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ブランドの本気・本音・本質が問われている。カンヌライオンズを通して考える、心を動かすクリエイティブ 【アドテック東京2022レポート】

2023.01.31
2022年、国際クリエイティビティ・フェスティバル「カンヌライオンズ」は3年ぶりに現地開催されました。グランプリ受賞作品からは、ソーシャルイシューへの注目がますます高まり、ブランドの嘘のない姿勢やパーパスが伝わる取り組みが重要であることがうかがえます。カンヌへの参加経験や受賞経験のあるリーディングカンパニーからスピーカーを迎えて、それぞれの視点から見たカンヌや、今年の傾向をディスカッションしました。

本稿では10月20日、21日に開催されたアドテック東京2022のセッション「CANNES LIONSから考察する心を動かすクリエイティブ」の模様をお届けします。

モデレーター
河尻 亨一
銀河ライター
編集者・執筆者

野村 一裕
株式会社ビーケージャパンホールディングス
Chief Operating Officer

大村 寛子
ヤマハ株式会社
執行役員 ブランド戦略本部長

天畠カルナ
株式会社博報堂
生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 デザイナー

「伝説のピアニスト×AI」をフィーチャーしたヤマハの取り組み

河尻
本セッションには「心を動かすクリエイティブ」というタイトルをいただきました。
データや技術ですべてがロジック化されていく時代だけれど、それでも次のビジネスや広告マーケティングをつくっていくのは、心を動かすクリエイティブなのではないか。その視点がいま重要だと感じています。
まず、自己紹介を兼ねて、ご自身にとってのカンヌライオンズについてお話しいただこうと思います。ヤマハのブランド戦略本部長の大村さんからお願いできますか?

大村
今年で没後40年になる、世界的にファンを有するピアニストのグレン・グールドに焦点を当てたプロジェクト「Dear Glenn」を紹介したいと思います。当社のエンジニアが、グールドの膨大な音源を元に彼らしい演奏表現をAIに学ばせて、ピアノの自動演奏でコンサートをしたり他の演奏家との合奏を試みたりした活動を動画にまとめました。このプロジェクトは、2019年に世界最大規模のメディアアートの祭典「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」にて発表し、2021年にカンヌのEntertainment Lions for Music部門に応募してシルバーを受賞しました。

(ヤマハグローバル Dear Glenn - Documentary Film)

大村
私たちが関心を持っていたのは、AIを使って普通では起こりえないことを起こしたとき、一緒に演奏する方々との間にどのような相乗効果が生まれるのか、ということでした。彼を直接知る方々や、かつて一緒に演奏した方々の前でAIによる演奏を披露したとき、本当に皆さんが喜んでくださったんですね。そんな姿を拝見して、私も心が震える思いがしましたし、私たちが次につながる可能性を見いだせたようにも感じてとてもうれしかったです。

河尻
何がすごいかというと、グールドのどこか素朴でヒューマンタッチな演奏を、本当によく再現していたことです。AIがここまで人に近づける時代がきたのかと。アルスエレクトロニカでは、現地のミュージシャンとのセッションも含めて、とても好評だったそうですね。

大村
はい。カンファレンスではAIエンジニアと現地のミュージシャンがディスカッションする機会も持てて、AIと人間が共創する機会について真剣に話し合えたと思います。

バーガーキング

河尻
次に、バーガーキングのTシャツを着ている野村さん、お願いします。

野村
私自身は、他国のバーガーキングの作品が受賞した瞬間に居合わせて壇上に上がったことはあるのですが、自分が担当した日本の施策で受賞したことはないんです。
今回は、次の機会にぜひ出せたらと考えているキャンペーン『DAITAI POTATO SET(だいたいポテトセット)』をご紹介します。
2022年前半は世界的にジャガイモが不作で、ファストフード業界でもポテトの提供が難しくなりました。そこでポテトに代わるアイデアをTwitterで募集したところ、計1461件の応募をいただき、最終的におやつカンパニーの協力でベビースターの提供が実現しました。メディア掲載は331件に上り、低予算の中での大きな反響に手応えがありました。

河尻
バーガーキングは世界各国でクリエイティブにこだわった施策を常に展開していて、カンヌ受賞の常連ですね。

野村
そうですね。ただ、各国から自由に応募できるわけではないんです。各国の作品が結果的に似てしまった場合、審査員から類似作品と判断されて落ちてしまうので、いったん各国の候補を全部集めて、グローバルで各部門に応募する作品を決めるんです。甲子園の前に地区予選があるような感じですね。各国に比べると日本の160店舗の規模はとても小さいですが、先のキャンペーンで何とか予選を勝ち抜きたいところです。

自主プレゼンから始まった「醤油」への光の当て方

河尻
博報堂の天畠さんからは、まさに2022年のカンヌで受賞された作品をもってきていただきました。醤油のセレクトショップ・職人醤油さんの「大好物醬油」で、クリエイティブコマース部門でシルバーを獲得されました。

天畠
初めてカンヌに出した作品で受賞できて、とてもうれしかったです。これは、博報堂の自主プレゼンから始まったプロジェクトでした。
元々、職人醤油は全国各地のさまざまな醤油を100mlボトルで扱っているブランドでした。そこに、目玉焼きに合う、アボカドに合うなど、食材や料理ごとに「一番合う1本」としてラベルを巻いて販売したのが「大好物醤油」です。発売時、デパートの売り場に見に行くと、高校生がお父さんに「見て、かわいい!」と話してくれていて、人の心が動いているところを目の当たりにして感激しました。

河尻
パッケージではなく、上からラベルを巻いているというところがおもしろいですね。

天畠
そうなんです。大好物が描かれたスリーブ型のラベルを使うことで、商品自体を変えることなく、新しいブランドをつくることができる。それを「スリーブ型ブランド」と表現しています。単純に見た目を整えて変えるのではなく、新しいコミュニケーションをどう生み出せるかを起点として、販売員のオペレーションコストまでデザインしました。
また、職人醤油が全国各地の醤油蔵の個性をとても大事にしている精神性を、スリーブを外すと元の醤油蔵のラベルが見えるようにすることで表現しています。

2つの潮流:ソーシャル、ビジネストランスフォーメーション

河尻
実際にカンヌに参加された人は多くないと思うので、ここで少しカンヌのアウトラインを紹介します。
2022年は、3年ぶりの現地開催となりました。80カ国以上から応募があり、部門は30ほどでかなり複雑で、今回はBtoB部門が新たにできていました。連日、授賞式やネットワーキング、またさまざまなセミナーが開催されます。以前はクリエイターの集いという印象でしたが、最近はかなりビジネスカンファレンス色が強くなっています。

いくつか、各部門でグランプリを受賞した作品を挙げてみます。

モバイル部門で受賞したGoogle「Real Tome」は、これまでのカメラ技術の中には人種の肌の色へのバイアスが含まれる、というメッセージを投げかけていました。つまり、カメラは欧米社会で開発された技術ということもあってか、有色人種の肌の色が適切に再現されないという課題があることを発見したわけです。既存のモバイルのカメラではリアルな肌のトーンがきれいに出なかったので、その点を4年をかけて改善し、どんな人種の方でもその肌の色がきっちり出るようなカメラを開発しました。

MarsのキャットフードブランドShebaは、原材料に海産物を利用していることから、5年ほど前からサンゴ礁の保全に注力しています。今回、インダストリークラフト部門とメディア部門で受賞した「Hope Reef」は、同社が開発したサンゴ礁を復活させる技術を使って、「HOPE」という文字になるようにサンゴ礁を育てました。

アウトドア部門で受賞したのは、アディダス「Liquid Billboard(The world's first swimmable billboard)」です。中東地域では、多くの女性が公共の場で泳ぐことに抵抗を感じています。そこでアディダスは、ドバイの海岸に大型の水槽を設けて“泳げる屋外広告”とし、一般女性から水着のアンバサダーを募って泳いでもらう様子をPRしました。障がいを持つ女性も参加しています。

スマホ用カメラアプリのPolycamとユネスコの共同による「Back up Ukraine」(Virtue worldwide)は、大量に破壊されつつあるウクライナの文化財を、市民が3Dモデリングを通してデジタルでバックアップできるプロジェクトです。デジタルクラフト部門で受賞していました。

中でも2022年を代表する施策を挙げながら、2つの傾向を考えてみたいと思います。まず一つ目は、先ほど紹介した作品などからもわかるように、よりソーシャル的なプロジェクト、社会的課題に向き合うものが多くなっていることです。これは2010年来カンヌで顕著になった動きで、現在はこの手のものが主流です。

象徴的なのが、米ニュースメディアのVICE world Newsによる「The Unfiltered History Tour」です。インスタグラムの拡張現実(AR)機能を用いた、大英博物館の非公式の音声解説なんですが、同博物館は世界中から略奪した芸術品も多く展示されているんですね。それを受け、奪われた側の国の人に証言してもらい、展示品と合わせてARで見られるようにしました。ソーシャル&インフルエンサー部門など複数の部門でグランプリを受賞しています。
いわば黒歴史の解説なんですが、これがカンヌの参加者にもとても受けていました。

野村
VICEはこれまで、リアルを追うがあくまでドキュメンタリーどまりといったイメージがありましたが、今回はこうしたテクノロジーを使って人の心を刺激し、参加者の側に「黒歴史を見たい」と取りに行かせる仕組みにしたのがおもしろいと思いました。

河尻
まさに人の心を動かした企画だと思いますが、バーガーキングの傾向と少し似たところもありませんか?

野村
そうですね。本当は開けてはいけないけど、開けたときにおもしろそう、やってみたい……みたいな仕立ては意識しています。もちろん、そのような企画には配慮すべき点もたくさんありますが、冒険家の気持ちで臨んでいるようなところがありますね。

河尻
なるほど。さて、もうひとつの傾向は、ビジネストランスフォーメーションとサステナブルを掛け合わせて新しい成長をどう生み出すか、という視点が出てきていることです。
その名の通り、クリエイティブ・ビジネス・トランスフォーメーションという部門が2021年に新設され、今回はDole Sunshine Company「Piñatex」がグランプリを受賞しました。
フィリピンに多くパイナップル農場を持つドールは、現地に拠点を持つイギリスのスタートアップと組み、生産過程でたくさん廃棄されていたパイナップルの皮を利用してヴィーガンレザー(植物性の革)を製造しました。そして、ヒューゴボスやH&Mなど複数のブランドと組んで商品開発につなげ、年間数十億円のビジネスになっているそうです。
デザイナー目線で、こうしたプロジェクトをどうご覧になりますか?

天畠
デザイン部門の審査の中で、事業主であるドール社ではなく、コラボしたファッションブランドの方が評価されるべきなのではという議論がされていたそうです。審査という点では非常に難しい論点ですが、プロジェクト単位で考えた時に、多くのブランドを巻き込めていること自体が、一種のデザインとしての機能であり、素晴らしいと思いました。ドール社もANANAS ANAM社も、それぞれのキーパーソンが情熱をもって取り組んでいる様子を記事などで見ましたし、具体的に「2025年までに農園からの廃棄物をゼロにする」という目標を掲げていることからも、真剣さが伝わってきました。

大村
昔ながらの“三方よし”の考え方にも通じる、持続性のあるビジネスになっているところがすばらしいと思いました。1回で終わってしまわないところが、いいアイデアだなと。ヤマハも実はたくさんの木材を使っていて、どうしてもロスが出てしまうので、その再活用をまさに考えているところです。他の業界や素材にもヒントになる事例だと思いました。

事業会社と制作者にとってのカンヌの意味

河尻
昨今、パーパスという言葉をよく聞くようになりました。広く社会との関係性の中で、自分たちが何のために存在しているのかを考えないブランドは、もう生き残れないということですね。そしてパーパスのあるブランドになるには、ブランドの本気・本音・本質が問われるのだと思います。私たち生活者はたくさんの情報に囲まれて、もう嘘を見抜くようになっているので、嘘のない姿勢が重要ですし、それが心を動かすクリエイティブにつながるのではないでしょうか。

大村
そうですね。私たちも皆で一生懸命、私たちの本質は何なのかを議論しました。

河尻
大村さんは実際に受賞されて、どのようなメリットがあったと思いますか?

大村
カンヌを目指す過程で、人が成長したことです。私たちは2018年にコーポレートのマーケティング部門を新設しましたが、そのときに「カンヌで受賞しよう!」と士気を上げたんです。受賞自体が目的ではないものの、社内にあるいろいろな資産をしっかりと発信していこうとする中で、どうしたらブランドの姿勢が伝わるかを考え抜きました。
カンヌへの出品は、施策を通して実力を試したり、受賞すればPR効果を期待できたりしますが、私はやはり社内の成長のためにぜひ挑戦されるといいと思いますね。

河尻
天畠さんは初めて参加されて、エージェンシーの立場でどう感じましたか?

天畠
行くまでは、やはり華やかなイメージがありましたし、賞を獲ることを重視した作品が評価される場だと思っていました。私が出品したプロジェクトも、カンヌはチャレンジだったんです。
でも行ってみたらイメージがガラッと変わって、審査員の方々が地に足がついた企画を評価してくださるのだと実感しました。昔は華やかな企画が評価されたのかもしれませんが、審査員の話を聞いて、長く続くものは何かという点をシビアに見られていると感じました。

河尻
地に足がついているというのは、しっかり人の心を動かして、ビジネスになっているかということですよね。“なんちゃって”ではなく、ブランドが本当に真剣に取り組もうとしているのかを注視している。

天畠
そうですね。見せかけのサステナビリティじゃないかどうかも、すごく厳しく見られていたと思います。パーパスと本気度合いが結びついているか。どちらかではダメなのだと、ほとんどの審査員がおっしゃっていました。おもしろい、感動するといった要素も大事ですが、ビジネスの観点も重視されていて、カンヌに対する概念が変わりました。

河尻
心を動かすクリエイティブは飾りではなく、ビジネスも未来もつくるのだと間違いなく言えますね。賞を獲れても獲れなくても、参加することに意義があり、学びも得られるので、ぜひ関心を寄せてもらえたらと思います。

河尻 亨一
銀河ライター
編集者・執筆者

編集者。銀河ライター主宰。取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を展開。2007年以降、カンヌ国際クリエイティビティフェスティバルを取材している。『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』で第75回毎日出版文化賞受賞(文学芸術部門)。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。

野村 一裕
株式会社ビーケージャパンホールディングス
Chief Operating Officer

2019年に入社。同年新体制となったバーガーキングのマーケティングディレクターとしてマーケ戦略、新商品開発、ブランドコミュニケーションなどを指揮。お客様の心の奥に潜むインサイトを掘り起こし、ブランドパーソナリティを前面に押し出すコミュニケーションを推進。バーガーキングでの主な受賞歴として、ADFESTにて3部門で2シルバーと1ブロンズ、ACCにて3部門で2シルバーと2ブロンズ、JPMにて2年連続ゴールドを受賞している。 現在はマーケ部門に加え、店舗開発やフランチャイズビジネスの成長部門を統括。

大村 寛子
ヤマハ株式会社
執行役員 ブランド戦略本部長

2018年ヤマハで初めてとなるマーケティング全社部門を立ち上げ、グローバルでの体制強化、ブランド価値向上に取り組む。 2019年執行役員就任、2021年4月より現職。

天畠カルナ
株式会社博報堂
生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 デザイナー

1992年ハノーバー生まれ。2015年多摩美術大学卒業、博報堂入社。広告制作にとどまらず、商品・サービス開発などを通してユーザーや事業主の主体性を育てる。ポスターからAIサービス開発までリアルとデジタルを横断しながらアートディレクションを行い、長く愛されるブランドをつくっている。 ACC ME部門 / BC部門ゴールド、Cannes Lions シルバー、Young lions国内デザイン部門ゴールド、JPMベスト、新聞広告大賞グランプリ、グッドデザイン賞など受賞。ミラノサローネ出展。主な仕事に新聞広告シリーズ「42.195kmの自粛の先へ。」、醤油ブランド「大好物醤油」。

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