
ゲルフリート・シュトッカー氏
アルスエレクトロニカ総合芸術監督
小川秀明氏
アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ共同代表・ディレクター
小川絵美子氏
プリ・アルスエレクトロニカ・ヘッド
久納鏡子氏
アーティスト
アルスエレクトロニカ アンバサダー
竹内慶
博報堂ブランド・イノベーションデザイン 代表
田中れな
博報堂ブランド・イノベーションデザイン イノベーションプラニングディレクター
竹内:博報堂ブランド・イノベーションデザイン代表の竹内慶です。アルスエレクトロニカコラボレーションプロジェクトのリーダーを務めております。先日のART THINKING FORUMでは、「日本の産業界に創造性を取り戻す」というテーマでディスカッションを行いました。そこではマインドセットの話がメインでしたが、今日はクリエイティビティを発揮するための「組織や場づくり」についてもお話しできるといいですね。まずは今日座談会に参加していただくみなさんの自己紹介からお願いします。

田中:博報堂ブランド・イノベーションデザインの田中れなです。アルスエレクトロニカと博報堂の協業プロジェクトを2015年からプロデュースしています。日本企業の方とアルスエレクトロニカ、そしてメディアアートをつなぎ、未来を構想するプロジェクトを手掛けています。

シュトッカー:アルスエレクトロニカのアーティスティック・ディレクター兼CEOのゲルフリート・シュトッカーです。トップ自身がアーティストとしてのバックグラウンドを持っているということは、アルスエレクトロニカがユニークな組織である理由のひとつになっていると考えています。

小川絵美子:アルスエレクトロニカの小川絵美子です。プリ・アルスエレクトロニカというメディアアートコンペティションの統括を行っています。博報堂とのプロジェクトにはスタートから携わってきました。

久納:2021年からアルスエレクトロニカ・アンバサダーとして活動しています。元々アーティストとして1997年からアルスエレクトロニカで展示を行っていて、2017年にリンツに移り住み、フューチャーラボという研究部門の一員として活動していました。博報堂とのプロジェクトでは、2015年のイベントにアーティストとして呼んでいただき、その後コラボレーションプロジェクトでご一緒しています。

小川秀明:久納さんはメディアアートを社会に展開したパイオニアですよね。私は2007年にアーティスト・イン・レジデンスでアルスエレクトロニカに飛び込んで以来、17年間リンツに拠点を置いて活動しています。近年では「シビック・クリエイティブ・ベース東京(以下CCBT)」のクリエイティブディレクターや、この2月まで行われていた「札幌国際芸術祭2024」のディレクターも務めていました。
今年からアルスエレクトロニカ・フューチャーラボのアーティスティックディレクター(芸術監督)として、テクニカルディレクターのローランド・ハリングとともに共同代表を務めることに。アーティスティックディレクターとテクニカルディレクターが同じ立ち位置でディスカッションし、チームを率いるという組織になっています。

シュトッカー:この共同代表という仕組みは、アルスエレクトロニカの今後のストラテジーを考えていくうえでもとても大切なものです。というのも、2015年から現在まで、アルスエレクトロニカ・フェスティバルは拡大傾向にありますし、予算と人員のバランスを考える戦略が必要。現時点では規模を大きくするより、いかにクオリティを保ってアーティスティックなコンテンツを提供するかが大事だと考えています。クリエイティビティは天から舞い降りてくるものではないので、人員やインフラの負荷を見極めながら戦略を立てていくことがとても大切。それは、どの企業、どの団体も同じことですよね。
竹内:アルスエレクトロニカは、CFO(Chief Financial Ofiicer)とアーティスティック・ディレクターのツートップ体制や、チーフキュレーションオフィサーが参画していることもとてもユニークだと思います。日本の企業でも最近、未来のことを考えるのにその当事者がいないのはおかしいということで、「チーフフューチャーオフィサー(頭文字は同じくCFO)」として18歳以下の若い世代を経営の場に取り入れる会社があります。人材をしかるべきところに配置し、その力が生きる組織マネジメントを行うことは、クリエイティビティという意味でもとても大切なことですよね。
シュトッカー:そうですね。ここで強調しておきたいのは、クリエイティビティというのは「あるといいよね」というものではなく、会社の中心的に必要なスキルだということです。足りないからどこかで買ってこようという話ではない。同時に、誰か突出したクリエイティビティの持ち主がいても、その能力を使い回すということはできません。一番大切なのは”grow your own creativity”。一人ひとりのクリエイティビティを増幅するトレーニングすること。そうでないと、本当の意味で効果的なクリエイティビティを発揮し合える場はつくれません。
小川秀明:場所によってカルチャーやシステムが異なるので、「真似できない」というのもポイントですよね。僕自身、普段アルスエレクトロニカ・フューチャーラボという組織に属していたのに加え、CCBTや札幌国際芸術祭という別の組織に入ってみると、やはり構造がまったく違う。組織に合わせた新しいカルチャー、システムをどうつくるか考える必要があります。日本はシステムをつくる力がちょっと弱いのかもしれませんね。共同体にとっていいシステムをつくれるか否かが、今後キーになってくると思っています。
久納:そして、それぞれのシステムを共有するための「言語」が必要なんですよね。カルチャーは異なるシステムを持っている人同士をつなぐコミュニケーションによって支えられていて、そのための言語が必要だと思うんです。
田中:相手のコンテクストに合わせて説明すると評価軸が相手のものになってしまうので、違う指標が必要。相手を説得するのではなく、共通の言語をどう生み出すかが、アートシンキングの重要さを共有するうえでとても大切なことだと思います。

シュトッカー:ART THINKING FORUMのディスカッションで非常におもしろかったキーワードのひとつが、「クリエイティビティは筋力である」ということ。スポーツでも筋力が大切ですが、その筋力は恒常的に鍛えないといざという時に使えません。筋肉を鍛えるのも一日でできることではありませんし、だからこそ毎日の習慣としていかに働く人全員が実践できるかが大切だと思います。
もうひとつひらめいたのは”Innovation without change”というキーワードです。イノベーションというのは実は「ここをちょっと改良するだけですごく売れた」というような、簡単なポイントでもあり得るわけです。でも基本的には同じディレクションで進化しているだけで、チェンジではない。これからの社会にはチェンジを伴うイノベーションが必要ですが、日本もヨーロッパも”Innovation without change”をついつい好んでしまう傾向があると感じます。このチェンジするためのクリエイティビティの筋力を鍛えるためには「クリエイティブ・ジム」が必要なのかもしれません。
小川秀明:「クリエイティブ・ジム」いいですね。これまでアートシンキングはアカデミックだったかもしれませんが、いまやたくさんの実践があり、多くの人々が学び、理解しています。クリエイティブ・ジムのような新しいシステムを導入することにもハードルが下がっているんじゃないでしょうか。
シュトッカー:まず、クリエイティビティが必須であることを理解することが大切ですが、それがゴールではありません。クライミングと一緒で、最初に「登る」という課題をクリアしても、次の山にチャレンジするのはやはり大変。しかしいま、クリエイティビティの必要性が、文化面だけでなく、企業や政治、教育といったあらゆるセクターに浸透しているのはいい傾向。また、アートシンキングの実践が増えているという面では、日本の企業は、クリエイティビティの理解という意味では世界をリードする存在なのではないかと思います。

小川秀明:私の最近の新しい発見は、アートシンキングは大企業に有効なだけでなく、若いスタートアップにも有効な手法なのではないかということ。我々とコラボレーションしているAIのスタートアップのメンバーが言っていたのは、スタートアップは一瞬も立ち止まって考える時間がないから、哲学やビジョンをじっくり考えるパートナーがいないとだめだということでした。大企業がカルチャーイノベーションをサポートする役割を果たせれば、日本だからこそできるユニークなエコシステムも考えられるんじゃないかと思うんです。
シュトッカー:大企業とスタートアップをつないでいくエコシステムはとても大切だと思います。通常、大企業はスタートアップにお金をサポートすることが多いですが、お金だけでないコラボレーションとしてネットワーキングということも必要になってくるでしょう。そういった異なるセクターを繋げていくカタリストとしての役割を、博報堂のような企業がリードしていけると思っています。
小川絵美子:「Transformation Lounge」*をそのためのプラットフォームにするというのもいいですね。大企業とスタートアップをつなげるだけでなく、異なるセクターをいかにつなげるか、カタリストを目指すのはすごく意義があるんじゃないかと思います。
*Transformation Lounge・・・アルスエレクトロニカ・フェスティバルにおける博報堂との共同展示。企業やアーティストをつなげ、インスパイアする場をカフェスタイルで提供する。
竹内:具体的なアクションとしては、「Transformation Lounge」を、大企業やスタートアップなどさまざまなセクターの人が交流できるような場にトランスフォームさせていく、その準備をはじめるのが良さそうですね。そのほか、今後の取り組みについて展望はありますか?
久納:そうですね。いまダイバーシティが叫ばれて個人レベルでの多様性は尊重されはじめていますが、企業や組織同士の関係ももっと多様になっていいのではないかと思うんです。もっと組織や分野をまたがることが当たり前になるべきで、そのためのフレームづくりは確実に必要だと思います。いま博報堂と一緒にやろうとしていることは、単に日本の企業の創造性を取り戻すだけでなくて、縦割り的な企業構造を、スタートアップも大企業も対等に話せるようなフレームにつくり替えることなんだと考えています。ものをつくるときに分野横断的であることが当たり前になったり、一人の人がいろいろな分野で仕事をすることが当たり前になったらいいなと思いますね。
小川秀明:なにか共通のミッションがあって、自分だけだとできないから一緒にやるとか、そこのファシリテーションが重要なのかもしれないですね。
久納:たとえば博報堂が、企業がより高い山に登るための「高さ」に導く役割を持っているのだとすると、政府がそれを支える役割を担っていく。一方で、登る人達と一緒に新しいルートをつくっていく人も絶対必要ですよね。それをアーティストが担える可能性があると思っています。

シュトッカー:「アーティスト山」に登るというのはある種リスキーなことですが、逆に捉えればいい機会。おもしろそうだしやってみたい、ポジティブにチェンジしたいと思えると、まったく違うモチベーションが生まれます。”チェンジはチャンス”なわけですね。大切なのは、嫌々やるのではなくて、こういうふうに変わりたいというビジョンを持つこと。アートと企業、政治、自治体、それぞれのセクターが分断することなく関わり合って、一緒に取り組みを続けていくことが大切なんだと思います。
田中:目の前に「高い山がある!嫌だ!」と思って回避ルートを探すのではなく、「あ!山だ!登ろう!」というポジティブな解釈ですよね。
小川秀明:我々がクリエイティブ・クエスチョンを生み出そうと言うのは、課題自体がよりよくなるためのホープの原点だと考えているから。アートの問いというのは、課題をネガティブでなく、チャンスと捉えるものなんですよね。
シュトッカー:日本では戦後1950年代からの経済成長で、働けば働くほどお金が貯まって、子どもも大学に行かせることができるというすごくいいモチベーションがありました。でもいまは、私たちはどうしてこんなに一生懸命働かなくちゃいけないの?と次のモチベーションが必要になってきています。サステナビリティはもちろん大切だけれども、頑張れば頑張るだけゴミが増えるのでは?と疑問符が浮かんだり、これだけでは弱い。これから未来に向けて、新しいモチベーションとなる物語が必要になってくることは間違いありませんね。

1991年からx-spaceを立ち上げ、インタラクション・ロボティクス・テレコミュニケーションを駆使した数々のインスタレーション・パフォーマンスを手がける。95年より世界中のクリエイターが注目する先端芸術の祭典、アルスエレクトロニカフェスティバルのアーティスティック・ディレクターを務める。メディアアートの世界的権威として知られ、アート、テクノロジー、コミュニティデザインなど、領域を超えた次世代型クリエイティブの牽引者。

2007年からアートとテクノロジーの世界的文化機関として知られるアルスエレクトロニカにて、アーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活躍。現在は、同機関の研究開発部門であるアルスエレクトロニカ・フューチャーラボの共同代表・監督を務める。アートを触媒に、未来をプロトタイプするイノベーションプロジェクトや、市民参加型コミュニティーの創造、次世代の文化・教育プログラムの実践など、領域横断型の国際プロジェクトを数多く手掛けている。札幌国際芸術祭2024ディレクター、シビック・クリエイティブ・ベース東京(CCBT)のクリエイティブディレクターも兼任している。

オーストリア・リンツを拠点にするキュレータ、アーティスト。2008年よりアルスエレクトロニカに在籍、新センター立ち上げに携わり、以降、フェスティバル、エキスポート展示の様々な企画展のキュレーションを担当。2013年より世界で最も歴史あるメディア・アートのコンペティション部門であるPrix Ars Electronicaのヘッドを務める。

これまでインタラクティブアート分野における作品を手がける一方、公共空間、商業スペースやイベント等での空間演出や展示造形、大学や企業との共同技術開発など幅広く活動している。2017年からはArs Electronica Futurelabの研究プロジェクトに携わる。
作品はポンピドゥセンター(フランス)、SIGGRAPH(アメリカ)、文化庁メディア芸術祭など国内外で発表。東京都写真美術館(日本)に所蔵。

2001年博報堂入社。マーケティングリサーチ、コミュニケーション戦略、商品関発等の業務を担当した後、博報堂ブランド・イノベーションデザインに創設期から関わり、2004年より所属。「論理と感覚の統合」「未来生活者発想」「共創型ワークプロセス」をコンセプトに、さまざまな企業のブランディングとイノベーション支援を行っている。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトでは、博報堂側リーダーを務める。著書に『ブランドらしさのつくり方』(ダイヤモンド社/共著)等

2007年博報堂入社。アートシンキングを起点に、企業のイノベーション支援プログラムを多数提供。未来社会での課題発見のリサーチ・アクションプラン開発など、未来を構想するプログラム制作、アーティストと協働するコミュニティづくりに従事している。アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトを2015年から推進。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。