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Human Xトークイベントレポート Future Humanity-感受性とHuman Creativityのゆくえ

2024.12.19
「Future Humanity」は、クロスモーダル知覚(五感の相互作用)を活用したプロダクトやサービス開発に取り組んできた博報堂のプロジェクト「Human X」が、超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム(URCF)のクロスモーダルデザインWGおよびUNIVERSITY of CREATIVITY(UoC)と共催で開催しているオープンダイアログです。
2024年8月29日に開催された第2回では、感覚過敏の当事者として課題解決に取り組んでいる加藤路瑛さん、フランス料理のシェフを経て現在はチーズケーキブランドの代表として食体験をデザインしてきた田村浩二さん、そして感覚の共有からウェルビーイングまで横断的に研究している感覚研究者の渡邊淳司さんをゲストスピーカーに迎え、「感受性とHuman Creativity」というテーマの対話が展開されました。

2024年2月に開催の第1回レポートはこちら
https://www.hakuhodo.co.jp/magazine/111535/

カタリスト
加藤路瑛(株式会社クリスタルロード 感覚過敏研究所)
田村浩二(Mr. CHEESECAKE 代表取締役)
渡邊淳司(日本電信電話株式会社(NTT)上席特別研究員)
鳴海拓志(東京大学大学院情報理工学系研究科准教授)
小泉直也(電気通信大学情報理工学研究科准教授)
平尾悠太朗(奈良先端科学技術大学院大学情報科学領域助教)
金じょんひょん(博報堂生活者発想技術研究所/Human X プロジェクトリーダー)
星出祐輔(UoCチーフプロデューサー / 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任講師)

実際に触れることで、想起される感受性

会場には、ゲストスピーカーと主催者が取り組んでいる、身体や感覚に働きかけ新しい体験を生むプロダクト・サービスの展示・体験コーナーが設けられ、イベント開始前から多くの参加者で賑わいました。

Human Xからは「Write More」「CROSSMODAL : BEER」「Hyuuu」などが出展されました。

「Write More」は、文字を書くときにでる「カリカリ、ガリガリ、サラサラ」といった〝筆記音〟が大きくなって、書くことが楽しくなるボードです。普段は意識しない筆記音ですが人それぞれ特徴があり、体験者は実際に自分の筆記音を聞いて「すごく仕事をやっている雰囲気がする」と面白がっていました。
「CROSSMODAL : BEER」は、科学的知見に基づいて開発された、ビールのおいしさを増幅させる音楽で、〝炭酸感〟〝コク〟〝のどごし〟といったビールのおいしさがモチーフの音楽を聴いた体験者は、「ビール売り場の前で流したい」「飛行機の中で聴きながらビールを飲みたい」といった具体的な利用場面のイメージを口にしていました。
「Hyuuu」は花王の「めぐりズム」ブランドで製作した、聴くだけで涼しくなる音楽です。「本当に涼しい」という感想だけでなく、「風が通り抜けていく感じがする」「レモンのような色合いを感じる」と触覚や視覚が想起された体験者の姿も見られました。

URCF・クロスモーダルデザインWGからは、鳴海研究室・大野雅貴さんによる「辛味を増強する電気刺激」の体験コーナーが出展されました。ラー油を口に含み、電気刺激で辛味を増強された体験者は、「辛い!のどに来た」と思わずむせかえったり、「電流が弱まると辛味もすっと引くのが面白い」と分析したりと、初めての味覚体験を思い思いに楽しんでいました。

「触覚でつなぐウェルビーイング」をテーマに研究する渡邊淳司さんは、心臓の鼓動を触れる感覚で体験するツール「心臓ピクニック」や、ボールを握ることで空気の触感をやりとりする「空気伝話」などを出展。Mandala中に「空気伝言」を触りながら、パネリストや参加者同士がペアになって気持ちを伝え合いました。握っている球の圧がグッと高まり、相手の気持ちが直接伝わってくる初めての感覚を、みんな驚きながらも楽しみました。また、「心臓ピクニック」の体験では、「自分の心臓が手のひらの上にあるような、不思議な感じ」「お互いの心臓の鼓動を共有したら面白い」などの感想が寄せられていました。

感覚過敏研究所からは、感覚過敏の困りごとを可視化する「感覚過敏缶バッジ」をはじめとするプロダクトやサービスを展示し、参加者も代表であるゲストスピーカーの加藤路瑛さんの発表と合わせて理解を深めていました。

感覚過敏当事者、料理人、感覚研究者。それぞれの〝感覚〟への向き合い方

トークセッションの第1部では分野の違う3人のゲストスピーカーが登壇し、自身の活動とそれぞれの〝感覚〟との向き合い方を紹介しました。

最初の登壇者は、感覚過敏の当事者で、感覚過敏のある人の暮らしを快適にするための研究や事業に取り組んでいる加藤路瑛さん。
「感覚過敏」とは、視覚や聴覚といった諸感覚が敏感になり、日常生活に困難を抱えている症状のこと。例えばスマホの光や大きな音、衣服の肌触りなどの刺激によって体調が悪くなってしまいます。加藤さんの発表では、この課題解決に向けた感覚過敏研究所の取り組みや、社会の取り組みの現在地が紹介されました。

続いて発表した田村浩二さんは、以前はフランス料理のシェフとして有名レストランで活躍し、現在はチーズケーキブランド「Mr. CHEESECAKE」を主宰しています。
おいしさを「(旨みを除く)味覚」、「風味(香り)」そして「旨み」の三軸の掛け合わせからなる“立体”として捉えることや、同じチーズケーキでも温度と固さの変化により楽しみ方も変化することなど、田村さんが言語化してきた、味覚や嗅覚などの感覚と「おいしさ」という体験との結びつきを共有してもらいました。

最後に発表した渡邊淳司さんは、触覚をはじめとした感覚やウェルビーイングを対象に、それらを共有するツールの開発を進めてきました。
渡邊さんの考える感受性とは、「”きづき”にきがつく」こと。たとえば、自分の身体はいつも一緒にいるけれど思い通りにならないし、自分が何を感じているかも大概わかりません。渡邊さんの研究領域は多岐に及びますが、そこには「自分の身体や気持ちが感じていることに気がつけるようにする「中間言語」の探究」という一貫した問題意識があるそうです。

「伝える」ことで感覚器官がひらく

第2部では、第1部の登壇者に加え、URCFから鳴海拓志准教授(東京大学大学院)、小泉直也准教授(電気通信大学)、平尾悠太朗助教(奈良先端科学技術大学院大学)、Human Xから金じょんひょん、UoCから星出祐輔がカタリストとして参加し、対話を通じて感受性とCreativityの関係を探りました。

金:加藤さんが自分と向き合った結果を、研究やプロダクト、サービスの形で発信できるのは、まさに「感受性」による「クリエイティビティ」だと思いました。

加藤:言葉による説明だけでなく、アパレルなどの商品を作ったり、感覚過敏バッジのようなアイテムを見せたりすることも私の発信方法になっています。目に見えない感覚過敏の困りごとを言葉で表現するのは難しいですが、発信しないと困っていることに気付いてもらえないから、伝えることは大切ですよね。

金:田村さんも食体験の伝え方に関して様々な活動をされていますよね。

田村:「なぜおいしいと思ったか」や「何をおいしいと思ったか」を、感覚的には理解しているけれど言葉で表現できない方がすごく多いんです。
そういう方に「これとこれを組み合わせると、こういう香りがして、こういう味わいがして、こういう食感があるからおいしくなるんです」という話をすることで、腑に落ちる体験をしてもらうとおいしさがより記憶に残ると思っています。

平尾:渡邊さんの「中間言語」の話もそうでしたが、今日お話しいただいたお三方とも、「感覚のような簡単に言い表せないものを、何かしら人に伝える形にしたい」というモチベーションが共通していると思いました。
そこで気になるのは、言語化することで一般の人でも気付けるレベルの感覚と、言語化しただけでは一般の人だと分からない差分の感覚があるのではないか、ということです。

田村:それはあります。特に嗅覚は人によって全然違いますし、味覚も人による違いはあります。でも興味を持つことによって感覚が変わることもあり、僕自身、明確に嗅覚が良くなった体験をしています。
ソムリエがワインを勉強する教材があり、「レモン」「カシス」「なめし皮」といったワインから感じる54種類の香りを嗅ぎ分ける訓練をしたんです。一ヶ月訓練して20のうちの6ぐらいしか当たらなかったので、すごく悔しくて次の一ヶ月はもっと真剣に訓練したら、今度は20のうち17まで当たるようになりました。あれは明確に「嗅覚が良くなった」体験でした。

平尾:入ってきている感覚刺激は同じはずなので、嗅ぎ分けられるようになったのは、人間は得られた刺激を記憶・経験で形成されたモデルで判断しているからなんでしょうね。

田村:「香り」にもいろいろな種類があって、それぞれ相性のいい香りや味覚があります。例えばラズベリーと合う香りにはキウイや桃、メープル、すみれなどがあり、フルーティーな香りと連動しやすい味覚には酸味と甘味がある。僕は立体で味を作るので、こういった対応を平面の図にするとすごく複雑になりますが、それでも図解すると理解できる人が極端に増えるんです。こういった体験を増やすことが大事だと思っています。

鳴海:食に限らず、「構造が分かったからはじめて気づく」ということが、きっと色々なところにあるんでしょうね。

無意識の違和感がクリエイティビティの出発点

平尾:「感覚過敏が抱える課題をどう解消するか」というのが加藤さんのテーマですが、逆に解像度が高いことがメリットになることはありますか?

加藤:メリットと言えるかわかりませんが、私は「違い」を感じることが多く、例えば服を作る時にはロットや季節による風合いの変化に気がつきます。感覚過敏の人は、履ける靴や着れる服をひとつ見つけたら、同じ商品を使い続けたりします。でも一ヶ月後に買ってみたら全く違うことがあるので、その時期に買いためておく人もよくいます。

金:なるほど。会社の仕事でも、小さな違和感をキャッチして、その違和感をなくしていくことで、結果としてそれがクリエイティビティを高めることになりますよね。

小泉:きっと「こうあるべきだ」というイメージが事前にあるんでしょうね。それと違うと違和感が強くなる。

加藤:いま「予測誤差による感覚過敏」があるのではないかという研究をしていて、その中にも自分で意識して予測しているものと、脳が勝手に無意識に予測しているものの2パターンがあると思っています。

田村:「無意識の予測」というと、食材を見て「オーラがある」と感じることがあります。市場でいろんな魚が並んでいても、気になるものはやっぱり「パッと目に留まる」んですよね。

渡邊:同じように、「いい論文」も読まなくても分かりますよね。

鳴海:もう少し再考が必要な論文も分かる。学生が論文を送ってきたら、読まなくても「ここ、絶対おかしいから」というのは分かりますよね。

渡邊:そうですね。「理由は分からないけれど、理に適っている気がする」ということや、「なぜか、これを進めるとよくない気がする」といった感覚ってありますよね。

田村:多分それも知識の集積の上だと思うんですけれど、頭で考えるより先に分かってしまうのが人間だというのは不思議ですよね。学べば学ぶほど直感が冴える。結論としては、とんでもない情報量を一瞬で処理して、感覚的に捉えているということだと思いますが。でも情報を持ってない人は解像度が上がりにくいと思うので、そこは経験と共に変わっていく気がします。

感覚の物語(コンテキスト)が、人生の豊かさをかたどる 。

大野(東京大学大学院・鳴海研究室): Mr. CHEESECAKEはずっと通販のみの販売でしたが、この9月に東京駅に店舗を出店しますよね。実店舗だからこそできる食体験のイメージはありますか?

田村:オンラインで買えるほうが時間も交通費もかからなくて便利だと思って通販で始めたんですけど、人間は全然合理的ではなく。大多数の人はわざわざ買いに行ったり並んだりという体験をしたいんです。多くの人が望むなら実店舗があったほうがいいと思い直しました。
それと、オンラインだけだと「スマホの中に何が映っているか」が全てになってしまい、体験として弱い。その場所に行って、視覚、聴覚、嗅覚などさまざまなものを使って「ワンアクション」の体験をするほうが圧倒的に印象に残るし、ブランドが体現したいことも伝わりやすいんです。

鳴海:ロボット研究者の吉藤オリィさんが運営している、例えば車椅子に乗っているような外出困難な人たちが、遠隔で操作できるロボットにログインして接客する「分身ロボットカフェ」というものがあります。そこでわざわざ、ログインしてからロボットに入るまでに「バーチャルな控え室」を作りたいと言うんです。いきなりロボットに入ると、「よし、これから働くぞ」とか「終わったら雑談しよう」みたいな「コンテキスト」がなくて、孤独に働いている感じになってしまう。
考えてみれば、オンライン会議が広まって便利になった反面、会議の合間に「ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」みたいな、パーソナルでインフォーマルな会話をする場が少なくなりましたよね。仕事にとってはメインではないけれど、実は人生にとってはそういった「コンテキスト」のほうがすごく大事だったのかもしれません。それが今日の「なんでオフラインのほうが便利なのにオンラインの店作るんだろう?」にすごくつながって響きました。

平尾:感覚ってやっぱり物語があってこそですね。

星出:コンテンツが注目されがちな現代ですが、コンテキストがあってはじめてコンテンツが機能する、意味や価値を持つということなんでしょうね。どうやったら人々をつなぐ創造的なコンテキストをつくることができるのか。次回はコンテキストそのものをデザインする方法、豊かなナラティブを生み出すレシピを「Future Humanity」でもっと掘り下げていこうと思います。本日はありがとうございました。

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