
スピーカー
東京大学大学院医学系研究科
公共健康医学専攻
健康教育・社会学分野 准教授
鎌田 真光氏
博報堂
クリエイティブ局 チームリーダー エグゼクティブクリエイティブディレクター
ヒット習慣メーカーズ リーダー
中川 悠
博報堂
PR局統合ディレクター/PRディレクター
ヒット習慣メーカーズ メンバー
村山 駿
中川
僕が「New Urban Guerrilla」を立ち上げたのは、都市がどうも疲弊しているのではないか、都市をより健康にし、そこに住む生活者がより良く生きられる道はないだろうかと思ったことが背景にあります。海外では自転車走行の環境を整備したり、都市緑化に積極的だったりしますが、日本はそうした対策が不足している気もします。いま日本の都市に生きる僕らに何ができるのか、さまざまな専門家の方と意見を交わしていこうというのが本連載の主旨です。
村山
リモートワークの普及などコロナ禍は社会に大きな変革をもたらしましたが、変えられる部分はまだまだあると思うし、いまは世界的にもさまざまな思想や主義が見直され始め、本当の豊かさとは何かを問い直す機運にあります。そんな中改めて思い至ったのが、健康的な生活の大切さです。もちろん個人の努力も重要でしょうが、環境や生活に対する意識が少し変わるだけで自然と健康的な生活が実現できるような、そんな仕掛けはないだろうか…そう思いながら、たどり着いたのが鎌田先生の研究でした。
鎌田氏
ありがとうございます。私は「運動不足を世界からなくす」をミッションに、日常的に無理なく体を動かせて運動不足がなくなるような地域社会の実現を目指し、その実装のための研究に加えて、行政や企業、住民など多様なプレイヤーとの連携を推進しています。
実は、心臓病や脳血管疾患などさまざまな疾病や障害のリスクを高めるとして、日本人の死亡原因の3位に入ってくるのが「身体活動の不足」です。都市化が進み利便性が高まるのと比例して身体活動不足も増加してしまうのです。日本人の平均歩数はもともと低下し続けていますが、コロナ禍で急激に低下し、今も完全には回復していません。これは世界的な傾向でもあります。

村山
リモートワークは家族との時間を増やすなどポジティブな効果もありますが、運動の機会を奪うという側面もあるんですね。
鎌田氏
在宅時間が増えた方の中には、筋力トレーニング(筋トレ)を始めた方も多くいらっしゃいますので、筋トレに限れば実施者が増えたことは分かっています。一方で、より長い時間軸で見てみると、200万年前の人類は1日平均9~15キロメートル歩いていたという調査結果もあります。もともと人類は、進化の過程でたくさん身体活動をするのに最適な体にデザインされていたはずですが、特に産業革命あたりから急激に人類が“不活動”になったと考えられます。その結果、人類の身体にさまざまな疾病リスクが発生しています。「進化とのミスマッチ」とも言われるこの状態を放置するのか、それとも生活や社会、都市のあり方を見直していくのか。まさにいま求められている議論だと思います。

村山
テクノロジーの進化の末の利便性と、求められる運動量の二律背反な状態をどう解消できるかは知恵の絞りどころですね。
中川
体を動かす必然性が急になくなってしまったので、面倒だと思いながらも頑張ってジムに行ったりジョギングするしかなくなった。今日見出したいのは、まさにそういう人が、無理なく自然と体を動かせるような仕掛けのヒントです。
鎌田氏
そもそもスポーツの語源は「気晴らし」ですし、人間は本能的な部分で「遊び」を求めています。そうした要素を都市や生活にインストールしていく必要があります。都市が疲弊しているのは、「気晴らし」の機会が排除されているからかもしれません。
村山
仕事とか普段の生活から身体運動を開放する。また、競技としてのスポーツからも身体運動を民主化し、開放する。その両方のベクトルを考えるべきかもしれませんね。
鎌田氏
近年の研究で、普段あまり動いていない人がほんの少し動くようになるだけで、公衆衛生上かなり大きなインパクトがあることがわかってきました。なので近年は、「わずかな量でも動けば効果はある」ということが、重要なメッセージとしてガイドラインなどでも強調されています。
中川
僕は広告の仕事で「習慣化」のプロジェクトを長らくやっていますが、習慣化のポイントはとにかくハードルを下げることなんですよね。腕立て伏せでも、1日1回でいいならなんとか続けられる。だから、「わずかでもいい」というのは大きいですね。
鎌田氏
おっしゃる通りです。面白いのは、僕らが島根県雲南市で行ったプロジェクトで「5分だけでもウォーキングです」と伝えていたところ、多くの方が実際には5分以上歩かれていたんです。ハードルを下げるメッセージがいかに重要かわかります。
村山
歩くほかには、どんな運動が推奨されますか?
鎌田氏
ガイドラインでは、筋トレなども推奨されていますし、腰痛に悩む方にとってはそれらに加えて柔軟運動も有効です。あと最近は、WHOも厚労省も「座りすぎ」への警笛を鳴らしています。十分運動をしている人でも長時間座っていると、疾患リスクが高まり、寿命が短い傾向があることがわかったからです。座りっぱなしで筋肉が全然動かない時間が続くようなら、途中で立ち上がってみる。あるいは立ったまま仕事をしてみる。そういう対策を職場や学校で取り入れるケースも増えています。

中川
社内を移動しながら仕事をするのもありですね。思いもよらなかった人と遭遇するなどしてコミュニケーションが活性化し、新しいアイデアが生まれるなどのメリットもありそうです。生産性の向上や企業価値を高めることにつながるのならとても面白いと思います。
鎌田氏
アメリカでは学校へのスタンディングデスクの導入が増えています。健康面の効果はもちろん、座っているだけではなかなか集中できない子でも集中しやすくなるとか、認知機能が活性化したケースがあるようです。日本でも長野県の小学校で導入事例があり、良い効果を生んでいます。
また健康政策面で注目に値するのはヨーロッパです。たとえば、デンマーク、スウェーデンなどの北欧や、オランダは自転車道の整備が非常に進んでいて、安心して自転車に乗れる環境が整っています。こうした取り組みは日本も学ぶ余地があると思います。
鎌田氏
運動するかしないかの選択に何が影響しているかは、もちろん個人に起因するものもありますが、身近な人の影響や、最寄り駅までの距離など、どういう環境に身を置いているかが大きいです。街の「歩きやすさ(ウォーカビリティ)」や「自転車の乗りやすさ(バイカビリティ)」などの研究も進んでいて、いかにその環境がアクティビティーフレンドリーかにも注目が集まりつつあります。たとえばアメリカの多くの都市は車移動に適した都市構造になっていて、非常にウォーカビリティが低い一方、商業施設や職場、住居が近接している都市の人々は、歩数が多いこともわかってきています。
2018年、WHOは身体活動不足の解消を目指し「世界行動計画」を決議しました。マーケティングを使って身体活動の重要性を発信していくこと、地域を巻き込んで身体活動を促すこと、そして都市計画の段階から体を動かしやすい環境をつくる重要性を訴えています。日常生活の中で自然と運動ができ、心身の健康に導いてくれる“アクティブシティ”という街づくりの概念も、そういう動きから生まれていきました。
村山
僕らは広告会社として、さまざまなステークホルダーを巻き込んでいきたいという想いはありますが、何かポイントはありますか。
鎌田氏
街のウォーカビリティやバイカビリティが高いと、地域の商業施設を周遊するようになり、地域経済が活性化する側面があります。また、人々の活動量が増えることで企業の成長につながる領域も多々あるので、複数の企業と連携しながら盛り上げていくことも大切です。さらに現在は健康経営の概念も重視されています。働く人の健康は企業にとっての資本であり、投資対象になるという考え方が広まりつつあるので、それをサポートしていくのも一つの手でしょう。
村山
「健康診断をしましょう」「食生活を正しましょう」と呼び掛けるだけではない、何か違うアプローチが大事ですね。
鎌田氏
ちなみに僕の前任の近藤尚己先生(現・京都大学教授)と博報堂さんで共同研究したのが、エンタメ型の定期健康診査「健診戦」でした。

中川
あれは社内でもかなり話題になりました。まさにああいう遊びのあるアプローチが有効ということですよね。
村山
国内外で何か具体的な優良事例はありますか。
鎌田氏
先述の北欧の自転車道のケースは、実際に自分も体験して強烈な驚きを覚えるほど、道の整備により自転車を乗りたくなるような街づくりをされていました。あとアメリカの中でも、僕が住んでいたボストンは公共交通機関が整備されていて歩きやすく、自転車も乗りやすい街でした。ちなみに日本の場合、人口の少ない地方都市ほど歩数が少ないことがわかっています。中核都市などでは自転車利用を促進する動きが増えつつありますが、各地域でできることはまだまだあると思います。
村山
地方では車を使わざるを得ない人たちも多いので、車を使いながらも何か小さな運動や、新しいアクティビティが導入できるといいのかもしれません。

鎌田氏
僕が市の職員として働いていた島根県雲南市での事例をご紹介させてください。ある地区で、統廃合で学校が遠くなってしまった子ども達のためにスクールバスが導入されることになったんです。すると、せっかく朝すっきりと起きた子どもがバスでまた寝てしまい、ぼんやりした状態で1時間目の授業を受ける例があることが課題として挙がっていました。そこで、校門の前ではなくあえて校門から少し離れた場所にバスを停めることを提案してみたところ、採用され、現在も取り組みとして継続しているとのことです。その後、自家用車送迎の多いアメリカでも、送迎の渋滞緩和と身体活動の促進のために、送迎用の車を対象に、まさに同じ取り組みを実施している学校があると聞きました。これは日本の他の地域にも十分応用できると考え、現在各専門家の先生方と発信や検証を進めているところです。
中川
逆算的に便利なものを外していくわけですね。行動デザインで言う「不便益」というやつですね。例えば、富士山に登るときにエスカレーターがあったらつまらないわけで。そのような不便によって得られる便益のことですが、利便性が高まる都市の中に、そうした隙間や余白を注入していくことも大事ということですね。

村山
最後に、地方中核都市において何ができるかも自由に議論できたらと思います。
鎌田氏
車を使うことの全てを否定するということではありませんが、心身の健康や気候変動、あるいは地域経済を回すという意味では、歩いたり自転車を使うことは都市部において非常に重要な選択肢となります。特に気候変動に関しては、何も対策を取らなければそれこそ異常気象が常態化し、外を歩いたり自転車移動することがますます困難になっていくでしょう。最近は猛暑の中で連日「屋外での運動を控えましょう」との呼び掛けがあり、運動の促進にとっては逆風が吹いている状況にあります。自分たちがどういう移動手段を取り、どういう都市構造にしていくかは、長い目で見ると環境と非常に密接にかかわっていることを認識すべきだと思います。
村山
無駄な中継点というか、運動しない人への干渉点をどう設けるかがポイントな気もします。たとえば自転車や歩行周遊圏といった区域をつくってしまえば、そこまでは車で移動しても、そこから先は自転車ないしは徒歩で移動することになり、その結果スモールビジネスが生まれ、もしかしたら新しい文化へと発展するかもしれない。車社会の中に適切な中間地点を設けることができれば、運動を基点とした新しい都市のあり方へとつなげていける気がします。
鎌田氏
サステナビリティの観点から、コンパクトシティという考え方が知られていますよね。最近国交省はコンパクト+ネットワークという言い方をしていますが、規模を縮小させるだけではなく、拠点と拠点と公共交通機関でつなぎつつ、自転車や徒歩移動がしやすい空間をつくっていくという考え方もあります。
村山
職場がある地点から一駅分を企業のアクティビティエリアとするとか、街の一定エリア内は徒歩移動圏にするとか、エリア設定の仕方はいろいろとありそうです。ビジネス街の中に雲梯や平均台が突然出てきたり、ちょっと遊べる空間が存在しても面白そうです。そこでマーケティング活動できるとなれば、民間発でさまざまな動きが生まれるのではないでしょうか。
鎌田氏
スウェーデンでは一定の運動時間を就業時間と見なす制度がありますし、日本のとあるフィットネス関係の企業にも、すでに同様の制度があるようです。
村山
就業時間の間にジムに行ってもいいし散歩をしてもいいということですよね。企業の先進性や健全性を示すことになり、人的資本経営にむけたひとつの施策として捉えられるかもしれませんね。
中川
街をきれいにし、たとえば蝶が集まるような花壇を植えることで、都市で見かけなくなった虫取りが復活して、動き回る親子が増えるかもしれません。運動のための運動ではなく、失われたプリミティブな活動を取り戻したり、徒歩移動するから人の顔が見えて嬉しいとか、思わぬ会話が生まれるとか、運動の先のモチベーションを生み出すのが大切なのでしょう。
鎌田氏
そもそも僕ら人間は「動物」、つまり動く物ですから、動くことが活動の原点にある。そこは忘れずにいたいですよね。
村山
確かにその通りですね。その原理と経済活動がうまくはまって、人も社会もいい方向に動いていくのが理想的です。
本日はとても濃密な議論ができて、非常に面白かったです。
ありがとうございました!

第一のミッションは「世界から運動不足をなくす」こと。一人ひとりが自分に合ったアクティブな生活を送れる社会の実現に向けて、研究に限らず、様々な共創(Co-creation)の活動を進めている。宮崎市政策推進参与(スポーツ・健康分野)、香川県健康づくり政策推進アドバイザーなどを務める。双子を含む3児の父親で、日々奮闘しながらも、子どもと遊んだり笑わせ合ったりする時間が幸せ。

メーカーの商品開発職を経て、2008年に博報堂中途入社。エグゼクティブクリエイティブディレクターとして、日々お得意先や社会の課題に向き合っている。最近年をとったせいか、もっと自然体で、自然と共に生きていきたいと思うようになり、都市生活に新たな余白を生み出していく「New Urban Guerrilla」という取り組みをはじめた。同じ想いを持ったいろんな人たちとご一緒したいです!

PR戦略局から、19年に統合プラニング局に異動、21年にふたたびPR局に異動。社会発想を軸にした統合コミュニケーション、情報戦略に携わる。毎日きまった街のきまった飲み屋に入り浸っていた生活を経て、知らない街の知らない店に飲みに行きたいなとリサーチ活動を実施中。