
森川
私たちが臨んだメディア部門本選のお題は、マスキュリニティ、いわゆる“男性らしさ”がテーマでした。クライアントは、UN Women(国連女性機関)の中でも、特に広告メディアが拡散している有害なステレオタイプ撤廃を目指すUnstereotype Alliance(アンステレオタイプアライアンス)という機構。画一化された男性の理想像や成功像が世に溢れる中、多様な生き方を認めるメッセージを発信することで、男性のみならず誰もがより生きやすい社会にできるのではないか――そんな仮説のもと、どんな広告メディア戦略が有効かを問うお題です。

川合
まずUN Womenが男性にスポットを当てている点が、これまでにない斬新な切り口だと感じましたし、私たちは“ステレオタイプの打開”に普段から興味を持っていたので、ブリーフィング直後は嬉しくて2人でガッツポーズをしたほどです。
流れとしては、ブリーフィングでお題が発表されるのが午後4時で、資料提出の締め切りが翌日の午後5時45分。さらにその翌日に審査員の前でプレゼンを行います。私たちはお題がわかった後、すぐに会社が用意してくれていた一軒家に移り作業を始めました。
役割分担としては、案出しとスライドの構成、ストーリー作りまでを2人で一緒に行い、その後、森川がスライドのコピー周りを、私が1枚絵やスライド全体を整えていきました。

森川
最初の1時間半を面白いファクトや着眼点を探す時間に充て、その後1時間議論する。私たちの場合、これを2回繰り返すと大抵は太くて面白いアイデアが見つかるんです。過去に2人でいくつか賞にチャレンジしていたし、4、5回模擬練習を行っていて、そのメソッドには自信があったのですが、今回に関してはそれでは不十分だと考え、粘れるだけ粘ることにしました。
川合
たとえばPR部門だと、太いアイデアと同じくらいエグゼキューションが重視され、いかに世に定着させるかまでが問われます。一方メディア部門においては、インサイトと戦略とアイデアで8割くらいの評価が決まるんです。大きく問われるのは、どこまで面白いインサイトを見つけ、なるほどと膝を打つようなメディア戦略のロジック、また打ち上げ花火的なコアアイデアを立てられるか。ですからそこには意識的に時間をかけたわけですが、苦戦しましたね。最終的にストーリーが定まったのは夜中の2時くらいでした。
森川
決め手となるアイデアが出なくて苦戦する中、あるアクシデントが、状況を突破するきっかけとなったんですよね(笑)。
川合
そうでした(笑)。数時間作業を続けて煮詰まっていたとき、森川が気分転換にシャワーを浴びにいったんですが、突然、ずぶ濡れのままシャワールームを飛び出してきて、あれこれと思いついたことを話し出したんです。あまりのインパクトある光景に、学生時代からの友人同士とはいえ、思わず爆笑してしまって。
森川
タオルでもまともに隠せてなかったので、露出しすぎだと笑われました(笑)。でも、とにかく頭の中に出てきたアイデアを伝えることに精一杯で、なりふり構っていられなかった(笑)。2人で大爆笑してしまいましたが、それまでの緊張感が一気にほぐれた瞬間でもありました。

川合
そのあとすぐに、「ここまでさらけ出せるのは、パートナー同士だからだよね」という話になり、「どんな男性にも恋人しか知らない素顔があるはずだ」というインサイトを着想。企画が一気に前進していきました。
森川
実際に提出した企画のタイトルは、「Spread Spoiled Guys」(甘えん坊な彼の姿を拡散しよう)。普段クールに振舞いがちな恋人の無防備な姿を女性が隠し撮りし投稿することで、多様な男性像をUGC(ユーザー生成コンテンツ)として広げていくというものです。投稿には、ソファやコーヒーカップ、ガジェットといった写真に映りこんでいる実際のアイテムがタグ付けされているので、企業やブランドが広告として二次活用することも可能。たとえば家具メーカーなら、自分たちの商品を使って心底リラックスし、無防備でいてくれる状態は、ブランドとして一番のゴールでもあると思うんです。そういったイメージを、メディア発信ではなくUGCの形でリアルに発信していくことができる。ブランドにとっても非常に有効な手段なのではないかと考えました。

実際は、「出世や稼ぎが典型的な男性の成功像」という認識が、必ずしも当てはまらない男性もたくさんいるんですよね。それなりの日常生活に満足している状態こそが幸せで、理想的な姿だったりする。ですから、男性の単一の理想像をトップダウン的に伝えていく手法と対照的な、どこにでもいる、リアルな男性たちのリアルなライフスタイル、幸せの形を、UGCとしてボトムアップ的に広げていくという手法が活きるのではないかと考えました。
川合
あと、今回のテーマでターゲットとされたのがZ世代だったのですが、リサーチする中で、海外のZ世代を中心に、「#ボーイフレンド〇〇」という、恋人の日常を撮影して投稿するSNSのトレンドがあることを知ったんです。既存のムーブメントがあるなら、そこに、“誰もが生きやすい未来をつくる”といった社会的意義を付け加えることで、きっとより多くの若者が参加するきっかけになるだろうなとも思いました。
森川
クライアントはUN Womenではありますが、今回スポットを当てたのは男性像の方だった。そこがまさにポイントで、これは男性だけ、女性だけで解決するのではなく、男性も女性も一緒に取り組むべき課題だということなんです。なので、「皆で変えていこうよ」というインクルーシブの視点は非常に意識しました。
川合
評価された一番のポイントは、インサイトだったと思います。「全チームの中でもっともユニークで、力強いインサイトだった」という講評もいただきました。一方で、ゴールドを獲得できなかった要因としては、エグゼキューションの部分でもっと緻密に詰めていく必要があったのかなと思います。実際にゴールドを受賞した企画は、アイデアがシンプルでエグゼキューションの解像度が非常に高かったので。そこは反省点として今後に活かしていきたいですね。

森川
一方で、プレゼン自体はとても和やかに楽しく、審査員の方々を惹きつけることができたんじゃないかなと思います。
実は、今回のインサイトにたどり着いた夜、作業をしながらも互いの過去の恋愛話で大いに盛り上がって(笑)。私の友人で川合の元カレであり、私たち2人が出会うきっかけとなったある男性の話を、ぜひプレゼンでも話そうと決めたんです。で、プレゼンの導入部分で彼の話を引き合いに出し、「彼は私から見るととても勤勉でリーダーシップがあって…」と話した後に、川合が「確かにいい人だったけど、実際は不安がっていることも多かったよ」といった掛け合いから始めました。すると審査員の方々も「わかるわかる!」と面白そうにリアクションしてくれて。かなり場を盛り上げることができました。
川合
本戦に出て気づいたんですが、実は審査員は事前に提出した資料をそこまでしっかりとは読み込んでいないんです。その分、プレゼンをいかに魅力あるものにできるかが、評価を大きく左右する。ですから、事前にセリフを暗記するとか英語力を磨くといったことよりも、いかに場の空気を盛り上げ、審査員の方々の心を掴めるかのほうが重要だと思いました。正しく伝える力よりも、巻き込む力が求められていたのかなと思います。



森川
会社からのサポートにも大いに助けられました。まず作業部屋を用意していただけたのはとても大きかった。おそらくホテルの狭い一室だと、集中力も阻害され、発想にも限界があったのではないかなと思います。それから、博報堂には過去にヤングカンヌを体験してきたたくさんの先輩方がいるので、何人もの先輩方に連絡して、カンヌへの臨み方やデコンストラクションの仕方など、大小いろいろなアドバイスをいただくことができたのも、とても心強かったです。その上で、カンヌは基本ペアワークなので、何より私たち2人が納得いく方法、やり方を構築していくことができました。
川合
アドフェストという、タイで3月に開催される広告祭に視察に行かせていただいたのも大きかったですね。国際的なヤングコンペの現場の空気を体感することができたし、他国のクリエイターの方々ともネットワーキングできて、大いに刺激をもらえました。
森川
改めて、今回の体験から得られたこととしては、グローバルで評価されるにはどんなポイントが必要なのか、どういったインサイトが普遍的なのか…そういった国際基準を知ることができたこと。
そして、考えが煮詰まったときに励まし合ったり、空気を変えたり、あるいは土壇場でイレギュラーな場面に即対応したり……。一連の体験を通して、さまざまな局面を打開するための私たちなりの対策を確立させることもできました。今後、仕事におけるチームビルディングにも活かせるような気がしています。
川合
クリエイティビティも鍛えられましたね。本戦に行くまでの関門がいくつもあって、気合を入れてクリエイティブに向き合う瞬間が何度もあった。予選、本選と、毎回新しい世界で闘うような感覚だったので、それを繰り返し体験できたことで、グローバルなクリエイティブマインドの力がすごく付いたように思います。
森川
今後については、密かな野望ではありますが、日本のクラフト力で世界に日本のブランドをとどろかせることができたら、と考えています。なので今後も、世界で挑戦する機会があればどんどん挑戦していきたいですし、日本とグローバルどちらの業務経験も積み重ねながら、しっかりと力を蓄えていきたいですね。
川合
私が密かに目指しているのは、日本で真の意味でのダイバーシティを実現させるということ。今回の体験は、「難しい課題をどう翻訳し、たくさんの人に興味を持ってもらい、社会を変える力に変えていくか」を考えるとてもいい機会になりました。今後は、実際に社会に実装されるような企画を通して、ダイバーシティの実現に貢献するような仕事ができたら嬉しいです!


海外選考を経て、クリエイティブ局配属。コピーを主軸に、マス広告・D2Cブランディング・グローバル業務などに従事。趣味は茶道で、バイブルは坂元裕二。

SFC卒、2022年入社。デザイナーとして、マス広告からブランディング設計・UIUXデザインまで多領域業務に携わる。タイ育ちで、ヤングカルチャーに触れることが趣味。