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【カンヌライオンズ 2022】 セミナーレポート(博報堂 奥野麻子)~カンヌが示唆するこれからのマーケティングの3つのポイント

2022.10.07
博報堂のブランドアクティベーションディレクターの奥野麻子が、3年振りに現地開催された今年のカンヌライオンズのセミナーについてレポートいたします。コロナ渦を経て大きく変化した世界で、カンヌはどのような今を示したのか。各社がセミナーを通して語るブランド、メディア、広告業界の今を振り返ります。

はじめに、カンヌセミナーとは?

カンヌフェスティバル期間中に開催されるセミナーでは、ブランド、メディア、エージェンシーを中心に、著名人や時の人を登壇者に迎え、多種多様なセッションが展開されています。セミナーではその年ごとに、多くの登壇者が注目するテーマトピックスがあります。ここ2、3年で日本国内でも「ブランドパーパス」「エシカル消費」といったキーワードが定着してきましたが、これらのキーワードは7、8年前に当時の注目トピックスとして多くのセッションで語られていたテーマでした。このようにカンヌセミナーでは、ブランドやメディア、広告業界の潮流の源泉となる議論が行われています。

今年のカンヌライオンズのテーマは、以下の6つでした。
1, It Pays to Be Green – 環境問題・サステナビリティ
2, Represent the Under Represented – 人権・多様性(DEI*)への取り組み
3, Renewed Focus on Talent – 働き方・組織・人材の拡張
4, Ready Player Two? – Web 3.0時代への準備
5, Reframing Creative Effectiveness: Ideas as Investments – 成功指標のアップデート
6, Re-imagine, Reinvent and Re-build: It’s Time for a Factory Reset –ビジネス構造の根本的変革
*DEI = Diversity+Equolity+Inclusion

これらを踏まえつつ、ここ数年のグローバルなテーマの変遷を振り返りながら、日本においてもこれからのマーケティングの示唆となりうる3つのポイントについてご紹介します。

1. パーパスマーケティングのその先

社会課題をテーマに大きく取り上げてきたカンヌですが、そのキーワードや視点は毎年劇的に変化しています。社会益と経済成長を二律背反に語る時代はとうに終わり、ここ数年では世界中のブランド、メディア、エージェンシーが「パーパスマーケティング」「ブランドアクティビズム」といった経済活動を起点としたサステナブルなエコシステムの社会実装に向け、日々奔走しています。そんな中、3年ぶりのカンヌでは改めてブランドパーパスのあり方を考えるべき、という視点が提示されました。

日本においてはかつて課題意識が強く意欲的な人たちが「意識高い系」と揶揄されていたように、今若い人たちの中では、SDGsを嘲笑を含んだ口調で語る人が増えています。これは卑屈さが生み出した虚勢と言われる一方で、「実体の伴わない表層的な虚栄心」を嘲笑する言葉として使われています。こういったケースは、日本だけでなく欧米でも同じ兆候があるようです。ミレニアル世代に比べさらに理想が高く、そして猜疑心が強いと言われるZ世代の「実態」の有無に対する厳しい目は、人間関係だけでなくブランドや企業に対しても同様であると言えます。

個人的に今年最もプラグマティック(実用的)、かつ印象的だったセッションのひとつ「The Progressive Case Against Purpose Marketing(パーパスマーケティングに対する先進的な事例)」の中では、そういった安易なパーパスマーケティングに対する警告となるデータが共有されました。ブランドパーパスの重要性が声高に語られ始めた2018年ごろから、コミュニケーションにおいてもjoin, become, drive, care, need, believe, help, learnといった能動的動詞が増え、プロアクティブ(積極的)な姿勢を示すブランドが増加。その一方で、ブランドへの信頼度調査ではそれ以前の2017年に比べスコアは10%も下降したというデータが示されました。生活者の中で、ブランドがパーパスを盾にその実態をミスリードしているのではという疑問の声が高まっているという指摘がありました。

R/GAのセッションで、スピーカーのYael Cesarkas 氏 (VP Executive Strategy Director)は、「パーパスはマーケティングコミュニケーションのためのものではない」と、強調しました。多くの企業やブランドがSDGsの目標達成への取り組みを進める一方で、今後生活者の目はより一層厳しいものとなり、表層的なキャンペーンにとどまった実体の伴わないブランドは排他されていくと強く警鐘を鳴らしました。

カンヌが掲げた6つ目のテーマ、「Re-imagine, Reinvent and Re-build: It’s Time for a Factory Reset(生産から流通、その先までを見据えたビジネス構造の根本的変革)」は、ブランドがパーパスを実体化すべく、生産から流通、その先までを見据え、いかにクリエイティビティがそのビジネスを根本的に変革できるかという挑戦であり、まさにこのような具体性への問題提起だと思います。

いち早くパーパスマーケティングへのシフトを実現し、例年のセミナーでも多くのパーパス主導のキャンペーン事例を紹介してきたアルコール飲料のDiageo社は、パーパスに基づき誠意あるブランドを構築するステップを、生産者との協業関係からコミュニケーションへつながるフレームワークまで具体的な事例とともにブランドマーケター視点で語りました。

他にも、イギリスの広告制作に従事する中で環境問題に大きな課題意識を持った女性が発起人となり立ち上げた「#ChangetheBrief Allience」では、広告、メディア業界の人材を中心に、サステナブルなブランドへの変革をクライアントへ提案していくためのナレッジ共有や支援、勉強会などを、会社の垣根を超え積極的に行う取り組みが紹介されるなど、様々なステークホルダーがそれぞれの立場から挑戦する変革のためのアクションが生まれています。
(参考)PurposeDisruptors https://www.purposedisruptors.org/
#ChangetheBrief Allience https://www.changethebrief.org/

このように今年は多くのセッションで、ブランドパーパスというキーワードからさらに踏み込み、パーパスマーケティングというイメージ戦略ではなく、商品や事業そのものが社会的機能を持ち、生活者にとって「なくてはならないもの」になるにはどうするべきか、について多く語られました。

2. ビジネストランスフォーメーションで実装されるブランドパーパス

「ブランドがどんなパーパスを掲げるのかを発信するのではなく、商品・サービス・事業そのものを通してパーパスを達成していこう」という、具体性を持った実践的なブランドへの惜しみない称賛は、各部門の審査員始め、カンヌに関わる全てのブランド、メディア、クリエイティブ業界の共通意識であると思います。

今年Creative Effectiveness部門でグランプリを受賞したアメリカのオーガニックビールブランドMichelob Ultraの「Contract for Change」は、まさにそういった潮流を代表するブランドパーパス実装の好例です。このキャンペーンは、農家がオーガニック農法に移行する際にネックとなる技術的、経済的支援を行い、栽培された大麦の購入を約束する契約を打ち出しました。原料の生産・サプライチェーンを刷新することで、最終的に自社だけでなく食品業界や農業への公共益を生み、ブランドの価値が飛躍的に高まりました。

(参考)カンヌライオンズ公式サイト受賞作品一覧:Cannes Lions Awards (lovethework.com)
※サブスクリプションサイトになりますが、受賞作品の画像・動画がご覧になれます。

これまで社会課題への取り組みとして多くのブランドがイノベーションを起こしてきた領域は、大きく①購入(売り場・売り方)、②所持(持ち方)、③使用(使い方)、④廃棄(捨て方)と、4つに分類できると考えられます。これらに加え、今、サステナビリティへの意識の高まりとともに、⓪生産(原料〜サプライチェーン)という領域が顕在化してきています。そして、カンヌにおいても新たなチャレンジ領域として注目されています。

また近年では、カンヌアワードにもBtoB作品のエントリーが増加し、多くの受賞もされています。今年は新たにBtoB カテゴリーも新設されました。その初めてのグランプリを受賞したパイナップルの葉を使った新素材「Piñatex」は、果物・食品会社のDole社と、ヴィーガンレザーを開発するAnana Anam社が異例のタグアップをして発表しました。大量生産→大量廃棄といった直線型のリニアエコノミーではなく、先述のイノベーションフェーズ⓪生産(原料〜サプライチェーン)にメスを入れることで、循環可能なサーキュラー型へのトランスフォーメーションを実現し、大きく注目を集めました。

(参考)カンヌライオンズ公式サイト受賞作品一覧:Cannes Lions Awards (lovethework.com)
※サブスクリプションサイトになりますが、受賞作品の画像・動画がご覧になれます。

このように、生活者にプロダクトとして届く前のBtoBフェーズこそ、今もっともクリエイティビティによるビジネスストレッチが可能な領域であり、変革をもたらす重要な基点であると期待が高まっています。

これらの事例からの学びとして、今求められるクリエイティビティとは何か、という議題にたどり着きます。企業やブランドのアクティビティを社会へ送り出すクリエイティブ開発において、(一方的搾取ではなく)ブランドと生活者の相互利益、いかに幸せな関係を橋渡しできるか。そのためにはブランドパーパスの実装は基本要件です。しかしそれを実際に具現化するのは容易ではありません。

前述のような各部門で話題となったグランプリ作品をはじめ、セミナーで紹介されるモデルケースの多くは普遍的な特徴があります。それは、それぞれのケースの規模にかかわらず、強い課題意識を持った「情熱的な当事者」がいることです。ブリーフを受けてプラニングの中から生まれているものではなく、PiñatexにおけるDr. Carmen Hijosa氏(Anana Anam社代表)とDole社の出会いのように、当事者が強い思いを持って取り組むパーソナルな課題とブランドが出会った先に生まれているということです。

日本においてもまだまだ多くの、現存する仕組みでは変えることができない、硬直した課題がたくさんあります。今、誰がどんなリソースを必要としているのか。今年のカンヌには「Renewed Focus on Talent」という人材テーマがありましたが、日本においてもスタートアップ、NPO、アクティビスト、アーティストやクリエイターなど、志を共にできる他領域のパートナーとのコラボレーションが企業やブランドにとってパーパスフルな変革を実現するクリエイティビティの鍵となるでしょう。また私たちエージェンシークリエイティブも、そういった橋渡しを実現するだけでなく、自らが当事者となり日頃から一生活者として課題意識を持つこと、そして、動き続けることで仲間や機会を引き寄せていくことがなにより大事だと思います。

そういった課題解決に賭ける個人的情熱こそが、人を動かす凄みであり、変革を推し進める現代のクリエイティビティそのものではないかと改めて考えされられました。

3. Web3.0時代に向けて

最後に、今あらゆる業界で話題となっているweb3.0について、多くのメディアやブランドが集まるカンヌでも今年最も注目すべきテーマのひとつとして取り上げられました。日本国内でもVRゴーグルの普及、プラットフォームの進化やNFT取引にまつわる法整備の議論など、急速に身近なものとして浸透してきています。今年のカンヌでメタバースに関連する議論から、ブランドにとって来たるWeb3.0時代に向けた準備として参考となる学びをふたつご紹介したいと思います。

ひとつ目は、ブランドのバーチャルアイデンティティの重要性についてです。R/GAのセッション「Who Do You Want to Be in Metaverse?」では、メタバース空間におけるユーザーとデジタルアバターの関係について様々な事例やパイオニアの知見ともに議論されました。R/GAの調査によると、実に半数以上のユーザーが「自らのデジタルアバターは現実より自己表現できる心地よい形態である」と回答しており、これまで向き合ってきた実生活での生活者とは異なるバーチャルアイデンティティの存在を示唆しました。今後メタバースは、ブランドにとってもエンゲージメントやロイヤリティを育む重要な場所となる、と強調しました。

アバター化することで、実社会よりも「より自分らしく」活動する生活者とどのように向き合うべきか。これまでのデモグラフィーから読み解くインサイトというものは機能せず、より本質的な個人のアイデンティティと向きあう必要があります。

デジタルでカスタマイズされたアバターで仮想空間を楽しむこと自体は、MMORPGなどオンラインゲーム上で20年以上前から実現しています。対してWeb3.0におけるメタバースの特徴は、VRゴーグルの有無を問わず、ゲームのように明確なゴールがなくともコミュニケーションの場として経済活動を伴うデジタルコミュニティ空間であることと言えます。

このようなメタバース上でブランドが生活者と絆を作っていくヒントとして、Tom Morton氏(Global Chief Strategy Officer)は、「NikeがRoblox内で子供達と共に作り上げたAir Maxのキャンペーンのように、コミュニティの中で生活者と対等な立場で共創関係を築いていく必要がある」と語りました。
https://www.nike.com/lu/en/kids-airtopia
※今世界中の子供達に人気の「Roblox」。その中に作られたNike Landで利用者である子供達を招いて行われたAir Max周年キャンペーン

日本において現在先行するメタバース空間の多くはオンラインゲームが先導しており、ゲーム性と同時にコミュニケーションの場が提供され、利用者により多くのコミュニティが生み出されています。今後こういった場に様々な企業やブランドが参入し、実社会と紐づいた経済圏が生まれることで、「遊びの場」は「生活圏」へ進化することが予想されます。企業やブランドは、そこに集う生活者とともに実社会とは異なる新しい世界を、共に創っていく必要があると言えるでしょう。

つまり、メタバースにおいて企業、ブランドはこれまでの「広さ」を重視したアプローチではなく、「深さ」=コミュニティメンバーのひとりとしての人格が問われるようになるでしょう。そういったアクションへの備えとして、ブランドのアイデンティティを行動指向性・思想・視点・口調・声色など人格をかたどる多面的な要素で再定義する必要があると思います。

もうひとつは、ブランドアセットのデジタル化です。今、多くのファッションブランドが先行してメタバースへの進出を図っています。フィジカルリアリティに縛られず「より自分らしい自分」を楽しむ空間で、ファッションは重要な要素となります。中にはすでに実店舗で販売されるものより高価格で取引されるアイテムも多くあり、今後ファッションだけでなく様々なデジタルアイテムにおいて、NFTの浸透と共に、D2C(Direct to Consumer)ならぬD2A(Direct to Avatar)ビジネスが加速することが予想されます。

そのために、ブランドのアセットをデジタル化しておくことが必要になるでしょう。ブランドのデジタルアイデンティティの再定義と同じく、プロダクト、ロゴやキャラクターの3Dデータ、デジタル化の際のガイドライン等、ブランドの全てのアセットをデジタル化しておくことで、様々なコンテンツ形態へ参入し易くなります。

さらに、本来であれば無限に複製が可能なデジタルデータに所有権を付与し、固有化するNFT。「誰が発行したものか」「どうやって(どこから・誰から)買ったものか」という付帯情報に大きな価値が生じると考えられます。そこで重要になるのが、信頼や共感といったブランドパワーそのものです。これまでオンラインゲームなどにおける消費活動は「課金は食事」などと言われるように、デジタル上の形に残らない体験的価値として捉えられる傾向がありましたが、Web3.0のデジタル世界ではその価値のあり方が一変する可能性を秘めています。だからこそ、生活者のバーチャルアイデンティティを深く理解し、ともに新しい世界を共創するコミュニティメンバーとしてコミュニティの健全な経済発展に寄与していくことが重要だと思います。

奥野麻子
ブランド・アクティベーション・ディレクター

2005 年博報堂入社。クリエイティブ、デジタル、プロモーションなど幅広い実務経験をもとに、プロダクト・サービスデザインから統合コミュニケーションデザインまでブランドアクティベーションを起点とした領域縦断型ソリューションの開発に従事。

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