多くの企業コンサルティングにおいて、次々に時代のニーズに合わせた組織変革ソリューションを提供し続けるグローバルな経営コンサルティングファームA.T. カーニー。その日本代表である岸田雅裕氏と博報堂執行役員の安藤元博が本来のオープンイノベーション、マーケティングの核心、そして来るべき2030年に向けた自己変革への思いを、組織、個人の両視点に立って議論して頂いた。変革すること、そして真のマーケティングとは。

マーケティング主導の新しい時代の企業変革

安藤 日本企業を取り巻く経済状況が停滞しているといわれて久しいですね。失われた20年どころか、もう30年になろうとしています。なぜ日本経済は停滞したままなのか、この停滞から脱するためにやるべきことは何なのか。そしてなぜそれができないままなのかを考えてみたいと思うのです。

岸田 企業という視点でみれば、日本で売り上げや時価総額の上位に入っている企業の名前は、昔からあまり変わっていない。でも欧米では常にランキングが入れ替わっています。またランキングに長く残っている企業は、常に変化し続けている。活発なM&Aなどによって、自社に新しい風が常に入ってきている。生き残っていく企業は自ら革新するサイクルを意図的に作っているわけです。

安藤 自社の事業を自ら革新するという意味では、欧米ではGEなどが最も顕著な例ですよね。日本企業は、あそこまで大胆なことはできない。それはなぜだと思われますか?

岸田 僕は日本の企業は、いまだに(江戸時代の)「藩」の感覚なんだと思っているんです。「藩」の中では、みんな同じ言葉をしゃべっていて、外のことはあまり知らなくてもやっていけるという感覚。

安藤 社内で何か新しい分野を伸ばそうとなった時、そのことを十分に知らないとなれば、外の言葉をしゃべり、外の文化を持っていて、自分たちとは違うルールの人たちを取り込まなきゃならない。それは成長のためには絶対に必要な条件のはずなのに、確かに日本企業にはなじまない行為ですね。

岸田 やはり「藩」だからね。たとえば隣に新しい「藩」ができても、「藩」の中のほとんどの人は関心すら持たない。違う言葉をしゃべっているから自分たちとは関係ない、となる。なんか怖いよねってなる。外界を異物視してしまうわけです。しかし、何かを大きく変える時というのは、異物を取り入れざるを得ない。

安藤 たとえば明治維新においては、そういった異物が外圧だったわけです。

岸田 そう外圧。だから日本企業だって変革できないことはないと思いますね。企業にとっての外圧は、外国だけじゃなくて、株式市場の論理でいう、外から来た人(株主や社外取締役)も含まれる。そうした人によって変わったという事例はいくつもありますからね。

安藤 確かにそういう部分はあるとしても、企業自身が主体的に変わることができる可能性、というものにもこだわりたい。そのためにはどうすれば良いのか。そして仮にそれが頭ではわかったとしても、なぜ過去にできなかったのか、ということとセットで考えたいと思うのですが、その辺りはどう思われますか?

岸田 そのことについて、例えば「マーケティング」というキーワードから話しますと、マーケティングマインドを本当の意味で持っている経営者がどれだけ存在するのかということです。

安藤 日本の企業において「マーケティング」が経営レイヤー上で語られるのは、まだまだまれなことです。なぜ「マーケティング」は、企業のトップにとって重要なマターにならずに、ここまで来てしまったのか。
広告会社の立場で様々な企業と仕事をしてきましたが、事業の中心に「マーケティング」概念を置いている会社は、実は少ない、という感触をもっています。「セールス」に従属する行為として「マーケティング」を捉えている場合も多い。例えばCMに有名タレントを起用するとしますね。そのタレントを使うと営業の方たちが喜ぶ、販社の方が喜ぶから、流通のバイヤーが受け入れやすいから、というのが非常に多い。だけどこれは本来の「マーケティング」とはズレがあると思います。企業が提供できるリソースと生活者の顕在的または潜在的ニーズの双方から共創的になされる価値創造が「マーケティング」だと思う。単に目の前のセールスを最大化する行為ということではありません。

岸田 我々コンサルティングの世界では、「コ・クリエーション」といいます。かつては共創することがそんなにうまくなくても何とかやっていけていた時代があった。消費者、生活者、作る側では、圧倒的に作る側の方が商品やサービスをよく知っていて、コントロールが容易だった。しかし今は、生活者の方がその商品やサービスを、作る側以上によく知っている時代になった。作る側が、生活者が喜ぶものを創り出す方法がよくわかっていない時代になってしまったということです。

安藤 実は、今の日本経済や社会の停滞感っていうのは、そういった変化を企業が正面から受け止め損ねていることが原因なのではないかと、僕は思うんです。
企業が、自分たちが「価値があるもの」だと考えているものを生活者に一方的に押し付ける。市場分析だとか消費者ニーズのリサーチだとかをして一応、対応したつもりになっていたりするけれど、自分たちの提供物の「枠組み」は、本当はあらかじめ強固に決められてしまっている。製造のラインや物流、販売の仕組みといったものの固着性があり、それを暗黙の前提として事業が展開されている。
多くの企業が「製造のR&D」と「販売」の2つを基軸にしてやってきた。それが「良いものを隅々まで届ける」使命を果たすことだと信じてきた。しかし時代が変化した今、どうも足りないものがありそうだ。そもそも「良いもの」って何なのか。良いものだと思っていたが独りよがりだったのかもしれない。本当はわかっていないのかもしれない。それを見つけ出し創り出すのが「マーケティング」なのではないか。今、少しずつそう考えられてきているかもしれないと思います。だがそれにしても「マーケティング」がいまさら、なぜそんなに重要なのか。
少し話を変えます。さきほど岸田さんから、グローバルのトップ企業は過去から大きく入れ替わっている、というお話がありましたが、米国のみならず中国も含めて、それらは「情報経済」に属する企業群ですよね。「アトム(原子/物質)経済」から「ビット(情報)経済」へ、といわれている。
日本の場合は、モノづくりの時代から経済社会をリードする企業群に変化がない。ビット経済に立脚するリーダーが不足している。世界的な変化に乗り遅れている。単純ですが、そう見立てていいと思います。

「アイデア経済」が、オープンイノベーションを要請している

安藤 情報経済の特徴は何なのか。Googleのチーフエコノミスト、ハル・ヴァリアンらは「再生産のコストが安いこと」といい、『機械との競争』等の著書で著名なMITのブリニョルフソンとマカフィーのコンビは「有限でないこと/複製の限界費用が限りなくゼロに近いこと」といっています。この特徴のもとの経済では「アイデア」がすべてとなっていく。「物理的な世界の鉱物資源や農地は使えば枯渇するが、電子の世界のアイデアは使ってもすり減ることはない」ので、アクセス可能な無限のアイデアの組み合わせが爆発的に増大し、イノベーションを誘発していく可能性を広げる、というのです。
経済という分野は本来「希少性」を扱ってきた、すなわち限られた財をいかに最適に配分するか、という問いに答えようとしてきた。しかし、情報経済のもとでは財へのアクセスは誰でも自由に、容易にできるようになる。それはたしかに現実的に、Web上のあちこちで起こっていることですよね。ではこの時代、何が希少なのかというと、それは生活者のアテンションだ、という論理を目にして、なるほどと思ったことがあります。消費する人の関心、時間は有限であると。旧来の経済では「求められていて必要だが、不足しているもの」をつくり、届ける、というのが目的だった。けれど、情報経済のもとでは、生活者自身もあらかじめ知っているわけではない、「何を求めているのか」ということ自体を問いかけ、多くの可能性を提示しつつ価値を探し出す、掘り起こすことこそが経済の核心になる。そもそも「何を求めているのか」ということは観念であって、そういう価値は固定的・明示的ではなく、本来あやふやなものです。
情報経済の観点からみてきましたが、僕は、これこそがマーケティングの考え方そのものだと思います。誰が見ても価値があるはずのものをきちんとつくる、という経済から、玉石混交のアイデアの山の中から何が望まれるべきかを探り当てていくような経済に、変わっているのではないか。すこし飛躍しているかもしれません。でもこういった概念は、日本の従来の企業、さらにいえば日本社会の中で、実に軽視されているのかが気になります。正解を出すことが大事と思われすぎていて、間違っているかもしれないがいろんなアイデアを試みてみるのが偉い、という考え方が、日本の社会全体に根付いていないような気がします。

岸田 「よいはさみ」という概念を規定してみましょうか。「よく切れる」機能という方向に向かっていくのもひとつの重要なものかもしれない。特にアトムの経済においてはそうだったと思いますが、ビットの経済においては、「よいはさみ」への解は、別に1つでなくても良いのです。たとえば、「机の上に置いてあるとかっこいい」はさみ、「使っているとアイデアが出てくる」はさみという概念があってもいいじゃないか、ということです。

安藤 「よいはさみ」の背後には、いろいろな概念があるかもしれない。しかし、切れていたはさみを、もっと切れるものにしましょう、という一本道のうえに「イノベーション」が考えられていはしないか、という懸念があります。オープンイノベーションもそう理解されているのではないかと疑いを持っているのです。僕は、使えないかもしれないアイデアを爆発的に生成拡散させるという過程なしに「イノベーション」はないのではないか、と思う。

岸田 FacebookやGoogleも、何かを突き詰めた結果ではない。ただ面白いかもしれないという発想だけでやってきたわけですしね。

安藤 価値創造というものは、価値として成り立つ「可能性」を多様に世に問うていくという過程抜きに語れないものだという気がしています。それは実は広告会社の営みそのもので、一人の広告人として自分が考えてきたことです。「良いかどうかわからない。でも、ひょっとすると良いかもしれない」ということをたくさん見つけていく。それをいっぱい考えて、問いかけていくことが重要なのではないかと思っています。
なぜ今、オープンイノベーションが重要視されているのか。その一つの答えはアイデアの経済になっているからで、アイデアの組み合わせの範囲がどれだけ広いかということ、多様性がとても大切な経済になっているからです。同質化してはいけない。そうなると、企業が企業である必然性も実は薄くなってきているのかもしれない。今後、いまある企業の形態も大きく変化していく可能性が、理論的にはあり得ると思います。

岸田 それは我々の業界では、到来する日が近いでしょうね。情報ネットワークが進化していくなかで「取引費用」は極めて下がっていくし、アイデアを持っている人が一番偉いという方向に時代は向かっている。

学び直しこそ、自己変革と成長の原動力だ

安藤 どの企業の経営レイヤーも、来るべき2030年のことは考えていると思うのですが、明らかに今よりもソフトウェア化し、サービス化していく、それはほとんどすべての産業でいえるだろうと。となれば今後、仕事の仕方や評価、育成、採用の仕方のすべてが変わるはずです。

岸田 今のAIなどによるテクノロジープレーヤーって、数学でたとえると、答えがある方程式はどんなに難しくても解けるっていうレベルだと思うんです。そうするとやっぱり、僕ら人間がやるべきことって、人間が絡まないとできない連立不等式があって、今のままだと解けない問題に取り組む事だと思うんです。どこにも解はないっていう式を解かなきゃいけない。そんな時は誰かを動かして、この連立不等式の条件を何か変えなきゃいけなくなるのです。それは、意思があって熱意がある人間にしかできないことだと思います。多分僕らの求められる能力ってすごく変わっていくと思うし、そうでなければ、大体のことはAIがやる時代になるだろうから。

安藤 確実に、そういう時代になりますね。

岸田 僕ら同時代のビジネスに関わるすべての人間は、かなり、存在意義を変えていかなきゃならない。そのために、僕らは明日、来年と、どのぐらい自分を変えておくべきかについては、今すぐに決めなきゃいけない問題だと思います。単一の考え方もまずいし、副業的なダブルトラック、トリプルトラックみたいな考え方もあっていい。どういうパッションを持った人を企業に入れるかっていうのは、まさに考えどころですね。

安藤 だんだん追い込まれているわけですよね。

岸田 そう思いますね。だから、長期で考えればみんな変わるというなら、変わる側にいる方が勝率は確実に高い。先に動いた人が全部勝てるかどうかまではわからないけれど、追い込まれて後退するよりは随分有利ではあると思います。だから僕らが一番考えるべきは、学び直す姿勢ではないですかね。数年タームぐらいで一から学び直すという習慣を持っている人はこれからの時代、強いと思います。

安藤 一般に企業の中で、学びという行為が不足しているように思います。若い人ということでなく、マネジメント層、経営層に。自分の過去の成功体験で何もかもが決められるはずがない。明らかにこれまでと違う何かが起きているという時に、それは学び直しをしない限り、絶対にもたない、と自戒しないといけない。

岸田 テクノロジーに使われる側になってしまったら、その時はもうお払い箱なんですよ。そういう意味では、かなり再教育的に自分を変革するしかない。それが新しい時代のあたりまえになっていくのだろうと思いますね。

安藤 最後に、岸田さんは「クリエイティビティ」とか「クリエイティブ」という言葉について、どういう定義をされていますか?

岸田 今までに全くなかったものを創るということは、今後もうほとんどないと思っています。これからは組み合わせの時代。違った視点で捉えられるという小さなクリエイティブを続けていかないと、大きなクリエイティブも存在しないと思っています。

安藤 それを実行する場合、発想しようとする原動力とは何なのでしょう?

岸田 僕の場合は“人と違っていたい!”という単純なモチベーションですね。

安藤 僕なりにそれを言い換えれば「これ、面白いよね」ってことじゃないかと思います。日本の企業の中において、面白い、面白くないという概念と儲かる、儲からないは別だとされていることが根本にあるような気がするんです。でも、これは人と違う、「面白いよね」が儲かること、圧倒的な成長につながっちゃっていたりするというのが今の世の中、情報経済の姿ではないか、というのが僕の仮説です。
事実として、先程お話に出たグローバルのトップ企業ランキングにおいても、日本企業は圧倒的に遅れちゃったわけです。これはもう明らかな事実としてあるわけで、何でそうなったかという分析を冷静にやるべきではないかと。
つまり「お前の言うことは面白いが、それは儲からない」というのが今までの文化であって、「すいません、今は変わっちゃっているんです、面白いことをいっぱい考えるヤツの中から、儲かってるのが出てくるんですよ」ということを認められるかどうか。そこがクリアされれば、自ずと変わっていくのではないでしょうか。

岸田 そういう意味でいえば、企業だけが責められるのではなくて、生活者の立場での僕たちも、何が自分にとって楽しいかを追求していかないといけない。提供する側じゃなくて、それを買うとか使うとかという側の視点で、「こんなのつまんないじゃん」とか、もっとはっきり言う。そして、周りの常識から外れていても、既成概念に入りきらないものであっても、空気を読むことなく、自分の基準で「面白いじゃん」と言ってみる。むしろ、わからないことを面白がるくらいの方がいいんじゃないか。

安藤 現在の「失われた20年」という状況は、この後10年変わらないかもしれない。でもそれではつまらないですよね。これは僕らが相対している顧客企業に対しても言い続けなければいけないし、コンサルティング会社も広告会社も同様に、自分たち自身の問題でもあるという認識も必要ですね。

岸田 すべて自分たちの問題ですね。他人に言っている場合じゃなくて。

安藤 他の企業、クライアントに「あなたが変わらなければダメですよ」って言っているけれど、完全に私たちの業界の方が、早くそうならなくてはいけないことが求められていると思っています。だから他人に言っている場合ではない。

岸田 自分たちの方が変わらないと、クライアントの企業体質も変わらない、と痛切に思いますね。

岸田 雅裕
1961年生まれ。松山市出身。東京大学経済学部卒業。ニューヨーク大学スターンスクールMBA修了。パルコ、日本総合研究所、米系および欧州系コンサルティングファームを経て、2013年4月A.T. カーニー入社。著書に『マーケティングマインドのみがき方』『コンサルティングの極意』(ともに東洋経済新報社)がある。

安藤 元博
1988年博報堂入社。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effctivenss(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。ACCマーケティングエフェクティブネス、カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル(メディア部門)等の審査員を歴任。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』(共著)(日経BP社)等。東京大学大学院・学際情報学府修了(社会情報学)。