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龍崎 翔子氏×博報堂 ボヴェ 啓吾 新世代と考える 多様性の時代の暮らしとマーケティング

2019.08.28
テクノロジーの進化など社会環境の変化を背景に、人々の価値観やライフスタイルは急速に多様化が進んでいる。それに伴い、変化に対応するために社会や企業には絶えずイノベーションが求められるが、その鍵を握っているのは独自の思考と鋭い感性を持った新世代の若者かもしれない。
HOTEL SHE,など個性的なホテルブランドが話題のZ世代のホテルプロデューサー・龍崎翔子氏と、博報堂ブランド・イノベーションデザイン 若者研究所のリーダー・ボヴェ啓吾が、これからの暮らしやマーケティングについて語り合った。

「選択肢の多様のある社会」とは?

ボヴェ 博報堂の中で、若者研究所プロジェクトのリーダーをやることになったんですが、新体制では「若者にどう消費してもらえるか」という文脈を超えて、「そもそも僕たちは、どんな暮らしや商品やサービスをつくるべきか」を若い人達と一緒に考えることを大事にしています。若者は未来を生きる主役ですし、大人世代が「当たり前」としてしまっている物事に違和感を覚え、変えていける新鮮な感性を持っているからです。
そんな中で、鋭い感性を活かして活躍する新世代の一人である龍崎さんと、これから先の暮らしやマーケティングについてお話しが出来たらと思い、お声がけさせていただきました。

龍崎 若者研、実はすごく興味があって、入ろうか迷っていた時期がありました(笑)。

ボヴェ そうだったんですね!嬉しいです(笑)。早速なのですがはじめに、龍崎さんの現在の活動について少し説明していただけますか。

龍崎 私は、ホテルを経営してるんですけど、自分的には単にホテルを経営する会社ではないと思っています。会社では「選択肢の多様性のある社会をつくる」をビジョンに掲げていて、その選択肢の一つがホテルだと考えています。
私がホテルを始めようと思ったきかっけは、小学生の頃、家族旅行でアメリカに行った時にホテルがどこも変わり映えがしなくてつまらない、と思った経験でした。当時、ホテルはスタンダードであることが価値みたいな風潮が強くて、服を買ったり、カフェに行くのと同じ感覚で「自分はこれが好きだからこれにしよう」みたいな主体的な選択が出来る余地が全然ないと思ったんです。そんな膠着した息苦しいシーンを耕したくて、ホテルをつくることにしました。
今は、国内に5つの施設があるんですが、それぞれに独自のテーマを持ちながら、実験的というか、今まであまり試みられていなかったことにチャレンジしています。

ボヴェ 最近は、ホテル以外にも新しいことに挑戦しているみたいですが、そのあたりもお話しいただけますか。

龍崎 ホテル業界に関しては、ここ数年で個性的なホテルが急増して、ある程度選択肢は増えたかと思うんですね。一方で、お客さんが求めている個性的なホテルを選択するための仕組みは、まだ全然整っていないことに問題意識を持っていて、既存の予約サイトとは違った新しい切り口のプラットフォームをつくろうと考えています。
他には、これはまだ構想段階なのですが、やりたいと思っているのが産後ケア施設です。女性が子どもを産むという選択をした時に、出産後の生活は親を頼るか、自力で頑張るかの二択しかないんですけど、それって全然ヘルシーじゃないと思ったんですね。そんな現状に対して、第三の選択肢となり得る場がつくれたら良いなと思っています。
ホテルがお客さんの人生の一部を預かっている場だと考えたら、ライフステージにおける生活のありかたそのものを提案出来るんじゃないかと思いました。ホテルを通して本当の意味でのライフスタイルの提案を実現したいという思いもあって、産後ケア施設は今すごくやりたいと思っていることの一つですね。

ボヴェ 本当に行動力がすごいですね。若者研の活動に協力してくれている学生の中にも、龍崎さんのファンだという若者が何人もいるんですが、彼女たちは「龍崎さんの行動力に憧れる」と口を揃えて言うんです。色々なことに次々と取り組んでいくスピード感や多層性こそが、新世代の特徴という感じもします。
そんな龍崎さんの幅広い試みの横串になるのが、「選択肢の多様性のある社会をつくる」というビジョンだと思うんですが、これはつまりどういう状態で、何故それが望ましいと考える様になったんでしょう?

龍崎 中学生とか高校生の時って、みんな同じ制服を着て、同じ生活をおくるじゃないですか。その中で好きな音楽とか、メールの後につける絵文字とか、些細な選択が自分のアイデンティティの拠り所になるという感覚がありました。小さな選択を重ねることで、だんだん自分が何を求めているのか分かってきて、それを実現するためにはどういう行動をすべきかということが見えてくる。そういう意味では、選択を積み重ねることってアイデンティティを削り出すことだと思うんです。だから、「自分らしい、納得感のある選択をするための選択肢」と「選択をするための環境」がとても大事だなって思っているんです。

ヘルシーに生きるということ

ボヴェ なるほど!何かが繋がった気がしました。若者研究所の活動をしていると、「個性」を重んじる教育や社会環境の中で育った若者達が「自分らしい生き方」をしたいと思いながらも、それが見い出せなくて、「普通は、、」という考え方に飲み込まれていく苦しさや葛藤を聞くことが多いんです。副業とか他拠点生活とかに象徴されるような、敢えて複数のコミュニティに所属して「いろいろな自分を試してみる」という行動も気になっていたんですが、新しい選択肢に出会いながら、アイデンティティを削り出す行為なんだと考えるとしっくりきます。

龍崎 私は、基本的に「ヘルシーに生きたい」と思ってるんです。自分らしさを知ることが目的っていうより、それを知った結果、自分が生活しやすい環境を選んだり、自分に合うように環境をつくり変えていけたらハッピーなのかなって思います。
私も大学に入学したばかりの時はその視点が全然なくて、アルバイトを探すのに時給やイメージで選んだ仕事を何か楽しくないなと思いながらやっていたんです。他に選択肢があることに気づいて、ヘルシーに生きるための考え方があったら、もっと楽しい経験が出来たのかなって思いました。

ボヴェ 「ヘルシー」という言葉は若い世代の一部から最近よく聞くようになったんですが、これからの時代のキーワードですよね。身体的な健康のことにとどまらない、「心地よくて無理がない。自然で、前向きで、継続性があるような状態」というような意味だと僕は認識しています。人はそれぞれにとって、心地よい暮らし方や働き方があって、そこが自分自身で分かってくると環境を整えられるようになってくるから、どんどん「ヘルシー」になっていく。「選択肢の多様性」と「自分らしさの発見」と「ヘルシーな暮らし」がループのような構造になっているというのは、すごく納得感があります。

主観を突き詰めることが、新しい答えになる

ボヴェ 自分らしさという言葉にも近いですが、もう一つ、龍崎さんに是非聞いてみたいと思っていたのが「主観」とマーケティングについてです。僕は若者研の活動に限らず、色々なかたちで未来洞察やイノベーション支援の仕事をしてきたのですが、これから先は「主観の時代」だということ、そしてマーケティングや経営においても、「主観」がすごく重要なキーワードになってきていると思っています。
龍崎さんは先日Twitterで、「サービスを考える時に、誰か架空のターゲットを想定して考えるのではなくて、自分自身が本当に求めているもの、思っていることを突き詰める様にしている」という趣旨の投稿をされていましたが、その背景を教えてもらえますか。

龍崎 私がその投稿をしたのは、先日とある広告賞の審査委員をやらせていただいた時のことがきっかけです。応募された企画の内容を読んでいると「女性が好きなインスタ映えで~」みたいな切り口がめちゃくちゃ多くて、「女性だったら可愛いものが好き」みたいに、ステレオタイプで考え過ぎるのは良くない風潮だと思ったんですよ。「こういうの好きでしょ」みたいなスタンスでやっても絶対見透かされるというか。それだったら、自分がネイティブ(当事者)として考えられる領域で提案を考えた方が、芯を食ったものになると思ったんですね。

ボヴェ とてもよくわかります。そして、自分の仕事を顧みながら聞いていました(笑)。
首都大学東京の水越康介先生という方が、経営学と哲学を融合したような「本質直感」という思考法を提唱されているんですが、それを聞いた時に僕は「ああ、これだ」と思ったんです。それは、自分自身の中に生まれる確信とか違和感とかに徹底的に向き合うことで初めて新しいものが生まれるという考えなんです。調査をして顧客と密に接することは大切だけど、「顧客の中に答えがある」というスタンスでいる限り、ほとんどの調査は無駄に終わる。そうではなくて、なんらかの情報に接することで自らが驚き、その驚きの問い直しを始めること、自分自身の直観や主観と向き合っていくことが肝だと。

龍崎 すごく共感しました。こういう話をすると「でも、その感覚が自分だけのもので、他の人に受け入れられなかったらどうする?」みたいな意見をたまにいただくことがあって、確かにその気持ちも分かるんですけど、私は主観を突き詰めることのリスクって実はそんなに高くないんじゃないかと思っています。流行りの路線を追いかけるより、主観を突き詰めて、「人格」とか「人間臭さ」みたいなものが滲み出ていることの方が、人の心を動かす上で重要なのかなって。

ボヴェ 同感です。その感覚は自分だけのものでは?という問いに対しては、「人間のオリジナリティなんて実はそんなにない」と答えることもできると思います。人間は社会的な生き物なので、価値観や美意識なんかも大半は生活の中の経験によって後天的につくられるものです。そう考えると、現代人ってそれほど違った経験はしていないので、自分にしか当てはまらない感覚や考えを持つことの方がむしろ難しいんじゃないでしょうか。だからこそ、自分の中の葛藤や渇きに徹底的に向き合って何かの答えが出せたなら、その答えは、すべての人ではないにしても、別の誰かのことも癒したり、喜ばせたりできるはずだって思います。変に聞こえるかもしれませんが、主観がとても微かで儚いものだからこそ、それを大切にするというのが、「主観の時代」なんだと思います。

オルタナティブな選択肢が、ヘルシーな社会をつくる

ボヴェ 主観に向き合い、育むためにはどうしたら良いか?ということにも興味があるんですが、個人的には最近「静けさ」というテーマがすごく気になっています。今って、情報のインプットとアウトプットのループがめちゃくちゃ速くなっている時代だと思うんです。SNSから入ってくる情報も全て音だと捉えると、頭がいつも音で満たされていて、それに疲れちゃうみたいな感覚がある。自分に何も入ってこない、自分から何も出ていかないみたいな状態の時にある種の「静けさ」があって、主観はそうした静けさの中から立ち上ってくるものなんじゃないかと思うんです。

龍崎 とても大事だと思います。Twitterは好きでよく見てるんですが、最近はもう憎しみの応酬みたいになっていて、殴り合いなんですよね。殺伐としている。そこに疲れて、もう逃れたいと思っている人も多い気がしますね。

ボヴェ 若者に限ったことではないですが、今の社会には「義憤」とか「正しさを求める気持ち」みたいなものの高まりを感じますよね。長く続いている制度や構造に対して「これはおかしくないか?」と疑い、正していくことは大事なことだと思う一方で、そうした風潮の中で個人が攻撃される様だとか正しさのぶつかり合いが醸し出す空気に、息苦しさを感じている人も多いですよね。

龍崎 究極、自分が正しいと思っていることって、あくまで自分はその価値観を好んでいるということでしかないと思うんですよ。「自分が正義で、そうでない人は誤っている」みたいな口ぶりになってしまうのは避けるべきで、あくまで「自分はこれを好ましく思う」「好ましくないと思う」くらいに留めておかないと、誰かにストレスを与えてしまうのかなと思っています。

ボヴェ ここもやっぱり、正しさではなく「ヘルシーさ」で考えるのがいいですよね。心地良いと感じる暮らしは、人によって違うということを前提にしながら、他者や社会全体のヘルシーさについても想いを寄せるような視点が持てたらいいなと思いますね。
龍崎さんは自分のホテルの従業員とお客様の関係性について、「使用人とご主人様ではなく、主人と客人の関係性の中で、上質で丁寧だけどヘルシーなサービスをしたい」と言っていますよね。このあたりにヒントがあるように思います。

龍崎 ホテルって基本的にはストレスが多い業界です。その中で、いかにヘルシーにやっていくかというのは大事にしています。お客様もスタッフも心地良い接客、というのがあると思っています。そうしたホスピタリティーに矜持のあるスタッフが多いから、スタッフのファンだというお客さんも多いんです。
私は、会社は舞台だと思っているので、会社でこのポジションがあるからこれやってくださいって言うより、その人が何をするべきなんだろうということを一緒に考えて、その人がやりたい業務にアサインすることを重要視しています。そうするとモチベーションをもって頑張れるからアウトプットも良くなる。アウトプットがいいからお互いに褒め合ってモチベーションが上がっていく。最近はその考えから支配人を選挙で選んでいて、支配人が決まった後はドラフトでメンバーを決めるんですよ。支配人はデッキを組むみたいに、それぞれのスタッフの個性や能力が生きる組み合わせを考えていくんです。

ボヴェ 僕も転職したくなってきました(笑)。思想や方針にとどまらず、みんながヘルシーな働き方をするための仕組みがつくられているなんてすごいですね。改めて、龍崎さんの思う「ヘルシーな社会」ってどんなものですか。

龍崎 私は「オルタナティブ」って言葉が好きで、何かを提案する時に、既存の何かを否定する形になるのは避けたいなって思っています。自分は別に既存の何かを否定したくてやってるんじゃなくて、今ある選択肢でしっくりきてない人のための、第三の選択肢をつくりたいだけというスタンスです。異なった様々な価値観の人達がいて、それぞれちゃんと認められている状態っていうのがヘルシーな社会だと思いますね。

ボヴェ 競合の会社についてどう思っているのかなと気になっていたんだけど、要するに自分達だけで全ての選択肢をつくることなんて元々出来ないから、たぶん龍崎さんは敵として捉えるというよりは、他も他であることで、むしろそれでいいっていうか、あんまり競合を意識しながら何かをするという経営ではないんですね。

龍崎 経営に勝ち負けとかって発想は全然ないですね。後は、いつまでに上場したいとか、ホテルを何店舗にしたいとか、そういう理想も実は全然ないんです。ただ、自分達の会社が、ちゃんとインパクトを残せる状態をつくりたいという思いはあります。周囲の人達にポジティブな影響を与えることで、社会の中に選択肢が増える引き金でありたいなと思っています。そういう意味で、影響力のあるブランドでありたいなと。

ボヴェ 「経営に勝ち負けはない」か。ヘルシーさや主観について話してきたことで、改めて「選択肢の多様性」というのがどれだけ大事なのか分かりました。龍崎さんが、選択肢そのものだけじゃなくて、それを選ぶ環境を整えていく事業をやろうとしていることにもとても納得しました。これからのご活躍がますます楽しみです。本日はありがとうございました。

Profile

龍崎 翔子(りゅうざき しょうこ)
1996年生まれ。2015年にホテル運営のスタートアップ、L&Gグローバルビジネスを立ち上げる。「ソーシャルホテル」をコンセプトに、北海道・富良野の「petit-hotel #MELON富良野」、京都・東九条・「HOTEL SHE, KYOTO」をプロデュース。2017年に大阪・弁天町にアナログカルチャーをモチーフにした「HOTEL SHE, OSAKA」、湯河原にCHILLな温泉旅館「THE RYOKAN TOKYO」、2018年に北海道・層雲峡に「HOTEL KUMOI」をオープン。Z世代の代表として、業界に新風を巻き起こす気鋭のホテルプロデューサーであると同時に、現役の東大生。

ボヴェ 啓吾(ぼべ けいご)
1985年生まれ。2007年(株)博報堂に入社。マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事した後、2010年より博報堂ブランド・イノベーションデザインに加入。
ビジネスエスノグラフィや深層意識を解明する調査手法、哲学的視点による人間社会の探究と未来洞察などを用いて、ブランドコンサルティングや商品・事業開発の支援を行っている。2012年より東京大学教養学部全学ゼミ「ブランドデザインスタジオ」の講師を行うなど、若者との共創プロジェクトを多く実施し、2019年より若者研究所のリーダーを務める。

撮影:金本 凜太朗
今回の撮影は、対談のテーマに合わせて、新世代の写真家である 金本 凜太朗さんにお願いしました。

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