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棚橋弘至氏×博報堂 藤平達之 大義を誇りに、しなやかに変化を続けるブランドへ

2019.03.12
ブランドと生活者の絆を作るクリエイティブエージェンシー・SIXのストラテジスト/プラナーである藤平達之が、マーケターとして尊敬している新日本プロレスのエース・棚橋弘至氏と対談。
「冬の時代」を打破して新日本プロレスの成長を牽引している棚橋氏の知見と、マーケターとクリエイターという2つの立場でブランドの成長を支援する藤平の知見が交わることで、これからのブランドが目指すべき姿が見えてきた。

ブランドらしさが置き去りになる「統合コミュニケーション」のワナ

藤平 僕は、ブランドの成長戦略を描くマーケターと、アイデアを開発するクリエイターの、両方の立場で仕事をしています。その中で、自分は本当にブランドを成長させるマーケティング戦略を実行できているのかなという感覚がずっとありました。今回は、新日本プロレスを見事に復活させた棚橋さん、つまりマーケティングの実践を成功させた方からお話を聞くことで、いろいろなヒントをいただけるのではないかと思っています。どうぞよろしくお願いします。

棚橋 よろしくお願いします。でも、大丈夫ですか、プロレスラーで(笑)。

藤平 はい、とても貴重な機会だと思っています。早速、ユーザーとのコミュニケーションについてなのですが、昨今、コミュニケーションでさまざまな手法を用いることが一般的になりました。CM、デジタル広告、キャンペーンやイベントなどです。僕らはこれを、「統合コミュニケーション」と呼んでいるのですが、ただ、時に「全部やること」が目的になってしまって、ブランドとして取り組む意味やブランドらしいやり方が忘れられてしまうケースが発生します。棚橋さんは、コミュニケーション手法をとても高度に使い分けている印象があるのですが、どんな戦略があるのでしょうか?

棚橋 前提として「すべてやる」という発想はしていませんね。どこで何がどれだけ響いたかをウォッチして最適なことをするようにしています。プロレスの場合は試合の動員数で判断します。例えば、前回の動員数が300人だったのが、プロモーションを行って400人になったら、ひとまず成功なんです。その新しい100人に来てもらうために、今はソーシャルメディアを活用しています。

藤平 主に新規層に向けてソーシャルメディアを活用する、と。確かにデジタルだと効果測定もしやすいですよね。

棚橋 ただ、それだけでは、近い未来しか見れていないと思っています。そこで活用するのが「リアルな接点」です。その土地へ行ってラジオや新聞、タウン誌などの取材を受けます。ただ、この効果は、遅れて表れます。これを僕は「3年後理論」と名付けました。次の大会のためでもありますが、本当は何年後かの動員のためである。このバランスを大切にしています。

藤平 業務で3年後を見据えることは忘れがちなので、非常に参考になります。棚橋さんは、「人の心に残ること」も上手だと思いますが、何か極意がありますか?

棚橋 今は本当に情報過多で、みんな情報をはじこうとする。だから、プロレスのジャンルから飛び出せる言葉を発信するようにしています。情報をスルーさせない技術が大事になってきますよね。結果、大きなメディアに載って、プロレスに興味がなかった方の目に留まったりもしています。

藤平 僕らも、メディアに注目してもらうことは大事にしています。ただ、メディアに載れば何でもいいのかという問いがあって。ブランドの本質を捉えた上で、それをニュースにしていかないと、ブランドが毀損(きそん)することもあると思います。

「ブランドとユーザーが出会う一瞬」をどう成功させるか

藤平 マーケティングを俯瞰(ふかん)すると「統合発想」が大事なのですが、本当は握手会だったり物販だったり、生活者との接点一つひとつにこだわることも、同じくらい大事ですよね。棚橋さんは「すべてはファンのため」というキーワードを掲げて、接点づくりに注力されている印象なのですが、どんな考えがあるのですか?

棚橋 もともとプロレス好きだったんです。他のスポーツよりファンとの距離が近いから。だから、基本がファン発想なのかもしれません。自分がファンとしてうれしかったことを続けていくのが基本的なスタンスです。例えば、リングサイドのハイタッチとか、サインや写真に気軽に応じるとか。

藤平 なるほど。僕は、アプリやデジタルサービスの開発も担当しています。アプリは使い続けてもらうことが大事なので、ユーザーとの最初の出会いが鍵になります。「オンボーディング(初めて利用するユーザーを定着させる取り組みのこと)」と呼びますが、アプリでいえば起動したときだけに表示される画面4枚くらいが一般的。初めて使うユーザーが「どんなサービスか分かって、ファンになって使い続けてくれること」が目標です。

棚橋 最初の出会いがたったの4枚ですか!?

藤平 プロレスを見る前に延々と前説があったら、ちょっと疲れますよね。でも、いきなりゴングが鳴っても試合に入り込めない。オンボーディングの設計は、そんな感覚と似ています。僕は棚橋さんでプロレスにオンボーディングした人は、かなりの確率でファンになっていると思っています。調査で立証したいくらいです(笑)。

棚橋 それ、これからあいさつに使おうかな。「どうも、オンボーディングの棚橋です」って(笑)。実際に僕は、プロレスへのいい入り口になることを意識しています。だから、プロレスと出会うキッカケを作れるお仕事はどんどんやりたいですね。

藤平 今、ブランドは、ユーザーにいきなり最高の体験を提供しないといけないという難しい時代です。先ほどのお話にもあったように、生活者は情報をはじこうとしますから。求められるのは「出会い方」のマーケティング。サブスクリプション型(一定期間の利用に対して代金を支払う方式)のサービスでは、どんどんユーザーに価値のある体験を提案してファンを増やしていこうという「カスタマーサクセス」(サービスを使い続けてもらうために先手を打ってサービスの課題を解決していく姿勢)がトレンドになっています。棚橋さんは、それを完璧にこなしている印象です。その立ち振る舞いは、どのブランドも参考にするべきだと思いますね。

「映え」追求型ブランドの時代は終わった

藤平 プロレスを見に行くたび、会場が「棚橋コール」であふれていると感じます。なぜ、こんなにもファンに愛されているのでしょうか?

棚橋 僕は、自分を投影しやすいタイプのレスラーなんじゃないかなって思います。ヘビー級の中では体がそれほど大きくないし、アマチュアレスリングの実績もない。いい時と悪い時の波があって、でも、リングに立ち続けていろいろ実現できたアイコンというか。

藤平 それはファンとしても強く感じます。「応援される素地がある」ってことですよね。プロレスラー・棚橋さんを見ていると、自然と応援したり心配したくなったりするのですが、戦略的に設計しているのですか?

棚橋 いや、全部ナチュラルですね(笑)。ソーシャルメディアっていいことだけ発信したいじゃないですか。でも、共感ポイントって、カッコ悪いところや情けないところだと思っていて。「映え」だけを追求する時代は終わる気がします。

藤平 以前は、ニーズを満たす側と満たされる側という関係があったので、「映える」ブランド、要は完璧に感じるブランドが求められていました。でも、生活者の未充足ニーズはかなり減りました。加えて、デジタル化でブランドの姿がどんどん透明にされる中で、マーケティングの主従関係が変わった気がします。生活者が主導できるというか。

棚橋 じゃあ、今はもう完全に「買い手市場」?

藤平 はい、買い手市場だと思います。「ブランド不戦敗時代」とも呼んでいますが、いいところを一方的に発信していても選ばれないんです。そういう市場でブランドのファンになってもらうには、生活者が参加する余白や自分を投影できるポイントがあることが大事だと思います。「おいおい!」っていう突っ込みとか、「それ私も!」っていう共感とか。

棚橋 その点、僕は突っ込みどころしかないです(笑)。棚橋を使ってファンの方々の生活が楽しくなればいいなって、本当に思っているんです。だから、上半身裸でバイクに乗っているところとか、道場で若手とエプロンで料理しているところをアップしたりします。「何も楽しいことがなかった日は棚橋を見てください、毎日必ず何かやってますから」って言っているくらいで(笑)。

守るべき「大義」としなやかに変化する「インターフェイス」

藤平 棚橋さんは新日本プロレスを回復させる中で、「伝統が一番の敵だった」と言われています。振り返ると、ここは守る・ここは変えるという戦略を見事に実行された印象があるのですが、何を基準にしていたのでしょうか?

棚橋 これは100年続く企業さんのパーティーに招かれた時に聞いたんですが、長寿企業には3つの秘訣があるそうです。1つ目は理念がしっかりしていること、2つ目は技術がしっかりしていること、3つ目は柔軟に時代に対応すること。

藤平 なるほど。この3つはとても参考になりますね。

棚橋 新日本プロレスは「ストロングスタイル」という旗揚げの理念があり、道場での厳しい練習で培った高い技術もある。できていないのは3つ目だけだなと。だから、棚橋というキャラクターを活用しながら、どう時代とシンクロしていくかということを考えました。

藤平 ブランドの動きが常に生活者に見えていることは、とても重要だと思っているんです。でも、それはトレンドに乗り続けようということではなくて。ブランドが持つ大義や志を起点に、生活者への「インターフェイス(接し方)」を時代の変化に合わせていくという感じです。ブランドの志に恥じないかどうかをいつも考えながらも、時代に迎合するのではなく、時代とシナジーを起こしていかないとダメだと思うんです。棚橋さんはその手腕が見事です。

棚橋 僕にとってストロングスタイルって、新日本プロレスという店の伝統の味を守っている頑固おやじのイメージだったんですね。プロレスには「PLAY BY EAR」という鉄則があります。お客さんの声に耳を澄ませながら試合をしろということなんですけど、伝統の味を引き継ぎながら、時代に合わせて今の人の好きな料理を創ることができる店に変えたというのが、僕の取り組んだことなんです。

藤平 とはいえ、頑固おやじにもファンがいたと思うんです。マーケティングでは「ゆでガエルの法則」(ビジネス環境の変化に対応することの重要性を説くたとえ話)という失敗のメタファーがありますが、変化のために一気にアクセルを踏めたのはなぜでしょうか?

棚橋 プロレス人気の下り坂をリアルタイムで体験しているので。人気があった「闘魂三銃士」(武藤敬司・蝶野正洋・橋本真也のユニット)がいなくなってかげりが見えてきて、選手もスタッフも一生懸命頑張っているけど、何をしても動員が伸びない。なぜだ、なぜだという日々があったことが、アクセルを踏めた最大の要因です。

藤平 ストロングスタイルを大切にしながら時代に合わせて変化を続けた結果、プロレス人気は盛り上がってきたと思います。でも、棚橋さんはまだ挑戦を続けている。現状に安住しない理由はなんですか?

棚橋 プロレスがまだマイノリティだからですね。金曜20時にテレビで放映されていた時は、もっと多くの方がプロレスを知ってくれていました。そう考えると、無限に伸びしろはある。どんどんアプローチを続けたいです。

大義がブランドの競合設定の視座を上げる

藤平 最後にお聞きしたいのが「競合設定」についてです。僕は競合の設定にこそ、ブランドの持つ大義やクリエイティビティが大切であると考えています。例えば、A社のビールの競合は、B社のビールだけでいいのか。生活者が爽快になりたいと思っているなら、アイスもマンガもプロレスもベンチマークするべきではないのか。業務でも、競合設定を視座高く行うことで、一気に視界が開けることが多いです。

棚橋 なるほど。そう考えると、アイデアやビジネスチャンスが無限に広がっていきますね。

藤平 棚橋さんは、プロレスの競合を格闘技に限らず考えてこられたと思いますが、今のプロレスの競合を一つだけ挙げてと言われたら、それは何でしょうか?

棚橋 難しいけど、「遊園地」ですね。レストランでご飯を食べていても、それぞれがスマホを触ってしまう時代の中で、プロレスは家族というコミュニティ全員で楽しめる数少ないコンテンツだと思っているんです。性別や年齢を問わず。メキシコ遠征に行った時に、小さい子どもからおばあちゃんまで家族で会場に来て、プロレスに熱狂しているのを目の当たりにしたんです。「すごい! 日本でも実現したい!」と感じました。僕は、家族でレストランや遊園地に行ったっていう楽しい記憶があって、そういうのって日本の大切な文化だと思っています。それがなくなりつつあるのも寂しくて。そういうこともあって、やっぱり競合は遊園地かな。

藤平 なるほど、とってもビジョナリーです。これからのブランドの成長には、「マーケターとファン」の両方の視点を持つこと、「強い大義や志と時代に合わせたしなやかな変化」を両立することが大事だなと、今日実感できました。僕も、一つでも多くのブランドと生活者のいい出会いを作っていきたいと思います。本日はありがとうございました。

Profile

棚橋 弘至(たなはし ひろし)
1976年11月13日生まれ。岐阜県大垣市出身。プロレスラー。新日本プロレス所属。1999年10月10日デビュー。「100年に一人の逸材」と呼ばれる新日本プロレスのエース。活躍はリング上にとどまらず、新日本プロレスV字回復の立役者というマーケターとしての手腕が高く評価されるほか、バラエティ番組などメディアへの出演も多い。2018年公開の初主演映画『パパはわるものチャンピオン』のDVD・Blu-rayが発売中。

藤平 達之(とうへい たつゆき)
1991年生まれ。2013年博報堂入社。SIXでは、ブランドとユーザーの双方の視点を行き来しながら戦略・アイデアを作り出すストラテジスト/プラナーとして活躍。主に金融、化粧品、IT企業のデジタルトランスフォーメーションの推進やサービス・プロダクトの開発、それに伴う統合コミュニケーションを担当している。

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