
『WIRED』日本版 エディター・アット・ラージ 小谷 知也 氏
株式会社博報堂 エグゼクティブクリエイティブディレクター 近山 知史
三井物産株式会社 エネルギーソリューション本部 Sustainability Impact事業部 新事業開発室 室長 生澤 一哲 氏
株式会社博報堂 執行役員/博報堂ケトル 取締役 クリエイティブディレクター/編集者 嶋 浩一郎
※動画でトークセッションの様子を見たい方はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=d2fNV0oPQSE
第一部では、本書の編集に携わった『WIRED』日本版 エディター・アット・ラージの小谷知也氏と博報堂エグゼクティブクリエイティブディレクターの近山知史が、新しい社会課題解決の鍵となるクリエイティビティをテーマに語り合いました。
小谷
博報堂のクリエイティブディレクター(以下CD)として、近山さんが手掛けているのはどんな領域になるのですか?
近山
CDは、ある商品やサービスを誰にどのように届けていくのか、そして最終的に何をゴールにするのかという全ての戦略を担う仕事です。僕は主にグローバル企業のCDを務めてきたのですが、この4月からは「官民共創」の領域の仕事もするようになってきました。一般的なクライアントの仕事では、「この商品・サービスを活用して社会をより良くしたい」ということが目的となることが多く、基本的には一社単位の活動になります。
そこで「同じ目的のためには、みんなで一緒にやったほうがより大きな成長が目指せるはず」という発想のもと、企業の仕事や行政の役目という垣根を設けずに協力しあう、というのが「官民共創」の狙いです。
世界に目を向けると「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」という世界最大級のクリエイティブアワードでは、国家単位などスケールの大きなプロジェクトが多数出てくるのに、国単位での日本発のアイデアはほとんど見かけたことがありません。世界に嫉妬されるような日本発の仕事ができれば面白くなるという思いがあります。

小谷
なるほど。ここで「答えのない時代の教科書 社会課題とクリエイティビティ」という本についてご紹介させてください。パブリックイメージとして博報堂という会社は、企業のCMやプロモーションを手掛けているという印象があると思います。僕自身もそう思っていたのですが、この本ではそんなイメージとは異なり、社会課題解決に尽力する博報堂の一面を紹介しています。
例えば富山県の朝日町で、自治体と博報堂が共同で取り組んでいる「ノッカル朝日町」という事例。朝日町には公共の移動手段が多くないため、免許を返納した高齢者の方などは日常の足がなく、生活に困っていました。そこでマイカーを利用した送迎サービス「ノッカル朝日町」を立ち上げたのです。町の人たちが困っている課題に気づいたとしても、一企業だけではそれを解決することは困難だったはず。この「座組み」を巧みにつくれる点こそがまさにクリエイティビティだと言えるでしょう。
地元の生活者の人たちが自走できるサステナブルな仕組みを作ることが極めて大切なんですよね。自分たちのように、とがったことをやっているメディアとは異なり、生活者を本当に大切にする博報堂の姿勢に感銘を受けました。

近山
「ノッカル」というネーミングにもそれが表れていると思うんです。この本で紹介されている静岡の「プラスティックシティ」や「注文をまちがえる料理店」も同様なのですが、名前が生活者を見ているし、キャッチー。こういうこともすごく大事だと思います。
小谷
「注文をまちがえる料理店」は、近山さんが手掛けた事例ですよね。
近山
本件の発起人となる小国士朗さんとご縁があり、始まったプロジェクトです。
小国さんが担当するドキュメンタリー番組で、ある介護福祉士の方を取材する中で、施設の入居者の人たちがハンバーグを作ってくださる予定だったのに餃子が出てきたとき、間違いを指摘しようとしたけれど、皆さんが美味しそうに餃子を食べている姿を見て「間違いを正すより、全員が美味しそうに餃子を食べている」ことが素晴らしいと感じたらしくて。
小国さんはこの出来事をヒントに、「何かできないものか」と5年ほど考えていたそうです。この話を聞いて僕も思うことがありました。ある高齢者を積極雇用していたハンバーガーショップで、僕はハラペーニョがのった「スパイシーチリドッグ」を注文したのですが、普通の「チリドッグ」が来てしまった。「ハラペーニョがのってません」と思わず伝えると、わざわざ作り直してもらうことになってしまい…。「別にいちいち言わなくてもよかったかな…」と、すごく後悔した話をその場で小国さんにしたところ、とても盛り上がりまして、あの看板の誕生へつながりました。

小谷
「認知症」という社会課題は、ご本人に活躍の場を与えることがなかなか難しいような気がしますが、このケースでは実現できていますよね。
近山
どんな仕事においても「どれだけデカく世の中と握手をするか」を常に意識しています。このケースでは、認知症だけをテーマにすると、当事者であれば関心をもってくれるでしょうが、それではダメだと。そこであえて、「この料理店のライバルは遊園地だ」と目標を定めました。「高齢化社会をなんとかしたい」ではなく、「ここにくると何か面白いことがありそう」とか「何か新しい経験ができそう」と思ってもらえる場所にすることが、初期に立てた基礎コンセプトです。
チーム全員が、来てくれた方に「来てよかった」、「また来たい」と思ってもらえるように全力を尽くしています。「何も知らない人が、たまたま通りかかって面白そうだから入ってみた」という場所にしたいと思っています。
「注文をまちがえる料理店」は、場所を変えながら不定期で開催して、我々の手を離れたところでも全国に広がりました。海外にも広がっていて、今では月に100通ほど世界中から問い合わせのメールが届いています。
小谷
メソッドを公開して横展開が広がる形にしていたところや、クリエイティビティが優れていたんだと感じます。最後にCDの役割の変化についてお聞きかせください。
近山
僕たちの職種は、今まで主に広告の領域で企業の課題を解決することが主な役割でした。それが近年では、広告に限らず企業全体の悩みの解決がテーマになっています。
次の段階として、企業の枠を超えて社会全体の課題に向き合うことが大事になってくると感じます。どんな課題に対しても、アイデアとかクリエイティビティが絶対に必要になると思えてならないです。社会課題に取り組もうとすると、構造も複雑であらゆるところに配慮しないといけなくなる。なかなか前に進まないけれど、民主主義は時間がかかって当たり前。皆が手を挙げて少しずつアイデアを出し合うことで、社会がより良くなり、もっとワクワクする仕組みが作れたら面白いと思っています。
そして第二部では三井物産のエネルギーソリューション本部 Sustainability Impact事業部 新事業開発室 室長 生澤一哲氏と博報堂執行役員の嶋浩一郎が登壇し、2社の共同プロジェクトである、脱炭素社会を推進する共創型プラットフォーム「Earth hacks」についてその実装と実行の背景や可能性について語りました。

嶋
博報堂は、広告でクリエイティビティというものを発揮してきたのですが、それを社会課題の解決にも向けられるのではないかということで、我々は少しずつ挑戦をしています。
本書でもその事例を紹介していますが、クリエイティビティで社会課題を解決するということは、オルタナティブな別解を出すことだと思っています。例えば第一部でも話に出ていた認知症の人が社会参画するという取り組みも「注文をまちがえる料理店」では、「注文を間違えてしまうかもしれないけど、それ自体を楽しめる場所にしよう」という発想によって、別解を導き出しました。今回は博報堂が三井物産と一緒に取り組んでいるプロジェクト「Earth hacks」について、ご紹介したいと思います。
生澤
私は三井物産のSustainability Impact事業部というところに所属していて、要は脱炭素とかサステナビリティに関連する多様なビジネスを開発する部署です。
「Earth hacks」は、2021年11月に博報堂の新規事業開発組織「ミライの事業室」と三井物産の共同プロジェクトとしてスタートしました。2023年5月にEarth hacks株式会社を立ち上げて事業化している、脱炭素に向けた活動を身近に感じてもらえるための生活者を主体とするサービスです。二酸化炭素相当量を従来製品と比較して削減率を表示する「デカボスコア」という指標を使い、生活者を中心に脱炭素の取組みを進めています。
これまでも脱酸素関連の様々な取組みがありましたが、生活者にとっては自分事として捉えにくかったと思います。しかし、生活者の行動を抜きにしてカーボンニュートラルは実現しません。我々のデカボスコアは、企業努力によって従来品より炭素排出量が削減されたことを生活者にわかりやすくするために考案したものです。数値化されることで、「こんなにポイントたまったよ」など、コミュニケーションが図れる効果もあり、友人同士で話して意識を高めていけると思います。
現段階で参加は120社210アイテムを超え、トヨタやUCCのような大企業や、スタートアップ、地方の企業などもあります。他にもデカボスコアを活用したECなどの新サービスや、学生主体の脱炭素インターンプログラム「デカボチャレンジ」も動き出しています。

嶋
エシカルな商品を購入したい生活者に脱炭素で社会貢献したい企業がアピールできるので、参加する企業は今後も増えていきますよね。一口に脱炭素といっても各企業が千差万別なやり方で取り組んでいると思いますが、事例を教えていただけますか。

生澤
生産工程で必要な電力をすべて再生可能エネルギーに転化した例や、捨てられるような子供のおもちゃを再利用して時計を作っているメーカー、昔の造船所で使われた木製の足場を活用して、味わい深いテーブルとして作り直した愛媛県の事例もユニークです。こうした取り組みもすべてデカボスコアを算出できます。
嶋
企業からすれば、自分たちの努力が生活者にわかりやすい指標に落とし込まれている点で大きな意義を感じられると思うのですが、参加企業の声はいかがですか。
生澤
サステナブルに取り組んでいる企業でも、例えば「自社の従来商品Aに対して、新商品Bがこれだけ炭素を削減しました」という形では言いにくさがあったようです。その点で、第三者が行っているこの取り組みに参加する形なので、本当に助かるという声を多くいただきます。我々は中立性を大事にしているので客観的に算出し、特定の会社に肩入れするようなことはありません。もちろん、参加してくれるすべての企業の脱炭素への取組みを応援しています。
嶋
企業にとって、デカボスコアを導入する以上は長期間にわたって取り組んでいくことが必要だと思います。どのような戦略だったのですか。
生澤
我々は、仲間の企業を増やして参加しやすい雰囲気を醸成することに注力して、クリエイティビティが発揮される場面は博報堂に任せました。
博報堂のクリエイティブの方と接する中、実効性にとらわれずに自由な発想で面白い提案をされると感じました。私は大掛かりなインフラ事業で、海外の大きな発電事業を何十年もかけて実施し、長期間でコストを回収するような仕事をしてきたので、実効性を考えすぎてしまうことがあって。やはり、博報堂が有するアイデアの豊かさについては素晴らしいし、きちんと実現させますね。

嶋
別解を出す時に、僕らは「クリエイティブ・ジャンプ」と言うのですが、既存の感覚を飛び越えた発想をしてみて、それを事業にして回していくようにします。
社会貢献事業の可能性については、今後はどうなっていくと思いますか。
生澤
社会課題解決というと、受益者とお金を出す側の不一致から「意義こそ高いもののビジネスになりにくい」というイメージがありました。
近年では環境問題やサステナビリティに関するものは、国際的なルール作りができてきて、世界の国家や企業も「立ち向かわなくてはいけない」という意識になりました。今は受益者とお金を出す側の意識や利益が一致してきて、ビジネスとして成立しやすくなってきます。
嶋
生活者の側の意識変化はどうでしょうか。これまでは脱炭素と言っても「行政がやってくれるもの」で、他人事的に感じていた人が多かったと思います。
生澤
我々のビジネスでは「スケール」を気にしてしまうのですが、社会課題解決型のビジネスでは、「スケールダウン」こそ重要だと感じます。社会課題が非常に多様化する中で、小さな課題でも積み重ねていってスケールしていくことも必要かなと。
参加企業の中には、生活者の動線を非常にうまく設計していて共感を得ている会社も多い。環境問題やサステナビリティを打ち出しすぎずに、「かっこいい」「オシャレ」というイメージから入って、結果的にサステナブルにつなげていくというやり方で共感を得ています。
嶋
マーケティングがすごく変わってきたんですよね。長い間「わが社の製品は他社よりすごい」というマーケティングをしてきた。
それが今では「人と違う」ところを言うんじゃなく、「人と同じ」ところを見つけるマーケティングになっているように感じます。デカボスコアも、「この活動の大切さはみんなわかりますよね」という形でブランディングしている。これからもこのような共感型のマーケティングが増えていくように思えます。
生澤
社会課題をあまり全面に出さずに「面白そう」「これ欲しい」という中で、裏側にサステナブルがあって、共感してもらえるようなビジネスが理想的かもしれません。
嶋
やはり人間の欲望を刺激しないとなかなかうまくいかないですからね。まだ見えていない人の欲望を捉えるのがクリエイティビティの力だと思いますので、これからも一緒に取り組んでいきたいです。今日はありがとうございました。


フリーランス編集者。中央大学法学部政治学科卒業後、主婦と生活社を経てエスクァイア マガジン ジャパンに入社。『エスクァイア日本版』シニアエディターを務めたのち、2009年に独立。『BRUTUS』『GQ JAPAN』『T JAPAN』等のライフスタイル誌で編集・執筆に携わる一方、2011年の『WIRED』日本版のリブートに際し立ち上げから参画。2020年、「WIRED Sci-Fiプロトタイピング研究所」所長就任。2023年、『WIRED』日本版 エディター・アット・ラージ就任。

2010年TBWA CHIAT DAYにて海外実務経験を経て現職。グローバル企業の戦略・ブランディングからエンタメコンテンツ制作まで活躍は幅広い。カンヌライオンズゴールド、アドフェストグランプリ、ACCグランプリなど受賞歴多数。2015年クリエイターオブザイヤー・メダリスト。

2000年、三井物産入社。プロジェクト本部にて北米、欧州、アジアなどにおける電力などの大型インフラ事業の開発及びM&Aに従事。フランス、アルジェリア、カナダ等の駐在経験を経て2019年より現職。サステナビリティ領域における新規事業開発を担う組織として、米国クリーンテックベンチャーへの投資や、排出量削減サービスプラットフォーム事業「e-dash」、KDDIとの合弁事業「GEOTRA」、博報堂との合弁事業「Earth hacks」などの新規事業を運営中。

1993年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局で企業の情報戦略に携わる。2001年株式会社朝日新聞社に出向、「SEVEN」編集ディレクター。2002〜04年博報堂刊「広告」編集長。2004年、本屋大賞立ち上げに参画。現NPO本屋大賞実行委員会理事。2006年クリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを立ち上げ統合キャンペーンを多数実施。2019年より現職。