講演の冒頭では、帆刈所長より挨拶と、今回のテーマ「育てるデジタル、信じるアナログ」についての導入がありました。

●コロナ禍を経てデジタル化が加速する一方、アナログ回帰の動きも見られるのが現在地。
●生活総研の「生活定点」調査では、ビデオ通話サービスの利用率が2020年に急増後も定着している一方、新年会をした人の割合は2024年に大きく回復しており、デジタルとアナログの動きが交差している。
●今回のセミナーでは、デジタルかアナログかという二者択一ではなく、生活者が両方に見出している新しい価値を探求していく。

生活におけるデジタル化の現在地と、その裏で生活者が感じ始めているモヤモヤについて、伊牟田研究員と酒井研究員より説明しました。
□生活DX定点調査から見るデジタル化のリアル 全国5,000人を対象にした大規模調査から、30の行動分野におけるデジタルとアナログの使い分け比率を分析。
●デジタル比率が高い分野の例:
○料理レシピを見る(デジタル 65.8%)
○商品を調べる(デジタル 60.0%)
○店で少額の支払いをする(電子決済 52.0%)
●アナログ比率が高い分野の例:
○恋人を探す(オンライン 25.3%)
○洋服やメイクを試す(バーチャル 16.7%)
○診療を受ける(オンライン 9.7%)

□デジタル化のメリットと、その裏側の“モヤモヤ” デジタル化の恩恵を感じつつも、生活者は新たな課題に直面している。
●オモテ(メリット): 「便利になった」(74.3%)、「効率が良くなった」(67.9%)と実感。情報感度が上がり、時間の使い方がうまくなったという声も3割以上。
●ウラ(モヤモヤ):
○「デジタルよりアナログ行動を増やしたい」という意向: 調査した30分野のうち20分野で、「デジタル行動を増やしたい」人よりも「アナログ行動を増やしたい」人が上回った。生活者は必ずしもデジタル化を積極的に望んでいるわけではないことがうかがえる。

○情報に圧倒されることが増えた(32.2%)、ストレスが増えた(25.5%)、疲れやすくなった(27.6%)と感じている。
○レビューやレコメンド機能により、「よく知られたメジャーな商品」や「同じ商品のリピート買い」が増加。選択肢が増えたはずが、行動が固定化していることに薄々気づき始めている。

デジタル化へのモヤモヤを抱えた生活者が、いかにしてデジタルとアナログの新しい価値を見出し、”両利き化”しているか。その実態を伊藤研究員より、具体的な生活者の声と共に説明しました。
□自分だけの感受性を育てるための『育てるデジタル』 効率や正解を提示するツールを、あえて非効率に使いこなし、自分の感受性を育てる動き。

●「レコメンド」からの解放 → 正解を迷いたい: 効率的なオンライン就活を進める姉を見て「もったいない」と感じた高校生。自身はTikTokで偶然見つけたクリエイターに自ら連絡を取り、実際に会うことで「こういう生き方もあるんだ」と視野を広げ、自分だけの進路を模索し始めた。
●「タイムライン」からの解放 → 感情を深めたい: 40代男性は、気に入ったラジオ番組の放送回をデジタル録音し、10年間も繰り返し聴き続けている。高速で情報が流れるタイムラインとは対照的に、何度も聴くことでトークの妙に気づくなど、自分の中で情報を「熟成」させ、他人の感想に上書きされない自分だけの解釈を生み出している。
●「コスパ・タイパ」からの解放 → ムダを堪能したい: ある20代カップルは、位置情報共有アプリの「足跡機能」を使い、わざと未踏の道を歩いて地図を埋めることを楽しむ。「効率だけだと、思い出にならない。無駄があるからこそ、新しいお店を見つけるような嬉しい発見が生まれる」と、意図的に非効率な時間を創り出している。

□自分だけの熱量を信じるための『信じるアナログ』 データ化できない「想い」や「絆」を確かめる装置として、アナログを使いこなす動き。

●「劣化しない」からの解放 → 想いを刻印したい: ある高校生は、勉強には必ず「新品の紙の参考書」を選ぶ。自分の手で使い込んでボロボロにすることで、「こんなにやったんだな」という達成感が得られるからだ。彼にとって使い古した参考書は、単なる中古品ではなく、自分の「努力の賜物」という特別な価値を持つ。
●「アンチ」からの解放 → 味方の純度を高めたい: ネットで応援していたアーティストのライブビューイングに初めて参加した高校生は、会場に集った大勢のファンを見て「こんなに仲間がいるんだ」と衝撃を受けた。SNSのフォロワー数といった数字だけでは得られない、「この人を好きでいていいんだ」という安心感と勇気を、“味方しかいない空間”で実感した。
●「ワンクリック」からの解放 → 出会いを運命にしたい: ECサイトで簡単にぬいぐるみが買える時代に、あえて店頭に足を運び、たくさんのぬいぐるみの中から「この子だ」という一体を“発掘”する。ワンクリックの効率的な購入では得られない、「自分がこの子を見つけ、この子も自分を呼んでいた」という特別な出会いのプロセスを経て、モノとの絆を形成している。

□『育てるデジタル』と『信じるアナログ』の融合
こうした動きを象徴するのが、Googleストリートビューで気に入った風景を探し、それをアナログのペンでスケッチする生活者の事例。誰の意図も介在しない無作為なデジタル画像から、自らの感覚だけを頼りに風景を探し出し、スケッチに起こす。その作品をSNSで仲間と共有し、今度は実際にその場所を旅する。事前にスケッチすることで、旅先では「ここ描こうか迷ったお店だ」といった発見や、「やっと出会えたね」というような感覚が生まれ、旅がより深い体験へと進化する。この循環は、ガイドブックに載っている他人の目的地ではなく、「自分だけの目的地」を生み出している。


Part.2でみてきた「両利き化する生活者」に対し、企業はどう向き合うべきか。博報堂メディア環境研究所 山本所長、博報堂買物研究所 垂水所長を交え、クロストーク形式で議論しました。
●メディア視点:
○生活者はアルゴリズムを理解した上で、あえて違う動画に「いいね」をするなどアルゴリズム・ハックを行い、偶然の出会いを創出しようとしている。
○自分の日記などを学習させ、自分を理解した上で未知のものを提案させる「育てるAI」のような使い方が始まっている。
●購買視点:
○買い物目的ではない入口から顧客を誘う「RomCommerce(ロムコマース)」。ドラマなどのコンテンツを楽しみながら、自然な形で商品と出会い、そのまま購入につなげる。
○古着をリメイクした一点ものの商品など、生活者が「運命の一品」と感じるような出会いを演出し、来店の動機につなげる。

最後に、帆刈所長より、ここまでの発表を受けて、これからのテクノロジーと人の関係性について提言を行いました。
●テクノロジーは人の能力を拡張する一方、人を依存させる二面性を持つ。
●これからの生活者は、テクノロジーに主導権を渡すのではなく、人が主役となり、効率だけではない「迷う」「探検する」といった楽しさにも価値を置き、デジタルとアナログを主体的に使いこなす「両利き化する生活者」になっていくだろう。それは、デジタルかアナログかという二項対立から、両方を取り入れる二項両立へのシフトを意味する。

講演終了後、視聴者アンケートでは、
●「デジタルを『効率』ではなく『感受性を育てる』という非効率な方向に活用するという考え方が面白かった」
●「『味方しかいない空間』に価値が感じられるほど、オープンなコミュニケーションが困難になっている状況を再認識した。アナログの熱量が行動の原動力になるという点に共感した」
●「数年前はアルゴリズムの『最適化』がテーマだったのに、今は偶発的な出会いを求めて『脱・最適化』する動きがある、という変化が非常に興味深かった」
●「デジタル化についていけるか不安だったが、『両利き化する』という言葉に腑に落ちた。デジタルでムダを楽しみ、アナログで仲間と繋がる、これからの生活が楽しくなる視点だった」 などの声をお寄せいただきました。
博報堂生活総合研究所は今後も、こうした生活者のきめ細やかな変化を捉え、社会に新しい視点を提供する研究活動を続けてまいります。どうぞご期待ください。