kyu MARU(博報堂DYホールディングスの戦略事業組織「kyu」の人材交流プログラム)の二期生として、2017年7月から9月までの3ヶ月間「kyu」グループのSID LEEで研修をしてきた志水雅子によるレポートをお伝えします。

志水雅子
コピーライター/制作ディレクター

2006年、博報堂入社。ストラテジックプラナーを経て、2009年にコピーライターに。2011年TBWA\HAKUHODOに出向。グローバルクライアントやメディアを超えた統合的な仕事を経験。2013年博報堂に戻り、コピーを起点にしながら、強いコンセプトに基づく新しいタイプの仕事に日々挑んでいる。カンヌライオンズ・ゴールド、TCC新人賞、受賞。 2016年カンヌライオンズダイレクト部門審査員。

SID LEEとは?

SID LEEとは、カナダのモントリオールに本社があるクリエイティブエージェンシーです。kyu傘下の企業の中で唯一の広告会社で、シルク・ドゥ・ソレイユを世界規模に共に育てた広告会社として有名です。広告、デザイン、ブランドコンテンツ、デジタル施策、建築、ソーシャルメディアなどに加え、特に体験型のプラットフォームづくりやアクティベーション開発に強みを持っています。カナダのフランス語圏であるケベック州にあるモントリオールの本社の他に、トロント、LA、パリに支店がありますが(グローバル全体で約600人のスタッフがいます)、私はその中でもカナダの英語圏であるトロントオフィス(100人規模)に3ヶ月間、コピーライターとして働かせてもらいました。トロントオフィスは、昨年新しいオフィスに移り、現在も工事の真っ最中。会社に来るたびにレイアウトが新しくなるくらい、日々会社も変化し続けています。オフィスの規模も大きくなり、新しいスタッフも日々増えていく実感があり、成長している様子が感じられるオフィスでした。

多様な人が共存する国、カナダ

対岸の島から見たトロントの街

ここでまず最初に、カナダという国について少しだけお話したいと思います。トルドー首相自ら移民を受け入れることが国家戦略というほど多様な国籍、民族が暮らす国ですが、カナダの中にも英語圏とフランス語圏が存在する国でもあります。トロントは英語圏、モントリオールはケベック州というフランス語圏の中にある都市です。二つの地域は、言語も違えば、文化も全くと言っていいほどの違いがあります。トロントはカナダ最大の都市で、印象としてはニューヨークに少しだけ近い感じです。モントリオールはヨーロッパに近い文化がありアートやデザイン、カルチャーを大事にしていて、テレビ番組も独自に作っていたり、CMも英語圏、フランス語圏別の表現で作ったりします。言語だけでなく文化が違うことの表れなのですが、そんなモントリオール発祥のエージェンシーということが個性の一つとなっています。

Canada Day恒例のCNタワーからの花火。今年はカナダ建国150周年ということもあり賑わっていました。
Pride Paradeという盛大なLGBTパレード。カナダはあらゆる側面から寛容な国なのです。

いかに既存の常識をTransform(変革)できるか

SID LEEの創設者は、広告会社での経験のない学生を終えたばかりの野心溢れる若者たち。彼らがいちからはじめた広告会社です。創業当時はDIESELという名前でしたが、某ファッションブランドと間違えられることが多くなり、文字を残して並べ替えSID LEEに変更したというユニークな逸話もあります。私が現地に来る前は、仕事をしているクライアントやブランドも若者向けのものが多いのだろうと思っていたのですが、実際に来てみると特にトロントオフィスは老舗のクライアントやブランドも多く担当していました。そして、それらのブランドを新しく今の時代に合わせてTransform(変革)するのがSID LEEは強みだと感じました。私が担当したクライアントの一つが、スーパーや食品ブランドを保有する会社の銀行だったのですが、「これが銀行の広告?」と思うくらいユーモアがありデザインも気が利いているものでした。コピーライターとアートディレクターと一緒に企画するアイディアはどれも「サービスの良さをウィットに富んだユーモアで表現したらどういうことができるのか」、という問いに答えていたように思います。他に担当したワインの品質を証明する団体の仕事も、世界的にも注目を浴び始めているのにまだ地元ではフランスやイタリアなどのワイン有名国に劣ると思われているカナダ産のワインのイメージを、より感度の高い人が好んで飲むようなものに変えるブランディングを行った上で、新しいワインのテイスティングの方法を考えイベントを開発するというものでした。それが一時的な賑やかしではなく、ブランドとして生まれ変わるためのタグラインからデザイン規定、事業として大切にするべきことなどを統合的に提案し、きちんと地固めができているのが印象的でした。

ブランドを担当することになるとまずはOnboardingといって、ブランド規定やデザイン規定などが資料としてまとまっていて、目指しているもの、資産としていきたいものがすぐに共有できる体制が整っていました。また、各キャンペーンのアイディアを考える際も、クリエイティブディレクターやストラテジストがクリエイティブブリーフを書き戦略も練り直しているので、スムーズにアイディア制作に入れることも多かったです。目指すべき方向性が見えているからこそ、クライアントも、エージェンシーサイドも同じ方角を見て話ができ、その方向に向かう施策を考えていくことができるのだと感じました。

ある日の打ち合わせ風景。様々な職種の人と資料をチェックします。

Experienceをどう拡張するか

SID LEEにいると“experience(体験)”という言葉をよく耳にします。シルク・ドゥ・ソレイユと共にC2モントリオールという国際的なクリエイティブ会議を運営していたりするSID LEEだからこそ、experienceを作り出すことには特別な思いがあると思うのですが、それはイベントに強いという手法的なことに留まらないものでした。そもそもSID LEEは、生活者を「広告の視聴者」ではなく、「ブランド体験の体験者」と捉えており、クライアントに対しても「広告」に留まらず、広く「ブランド体験」を提供しようとする姿勢があると言います。先ほどお話したように、いかに“Transform(変革)”できるのかということを常に考えているのに加えて、”Transformative Experience(変革を促すような体験)”も常に求めています。そして、そのような新しい体験を生み出すために、建築家やコンテンツ開発の専門家、モーションデザイナーなどさまざまな専門性を持った人たちと協業するmultidisciplinaryな(多様性を持った人たちが協力し合う)体制がSID LEEのスタイルです。モントリオール本社のプロダクション部門“SID LEE STUDIO”には、プロデューサー、エンジニア、モーションデザイナーや3Dアーティストなど様々な専門家が在籍し、プロジェクトごとにコラボレーションしながら仕事を行なっていました。私が滞在したトロントオフィスはまさに現在スタジオ部門を整備する途中でしたので、今後トロントにもこの機能は拡充されていくそうです。エージェンシーの中に実際に制作できる人材を揃えているからこそ、時間的・機動力的・費用的にも形を問わないアウトプットの創出が可能になっていくのだと言います。

モントリオールオフィスのSID LEE STUDIOの一部。まさにいろいろなものが生み出されている感じが伝わります。

私が関わったワインの新しいテイスティング体験を生み出すイベントの企画の際も、企画の初期から社内プロデューサーが加わり、イベント制作において経験値の高いモントリオール本社のクリエイティブスタッフやプロデューサーのアドバイスを聞く機会がありました。制作時のナレッジも社内に貯まっているためお互いに助け合おうという気概が感じられました。

モントリオールオフィスを訪れた際には、ワインのイベント企画の際にオンライン上でやりとりしていたプロデューサーにも会うことができ、様々な事例について紹介してくれたりました。また、モントリオール本社にはSTUDIO部門の他に、建築部門SID LEE ARCHITECTUREも存在し、インテリアデザインから都市計画、住居、ホテル、オフィス、小売、レストランやバーのデザインまで様々な建築関連のサービスを提供しています。建物の建築を伴う長期的な体験創出を行うことは得意先のビジネスの中枢に入り込むことも意味し、また新しい体験創出からクライアントの新しいビジネス機会を生み出せる可能性が広がることを意味しているのです。SID LEEらしいユニークな体験創出の拡張の仕方だと思いました。

モントリオールオフィスの建築部門、SID LEE ARCHITECTURE。

マスとそれ以外の境界線はほぼない

それぞれの専門性を持った人たちと協業するのがSID LEEのスタイルであるとお話ししましたが、(プロダクションサイドの制作機能ではなく)エージェンシーのクリエイティブ部門としてマスからデジタルまでのアイディアを考えるのは、基本的にはコピーライターとアートディレクターです。欧米ではこのスタイルが10年ほど前から一般的なスタイルになっていると聞きました。日本では、CMプランナー、プロモーションプランナー、デジタルクリエイティブプランナーなどクリエイティブの職種も多岐にわたりますが、大きくても300名前後の独立系クリエイティブエージェンシーは、様々なクリエイティブプランナーを雇う余裕はなく、10年ほど前からコピーとアートのペアがマスからデジタルまでほぼ全てのアイディアを考えるようになったそうです。私も実際に、あるクライアントの仕事ではテレビCMやデジタル施策を考え、また別のクライアントの仕事では新しいイベント体験を開発するなど、その違いを楽しむことができました。課題に対して、何で、どうやって解決するのか。基本的にはそのアウトプットのカタチに境目はないという考え方でクリエイティブをつくっていました。そもそも独立系のクリエイティブエージェンシーはメディアビジネスを行っておらず、フィーベースでビジネスを行っているということもこの考え方をロジカルにする事実の一つです。つまりテレビCM制作もバナー制作もフィーとして基本的には同じ時間単価なのです。

新しいワインのテイスティング体験を考えるにあたり、社内でワインのテイスティングをする会が開かれました。

デザイン専門のチームがいるSID LEEのスタイル

またSID LEEで特徴的なのが、デザイン専門のチームがいるということだと思います。デザイン部門にもCD(クリエイティブディレクター)が存在し、アウトプットをデザインの側面から見る機能を果たしています。また、デザイン部門に属するデザイナーたちは、デザインのクラフトを詰める際に特に力を発揮します。そして得意先の課題に対して、デザイン視点で課題を解決する専門のチームとアプローチを持っていることにもつながり、コピーとアートのチームと随時協業しながら仕事をするのがSID LEEのスタイルです。デザインのクラフトに重きをおくモントリオールから生まれたエージェンシーであることも影響していると聞いたことがあります。

SID LEEが主催するポスターデザインのアワードがあり、これはトロントのデザイナーが出品し選ばれたものの一つです。

同じ仕事をしているからこそ分かる“もう一つの言語”

SID LEEでは、コピーライターとして、各クライアントごとに担当となっているコピーライターとアートディレクターと一緒に企画などを行ったのですが、育った場所と話す言葉は違えど、お互い同じアイディアを考える職種ということもあり、クリエイティブという共通の言語を持っているかのように「その考え方いいね」「これは面白いね」と分かり合えるのが私にとってはとても貴重な体験でした。「みんながどこかで感じてはいるけれど、気づいていないこと」を探せた時、またその表現の仕方にひとひねりウィットが足せた時に、面白いねとお互いに言い合ったように思います。コピーとアートのチームがメディアに捉われない企画力を持っていることやソーシャルでの広がりを考慮した統合的なキャンペーンを時系列で考えることができるなど、このコピーとアートの最小単位のチームのパフォーマンスの高さに驚かされることも多かったです。最小単位が一人じゃないということが精神的にもいい効果をもたらし、またアイディアをある程度二人の中で取捨選択し、磨くことができることも良いことなのかもしれないと思いました。一方で日本の総合広告会社には、クリエイティブの中でも様々な領域の専門家とチームが組めるという贅沢な環境にあることにも気づかされました。

コピーライターとアートディレクターと一緒にアイディアを企画中。

後編に続く。

★海外研修レポート★