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みんなが使いたくなるサービスはこう作る。型破りな投資情報サービスが生まれた理由

2024.03.25
#生活者インターフェース市場
「お金の常識をカエル。」をコンセプトに掲げ、2016年にスタートしたSMBC日興証券の「日興フロッギー」。
記事の中からそのまま株が買える機能を有しており、情報メディアと取引ツールが一体化した新しいカタチの投資情報サービスだ。
ユーザーの49%はミレニアル世代、月間PVは1000万超。2020年にはACCブランデッド・コミュニケーション部門で総務大臣賞/グランプリを受賞するなど、対外的にも高く評価されている。
開設8年目を迎える同サービスは、どのように生まれ、どんな思想のもとつくられてきたのだろうか。開発・運営に携わるキーパーソンたちとその歩みを振り返る。
(左)藤平達之。神奈川県出身、1991年生まれ。一橋大学卒業後、2013年博報堂入社。ブランドを何よりも大切にし、パーパスと生活者インサイトの両視点から設計したコアアイデアを、広告/コミュニケーションにとどまらず、サービス/プロダクトの開発/運営、コンテンツ制作やインナー向けプログラムなど、さまざまな手法で形にする。これまでに「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS 総務大臣賞/グランプリ」などを受賞。ad:tech tokyoや官公庁など登壇の実績も多い。著書に『クリエイティブなマーケティング』(現代書林)がある。(右)横山敦史。神奈川県出身、1984年生まれ。慶應義塾大学卒業後、2007年SMBC日興証券入社。3年間の支店での営業を経て、2010年から約7年にわたって投資情報部に在籍。日本株全般を担当。2017年よりフロッギー編集チームにジョイン。投資入門系の連載から銘柄紹介記事まで、幅広く執筆・編集を担当。

INDEX
•投資の壁は“学びと実践の分断”
•投資情報サービスに、サッカー記事がある理由
•金融ならではの制約をどう乗り越えるか
•フロントラインに立ち続ける意味
•“生活者発想のクリエイター”が輝くとき

投資の壁は“学びと実践の分断”

──日興フロッギーの立ち上げは2016年11月。最大の特徴である「記事からそのまま株が買える」というコンセプトは、どのようにして生まれたのでしょうか?

横山
きっかけは、2015年頃に立ち上げられた次世代サービス開発の新プロジェクトでした。
当時はネット証券会社が存在感を示すようになり、スマートフォン上での株の売買も当たり前になってきた頃です。
これまで対面のビジネスモデルを中心としてきたSMBC日興証券としても、「デジタルで新たな層に投資体験を届けていかねばならない」という危機感が生まれていました。
博報堂グループのクリエイティブ・エージェンシーであるSIXがパートナーとしてジョインしたのも、この時でしたよね。

藤平
そうですね。これまでのプロジェクトで問題点は見えてきたけれど「では、SMBC日興証券として具体的に何をすべきか?」というタイミングでした。
ですので、とにかくユーザーインタビューに多くの時間を割きました。その結果見えてきたのが、“学び”と“実践”が分断しているという課題です。

まず“学び”については、「株はもうちょっと勉強しないと始められない」という声が多く見られました。
でも、そう考える人を時系列で追っていくと結局いつまで経っても始めていないというのもわかったんですね。筋トレや英語、プログラミングなども挙がりました。

──なるほど、すごく身に覚えがありますね……。

藤平
そうですよね。ただ、リサーチからもう一つ見えてきたのが、過半数の方は「よし、始めてみるか」と、どこかで思い立って行動に移していたという事実。
つまり、知識はまだ十分ではないとしても、思い切って株式投資を始めていたのです。
しかしそこで多くの人がぶつかるのが“実践”の壁です。
従来の投資サービスは、主に専門知識を有する投資家向けに作られていることが多く、初心者が情報を得たり株を売買したりするハードルが高いんですね。
いきなり「指値(※)で買いますか?」と聞かれて詰まってしまったり。最悪の場合、そこで脱落してしまいます。
※株式の売買で値段を指定する注文。「Aという銘柄を300円で100株購入したい」など。
学んでいるだけでいつまでも始めず、始めてみても難しすぎて続かない。これでは、もったいない。
この分断を埋めるにはどういった体験が必要なのか、議論を重ねました。
その結果が「記事の中で紹介されている銘柄をそのまま買える」という、学びと実践を循環させる顧客体験だったわけです。

(画像提供:SMBC日興証券)

横山
記事を読んで「この会社いいな」と思ったとき、すぐ株を買えるボタンがあれば、熱量そのままに投資してもらえるのではないか、と。
当時はもう「この方法しかない」くらいの意気込みでしたね。

藤平
PoCやPoBといった検証フェーズを経て、実際に取引機能を実装したのは、ローンチから3年後の2019年です。
その間も「記事から株を買えるところに体験の新しさがある」という想いは揺るぎませんでした。

投資情報サービスに、サッカー記事がある理由

──現在はオウンドメディアなどを使ったコンテンツマーケティングは珍しくありません。

藤平
2015年当時は、まだ金融業界にコンテンツマーケティングが浸透しておらず、投資メディア自体がほぼ存在しませんでした。
なので、周りからもよく「なぜ遠回りな投資情報メディアなんだ?」と聞かれましたね。「口座開設者向けにプレゼントキャンペーンを展開したほうが、顧客は増えるのでは?」とか。
SIXは当時から「コンテンツが大事」と言い続けていました。
ユーザーにとってわかりやすいコンテンツを作ることは、長期的にみて大きな資産や武器になります。投資の「複利」のように。

横山
裏を返せば、わかりにくい情報ばかりだったんです。初心者向けと謳いながら、投資の専門用語を使った記事やレポートは多かったように思います。

私自身、日興フロッギーに携わる前はずっと、投資情報部という部署で銘柄分析や銘柄情報のレポートを作成してきました。
なので最初は「今まで通り執筆すればいいだろう」と軽く考えていたんですが……コンテンツのプロが揃ったSIXさんたち外部編集チームからは、フィードバックの嵐でした(笑)。

藤平
原稿を壁に貼り出して赤入れをしていたので、ときにはその場の空気が殺伐とすることもありましたね(笑)。

横山
カルチャーショックが大きかったんです。でも、指摘してもらって初めて「もっと本気で読まれることを考えなくてはならない」と気づけました。

──編集会議では、具体的にどのような指摘をされていたのでしょうか。

横山
よく言われたのは「文章が黒い」「漢字が多い」ですね。
金融系の用語はどうしても漢字が多い。まずはそれを、高校生でもわかるような表現に言い換えるところからでした。
ほかにも、文章も1カラム4行以内にしたり、小見出しをたくさんつけたり、わかりやすい図表を作ったり……。
そうやって地道にSIXとコンテンツを作り続けるうちに、編集部の中にフロッギーの“佇まい”と呼べるものが形作られてきました。

藤平
我々は出自が広告会社なので、「一瞬しか見てもらえないからこそ、言葉やビジュアルをいかに研ぎ澄ますか」をずっと考えてきました。
そういった、広告的な知見や経験も活かして、コンテンツやサービス体験のクオリティ向上を支援していった形ですね。

立ち上げ初期に活用していた、お手製のコンテンツ更新カレンダーの写真。「記事サムネイルのダミーを出力してはボードに貼って、約3カ月分のコンテンツをどう更新するか編集部で考えていました」と藤平。

──“佇まい”というのは、コンテンツにおける共通認識のようなものでしょうか。

横山
そうですね。たとえば、わかりやすい記事や笑える記事、堅い記事など、多種多様にラインナップされているのも、フロッギーの佇まいの1つです。

藤平
「3分でわかるドリブル入門」という連載シリーズで、記事が8本もあったりしますからね。

ドリブル専門指導者である岡部将和氏の連載シリーズ。全8回のなかで、投資や株式の話題は一切出てこない。

──これは……株式投資とはまったく関係ないサッカーですね。

藤平
はい。一見ふざけているようですが、これにもしっかり狙いがあるんです。
博報堂には「生活者発想」というフィロソフィーがあります。
これは、人を単に消費者として捉えるのではなく、「生活者」として全方位的に捉えなさい、ということを言っています。人間は消費をするために生きているのではなく、生活をするために生きているのだ、と。
株式投資にも同じことが言えます。人間は株式投資のために生きているのではなく、さまざまなものに触れながら、投資に向き合っている。
日興フロッギーは、この生活者発想を体現している投資情報サービスだと思っています。
生活者発想にならえば、銘柄の記事だけでなく、AIやカレー、あるいはドリブルだったり、多種多様な記事があったほうがいい。それがどこかで、読んでいただいた方の投資体験につながっていくんです。

金融ならではの制約をどう乗り越えるか

──日興フロッギーはその佇まいを守りながら、現在までに2600本以上も記事を作り続けています。特に思い入れのあるコンテンツはありますか?

藤平
立ち上げから現在まで続いている、「億超え投資家」と「上場企業社長」へのインタビューシリーズですね。

SIXには「投資にまつわる人にフォーカスしないと投資をしたい気持ちは生まれないはずだ」という仮説があったという。藤平は「社長たちが語るロマンや、“億り人”たちのストーリーに触れることが、投資初心者の心を動かします」と話す。

横山
社長インタビューである「上場企業の社長に聞く! 夢とお金の本質」は、もう60社以上に出てもらっています。

藤平
これら2つの連載は、証券会社ならではの数々の制約を乗り越えて実現できた企画です。
社長インタビューはともすると、特定の銘柄への勧誘に見えてしまうし、億超え投資家に関しては「公式に取り上げていいのか」という懸念もあり、コンプライアンス部門の方々と調整を重ねたのを覚えています。
もちろん、ボツになった企画も多くあります。たとえば投資を始めたい人に100万円をお渡しして、投資デビューして日々の取り組みを発信してもらう、とか。
生活者として「あったらいいな」と発想しつつ、実現可能な企画に落とし込んでいくことの繰り返しです。

──金融商品ならではの難しさですね。今ある企画は制約をどのように乗り越えているのでしょうか?

横山
事実は書いてもよい、と決めています。
「この銘柄がオススメ」はNGですが、「こういう考えで、この銘柄に投資した」という体験談は事実ですから。
とはいえ、過去の話ばかりでは退屈になる。たとえば「投資家と街歩きをしながら、気になる銘柄を探す」というように、投資対象の銘柄の見つけ方のようなハウツーに落とし込むなどもします。
ユーザーに“読んでもらえるコンテンツ”を作るために、企画も表現も工夫しています。

藤平
その意味で忘れてはいけないのが、イラストレーターをはじめとするクリエイターの存在です。
日興フロッギーを立ち上げる際に、ターゲットから支持されているイラストレーターやマンガ家たちを口説いて回りました。
もちろん、ネット上にはフリー素材が山ほどあります。でも、そんなバナーが並ぶよりも、フロッギーのために描いていただいたイラストのほうが「投資初心者を迎え入れたい」という私たちの想いが表現できると考えたんです。

フロントラインに立ち続ける意味

──SMBC日興証券として、日興フロッギーの運営において博報堂グループの存在が活きていると感じられる点はありますか?

横山
メディアやサービスの運営自体が当社としても初の試みだったので、私たちが編集部を担えるように、考え方や動き方を丁寧にインストールしてもらえたのは大きいですね。

藤平
広告会社は良くも悪くも「すべて我々が巻き取ります」となりがちです。
しかしそれでは、最悪の場合、SIXがパートナーから抜けたので存続できない、あるいは大きくクオリティが落ちる事態になりかねない。
それでは事業として不健全でしょうし、何よりサービス開発・運営は、“受発注の関係”では難しいと感じました。
7年の積み重ねを経て、今では両社がある程度の自立した運営体制になっています。こういう関係性は、あまりクライアントとエージェンシーとの間では見ない形かもしれません。

──一般的な広告会社の仕事とは、かなり毛色が異なるようにも思います。

藤平
タイムスパンが全然違いますね。3カ月単位のCM制作も多くあるなかで、同じサービスを7年も運営しているというのは、かなり異色だと思います。
私にとっても一番長く続いているプロジェクトですが、いまだに原稿のチェックや編集、多くのイラストレーターとのやり取りなど、コンテンツ制作ど真ん中の仕事も続けています。
このようにクリエイター自身がフロントラインに立つことは、「生活者インターフェース」を生み出し、より良いものにしていく意味でも不可欠です。
ビジネスプロデューサーの奥で仕事するだけでなく、ギリギリまで前に出ていかないと、生活者とつながり、クライアントが価値を提供するインターフェース部分にこだわれないと思うんです。

私は生活者インターフェース市場を、“広場”を作るような仕事だと解釈しています。ずっとそこにあり、誰もが好きに訪れていい。
日興フロッギーも同様です。毎日来ても、たまに訪れるのでも、ちょっと雑談して帰ってもいいし、じっくり楽しむこともできる。投資という市場に現れた広場です。
みんなが来たくなるような広場をさまざまなカタチで作ることが、この市場でのクリエイティブディレクターの新しい役割だと捉えています。

“生活者発想のクリエイター”が輝くとき

──日興フロッギーは2024年で8周年を迎えます。PVなどの定量的な成果以外にも、手応えを感じる場面はありますか?

横山
ユーザーインタビューで、投資未経験だった方から「知り合いに日興フロッギーを教えてもらって、定期預金を解約して株を買い始めた」という声をいただきました。
他にも生の声をたくさん聞いて、「この人たちの背中を押せたんだ」と、日興フロッギーを続けてきて良かったなと思えましたね。

藤平
私も日興フロッギーをご存じのクライアントに出会う機会が増えました。
なかには、私が担当していると知らずに「こんなことがやりたいんです」と言ってもらうこともあって。
金融業界でもコンテンツマーケティングが当たり前になりましたし、業界外でも、大手企業の長きにわたるコンテンツ活用の好事例として、認知が広がってきている印象ですね。

──お二人の今後の展望について聞かせてください。

横山
新NISAの開始に合わせ、昨年11月から新たに「日興の投信NISA」というサービスを立ち上げました。株と同じように、コンテンツを通じてファンドを紹介しています。
初心者にとって、投資信託は非常に買いやすい投資の一種。日興フロッギーのように、今後は商品ラインナップを拡大していけたらと考えています。

藤平
僕は「お客さま本位」を掲げるSMBC日興証券で、その理念を最も体現するサービスであり続けることに並走したいと考えています。

また、最近思うのは、何をしたらいいかわからないときにこそ、クリエイターが力になるということです。
一般に広告会社は「こういうものを作ってください」というオリエンに沿って広告を作ります。すでに狙いや手段がある程度決まっている状態です。
でも最近のSIXには「これはどうすればいいですか?」と、答えのない相談が増えているんです。それこそSMBC日興証券から「若者に新しい投資体験を提供するにはどうしたらいいか」とご相談をいただいたように。
広告コミュニケーションのプロだった私たちが、“難問を解くプロ”や“新しい何かを生み出すプロ”といった捉え方をされ始めているのかもしれません。
何かしなければいけないのだけど、どこに狙いを定めて何をつくればいいのかわからない。そういうときに、私たちのような生活者発想を得意とするクリエイターチームを呼んでいただけると嬉しいなと思います。

執筆:井上マサキ
撮影:西田香織
デザイン:小鈴キリカ
取材・執筆:中道薫

(NewsPicks Brand Design制作)

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