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オープンイノベーションは、“ゼロからイチ”を生み出す「カオス」のこと

2019.07.10
#イノベーション#博報堂ブランド・イノベーションデザイン#教育
博報堂グループは、東京大学生産技術研究所のRCA-IIS Tokyo Design Labとともに、デザイン・リサーチ・プロジェクト「Foresight Project “Future of Luxury”」を推進してきました。今回のプロジェクトは、企業とともにオープンイノベーションを創出しようとするもの。その実践の中で見えてきた、これからのオープンイノベーションと企業の関係性について、東京大学生産技術研究所・野城智也教授、そして博報堂ブランド・イノベーションデザイン代表・宮澤正憲が語り合いました。

【大学は「WHAT」をつくる場所になる】

――今回の博報堂とRCA-IIS Tokyo Design Labとのコラボレーションの目的は、いわゆるオープンイノベーションの創造ですが、そもそもお互いがどんな価値を見出して取り組んでいるのか、あらためてお聞きしたいと思います。

左:株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン代表 宮澤 正憲
右:東京大学生産技術研究所  教授・工学博士 野城 智也

宮澤:博報堂がこのコラボレーションに期待したのは、東京大学生産技術研究所(IIS) の持つ幅広いリソースですね。つまり工学におけるほぼ全分野をカバーするという研究領域を持っている点です。

現代において、企業がオープンイノベーションを模索するのは社会における必然になってきています。市場の限界が叫ばれ、デジタルトランスフォーメーションが様々な場所で起こる時代の中で、企業はドラスティックに変わらなければなりません。そのとき、企業の持つリソースにも変化が求められ、それらはすでに一企業内ではまかないきれないものになってきています。

今回のコラボレーションでは、東京大学生産技術研究所がR&Dによってハードウェアをつくり、博報堂が社会実装のためのインターフェイス、つまりソフトウェアをつくる、そしてRCAがグローバル視点でデザインをつくる。このサイクルに多種多様な企業を巻き込み、オープンイノベーションが実現できる可能性に、大きな価値を感じています。

野城:もともと大学というものは、単独でイノベーションを起こすことはできません。これまでも、イノベーションが起きる時、常に大学は企業とともにあったわけです。それはきっと未来においても変わらないでしょう。ただ、これからは、大学と企業の接点の持ち方は大きく変わっていくと感じています。

従来、私たちは「HOW」、つまり問題解決の手法に研究の焦点をあててきました。そして待っていれば企業からお声がけがあり、研究成果を使ってもらうことができた。しかしいま、大学には、よりイノベーティブな、0を1にするための「WHAT」としての研究も期待されています。そして大学にも、従来の「待ち」ではなく、自分たちで一歩を踏み出すことがますます重要になってきている。攻めの一歩を、この取り組みから模索したいと考えていますね。

宮澤:企業の組織構造の課題もありますよね。効率化や事業の収益性が求められていく中で、企業はどんどん既存の仕組みの中での最適化を進めている傾向があります。しかしこの構造は、「新しいこと」を急に求められると対応することができない。いわゆるイノベーションに弱い構造なわけです。

野城:その通りですね。日本の企業の特徴は垂直統合モデルです。そのため大学の研究のシーズをうまく取り込んでいただくことが、構造的に難しくなってきている現実もあります。あるとき、企業に対してある新しい技術が新規事業に使えるのではないかと申し入れたときに、「事業部をまたぐからできない」と断られたことがあります。組織構造によって、新しい技術の採用が阻害される現実があるのだろうと感じました。

宮澤:大学の組織構造はどうなのでしょう?

野城:大学も縦割り構造の強い組織で、自らのイノベーションを阻害してしまうこともあると感じています。ただ、東京大学生産技術研究所について言えば、「面白いこと」なら縦割りを越境して躍起になる人は非常に多いと感じています。プロジェクトの性質にもよりますが、面白いこと、新しいことを持ってきて下さりそうな人に対して「研究が忙しいから会わない」という人は少ないように感じています。イノベーションを求める気風が、この研究所にはありますね。

【これからのオープンイノベーションは「カオス」を求める】

――社会の中でオープンイノベーションという言葉が広く使われるにつれて、企業の側もどのようにして始めればいいか、何をゴールとすべきかを迷うことが多くなってきていると感じています。企業の側はこれからどのようなスタンスでオープンイノベーションを模索すべきなのでしょう?

宮澤:オープンイノベーションという言葉がまだ真新しかった頃は「最後の1ピース」を求めるものだと捉えられていました。つまり90%できている事業を、オープンイノベーションによって100%にしようというモチベーションで臨む企業が多かった。もちろんこれは、今後も大いに意味のあることだと感じます。

しかし現在、オープンイノベーションに求められる期待が全く新しい「“ゼロからイチ”を生み出すこと」であることが少なくない。そのためには予定調和ではなく「カオス」の状態が必要です。企業としても、またこの社会の要請としてもそうです。なので、従来の「最後の1ピース」を求めるマインドで臨むと上手くいかない場合がでてきますね。

野城:その通りだと思います。もっとも象徴的なのは、企業の知財についての考え方です。たとえば、オープンイノベーションの創出プロジェクトにある企業が参加しているとします。ワークショップも上手く進行し、実際にプロジェクトを走らせようという段階になったときに、その企業が「弊社の知財管理部の意向で、このワークショップの成果や知財の取り扱いについて、きっちり協約してから進めたい」と言い出すと、すっかり萎えてしまうわけです。

宮澤:せっかくここまで来たのに、というタイミングでそれは辛いですよね。

野城:いいアイデアやプロジェクトはスピードとともに生まれます。スピードを損なってしまうと、生まれるものも生まれません。私は、オープンイノベーションを志向するからには、参加する企業や人が持っている知識やノウハウの占有性はある程度損なわれることを覚悟しておくべきだと思います。こうした覚悟や、はじまる前での参加者間の合意形成や信頼醸成ができていないと、突然失速してしまう事態を招きかねません。

宮澤:極論すれば、オープンイノベーションにも向き不向きがあります。なんでもオープンイノベーションを志向すればすべてうまくいくというわけではありませんよね。また、目的をきちんと共有することで、おのずと参加する集団の属性も変わります。

参加者の意識の高さと企業から付与されている権限も重要だと感じます。オープンイノベーションの参加者には、たとえ一担当者であっても、企業を代表して来ているという意識と、実際に知財や人を動かす権限が求められます。それらがなければ、仮にプロジェクトが策定されても動かすことができないなどの問題が生じるからです。

野城:その通りだと思います。また、オープンイノベーション創出のための一連のプロジェクトへの参加者は、「参加すればいい結果が持ち帰れる」という幻想は捨てた方が良いですね。オープンイノベーションのプロセスは加速や失速、行ったり来たりを繰り返しながら進んでいきます。一直線上にスタートとゴールがあるものではありません。

【多様な企業をつなぎ、創発する「視線」と「形」】

――東京大学生産技術研究所は今後、博報堂にはどんなことを期待されますか?

野城:イノベーションの創出に関して私たち東京大学生産技術研究所が実践しているのは「トレジャーハンティング」つまり宝探しですね。たとえばRCA-IIS Tokyo Design Labでは、デザイナーの方に東京大学生産技術研究所の各研究室を訪ねてもらい、その研究室のサイエンスやテクノロジーの新たな意味を見つけてもらう、つまり宝探しをしてもらっています。そして彼らからは、科学者に対して「この研究には、こんな使い道がありますよ」とサジェスチョンを与えてもらう。このトレジャーハンティングを繰り返すうちに、常識では考えられないサイエンスの使い道が見つかります。これが大学において「WHAT」をつくることであり、イノベーションを生み出す一つの方法だろうと考えています。

また、私たちが博報堂に求めることは、私たちが知らない、企業の「もやもや感」を私たちにぶつけてもらうことです。こちらはそのもやもやを解消するために、私たちもサイエンスやテクノロジーの新しい意味を見出しながら、何か具体化したものを返す。それを博報堂が率直にクリティックスする。こうしたプロセスを繰り返すことで、まったく新しいものが生まれてくると考えています。そのひとつの試みが「Foresight Project "Future of Luxury"」だったのだろうと感じています。

宮澤:これはたとえ話ですが、「ボールをとるゲーム」を想像したときに、異なるチームのプレイヤーがたくさんいる眼の前にボールを落とすと、そこには取り合いしか生まれません。しかしボールを遠くに投げると、異なるチームであっても同じ方向を向くことができる。

互いに異なる目的を持つ企業に、同じ方向を向いてもらうために、未来を見据えて視線を遠くに投げかける力が必要だと私は考えています。

野城:とてもいい言葉ですね。博報堂が視線を遠くに投げかける力に優れていれば、私たちはその視線の先にあるものに形を与えることに秀でている。これからもいいコラボレーションを期待しています。

【イノベーションの引き金をひくのは「量」】

――これから未来に起きるイノベーションを考えるとき、また自らがイノベーションを志向しようとするとき、企業はどんなことを念頭に置いておくと良いと考えられますか?

野城:かつて私はイギリスの建築家、リチャード・ロジャースの書籍『Cities for a Small Planet』を翻訳したのですが、そこで彼は未来の所得分配のあり方について示唆に富む提言をしています。

ロジャースによれば、産業革命において人は労働過重に苦しんでいました。しかし現代(注:出版年1997年における現代)は労働過小の時代になっている。つまり、モノをつくることによって所得分配を行うシステムが崩壊しつつあるのです。そして彼の主張は、未来においては文化による所得配分が生じてくる、つまり文化的な活動で経済が動く未来が到来することを予見していました。

現代に目を向けてみると、若い世代は車は買わないが旅行は買う。クオリティ・オブ・ライフのために投資するお金がモノから文化に変わってきていることが見て取れます。

宮澤:経済学的に言うと、モノのサービス化は今急速に進んでいるわけで、すべての企業はサービス業になると言い切る人すらいます。

最近はそうした影響もあって、業界の枠組みが大きく変わってきています。かつては車、家電、広告といった具合に業界の線引きがはっきりとしていた。しかし、業界そのものの垣根があいまいになってきています。そのため、既存の業界の線引きにこだわっていては、ダイナミックな変革、すなわちイノベーションに対処できないようになってきている。

そんな現代では、もし仮に新しい業界を生み出すことができれば、一定のイノベーションが成功していると言えるのではないでしょうか?

野城:その通りですね。つまりイノベーションは既存のアーキテクチャを変えるということです。たとえばUberがただの「タクシー配車アプリ」にならなかったのは、既存の要素の組み合わせを大きく変え、産業のストラクチャーそのものを変えたからです。

組み合わせ方を変えるという発想は、まさにデザインシンキングが得意とするところです。
今後は、博報堂と東京大学生産技術研究所だけに限定したプロジェクトではなく、実世界で様々なモノを作っている企業に広く参加してもらいたい。オープンイノベーションに関わる仲間をもっと増やしていきたいですね。そうして成功例を作っていきたいと思っています。成功例はコミュニティへの求心力を生み、次のより良い機会を生み出すエコシステムになります。

宮澤:私は「イノベーションは量」だと思っています。つまりイノベーションを起こすには、トライする量が必要ということです。なので、とにかく量を生む仕組みがここで生まれ、継続されていくと良いなと思いますね。

そうして量を生み出していく中で、ここでしかできない独自の方法論が確立できると良いのではと思います。イノベーションの領域ではスタンフォードが大学が有名ですが、それは一つには方法論としてのデザイン思考を世界スタンダードにしたことにあります。その次がこの取り組みから生み出せるか、それがこれから取り組むべき最重要課題ですね。

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