、3年で同様の設備を開発する企業が現れ始めました。

中川
「昼寝スペースがあるのに社員が使わない」というケースも聞きます。何が障壁になっているんでしょうか。

小林氏
やはり昼寝などの仮眠を許容する文化ができていないのが一番大きいと思います。場を設けるだけではだめで、仮眠はあくまでも生産性を上げるための戦略的時間だという共通認識が前提として必要です。仮眠を積極的に取る意義や効果を、講演などを通して理解してもらうのも一手だし、社長など上の立場の方が積極的にそうした場を使うことで、仮眠を推奨していることを身をもって示していくのも大事です。その上で、社員一人一人にはデスクで寝られる仮眠用の枕などを提供するのがいいかなと思います。

村山
たとえばGoogle社は、勤務時間の20%は、ネクストビジネス開発や自分がやりたいことなど、現業以外の取り組みに充てよというルールがあります。ほかにもビリヤード台やバーカウンターなどレクリエーション用のスペースを常設している企業も少なくない。リラックスすること自体が仕事の生産性を上げたり、発想を豊かにすることにつながるという考え方が根底にあるから、海外だと昼寝時間も導入しやすいんでしょうね。

中川
日本では昼寝に対する本質的なバイアスをクリアすることから始めなければいけない気がします。

村山
やっぱり睡眠を1つの息抜きの手段として見なして、仕事以外の空間の中でも日常的に昼寝をする文化ができるといい気がします。「ちょっとお茶しようよ」みたいな感じで、「ちょっと昼寝しようよ」と。スペインにあるシエスタのように、ごくごく日常的なものとして昼寝が受け入れられるといいのですが。

中川
僕は資料作成中とか、考え事しているときに眠くなってきて、寝ちゃうことが多いんですが(笑)、「これから寝てください」と言われてもすぐには寝られない気がします。

小林氏
交感神経が優位になっている状態では、なかなかうまく寝付けませんよね。だから副交感神経を優位にさせるようなマッサージとか、アロマや音楽で入眠を促す工夫が必要なのです。なお副交感神経は人工的にコントロールができますから、深呼吸やストレッチを5分ぐらい続けるだけでも効果があります。

バイアスの話に戻ると、仮眠の効果がなかなか数値化できないことも、障壁になっている気がします。本睡眠の場合は、ウェアラブルデバイスなどを使うことである程度効果を可視化できますが、仮眠の効果を数値化する取り組みはなかなか進んでいません。効果が可視化されて、それをもとに共通認識が生まれていくことが、文化や習慣の浸透には欠かせないのではないでしょうか。

中川
報酬やベネフィットは、行動の習慣化のカギになります。でも、ぱっと見でその報酬を感じにくいことも多い。たとえば歯磨きは、一度歯を磨いただけでは、実際に虫歯をどれだけ予防できているかはわからないものの、ミント味がすることで何となく健康的で、きれいにできた気がします。それを僕らヒット習慣メーカーズは「触媒」と呼んでいて、報酬を実感へと変える重要な要素と捉えています。昼寝も、それ自体の効果は感じにくいですが、小林さんがおっしゃるように、数値化、可視化することによって、皆が感じやすくすることができればいいのかなと思います。

睡眠市場に「コト」のビジネスで切り込んでいく

中川
僕らの方で思いついたアイデアをいくつか紹介させてください。たとえば昼寝ポイントを付与するといった報酬系や、マッサージと睡眠がセットになったスパのサービスなど…。オフィスの場合は、横になりやすい人工芝スペースをつくったり、昼寝しやすいダウンライトタイムを設けたり、スーパー銭湯のリクライニングシートのようにダラダラと過ごせる場所をつくるのもありだと思いました。

寝る時間をルール化する話と、昼寝に限らずリラックスする時間を日常に組み込ませるという話、そして快楽や楽しさを付与するという、大きく3つの方向性があるかと思います。小林さんはこの中で何か気になったアイデアはありますか。

小林氏
現実的には、昼寝推奨ダウンライトタイムは一番導入しやすいし、強制感がなくていいと思います。実際に、正午から1時までだったか、特定の時間帯は外からの電話も受け付けず、消灯する会社があります。その時間帯に電話をかけると「今は戦略的に昼寝をとっています」などの音声が流れる。社員も安心して寝られますよね。健康経営度調査表の中に睡眠の項目もありますから、今後そうした企業は増えていくかもしれません。

中川
何かしらの成果が可視化されていなければ、企業としては投資しづらいですよね。確かに生産性が上がるとか、健康経営銘柄で株価が上がるとか、従業員満足度が上がるなどのメリットをどんどん可視化、数値化していくことがポイントかもしれません。

村山
小林さんは現在のビジネスをこの後どのように拡大していく想定ですか。

小林氏
当社のビジョンは、睡眠の不安をなくして持続的成長を実現するということです。また、自分の睡眠に対する漠然とした不安を解消することや、健康のために睡眠に対して高い意識を持つこと、あるいは睡眠から疾病の可能性を導き出し受診勧奨をすることも、我々の価値だと思っています。それらを実現することで、社会全体の経済成長につなげていけたらと考えています。

ただ現在睡眠ビジネスで市場が大きいのは、寝具やリカバリーウェアなどのモノであって、どういう行動が睡眠の良しあしにつながるかという「コト」ではないんですよね。なので、そうした本質的な課題を解決できるソリューション開発をしていきたいと思います。

中川
ゲーム感覚で自分のレベルを上げていく「眠道」みたいな、1つのスタイルになっていくといいかもしれない。そんなエンターテイントがきっかけとしてあって、それによって睡眠が可視化されて、意識が変わり行動につながる。そのときに「モノ」にいくのではなく、パーソナルトレーナーなど「コト」のコンサルティングなどにいけたらいいですね。

村山
「オフィス街昼寝推進委員会」みたいなものを立ち上げて、飲料メーカーや食品メーカー、寝具メーカーなどを巻き込んでいくのもありですよね。そういう動きはどうすれば加速できるでしょうか。

小林氏
本質的には、仮眠の重要性と国民の睡眠不足の実態を国が把握することが重要です。睡眠不足による長期的な健康リスクを国に訴え、厚労省などが動き出すというのがありえるシナリオだと思います。

中川
やはり、ボトムアップで、いかに昼寝を快楽であったり意味ある習慣だという認識をつくり、そのための環境をクリエイティブしていくかという話と、トップダウンでルール化していくという両方が必要ですね。国がイニシアティブをとりつつ民間の資本を入れて、協業するのがベストかなと思います。

小林氏
そういう意味では、私が代表理事を務める一般社団法人睡眠ヘルスケア協議会では、今、エビデンスレベルがごちゃごちゃになっている睡眠ヘルスケア領域のサービスに対し、専門家の意見をもとに評価し、認定していく活動を行っています。商品の効果に対するアカデミックなエビデンスがあれば明記できるようにしていき、いい加減に効果を謳うような企業と差別化していくのが目的です。

「オフィス街昼寝推進委員会」のワーキンググループを協議会の中で立ち上げることもできますから、ぜひ博報堂さんも仲間になっていただければ。

中川
そんな動きがあるんですね!共創型マーケティングの1つの在り方として、博報堂が入っていくのは非常に面白いと思います。昼寝のワーキングループ中に、寝ないようにしないといけない(笑)。

村山
多岐にわたるトピックで非常に刺激的でした。こんなに睡眠のこと考えことなかったです。

小林氏
僕は睡眠中以外は、ずっと睡眠のことを考えています(笑)。

中川
何か具体的な取り組みでご一緒できるといいですね。本日はありがとうございました。

小林 孝徳 氏
ニューロスペース
代表取締役社長CEO
一般社団法人日本睡眠教育機構認定 上級睡眠健康指導士
一般社団法人睡眠ヘルスケア協議会 代表理事

自身の睡眠障害の実体験をもとにこの大きな社会課題を解決したいと決意し2013年に株式会社ニューロスペースを創業。これまで健康経営や働き方改革を推進する企業180社・5万人以上のビジネスパーソンの睡眠改善を支援。一人ひとり最適な答えが異なる睡眠を、如何に楽しくデザインし改善できる仕組みづくりを専門としている。
Forbes Japanオフィシャルコラムニスト。
著書:ハイパフォーマーの睡眠技術 Sleep Skill(実業之日本社)、睡眠パターン×働き方で導く!あなたの良眠ナビ(池田書店)

中川 悠
博報堂 クリエイティブ局チームリーダー
ヒット習慣メーカーズ リーダー
エグゼクティブクリエイティブディレクター

メーカーの商品開発職を経て、2008年に博報堂中途入社。エグゼクティブクリエイティブディレクターとして、日々お得意先や社会の課題に向き合っている。最近年をとったせいか、もっと自然体で、自然と共に生きていきたいと思うようになり、都市生活に新たな余白を生み出していく「New Urban Guerrilla」という取り組みをはじめた。同じ想いを持ったいろんな人たちとご一緒したいです!

村山 駿
博報堂 PR局
PRディレクター/統合ディレクター
ヒット習慣メーカーズ メンバー

PR戦略局から、19年に統合プラニング局に異動、21年にふたたびPR局に異動。社会発想を軸にした統合コミュニケーション、情報戦略に携わる。毎日きまった街のきまった飲み屋に入り浸っていた生活を経て、知らない街の知らない店に飲みに行きたいなとリサーチ活動を実施中。

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