
スピーカー(左から)
山下 梓
博報堂
ストラテジックプランニング局 イノベーションプラナー
林 春男
I-レジリエンス株式会社 顧問
京都大学名誉教授
吉田 啓一
博報堂
投資型ビジネス推進部 部長
西野 泰生
多摩市 総務部
防災安全課 防災担当主査
藤田 裕介
株式会社 博報堂コンサルティング コンサルタント
―まずは、I-レジリエンス株式会社がどういった組織なのか教えてください。
林
I-レジリエンス株式会社は、国立研究開発法人防災科学技術研究所を筆頭に、東京海上ホールディングス株式会社、株式会社博報堂、ESRIジャパン株式会社、株式会社サイエンスクラフトの計5社の出資を受け、2021年11月に発足したスタートアップ企業です。リスクのフロントに立つさまざまなステークホルダーと共創しながら、防災科学技術の研究成果を社会実装していくことを大きな目標としており、さまざまな情報プロダクトで防災を実践するDX事業、そして、本日のテーマでもある「レジリエントライフ」の実現を目指すRL(レジリエントライフ)事業が大きな柱となっています。

―そもそも「レジリエントライフ」とは、どのようなものなのでしょうか。
吉田
ベースとなる考え方についてお話しますと、ここ数年、豪雨による河川の氾濫、土砂災害、あるいは各地で頻発する地震など、さまざまな自然災害が非常に身近になってきましたが、日頃から意識的に防災に取り組んでいる人は限定的で、多くの生活者が「なかなか自分事化できない」「自分が住んでいる場所は大丈夫だろう」「どうせなら普段の生活を豊かにする方にお金をかけたい」と感じているのが実状です。一方、現代を生きる私たちは、自然災害に限らず、健康や人間関係、交通事故やセキュリティ被害など常にさまざまなリスクにさらされています。そこで、こうしたあらゆるリスクに対して「レジリエンス※する」という基本の考え方を定着させることで、自然災害も含めていざという時に自分の身を守り、困難と共存しながら豊かに生きる人生“レジリエントライフ”を手にすることができるのではないかと考えました。
※レジリエンス:レジリエンス(resilience)とは、困難を乗り越える適応力のこと。自然災害や社会・個人に起因するリスクが生み出す困難に直面した際、その状況に速やかに適応・元の状態まで迅速に回復・災害の教訓を元に成長・次なる被害の予防というサイクルを繰り返し、困難を乗り越えることを指す。

鍵となるのは、「適応・回復・成長・予防」のサイクルです。まず困難に適応することができたら、次は回復しなければなりません。そしてその過程をふまえて自身が成長することで、次に同じような事態に陥った時に、予防することができる。このサイクルを回していくことで、サステナブルかつ個人のウェルビーングにもつなげるという考え方です。
林
自然災害に遭うのは稀かもしれませんが、挫折や健康問題など困難はなんて、人生で何度でも訪れ得うるものです。そうした困難を乗り越えるノウハウを提供し、そこから逆算して普段の生き方についても考えることで、いざという時のための大きな備えにできるのではないかと考えています。
―いわゆる単発のキャンペーンではなく、継続的な取り組みが求められるのですね。広告会社としての博報堂の強みはどのように活かされているのでしょうか。
吉田
おっしゃるように広告という領域においては、どうしても短期的なキャンペーンとしての取り組みが主体になるものですが、我々博報堂としても、生活者が今抱えている課題、ひいては社会が抱える課題に向き合っていくためにも、持続的かつ長期的なプロジェクトをしっかりと実践していく必要があると考えています。そんな中、林先生のレジリエントライフ構想と出会い、今の日本が抱える大きな社会課題への一つの答えになるはずだと考え、官民連携での取り組みが始まったという経緯があります。

行政や自治体によるサポートつまり「公助」にも限界がある中、自分の身は自分で守る「自助」と、地域市民同士が共に助け合う「共助」を促すという意味でも、私たち博報堂のDNAである生活者発想を大いに活かせるはずです。また、本プロジェクトはいわゆるコンソーシアムのような形をとっており、メディアやメーカー、シンクタンクなど各業種からさまざまな企業に参加いただいています。我々が普段クライアントとしてお付き合いしている方々を一つの志で束ねるという点においても、僕らのネットワークが活かせているところかと思います。
―多摩市で当プロジェクトを実践しようと考えた背景について教えてください。
西野
多摩市は、東京都西部の多摩地域に位置する人口約15万人の都市です。これまでも首都直下地震や多摩川の氾濫といった自然災害を想定し、対策を進めてきました。しかし、いざという時に15万人全員に食料や住まいを私たちだけで提供することは難しく、公助だけでは限界があります。そのために重要になるのが、一人ひとりの自助力、そして地域での共助力の向上です。
とはいえ、現状を見てみると、自助については半数の家庭で対策が不十分という調査もあり、共助に関しても高齢化や共働き世帯の増加により、防災活動の担い手が減少しています。これらの課題に対して、以前から強い問題意識を持っていました。

そんな中、今年4月、多摩市はI-レジリエンス社と連携協定を締結し、「しなやかでつよいまち~レジリエンスするまちづくり」を目指すことになりました。同社が実践する「レジリエントライフプロジェクト」を通じて、災害対策への意識が高くない方々にも少しずつ行動の変容を促し、地域での世代間交流や顔の見える関係づくりが進めば、自助力と共助力の向上が共に実現できるはずだと考えています。このプロジェクトへの参加は、多摩市が抱える課題解決の大きな糸口になると期待しています。
―多摩市での取り組みには、ほかにどんな狙いがありますか。
藤田
多摩市における当プロジェクトの最大のテーマは、「レジリエンスを科学する」、そして「社会実装のモデル都市にする」です。前者は、“どうすれば地域の生活者がレジリエンスを意識するようになるのか”という問いを定量的な検証を目標とした活動です。プロジェクトの各施策に接触した人が、「どのように意識変化をしたのか」「日常のどんなシーンでレジリエンスを意識するようになったのか」を定量調査で明らかにします。後者は、定量的な検証をふまえて、レジリエントライフの効率的・効果的な浸透施策を構築し、将来的には、多摩市全国的に横展開していくことを目指します。多摩市は、日本全体が将来むかえる地域課題を映したモデル都市とも捉えられると考えており、レジリエントライフを社会実装する第一歩として最適な地域だと考えています。

―プロジェクトを通してどんなことが実現できるとお考えですか。
林
日本は今、大きな曲がり角に来ています。歴史上始めて、毎年数十万人の日本人が減っていく人口減少局面に入り、人々の生活やコミュニティの維持の仕方にも大きな転換が求められています。生産年齢人口が減ることで公助の原資もなくなっていきますし、高齢化によって今ある地域コミュニティも限界を迎えつつある。ただ、新しいライフスタイルやコミュニティの再生構築が必要だと頭ではわかっていても、言うは易く行うは難しで、そう簡単に実現できるものではありません。だからこそ、困難に直面しても、それを乗り越えて成長することのできる「レジリエンス」を各自が高めることで、さまざまなリスクに備えて生きる強さを身に着けていくべきではないかと考えているのです。
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そうしたリスクを疑似体験する新たな試みである「令和サバイバー養成キャンプ」が多摩市で開催されました。イベント内容や今後に向けた展望については、後編でお届けします。
レジリエントライフプロジェクトの詳細はこちら
(https://resilient-life-project.i-resilience.co.jp/)




