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レジリエントライフ×多摩市で取り組む
「しなやかなまちづくり」とは?【後編】

2024.10.18
博報堂と国立研究開発法人防災科学技術研究所などが立ち上げたI-レジリエンス株式会社によって2023年9月に始動した、「レジリエントライフプロジェクト」。近年頻発する自然災害だけではなく、社会が複雑化することで起こり得る困難や、個人に振りかかる心身の健康など日常に潜むさまざまなリスクを乗り越え、豊かな暮らしを実現するライフスタイルを提唱しています。そして今年4月、災害時における住民の自助・共助力向上を目指す多摩市と新たに連携協定を締結。さまざまな取り組みを推進中です。
前編ではI-レジリエンス社が誕生した経緯、「レジリエントライフプロジェクト」で実現しようとしていること、多摩市が抱える地域の課題や連携の意義展望などについて、プロジェクトメンバーにうかがいました。
後編では、リスクを疑似体験する新たな試み「令和サバイバー養成キャンプ」と、活動の今後の展望についてお話をうかがっていきます。

スピーカー(左から)
山下 梓
博報堂
ストラテジックプランニング局 イノベーションプラナー

林 春男
I-レジリエンス株式会社 顧問
京都大学名誉教授

吉田 啓一
博報堂
投資型ビジネス推進部 部長

西野 泰生
多摩市 総務部
防災安全課 防災担当主査

藤田 裕介
株式会社 博報堂コンサルティング コンサルタント

リスクを疑似体験する新たな試み「令和サバイバー養成キャンプ」

―多摩市で開催された「令和サバイバー養成キャンプ」は、リスクを疑似体験する試みでもありますね。イベントの特徴や具体的な内容について教えてください。

山下
地域の防災訓練となると、どうしても腰が重くなったり、すでに防災意識の高い人ばかりが集まることになったりと、参加者が固定されがちです。私たちは、これまで防災訓練に参加したことがないような方にも、「ちょっと面白そうだな」と思って気軽に参加してもらえるものにしたいと考えていました。また、林先生や吉田の話にもあったように、私たちが備えるべきは自然災害だけではなく、人間関係や健康など、生きていくうえで降りかかるあらゆるリスクです。ですから、「楽しく」そして「災害に閉じないリスクへの対応」を主軸に、3時間のプログラム「令和サバイバー養成キャンプ」を設計しました。5月に初回を開催し、多摩大学の学生や多摩大学付属聖ヶ丘高校の生徒、近隣住民ら41名に参加していただきました。

まず冒頭に行ったのは「仲間づくり」パートです。リスクが降りかかった際、大切なことの一つに「誰かに助けを求められるか」「誰かに手を差し伸べられるか」があります。ですから、自分がどんなことが得意で強みにしているか、逆にどんな場合には助けを必要とするかなど、自己開示が進むような、ちょっと踏み込んだ自己紹介を行いました。

続いては「生活環境整備」パートです。参加企業に提供いただいた段ボールテントや簡易トイレなどを使い、避難先や何か困った状況に陥ったときの、快適な生活環境づくりに挑戦しました。高齢者や体の不自由な方にはどんな工夫が必要か、どうすれば皆が安心して心身共に休める場所がつくれるか。互いの得意を活かしつつ力を合わせ、手元にあるもので何とか工夫する力をつけられるように意識しています。

最後は「心身の健康づくり」パートです。参加企業に提供いただいた新聞紙を燃料にして炊飯ができる「かまど」を使い、共に調理し、食事をすることで、自分や周りの人の健康を考え、連帯感を醸成するような時間にすることができました。

高校生の参加者からは、「学校では学べない防災が学べた」「いろんなリスクについて家族とも話したい」といった声や、高齢の方からは、「普段接点のない高校生や大学生とコミュニケーションをとることができてよかった」といった感想が寄せられました。世代間交流ができたのも、このイベントのもたらす大きな効果だと実感しています。

―多摩市としては、「令和サバイバー養成キャンプ」にどういう印象を持たれましたか?

西野
防災という言葉をあえて使わず、キャンプという見せ方にしたことで、誰もが気軽に参加できる自助力の育成のきっかけとして、非常にうまく設計されていると感じました。また、共助の面でも、さまざまな世代が一緒に取り組む機会として、見事にパッケージングされています。個々のパートも非常に工夫されており、このノウハウを市の他の活動にも是非応用させていただきたいと考えています。

また、今回、参加企業から段ボール製のテーブルや椅子、テントなどをご提供いただきましたが、実際の避難所では多くの段ボールが手に入るため、それを工夫して活用するというのも今後の取組みとして面白いと感じました。「同じかまどの飯を食う」という体験も、参加者にとって魅力的です。さらに、これらのコンテンツは、ターゲットごとに見せ方を工夫することで、異なる層に効果的にアプローチできると期待しています。

来たるべき大きなリスクに備え、今求められるレジリエンスなまちづくり

―今後の展開についてですが、まずは多摩市での構想について教えてください。

藤田
地域住民の皆さんと一緒に、レジリエントライフに関する施策を考え、生み出していくリビングラボの構想があります。この施策のポイントは、防災に関心の低いライト層をいかに巻き込んでいくかです。たとえば、子育てをテーマにすれば、防災には関心の低い方でも、「いつも」や「もしも」の時のリスクについて、積極的に議論しやすくなると考えています。また、防災ライト層と共に検討することで、地域の多くの人が参加したくなる施策アイデアをつくれると考えています。最終的には、地域住民や地域企業の皆さんと連携し、具体的なプロダクトやサービスの形に落とし込んでいく構想です。
※防災ライト層:防災に対してすでに顕著な関心を示している人たちを防災コア層、取組の切り口を工夫すれば関心を持ってくれそうな人たちを防災ライト層と呼称。

より近い話でいうと、今年度内に一度調査をかけることで、これまでの活動がどんな効果につながったかまずは可視化できればと考えています。調査は継続的に行い、地域がどのようにレジリエンスを獲得していったか、どの施策が有効だったかなどを検証していきたいですね。まずは日本の縮図である多摩市をモデルケースにし、長期的には他の地域にもチューニングしながら応用させていけるといいかと思います。

―「令和サバイバー養成キャンプ」の今後の展望を教えていただけますか。

山下
5月のキャンプでは、参加した大学生の一部から、自分たちもファシリテートの役割ができるのではないか、という声がありました。今は我々がキャンプを主導していますが、いずれは参加者自身が次のファシリテーターになっていくような循環ができればと考えています。レジリエンスとは何か、実体験をもって理解する人たちが少しずつ増えていく状況をつくれるのではないでしょうか。

いまは多摩市の住民の方にご協力いただいていますが、たとえば多摩市に仕事に来ている人、多摩市にある企業の皆さんとも接点をつくっていけたら。また、参画企業の皆さんとレジリエンスの文脈で商品を作ったり、今あるものをアップデートしていき、プロダクトに結び付けていくことができたらと考えています。キャンプの3時間だけではなく、普段の生活の中でもレジリエンスについて考える時間を増やし、備えの積み上げにつなげていきたいですね。

―多摩市としては、このプロジェクトをどんなまちづくりにつなげていきたいですか?

西野
今回のプロジェクトは、多摩市にとって大きなチャレンジであり、同時に大きな変革のきっかけになると考えています。さまざまな世代が参加しながら、官民の多様なメンバーが協力して地域を一緒に盛り上げていく、その成功事例にできれば。日本の縮図ともいえる多摩市がこのプロジェクトを実践することで、新しい地域コミュニティのあり方を提示することにつながれば嬉しいですし、是非これを持続可能な形にしたいですね。

また、行政としては、組織の性格上どうしても柔軟性やスピードに欠けるという課題があります。しかし、変化の激しい現代では、従来のPDCAサイクルでは限界があり、Observe(観察)、Orient(状況判断)、Decide(意思決定)、Act(実行)のOODAループのような、より迅速な意思決定手法も取り入れていかなくては、もはや通用しなくなるのではないでしょうか。今こそ我々は変わる必要があるし、日本の将来や多摩市民にとっても、これを意味のあるプロジェクトにしていかなくてはならないと思います。


縦割りの弊害が指摘されることも多い行政ですが、多摩市は今回の連携の中で、複数の担当部署が部門の垣根を超えてかかわってくれています。西野さんが言うチャレンジというのは、プロジェクトそのものの実施だけでなく、プロジェクトを通してこれまでの行政の意思決定手法を変えるということも意味しています。

人口減少の時代を迎えるにあたり、一人一人の生産性を上げていくためには、各自が主体性をもって、責任をもって意思決定していく社会でなければなりません。それが、さまざまな人生の困難に打ち勝つ力にも変換されていくような仕組みこそが必要です。キャンプの参加者の反応からも、人と人が知り合い、仲間として協力して活動することの楽しさや価値を改めて感じているのが伝わってきます。それを体験し実感知として得ることに意味があると思います。

―最後に、レジリエンスで「しなやかなまちづくり」を目指す意義について改めて教えてください。


我々は何かというと公助を求めがちですが、人口減少で財源が厳しい現状を鑑みると、やはり1人1人がより安全で豊かに生活できる工夫を日々重ねていく必要があるります。正直、私自身は民間企業にも大きな期待を寄せています。商品なりサービスを抱えている提供できる企業はやはり最後に頑張れると思うし、そういうプレイヤーが連携して助け合うことも求められていくでしょう。

先日、「巨大地震注意」という情報が出たように、南海トラフ地震の切迫度が一段階上がりました。そう考えると、なるべく早くから来るべき大きなリスクに備え、混乱を予想し、乗り越えられる力を蓄える必要があります。健康で、経済的に安定していて、自己充実した時間が持て、いざというときに助けになる人が近くにいる…そういうライフスタイルを送る人が多いまちほど、“しなやかで強いまち”と言えます。そんな地域を全国に増やしていくことが私たちの理想です。

レジリエントライフプロジェクトの詳細はこちら
https://resilient-life-project.i-resilience.co.jp/

令和サバイバー養成キャンプについての問い合わせ

ご紹介した「令和サバイバー養成キャンプ」は多摩市にて取組を継続しておりますが、
他の自治体や団体においても実施可能です。幅広い世代の参加を促す新しい防災訓練のカタチとして、住民同士のコミュニティづくりのきっかけ作りとして、もしくは実施希望者のニーズによって実施内容をカスタマイズできます。内容の問い合わせや実施希望をご希望の場合は、レジリエントライフプロジェクト事務局まで問い合わせください。
https://resilient-life-project.i-resilience.co.jp/contact/

山下 梓
博報堂
ストラテジックプランニング局 イノベーションプラナー

林 春男
I-レジリエンス株式会社 顧問
京都大学名誉教授

吉田 啓一
博報堂
投資型ビジネス推進部 部長

西野 泰生
多摩市 総務部
防災安全課 防災担当主査

藤田 裕介
株式会社 博報堂コンサルティング コンサルタント

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