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新規事業を生む組織の創り方
―リクルート×ミライの事業室スペシャルセッションVOL1

2023.06.15
新規事業を生む企業や組織は何が違うのか。1960年の創業以来これまで多くの新規事業を世に生み出してきたリクルートに、その秘訣を伺います。第一回は、株式会社リクルート政策企画室調査室長兼リクルート経営コンピタンス研究所の岩下直司氏をお迎えし、企業文化やナレッジマネジメントをテーマに、博報堂ミライの事業室の吉澤到室長、鈴木貴博と語らいました。

■圧倒的な当事者意識を育む企業文化

鈴木
私は前職時代にリクルートに出向させていただいたことがあり、そこで有名なリボン図を作った岩下さんという伝説の人(笑)がいると知りました。今日は岩下さんから直々にリクルートの秘密を聞けるとあってとても楽しみです。最初に、岩下さんに自己紹介をお願いできますか?

岩下
私はもともと1987年にエンジニアとしてリクルートに入社しました。当時、新規事業だった通信事業で、システムの開発運用や商品開発などを経て、事業の経営企画を経験しました。事業経験を通じてITをビジネス化する方法について多くを学びました。そして、リクルートがより科学的な経営をしていこうというタイミングで、ビジネスモデルを可視化した「リボン図」というものを経営ツールとしてつくりました。2007年には現場の創意工夫をいかに形式知化し再利用するかというナレッジマネジメントを支援する部署である「リクルート経営コンピタンス研究所」に異動し、2015年には社内のベストプラクティス共有イベント「FORUM」を立ち上げました。2020年からは渉外の支援、広報支援などさまざまな調査を行う調査室の室長として7割方の仕事をしています。キャリアとしては取り散らかって見えるかもしれませんが(笑)、多様なテーマに取り組むことで自分のコンピタンスの数を増やしていくことにはこだわってきました。40年も経れば社会は変わるので、そこに自分と会社の進化をどうシンクロさせていくのかを常に意識して仕事をしているつもりです。

吉澤
本日のテーマは新規事業を生む組織の企業風土です。新規事業開発が活発な企業と聞いてリクルートを思い浮かべるひとも少なくないと思いますが、その土壌としてどのようなパーパスや企業文化をお持ちなのでしょうか?

岩下
我々の企業が目指す世界観は「Follow Your Heart」です。人生におけるさまざまな意思決定を応援するというものです。基盤となるマッチング事業のビジネスモデルは生活者と企業の間に立って人と情報のマッチングをするという構造で、企業からお預かりした情報をカスタマーとマッチングさせることで対価をいただいています。リクルートは、すべてのサービスにおいて目的やターゲットが誰か、その方がどういう課題を抱えているかをはっきりさせて事業展開します。マーケティングのSTPがはっきりしていて、そのうえでどういう価値を各ステークホルダーに提供するかを決めている。この「分ける」「狙う」をはっきりさせて事業価値を定義するという点は、リクルートの大きな特性の一つです。事業価値を実現する手段や収益モデルにさほどこだわりがないからこそ、時代の激しい変化のなかでも事業を変革してこられたのだと思います。実際、ほとんどの事業が紙メディアから始まりましたが、後年はネット化し、事業によっては対面カウンターを組み合わせるなどさまざまな形態に変化し、結果的に事業として残り続けています。

リクルートは、かつては自分たちがスクラッチでつくるこだわりがありましたが、2010年以降は海外事業を中心にM&Aと事業開発を組み合わせるかたちで成長してきました。企業として大切にする価値観に「個の尊重」「新しい価値の創造」「社会への貢献」の三つの項目を掲げています。特に人材育成の観点で問われるのが圧倒的な当事者意識で、中途入社だろうが新卒だろうがある程度仕事をおぼえたら、「あなたはどうしたい?提案してみて?」と常に問われながら仕事をしていきます。

吉澤
そうした企業文化が根付いていると、社内から起業家人材が自然と生まれてくるのでしょうか?それとも起業家人材を育成する仕組みがあるのでしょうか?

岩下
自律的に働くことのできる人材に必要な「見立てる」「仕立てる」「動かす」スキルを育むために、マネジャーの職務内でメンバー育成にかける比重が高く、それが人事のマネジメントシステムにも組み込まれています。またWILL-CAN-MUSTシートという目標設定シートを使い、個人が取り組みたいことのWILLと強みと課題のCANと会社が求めるミッションのMUSTをすり合わせながら、今後の機会も見越して個人のミッション設定と人事評価のフィードバックをしていく。それをいかに丁寧にやるかにこだわる企業文化があります。

吉澤
起業家精神が企業カルチャーとして奨励されているだけでなく、人事評価制度にも反映されているわけですね。個人のWILLと会社のMUSTをすり合わせることをマネジャーの責務にしているという点をみても、徹底されているなと感じました。社員一人ひとりのWILLを大事にするという文化は博報堂も同じですので、仕組みの部分はとても参考になります。

岩下
リクルートには「Ring」という新規事業開発の提案制度があります。

かれこれ40年近く続いていて、Ringから生まれて基幹事業に成長したものもあります。ですが、Ringの仕組みを通じて年間1000件近い提案が行われていますが、その中でも大きくなった事業は数えるほどです。でもRingという、全社員が提案の権利を持つ壮大なアマチュアリズム的な仕組みを使い、大きなパワーをかけて新規事業を創出しようとしている。非常に諦めの悪い会社でもあり、そうやってトライすることこそが大事なんだという文化があります。

吉澤
壮大なアマチュアリズム、というのは素晴らしい表現ですね。新規事業は実際にやってみないとわからない部分が多々あります。変に賢くなってしまって、これはこうだからうまくいかない、これは前例がないなどと先に考えてしまうとそこから前に進めません。アマチュアだからこそ怖いもの知らずに挑戦できるし、結果としてそれがブレイクスルーを起こすこともあります。ところで、そうした数多くのトライアルを重ねてきた中で、どういった事業が大きく成長するものでしょうか?

岩下
実際にローンチして数年で撤退した過去の新規事業もたくさんあります。また、現在基幹事業になっているものでも、最初のアイディアからはだいたい違ったものになっています。「ホットペッパー」も前身はオールジャンルの街の生活情報誌だったし、「ゼクシィ」、「タウンワーク」なども最初はうまく収益化できませんでしたが、いかに早くピボットするか、PDCAを回すかで成功までもっていった。課題設定や仮説の筋がよく、かつ諦めなかったものが基幹事業になったと言えると思います。

吉澤
通常、新規事業のピボットはPoCとかPoBの段階で行うことが多いと思いますが、リリースした後でもピボットすることがあるのですか?

岩下
そうですね。机上の空論でわかることと実際に起きることは違うと共通認識をみんな持っているし、そういう経験を経営側も多かれ少なかれしてきています。Ring発の新規事業でそれなりに成長したもので、ピボットを2、3回やっていない事業はありません。「スタディサプリ」もピボットの連続。最初は5000円くらいのカスタマー向けアプリとして出したらまったく使ってもらえず、980円にしたらある程度広まったけど収益化しなかった。そんな中、高校で一括導入してもらう形のtoB型に主軸を転換したことが大きな分岐点でした。いまは全国の高校の4割くらいに入るようになり、事業としても安定化しています。

鈴木
新規事業の中でもトップダウンで成功するものと、ボトムアップから生まれるものがあると思います。御社ではどちらのタイプが多いですか?

岩下
リクルートでは個の尊重ということで、個人の創意工夫や想いも重視します。ボトムアップで生まれた新規事業の代表例が「スタディサプリ」です。創業メンバーの山口はもともと既存の進学事業の企画マネジャーでしたが、少子化で市場が縮小していくという危機感があった。そこで改めて、高校生が日々向き合っている受験勉強を軸にサービスを組み立てるべきだと思い立ったわけですが、投資額も大きいしビジネスドメインが違いすぎて事業内では決裁できなかった。そこでイントレプレナーとして会社全体での決裁をあおぐためにRingに応募し、事業が前に進むことになったんです。そうした個人の想いを全体で認め、戦略化していく仕組みがあります。

■組織として常に学び、変わり続ける

吉澤
新規事業組織をマネジメントする中でいつも課題に思っているのが、個人の経験や学びをどのように組織の学びにしていくかという点です。新規事業の推進者はそれぞれ自分の事業を伸ばすことに必死なので、横でのノウハウのシェアや連携といったことがどうしても細くなりがちです。ミライの事業室ではSlackや「月イチ会議」という全員会議を通じて、共有と学びを促進していますが、リクルートにおける組織内のナレッジシェアというのはどのような様子でしょうか?

岩下
自己紹介の際にふれたベストプラクティス共有イベント「FORUM」で大事にしているのは、いかにこのいい仕事から学んでもらうかということです。学ぶべきところがスタンスなのか、一般化できるスキルなのか、戦略や実行ノウハウなのかを徹底して意味・解釈し、フォーカスをあててプレゼンしていきます。自分だけがいい仕事をして勝ったぞと思うんじゃなくて、そのナレッジを社内に分け与えて全体をよくする。それに対してさらに誉めるというサイクルを回しているんです。こういう利他的な姿勢もリクルートの文化です。

鈴木
また、ナレッジはいちどシェアすれば終わりというものではなく、時代に合わせて常にアップデートしていく運用も重要だと考えています。昨今のデジタル化はその代表例ですね。そうしたナレッジのアップデートについてはいかがでしょうか?

岩下
まさにかつては紙メディアの時代でしたから、編集人材と編集ナレッジが中心でした。でも2010年頃、すべての事業をオンライン主体に切り替える際に、重点的にIT人材を採用し、さらに社内でオンラインテストや講座をつくり編集担当にもITの知識を習得してもらうという、リスキリングを行いました。つまり我々は常に学び続けないといけないということ。とどまっていたら環境変化が全部危機になっていくので、いかに機会ととらえて新しいことをやっていくか。大事なのは、変わる部分と変わらない部分を決めて、いかに変わっていくかということ。人も会社もそうだと思っています。

■型化と働き方の意識の変化

吉澤
社内にナレッジを専門で扱う組織があること自体、非常にユニークですね。我々のような広告業界ではクライアントに対して毎回提案をスクラッチからつくっていくことに慣れてきたので、型化があまり得意ではありません。成功事例の共有ぐらいで留まりがちです。リクルートはなぜ型化にこだわるようになったのでしょうか?

岩下
意識の問題があると思います。リクルートにとって大きな契機だったのはフリーペーパー化とオンライン化です。フリーペーパーは同じ広告効果を出すのに本屋に売っている本の10倍くらい刷らないといけなくて単価に対する原価率が高い厳しいビジネスなんです。結果的に業務を型化、規格化しないと、うまくいかないわけです。90年代後半くらいからこの準備ができた状態でネットの波がきたので、単価が下がることに対して耐性ができていたし、さらにいかにITで効率化するかという意識も根付きました。ここ20年で、経営側がよく話す逸話も「いかに丹精込めて時間をかけて仕事したか」から「いかに頭を使って楽に結果を出したか」に変わってきた。つくることに満足しているとそこは変わらないと思います。

吉澤
最後にキャリアについて、お伺いします。岩下さんはリクルートの中でさまざまな専門分野のご経験をされていますが、一般の社員の方々はどのような感じですか?

岩下
キャリア形成という意味では、先ほどの利他の精神が役立っているかもしれません。事業のリーダーもメンバーに対して「この人がビジョンに共感してくれて、この事業に関わってくれている間、成長してくれたら嬉しい」と思って育成にあたっています。それもあって一度会社を離れても出戻って活躍する人も多いし、IT、ベンチャー、マーケティングの世界にも助けてくれる卒業生がたくさんいる。そのおかげで我々が仕事しやすい環境も作られていて、結果的にメリットも大きい。多様なキャリアを許容できるオープンシステムの会社と言えるかもしれません。

吉澤
本日は貴重なお話をありがとうございました。新規事業を生み、社会にインパクトを与えられる人材を我々も輩出していきたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

岩下
こちらこそお役に立てれば幸いです。ありがとうございました。

岩下 直司
リクルート
政策企画室 調査室長 兼 リクルート経営コンピタンス研究所

1987年リクルートに入社。通信・自動車・旅行事業などでプロダクト企画、事業企画を担当し事業マネジメントのためにリボン図の原型を考案。その後、通販ユニット長を経て、2007年よりリクルート経営コンピタンス研究所にて社内ナレッジの言語化・横展開を通じて、事業・経
営支援と人材育成に携わる。2020年よりリクルートの総研機能を統括する調査室の室長も務める。
(撮影:八木虎造)

吉澤 到
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
ミライの事業室 室長・エグゼクティブクリエイティブディレクター

東京大学文学部卒業。ロンドン・ビジネス・スクール修士(MSc)。1996年博報堂入社。コピーライター、クリエイティブディレクターとして20年以上に渡り国内外の大手企業のマーケティング戦略、ブランディング、ビジョン策定などに従事。その後海外留学、ブランド・イノベーションデザイン局 局長代理を経て、2019年4月、博報堂初の新規事業開発組織「ミライの事業室」室長に就任。クリエイティブグローススタジオ「TEKO」メンバー。
著書に「イノベーションデザイン~博報堂流、未来の事業のつくり方」(日経BP社)他

鈴木 貴博
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ
ミライの事業室 第一事業開発グループ ビジネスデザインディレクター

自動車会社新卒入社。 製造、製品設計、製品企画、経営戦略を経験。その後海外大学との新規事業連携や、社内初の事業公募制度設計、立ち上げ後、事務局実務TOPとして運営。全社横断の新規事業に携わり、社内初のMaaSビジネスの企画担当。2018年~19年には兼業として大手メディアサービス会社に外部コンサルタントとして参画。その後、自動運転技術開発会社にてソフトウエアビジネスの新規事業開発を担当。2022年博報堂ミライの事業室に参加。

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