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広告の概念を「拡張」させた21世紀の広告とは?
アドミュージアム東京「コレって広告?!展 ~拡張する21世紀の広告クリエイティブ~」 企画展の記録【後編】

2024.11.20
東京・汐留にあるアドミュージアム東京にて、2024年4月27日~8月31日、企画展「コレって広告?!展 ~拡張する21世紀の広告クリエイティブ~」が開催されました。同ミュージアムからの声掛けで、博報堂クリエイティブディレクターの須田和博が企画と監修を務めました。
21世紀に入り、広告を取り巻く環境は激変しています。インターネットの普及とスマートフォンの登場、またSNSの台頭などにより生活者や社会が変容し、広告の手法だけでなくメッセージの考え方にも影響を与えています。須田はそうした21世紀の広告を俯瞰し、「生活者の視点では『これも広告だったの?』と驚くような事例が次々と登場している」ことに注目。これを本展の全体コンセプトとし、複数の「拡張」をひも解きました。
本記事では企画展アーカイブとして、約200の展示広告から代表的なものを交えながら、全体を解説します。
前編はこちら

監修:須田和博(博報堂)
アートディレクション:細川剛(博報堂)
デザイン:MILK、宮崎琢也(TBWA\HAKUHODO)
CG:汪駸
年表編集:高田豊造(コーダ工房)
年表デザイン:KARAPPO Inc.
協力:(株)博報堂/(株)博展
主催:(公財)吉田秀雄記念事業財団
ライブラリー選書:B&B

ゾーン3:発信者の拡張 ~ユーザー発信やSNSの台頭~

スマートフォンやSNSによって、発信者が拡張していく土壌が整い、個人のメディア化が加速していきます。ゾーン3は、テキストやイラスト、動画などをごく普通の生活者がどんどん発信し始めたことを背景とする広告を紹介しています。

生活者の変化を受けて、たとえばダンスを真似したくなるようなFit's 「ショッピング」(ロッテ/2009)など、ユーザーのクリエイションを創発するような広告が出始めました。CGM(Consumer Generated Media)への投稿を広告にうまく取り入れたり、生活者自身に広告に参加してもらったりする事例も目立つようになりました。

初音ミクに代表されるアマチュアクリエイター文化が花開き、定着していったのも、発信者の拡張のひとつでしょう。単に広告ビジュアルに使うだけでなく、初音ミクを題材にしたコンテンツ募集キャンペーンなども展開されました。

沿線の地域で暮らす方々が次々と新幹線に手を振ってくれるCM「九州新幹線全線開業」(九州旅客鉄道/2011)は、生活者の発信力と存在感が増していった流れにおいて、象徴的な事例です。一般の方が登場する広告は昔からあるものの、ユーザーや取材対象としての登場が多く、あくまで企業が主体でした。しかしこのCMは、JRと地域の方々が同じ立場で開業を祝うような、何なら地域の方々のほうが主役のようなつくりになっています。

言葉にすると当たり前なのですが、“生活者”はかたまりではなく一人ひとりの個人であることが浮かび上がり、その影響で企業の“生活者の捉え方”が変わり、広告も変容しました。企業が意識的に生活者と同じ目線に立とうという風潮が、2010年ごろから徐々に広がってきたように感じます。

レディー・ガガをプロカメラマンが撮るのではなく、自身のセルフィ―(自撮り)で広告を構成した「50 selfies of Lady Gaga」(資生堂/2015)や、芸能人同士が普通の人のように“オンライン飲み”をするコロナ禍でのCM「話そう。みんなで」(サントリー/2020)、個別の録音を重ねて合唱にしたポカリスエット 「ポカリ NEO合唱2020」(大塚製薬/2020)なども、この流れの中にあると思います。

一方で、ここ数年はユーザークリエイションもある種の成熟期に差し掛かり、ユーザーの投稿をそのまま広告に採用したり、あるいはユーザー投稿のように素人っぽく仕立てたりしても、もう注目されないかもしれません。流れが速いだけに、世の中の変化の中で消費されていくことと定着していくことを、広告主やクリエイターはよく見極める必要があると実感します。

ゾーン4:価値観の拡張 ~多様性の偏在と新しい常識~

3つの拡張を経て、生活者も企業も、価値観を拡張する時代を迎えています。ゾーン4は、広告に加えて「#MeToo」「#StayHome」「#がんばろう日本」「#保育園落ちた日本死ね」など、SNS上でムーブメントとなった事象をハッシュタグとともに掲示しました。

これまで当たり前に信じられてきた正義や、ステレオタイプな価値観に対して誰かが疑問を呈し、一気に共感を集めて価値観がひっくり返っていく。同時に、新しい価値観に対するアンチが出てくることも多く、そうした生活者の間の意識変換に企業が寄り添うようになりました。

結果として今、直接的な商品広告ではなく、かといって企業の姿勢を打ち出す企業広告とも少し毛色の違う、生活者や顧客の意識を捉えた上で社会へメッセージを発する広告が出てきています。

生活者に寄り添わないと認めてもらえないという風潮もありますが、寄り添うだけでなく一歩先んじて「もっと主張しましょうよ」と促す様子も見てとれます。代表的なのは、自由な髪形で就活してはいけないのか、と問いを投げかけたパンテーンの「#1000人の就活生のホンネ」(P&G/2018)です。学生の校則に注目した「#この髪どうしてダメですか」(2019)や、多様なジェンダーアイデンティティの表現を肯定する「#PrideHair」(2020)など、一連の発信が記憶に残っている方も多いでしょう。

「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」とのコピーとともに、鬼の子どもがぽつんと描かれた新聞広告「めでたし、めでたし?」(日本新聞協会/2013)も、ゾーン4に含めたひとつです。これは、「しあわせ」をテーマにした2013年度「新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞作品なのですが、応募したクリエイターが「立場が変われば見方が変わる」ことをとても平易に表したことも、この作品が最優秀に選ばれたことも、価値観の拡張という点によく合致しています。

企業からの発信で、自分の中の偏見や固定観念に気付いたり、あるいは「言っていいんだ」と背中を押される人もいると思います。その感情の動きが企業やブランドへの好感や親近感にどのくらいつながるのか、さらには販売にどう結び付くのかを確かめるのは簡単ではないですが、企業活動のひとつとしてこうした広告キャンペーンに乗り出す事例が増えていることは、俯瞰するとよくわかります。

また、自社の立ち位置を改めるような発信も目立っています。結婚情報誌なのに、ゼクシィが 「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」(リクルート/2017)と結婚しない道も提示するコピーを打ち出したり、バレンタイン文化をけん引してきたゴディバが「日本は、義理チョコをやめよう。」(ゴディバジャパン/2018)と発信したり。こうした展開は、ある意味で過去の否定にも見え、生活者にとっては意外性があると同時に、新しい時代に向かってみずからを刷新していく姿を印象付けています。

拡張の源流 ~広告メッセージで見る四半世紀

何らかを訴えかける広告の根底には、必ずメッセージがあります。4つの拡張はいずれも手法なので、何を言おうとしてその手法を取ったのかに注目して年表にまとめたのが、5つ目のゾーン「拡張の源流」です。

117の広告コピーについて、その時期の生活者のどんな気持ちやムードを捉えて投げかけているのか、「フレフレ」「モヤモヤ」「フムフム」「ヒット・ヒット」 の4つの軸で分類していきました。たとえば「モヤモヤ」なら、生活者がなんとなく感じてはいるけれど、言葉や行動にできていない課題に対する提案を分類しています。合わせて、各年の社会事象も並べました。

こうして見ると、21世紀に突入してから、決定的で不可逆な3つの変化があることがわかります。2008年のiPhone日本発売、2011年の東日本大震災、そして2020年WHOによるコロナウイルスのパンデミック宣言です。ここを境に、前と後とでメッセージすべきことの価値観ががらっと変わっています。

流れを追いながらいくつか紹介すると、まず20世紀末がそれほど明るいムードではありませんでした。バブルが崩壊してリーマンショックが起き、21世紀に入った2001年に米で9.11同時多発テロが起こりました。日本でもこれを受け、2002年の元旦広告にANAが「ニューヨーク、行こう。」と打ち出しています。

全体的に、21世紀初頭は応援する「フレフレ」や、盛り立てる「ヒット・ヒット」のコピーが目立ちます。並行してネットが広がり、CMから「続きはWebへ」と誘導する構図が生まれ、急速に採用されていきました。一方、「LIVE/中国/ANA」(2005)など、ネットの影響で逆にライブの価値を訴えるコピーも登場しました。

iPhone登場後でひとつ挙げると、オリンパス「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」(2009)です。技術の優位性を訴えるのではなく、デジタルが普及したからこそ、逆に「人間の全体性が失われていないか」と投げかけ、そこに注目していることをメッセージしています。

東日本大震災を経て、広告業界は大きく変わりました。テレビでは常にACジャパンのCMが流れ、あらゆるエンターテインメントもそれどころではない状態に陥りました。年表を俯瞰すると、「ReBorn」(トヨタ自動車/2011)、「負けるもんか。」(本田技研工業/2012)など、ここから一気に応援系のコピーに偏ります。2015年ごろから、先のゾーン4「価値観の拡張」があらわれ始め、立ち止まって「フムフム」と考えさせられるようなコピーも増えていきます。

そして2020年のコロナ禍を境に、「人との分断」「社会との分断」がメッセージの前提になりました。「ひとりで生きていく、なんて、言わないでほしい。」(大王製紙/2021)や、「ぼくたちは、素晴らしい過去になれるだろうか。」(サントリー/2021)など、コロナ禍を経験している生活者に向けた語り口になっています。

また、ネット上での時間が長いこともあってか、SNSの誹謗中傷が社会問題になっています。たとえばACジャパンは「たたくより、たたえ合おう。」(2022)というコピーで、ラップに乗せてコミカルに寛容性を訴える広告を打ち出しました。

こうして時系列で見ると、企業のメッセージは社会情勢や生活者の変化と密接だとわかります。もちろん個々には広告の目的や訴求すべき事項があるわけですが、伝えたいことをどれだけ掘り下げても、受け入れられるかは企業やクリエイターだけが左右できるものではありません。生活者の状況や気持ちをよく捉えた上でのメッセージが、人の心に残るのだろうと思います。

広告って何ですか? ~あなたにとって「広告」とは?

最後の参加型コーナーは、アドミュージアム東京の企画展の恒例です。今回は、23年分の「コレって広告?!」な事例を踏まえて、自分にとっての広告についてひとこと書いてもらうことにしました。

計29名の広告業界の方々にコメントを依頼し、掲出しました(うち一人は私ですが)。つくり手の言葉には、やはり広告に対するロマンや思い入れが強く表れていました。

一方で来場者がそれぞれコメントを書き込んで貼ったシールには、ポジティブな書き込みだけでなく「イヤだけど見させられる」とか、「じゃま」とストレートに否定されたものもありました。それが日を追うごとに、「広告がおもしろいものだとわかった」といったポジティブな内容が多くなり、少し胸をなでおろしています。

2024年現在、残念ながら、ネガティブな体験を強いるような広告も一定量は存在しています。それは先の書き込みのようにじゃまに感じられ、広告というだけで嫌われ者のように言われたりもします。ですが今回の企画展を通して、そうじゃない魅力がたくさんあることに気付いてくれたなら、特に若い人が刺激を受けてくれていたら、展示の意義があったと思います。

顧客の近くに ~江戸から現代までの広告と「枠」の存在

改めて、冒頭で触れた「顧客の近くに行こうとする」ことを考えてみます。広告が“広告然”としないことで、ユーザーや生活者から拒絶されず、暮らしの近くに、あるいは個々人の価値観のそばに行ける。そして、身近で愛着のあるものになる。それを各社や各クリエイターが、それぞれの場所で模索してきた四半世紀だったのかもしれません。

結果、どんな表現やアウトプットになってもいいのでしょう。本企画展がバラエティに富んでいることが、その証拠ですし、今後を考えるヒントとして大きかったと思います。

あらゆる手を使って近くに行くことが大事だと考えたとき、私の頭には本ミュージアムの常設展の冒頭、江戸時代の”あの手この手”の広告が思い浮かびます。実は今回の企画を打診いただいたとき、21世紀の広告を見終わって、エントランスを抜けてまた常設展に入ったらきっとおもしろいと直感しました。

マスメディア登場以前の当時は広告自体の黎明期で、買い物などの景品として、錦絵という版画やお店や商品を盛り込んだ絵すごろくが配られたりしていました。歌舞伎の劇中に実在の商品やお店が登場するのは、タイアップそのものです。

これらは、現代の手法に通じるものがあります。当時は「枠」がなかったから、あの手この手で顧客の近くに行こうとした。やがてマスメディアが登場して「枠」の中での訴求がメインストリームになり、そして21世紀は「枠」からはみ出そうとしている、そんな大きな流れが見えてきます。

拡張は、枠があってこそ成立します。一方で枠内の挑戦も、まだまだ掘り下げ切ったとはいえません。この企画展はいったん会期を終えますが、今後もどんどん「コレって広告?!」と驚く事例が出てくることを楽しみにしていますし、私も考え続けていきたいと思います。

須田 和博
博報堂 クリエイティブディレクター / UNIVERSITY of CREATIVITY ディレクター / スダラボ エグゼクティブ・クリエイティブディレクター

1967年新潟生まれ。1990年多摩美大卒、博報堂入社。AD、CMプラナーを経て、インタラクティブ領域へ。2009年「ミクシィ年賀状」TIAAグランプリ。2014年スダラボ発足、「ライスコード」でアドフェスト・グランプリ、カンヌ・ゴールドなど、国内外で60以上の広告賞を受賞。2016〜17年 ACC賞インタラクティブ部門・審査委員長。2019年「MRミュージアム」日本イベント大賞グランプリ。2023年より多摩美術大学・非常勤講師、および内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)ピアレビュー委員。著書「使ってもらえる広告」
https://uoc.world/people/details/?id=gy0dm90rbb2x

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