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広告会社におけるDE&Iの重要性、取り組む意義
──Advertising Week Asia 2023より

2023.08.07
2023年6月6日(火)~8日(木)、東京ミッドタウンにて「アドバタイジングウィーク・アジア2023」が開催され、さまざまなコンテンツトラックやインタラクティブなディスカッション、基調講演、ネットワーキングが展開されました。
本稿では、JAAAに昨年新たに設置された「DE&I 委員会」のメンバーである株式会社電通グループ北風祐子氏と博報堂DYホールディングスの中島静佳、そしてDE&Iに造詣が深い早稲田大学大学院早稲田大学ビジネススクール入山章栄教授が、広告会社のDE&I推進の重要性、取り組まない場合に考えられるリスクなどについて議論したセッションの内容をご紹介します。

入山 章栄氏
早稲田大学大学院
早稲田大学ビジネススクール教授

北風 祐子氏
株式会社電通グループ
dentsu Japan Chief Sustainability Officer

中島 静佳
博報堂DYホールディングス
サステナビリティ推進室室長

イノベーション創出に欠かせないダイバーシティ

中島
まず始めにJAAAの「DE&I 委員会」について紹介させてください。
22年4月に発足し、広告業界のダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンの向上を目指しています。業界で働くすべての人々が活躍できる環境づくりや、クリエイティビティを通じた、多様性に満ちた社会への変革をしたいという想いで立ち上がりました。

では早速ですが、最初のディスカッショントピック、「女性管理職は、なぜ30%を超えないのか?」から始めたいと思います。当然ダイバーシティは女性だけの問題ではありませんが、日本では女性の管理職登用がなかなか進んでいません。
そもそも、政府が2003年に目標を掲げてから20年経ちますが、現状では日本全体で13.2%、広告業界平均だと12.6%にとどまっています。入山先生、ご意見を聞かせていただけますか。

入山
僕からすればなかなか進まない理由は明確で、“女性管理職の比率を30%以上にすること”そのものが、目標になってしまっているからです。多くの企業で、なぜダイバーシティが必要なのかという一番大事な理屈についての腹オチがない。これに尽きると思います。ダイバーシティがある種バズワードになり、「よくわからないけど取り組まないとやばいらしい」「投資家に文句言われるらしい」、という理由で、「こういう理由があるから本当に必要だよね」という議論がないままやむなくやろうとしているから進まないんです。

女性活躍推進法が成立した2015年当時、僕のもとには日本の名だたる企業の“ダイバーシティ推進室長”だという方が毎日のように訪れてきました。とりあえず専門部署をつくり、人をアサインしたものの、当の本人はどうしたらいいかわからなくて困っているというのです。そこで、「そもそも御社はなぜダイバーシティに取り組もうとしているのですか」と聞くと、「上からの指示だから」という答え。これが最大の問題です。

なぜ企業にダイバーシティが必要なのかいくつか理由はありますので、絶対の正解があるわけではありません。その中で僕が主張しているのは、「イノベーションを起こすために不可欠だから」です。マーケティングでも広告の世界でも、イノベーションが起こせない会社は淘汰されていく時代になってきています。そしてそのイノベーションは、離れた知と知の組み合わせから生まれるということが経営学では言われています。離れた知は誰が持っているかというと、人間。それを持つ多様な人が同じ組織にいたほうが強いに決まっているし、イノベーションのために中長期的に業績を上げるためにも不可欠なんです。日本はそこの腹オチがないまま、形だけの取り組みを進めようとしているから、進まないんです。ちなみに私の理解では30%という数字には特に科学的根拠もないんですが、数値目標としてこれはあった方がいいとは思います。

中島
なるほど。北風さんはどうお考えですか。

北風
入山先生がおっしゃる通りだと思います。私の答えもシンプルで、「全員が活躍しないと勝てないから」です。広告の仕事には、競合プレゼンなど勝たなくてはならないシーンがいろいろとありますが、似たような考えのメンバーが集まると、チームの雰囲気はよくても勝てないんです。だから、たとえばカチンとくるタイプの人とか、悔しいけど自分にできないことをできる人とか、できるだけ自分と違うアイデアを持っている人を多く集めて、そのうえで凸凹の考えを集め、いかにアイデアが飛べるかということを考える。普段そういう現場にいるので、なぜ皆ダイバーシティの必要性がわからないんだろう?とすら思います。

入山
マーケティングだけでなく、実はコンプライアンスにもすごく重要です。
中年の男性ばかりで議論していると同質の人しかいないので視野が狭くなり、違う立場の方が持つ視点が入らないから、コンプライアンスがザルになる。多くの企業でセクハラ、パワハラが問題になっているのも、そういう理由があると思います。

北風
そうですね。ちなみにdentsu Japanでは、女性活躍という言葉を禁止しています。目標は、全員活躍で、あくまでもそこに女性も入っている、という考え方です。

入山
それはすごく重要です。たとえば地方の中小企業ではダイバーシティが非常に進んでいますが、なぜかというと人手が足りないから。優秀で戦力になるなら誰でも欲しいという状態なので、男女も年齢も関係なく、フルタイム勤務ではない方でもしっかり戦力化されています。

北風
組織の規模が大きくなるほど、誰もが何かを恐れて、自分に自信を持てずに、本来の自分じゃない何かになろうとしてしまう気がします。ですから最近は、「Be you」をキーワードにしているんです。「そのままのあなたでいいからね」「もしあなたのままでいられないとしたら、会社の環境がおかしいとか、マネージャーがサポートできてないとか、ほかに原因があるはず」だと。それぞれが何も変えることなく、Be youのままで強さを発揮できるように整えるのが私の仕事だと思っています。

入山
おっしゃる通りです。ダイバーシティだけを目指すのではなく、エクイティ、インクルージョンもすごく重要。多様な人が集まったら、まずその方々が自由に、自分らしく、ありのままでものが言える状態――いわゆる心理的安全性が非常に重要です。
ダイバーシティがあると何が起きるかというと、まず会議がもめますよね。多様な人が入って多様な意見が出ることに意味があるんだから、当然です。でも多くの日本企業が、これまで全員賛成か全員反対の全会一致方式でやってきた。これではイノベーションはあり得ません。「あなたの意見は違うと思う」、という人が出てきて、それがたとえ10歳下の女性だとしても、上司の男性は何か言いたいのをぐっと我慢して「なるほど」と聞く耳を持てるかどうか。
そこで僕は、ダイバーシティを進めた次に重要なのは、管理職研修だと考えています。

これから管理の仕事はAIに任せていくとして、管理職というポジションの仕事、つまりリーダーの仕事は残ります。リーダーは何をやるかというと、ファシリテーションなんです。
ありがちなのが、部長が1人で90分ずっとしゃべり、それを皆がひたすら聞いているという会議。あれが一番意味がありません。それよりも、部長は黙っていて、いろんな人の意見を「なるほど」といって聞き、「〇〇という意見が出たけどあなたはどう思う?」とファシリテートしていく。これからの管理職は全員ファシリテーターになるべきだと思います。
参考になるのは、「踊る!さんま御殿!!」と「アメトーーク」の違い。「踊る!さんま御殿!!」は、明石家さんまさんを中心にした、放射状の1対1の関係性になります。各自さんまさんの方だけを見て、さんまさんにいかに面白い返しができるかを考えているため、横の連携はあまりありません。それに対して「アメトーーク」は、MCであるほとちゃん(蛍原徹さん)はあまりしゃべりません。誰かの発言を受けて、「〇〇はどう思う?」とほかの人に振り、またその人が発言すると、別の人に「うーん、〇〇はどう思う?」とファシリテーションしている。そうすると横の連携がすごくよくなり、ひな壇芸人がみんな「be you」でいきいきとしていられて、番組としても面白い。これからの管理職が目指すべきは、ほとちゃんだと思います(笑)。

エクイティの鍵は1人1人が心理的安全性を感じられる環境づくり

北風
エクイティの話もさせてください。ダイバーシティの取り組みを1年くらいやるなかで、決定的に欠けているのがエクイティだと気づきました。たとえば女性リーダーシップ研修をやるよというと、「不平等だ」と声が上がってきます。「女性は管理職をやりたがらないじゃないか」という意見もあります。実際「やりたいか」と聞いても、「やりたくない」と言うからやらせてないのだと。お手本もいないし、自信もない、という部下がいるとして、そこをサポートしてエンパワーしていくことが必要なのに、それもない状態で急に「やりたい?」とだけ聞く。「よくわからないので無理です」という答えが返ってきても不思議はありません。この状況をなんとかひっくり返していきたいと思っています。

入山
重要なポイントが2つあります。
1つは、日本の大手企業にいる多くの男性が、マイノリティ経験をしたことがないということ。立派な高校、立派な大学に行って、大手企業に就職するという、マジョリティサイドにしか属してきていない。こうした男性社員がマイノリティの経験をすることが1つ鍵になると考えています。
僕が個人的に提案しているのは、子どもの保護者会に行くことです。
僕が数年前に、妻に言われて小学生の子どもの保護者会に行くと、僕以外は全員女性でした。
まずドアを開けると一斉に視線を浴びます。で、議論の内容に対して意見したいと思っても、言えないんです。なぜなら心理的安全性が低いから。これがマイノリティの気持ちなんですよね。この経験は一度はしてほしいと思います。もうひとつのポイントは、ユニ・チャームさんの取り組みにあります。ユニ・チャームさんが行った生理についての研究によると、女性が働く30年、40年のうち、延べの生理の期間は6年間にもなるそうです。生理中は当然パフォーマンスが落ちるわけですが、男性はそれを知らないので「この子は最近調子悪いな」で終わる。相互理解が全然ないんです。ユニ・チャームさんは多くの企業で生理の研修をやっていますが、素晴らしいのは、男性女性両方に同時にレクチャーすること。女性にとって心理的安全性が高い状態がつくられるので、そのうえで男女で議論をしてもらうと、女性側が「実は私、生理が重くてつらいときがあるんです」とちゃんとカミングアウトしてきてくれるそうです。それがエクイティになっていきます。
さらに男性も、たとえば「実は頭髪が薄いといわれるのが辛い」などと打ち明けていく。互いの理解が進み、「だったらこうしていきましょう」というように話を進められる。そういう場を設けるのがエクイティだと思います。

中島
エクイティもバズワード化してしまって、「行き過ぎたDE&I」のように捉える向きもあります。
本来は「全員活躍」という前向きな取り組みのはずなのに、ともすれば、現状に対するダメ出し、萎縮をさせるような議論になってしまうことも少なくありません。北風さんと話したのは、「北風と太陽作戦」をしたほうがいいんじゃないかということ。 推進側はつい北風のようにあたりが強く受け取られるからこそ、太陽のようにアプローチをしようと。。

北風
かつては何もかも頭にきていたので、北風一辺倒でした(苦笑)。でも太陽作戦に変えていこうと。

中島
たとえば弊社でも、しっかり部下を育成している、エクイティ意識のある方も大勢います。今回のアドバタイジングウィークで開催された「Future is Female Awards」にエントリーしたところ、当事者よりも上司が非常に喜んでいました。
もともと広告業界は、男女問わず全員で切磋琢磨できる風土だと思いますが、なぜか管理職のところでその文化が途切れてしまう。一方でそこを超える努力されている方もたくさんいるわけで、ポジティブに進めていくことも必要であると感じます。

入山
中島さんだったら、太陽作戦としてどういうことをされますか。

中島
フィードバックを伝えるようにしています。
いい事例や、その人の素晴らしいところ、またいろいろな機会を与えてくださることも含めて、男性女性問わず気づき、フィードバックすることが大事なのではないでしょうか。フィードバックを受けて、「だったら次はどうしようか?」と考える力は、広告業界のメンバーなら皆持っているはずです。このような強みを生かしていきたいと考えます。

人の意識を変えようとするのではなく、変わるきっかけや仕組みをつくっていく

中島
次のテーマ「すべての人が活躍する多様な社会に向けて広告業界ができること、変わるべきことは?」について、一言ずつお願いします。

北風
人の意識を変えようとするとすごく大変なので、一度諦めて、いま私は行動を変える仕組み、仕掛けを考えようとしています。
たとえば1on1の制度を導入するとします。最初は抵抗感があっても、だんだんそれが定着してくると、悩みがあったとしても「今度1on1で話そう」と自然に思えるようになる。仕組みがあることで、行動が変わってくるんです。本来そこは広告会社の得意とするところであるはずですから、行動を変えるきっかけをどうやったらつくれるかを考えていくべきかと思います。

入山
僕も大賛成です。なかなか部下が動かない、行動変容しないという話をいろんな方から聞きますが、そもそも人は変えられません。
男性によく、「奥さんを変えようと思って変えられたことありますか」と聞きますが、絶対ありませんよね(笑)。ただ、人は自発的に変わることはできるんです。仕組みとか企業文化をつくって周りのピア効果を与えるとか、きっかけをつくるのがまず非常に大事で、その点で広告会社の役割はすごく大きいと考えます。経営学的にはストラクチャーホールというのですが、広告会社はいろんな業界のハブ、いわゆる結節点になっています。結節点のプレイヤーが変わればほかに影響を与えられる。それこそが広告会社の強さです。
広告業界同様、変化へのハードルが高いのはB2B系の企業です。
ずっと男社会で、付き合うお客さんも男となると、そこに女性の視点を入れるのが難しくなる。だけど真ん中にいる広告会社が変われば、付き合う相手が変わるわけで、いい影響を与えられると思います。そのとき重要なのは、ダイバーシティだけに取り組もうとするのではなく、会社全体を見直すということ。会社そのものをもっとイノベーティブで楽しくて、いろんな方々がエンゲージメントが持てる組織にするにはどうすればいいかを考えるんです。ダイバーシティはあくまでもその一環だと考えています。

中島
ありがとうございます。最後に質疑応答となります。

質問者
なぜダイバーシティを議論するとき、女性だけの話になるんでしょうか。日本にはLGBTQ+や外国人も多いし、私自身は自閉症でもあります。そういうさまざまな背景を持つ人たちのことも含めての議論があまりなされていない気がします。

入山
当然ダイバーシティはテーマがたくさんあって、僕自身も発達障害を持っていますが、そうしたニューロダイバーシティも世界では当たり前です。また僕の勤務先にいる外国籍の学生も、なかなか日本企業に就職できないという課題がある。そのうえでなぜいま比較的女性がフィーチャーされているかというと、単純に日本のダイバーシティがあまりにも遅れているからです。
改善の第一歩として、まずは女性の話をしている。とはいえ、日本企業でもニューロダイバーシティの取り組みを始めているところはたくさん出てきているので、期待しているし、もっと外国人も活躍できる社会になればと思いますね。

北風
女性だけが対象とは全く思っていません。
先述したように全員が活躍してほしいんです。そのために変えていかなくてはならないことがたくさんあると思っています。

中島
ダイバーシティに取り組むには、日本だけではなくグローバルの視点で意識していかないといけないことも少なくありません。

入山
早稲田大学のビジネススクールの教員としては、企業にはもっと外国の人材を受け入れてほしいですし、移民の方を積極的に採用するなどのリーダーシップを広告会社にとっていただくこともできるのではないかなと思います。
つい日本企業は、完ぺきな日本語と日本の忖度ができる、外国籍の人材を求めてしまいがちですが、そんな人材はいません。僕はアメリカの大学でも教員をやりましたがたが、英語はめちゃめちゃです。でも受け入れてもらえた。そのあたりの許容度を上げるような動きというのも、広告会社に音頭を取ってもらえるといいと思う。

中島
そうですね。
残念ながらお時間が来てしまいました。引き続き議論をしていきましょう。本日はありがとうございました!

入山 章栄
早稲田大学大学院
早稲田大学ビジネススクール教授

北風 祐子
株式会社電通グループ
dentsu Japan Chief Sustainability Officer

中島 静佳
博報堂DYホールディングス
サステナビリティ推進室室長

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