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【アルス・エレクトロニカ Vol.1】奇才異彩な人々との共創空間—Ars Electronica Festival

2016.11.28
#クリエイティブ

毎年9月にオーストリアのリンツで開催されるメディアアートの祭典、「Ars Electronica Festival(アルス・エレクトロニカ・フェスティバル)」。今年は、9月8日~9月12日に開催されました。
博報堂とArs Electronica(以下、アルス・エレクトロニカ)が3年前より共同実施しているFuture Innovators Summitに、ファシリテーターとして参加しているVoiceVision(博報堂グループ会社)の田中和子と、博報堂クリエイティブ人材企画室の田中れなが、アルス・エレクトロニカ・フェスティバルについてレポートいたします。

ご存知ですか?“未来へのアジェンダ”を考える場-Ars Electronica

突然ですが、皆様は近い未来、遠い未来、いったい何に疑問を感じておくべきかなど考えたことあるでしょうか?そもそも「今日の疑問の答え」も見出せずにいるのに「未来へのアジェンダ」など何の夢、と突っ込まれそうですが、1979年の設立以来、アート、サイエンス、ソサイエティ(社会)の3つの単語をキーワードに新しいトレンドを探求し、検証実験的作品にも挑み、社会がより良く発展する方向性を探り続けている機関があるのです。欧州はオーストリアの、なんともロマンティックな中世の香り漂う石造りの町、リンツに、未来に向いて光っているのが「アルス・エレクトロニカ」です。

「メディアアート祭典の地」としてその名をご存知の方もいるでしょう。しかし、他のアート展示やメディア・アート・フェスティバルと大きく異なるのは、ここが常に“社会”の未来の課題を捉え、さらにその疑問を“明日へのアジェンダ”として問題提起し続けていることです。

世界最高峰のクリエイティブ機関の誕生- The History

少しだけアルス・エレクトロニカの成り立ちについてご紹介しましょう。アルス・エレクトロニカは37年前、4人のテクノロジスト、アーティスト、ジャーナリストらの発案によるアート・フェスティバルとして始まりました。当時、在するリンツ市は主力の鉄鋼業の衰退により先行き暗い空気が漂っていました。だからこそ新しい風をと、テクノロジーとアートを呼び込む活動が始まったのです。

フェスティバルによって集まってくる最新技術とアート作品、そして人。いわゆるファイン・アートと異なり、最新技術を用いたメディアアートの中に常に社会へのインパクトを見出そうとした彼らは、集まった作品らを論評評価し、賞を授与するPrix Ars Electronica(プリ・アルス・エレクトロニカ)を1987年に始めます。

そして、満を持して開設されたのがArs Electronica Center-Museum of the Future(アルス・エレクトロニカ・センター)【写真】。その名が指し示すように、未来への知見が集まり、老若男女の市民が未来を体験し、刺激を受け、より良い市民へと成長するための「センター」で「教育施設である」、とアルス・エレクトロニカの運営者は言っています。単なる展示施設ではないのが、他の博物館との違いですね。リンツ市も共同運営しています。

同時に設立されたArs Electronica Futurelab(アルス・エレクトロニカ・フューチャーラボ)は、当初はフェスティバルやセンターのコンテンツ開発部門として機能していましたが、今ではその先端知見とネットワーク力とのコラボレーションを欲して学際産業の別を問わず研究開発プロジェクトを進めています。フューチャーラボとセンターは同じ建物に壁一つ隔てて設置されており、昨日の作品への市民の反応を、今日修正し再展示できるスピード感を持っています。

この4部門が一つのエコシステムとして循環し、市民が受けるインパクトを直に感じながら未来をプロトタイピングし続ける場所として生きているのです。

こう捉えると、アルス・エレクトロニカが最新技術やアートを集めるだけの場所では無いことがお分かりいただけるでしょう。

アルス・エレクトロニカ・センター及びフューチャーラボ―写真:Nicolas Ferrando, Lois Lammerhuber ドナウ河沿いにアルス・エレクトロニカ・センター及びフューチャーラボが立地しています。壁のライティングは音楽やテーマに合わせてデザインされています。

未来への共創が渦巻く9月- Ars Electronica Festival

毎年9月、ドナウ川沿いのこの町が一番気持ちのいい季節にアルス・エレクトロニカ・フェスティバルは開催されています。

世界中のメディアアーティスト、パフォーマー、研究者が集まります。毎年ひとつの未来テーマに沿って展示がキュレーションされます。今年のテーマは「Radical Atoms(ラディカル・アトムズ)」。すなわち、デジタル(情報)と現実(手触り感ある物体)の融合について。例えば、分子(atoms)単位に情報が格納されて、モノという概念に革新的な(radical)進化が起きたら、どんなシナリオが人間社会を待ち受けるか、という問いかけです。MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ副所長の石井裕教授が提唱されてきたこの概念を冠として、バイオ、テクスタイル、インタラクティブ、パフォーマンス、ロボティクスなど、あらゆるアート表現が最新作品から実験的作品まで展示されました。随分小難しいテーマを扱うな、と思われるかもしれませんが「情報が物体として表現され、触れるものになること」と翻訳すると、少し想像することができるでしょうか?

2016年アルス・エレクトロニカ・フェスティバル ポスターより

フェスティバルには世界中から500点以上の展示が集められ、約90,000人の来場者が行き来します。

「アルス・エレクトロニカは対話の場。だから毎年どんなに忙しくても来る。」は、ある日本人研究者/アーティストの言葉です。自分の研究テーマに合った展示会は、まぁ、日本にもあるでしょう。でも、9月の忙しい新学期シーズンにわざわざ日本から飛行機を乗り継いでリンツに来るのは、研究者としてご自身の問いを他のアーティストにも投げかけ、話し合い、次に導く糸口を得ることができるからだと。

ダイアログ・アート、などという呼び方もアルス・エレクトロニカメンバーはしています。問いを投げかけ合い、未来へのコンセプトを模索する、その対話自体もアートとしてプロトタイピングする。そのために様々な立場の人を掛け算したカンファレンスも目白押しです。まるで、人と人の化学反応を見越した場づくりも、フェスティバルの一つの作品としてフューチャーラボが設計しているかのようです。アルス・エレクトロニカが、人間と人間を交わらせる大きなアート作品を展示するかのように。

次回は、博報堂とアルス・エレクトロニカが共同実施しているFuture Innovators Summitについてレポートいたします。

アルス・エレクトロニカ・フェスティバル公式サイト:
http://www.aec.at/radicalatoms/en/fis/

写真:Florian Voggenedeer―使用しなくなった旧「州中央郵便局」で開催。会場名「Post City(ポスト・シティ)」。上記は会場入り口のチケット・ブース。一般来場者はここで総合チケットを購入すると、Post Cityの他にもリンツ市内になる展示カンファレンス会場に入場できる。
写真:tom mesic―旧郵便局の配送センターらしい光景。スパイラル・ホールと名付けられた広大な室内では、その昔、郵便を滑り下ろすために使った滑り台を使ったパフォーマンスも行われた。開始を待つ観衆。

田中 和子(たなか かずこ)
(株)VoiceVision エグゼクティブ コミュニティ プロデューサー
博報堂リーママプロジェクト リーダー

1998年博報堂入社。外資系クライアント担当営業職などを経て、海外先端マーケティング企業との協業事業などに携わる。自身の出産育児経験から働きながら育てることを提唱する「博報堂リーママ プロジェクト」を2012年立ち上げる。企業で働くママたちと今までに50社500人以上との「ランチケーション®」を慣行。2014年、生活者共創を専業とする(株)VoiceVision の設立に参画。約30,000人が参加する「はたらくママの声を届けよう!プロジェクト」Facebookでの声から、働き育て生活することの新しい文化を提唱。2016年4月には、世界的クリエイティブ機関「Ars Electronica(在オーストリア)」のデジタルコミュニティ部門審査員。共著「リーママたちへ 働くママを元気にする30のコトバ」(角川書店)2男1女の母。

田中 れな(たなか れな)
博報堂クリエイティブ人材企画室
クリエイティブプロデューサー

2007年に博報堂入社。営業職として、様々な企業の広告制作、新商品開発、戦略ブランディング、メディアプランニングなど、ブランドのコミュニケーション設計に携わる。その後、アイデアからビジネスを生み出すワークスタイルに興味を持ち、現職。

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