博報堂ブランド・イノベーションデザインが、エッセイストで編集者の松浦弥太郎氏とスタートさせたインナーコミュニケーションプログラム「じぶんのきほん」。「働き方」に注目が集まる中、「じぶん」を主語に社会や会社との関係性をデザインするとは? 松浦弥太郎氏と、博報堂ブランド・イノベーションデザイン(以下、HBD)副代表、兎洞武揚にききました。

「じぶん」を真ん中に置いて、会社と社会を考え直してみる

−まずはじめに、「じぶんのきほん」がどういったプログラムなのかおしえてください。

兎洞:「じぶんのきほん」というのは、社員の方が、自分と会社との関係や、もっと言うと自分と社会との関係をもう一度考え直してみようというプログラムです。「行動指針」とか、英語で言うと、「バリューズ(VALUES)」の領域に近いところですね。昔は会社が行動指針を決めて、社員はその価値観に合わせてくださいという考え方だったと思うのですが、「じぶんのきほん」では、自分を真ん中に置いて会社と社会というものを考え直してみる、というのが特徴です。

松浦:僕は以前『100の基本』という本を書いていて。それは、これから先、自分がどのように社会と関係性をつくっていくのかと考えたとき、自分の中のベーシックとか、自分が大切にしていることは何だろうということを深く考えて、一度アウトプットしてみようと考えたからなんです。これまではいかに自分を社会に適応させていくかということが一つのコミュニケーション能力とされていたのですが、自分が適応していくだけの一方通行的な関係性に若干の疑問を持っていたんですね。それは、おそらく世の中のムードとしてあったんじゃないかなと思っていて。
そうしてアウトプットしたものを俯瞰で見ると、自分のプラス要因みたいなものが意外と発揮されていない。要するに、世の中にかみ合ってなかったことがわかったんです。それは社会が悪いわけではなくて、自分自身がアウトプットしてなかっただけなのだなと。自分のビジョンとか何かモワモワッとしたものを一つ一つ言語化してみることで、社会との関係を自分でデザインするという、ある種の“自立”を実感できたんですね。
これまでは終身雇用というのが一つのコミットの仕方でしたが、世の中はすごく変わってきていて、そうじゃない関係性の持ち方がたくさんある。自分自身を知ったうえでそれを役立ててもらうとか、終身雇用以外のフルコミットの仕方が、これからの新しい働き方につながるんじゃないかと思っています。

−HBDでは以前からインナーコミュニケーションプログラムを手がけていましたが、企業からのニーズは高まっていると感じますか?

兎洞:マネジメントをする立場の方や、組織のビジョンを共有するような役職の方たちは、以前はどうやって社員をグリップするか、離脱をどうやって防ぐかを考えていましたが、最近はもう会社が全部面倒をみるという時代じゃなくなっているんですね。社員にも自立してほしい。そのためにはどうしたらいいですか?と、相談の視点が少し変わってきているのを実感します。企業の側も働く側も、自分が中心になって関係性をデザインする力が問われてきている。いま、「働き方改革」とかいろいろ言われていますが、あれは単に時短の話ではなくて、自分らしい働き方をどうつくっていくか、自分と会社の関係をどうつくっていくかということなので、まさにそういうニーズは増えてきていると感じます。

松浦:チームとかグループとか、会社としてのカルチャーに重きが置かれていた時代から、いまはもう、人格だったり、個の持っているカルチャーが尊重される時代。これだけ多様性、多様性と言われ、いろいろな人がいていいですよね、それを認めましょうという世の中だと思うのですが、でも実際どうやって認めればいいのかというと、方法はあるようでないんです。その一つが、「じぶんのきほん」になると考えています。自分の働き方とか、社会との関係性をデザインしていくサポートができれば、新しい価値をどんどん生み出せると思うのです。

−ふだん、自分にとっての価値について深く考えたことのない参加者でも、2日間のワークショップで言語化できるものなのでしょうか。

松浦:僕が最初にするのは、例えば、強さとか正しさみたいなものはどういうことだと思いますか?という話なんですね。そうするとみなさん、規則正しい生活とか、嘘をつかないとか、ポジティブな要素を思い浮かべる。でも本当は違うと思うんです。人間の弱さとか、背負っているものとか、消すことのできないネガティブなものこそが人間らしさであり、実は美しさとか強さとか正しさをつくっているのだという話をさせていただくんです。わかりやすく言うと、誰しもコンプレックスはありますよね。そのコンプレックスが実は自分の中のすごく大きなエネルギーになっていたりする。でも、それを誰にも言う必要もないし、他人からはわからないかもしれない、でも、それを愛してあげましょうよという話をするんです。そうすると、ちょっと心が開きはじめるというか、みんなオープンになってくる。
そういうふうに2日間の時間をかけて、ゆっくりアウトプットしていくと、自分が変わっていくのがわかるんです。自分が変われたら、会社も変わる。会社も変われば、その会社と世の中との関係性も変わって、いままで気づかなかった価値を見つけられるモチベーションになるんですね。

兎洞:実は、僕ら「じぶんのきほん」チームでも「じぶんのきほん」を実践しているんですよ。そうすると、仕事とはまた違った面でお互いのことがわかって。深く理解し合ったうえで、また仕事を進めることができる。結構うまくやっていると思っていたチームでも、あ、彼のあの行動はそこから来ているんだとか、いろんな気づきがあるんですよね。自分たちがやってみて、やっぱりいいプログラムだなと思えました。

−個人の働き方だけでなく、チーム・ビルディングにも生かせるプログラムなのですね。

兎洞:まずは「じぶん」というのを大事にするのですが、その先は、じぶんを大切にした者同士の人間関係ですよね。そこまで行けば組織でいろいろ使っていただくことができると思います。自分がしっかり確立できると、そこから本当の関係性がつくっていけるじゃないですか。

松浦:僕はずっとぼんやり思っていたことなのですけど、「詳しい」というのがこれからの時代の一つのキーワードになると思っていて。まず、自分に詳しい。それからチームのメンバーに詳しくて、会社に対しても詳しいというふうに、一つ一つ詳しくならないと、最終的に世の中に詳しくなれないというか。僕は何かコミットのステップとして非常に大事だという気がしているんですね。全部に詳しくなる必要はないのです。でも、せめて最初は、自分に詳しくなるということが、ある種のストレスをなくすことでもあるし、健康的なことだと思っています。
このプログラムは繰り返しできるんです。自分というのは常に変化するわけですよね。だから、半年先、1年先、自分というものの精度が高まっていく感覚や、自分が変わっていくのを楽しんでほしいし。成長ってそういうことだと僕は思います。

兎洞:いまの話をきいて改めて思うのですけど、僕、弥太郎さんと一緒に仕事をさせてもらって、本当にリスペクトしているというか、いいなと思うことがあって。すごく届く言葉を編み出しながらやっていっているという感じがあるんですよね。博報堂は広告の会社なので、コピーライティングとかそういう領域は強いのですが、何かちょっと違うんですよ。例えば、さっきの「自分に詳しくなる」という言い方もそうですし、極めつけは、「ひみつのやくそく」。このプログラムでは自分のことを一つ一つ言語化して、アウトプットすることを「ひみつのやくそく」としています。普通だったら「じぶんの宣言」とか「マニフェスト」とか言っちゃうところが、「ひみつのやくそく」ですもんね。

松浦:すべてをあからさまにすることは、僕にとってはやっぱりちょっと抵抗があるし、違和感がある。そういった中で、秘密ってすごく大事な気がして。秘密にしておくことってたくさんあるべきだし、人の秘密を受け入れるということも大事。ここにちゃんと言語化されてアウトプットしているのだけれども、人が立ち入らないある種の境界線をつくるべきだと思ったんですね。秘密のくせにアウトプットするという矛盾もあるんですけど(笑)。

−プログラムの中に「旅行記」というものがありますが、これはどういうものなのでしょう?

松浦:このプログラムの最後に、僕自身がその企業とどう向き合ったのかということを何らかの形でアウトプットしないと終わらないなと思ったんです。要するに、一人一人にサンキューレターみたいなものを書かせていただくんですね。その会社の人たちが気づいてないチャーミングさとか、すばらしい出来事とか、旅行へ行って、そこに住んでないからこそ知ることができたすばらしさみたいなことを、一人一人にお便りとして残すことが、このプログラムの最後のコミュニケーションかなと思ったのです。ただ、それがある種のフィードバック的なことだとちょっと違和感があったので、「旅行記」という形にさせてもらいました。

兎洞:この「じぶんのきほん」チームが船で航海をしながらいろいろな企業さんを訪ねて、そこで見たり聞いたりしたことを残していく。そういう航海をイメージしているんですね。その企業の価値とか文化を弥太郎さんの視点から知っていくということと、一人一人が自分の行動指針を考えるということ。ブランドのVALUESと行動指針を、何か新しい形で組み換えるという仕組みになっているんです。

−今後、どういった企業に取り入れてほしいなど要望はありますか?

松浦:例えばITのベンチャーとか。極論を言うとテレワーク等で、顔と顔を合わせなくても済む働き方もあると思うのですが、まだ様々な問題はあると思うんですよね。そういう新しい働き方にチャレンジしているところに役立てていただける気がしますね。

兎洞:まさしく新しい働き方。副業とか、インディペンデントにプロジェクトベースでいろいろな仕事をやっていくとか、そういう人たちとお仕事をする企業にもおすすめですね。もちろん、伝統的な企業でもマネジメントに苦しんでいる。変にベタベタするとか飲み会をやるとかではなく、本当の意味で自立した者同士で、関係の質を上げていくというところにも絶対に意味があると思います。

松浦:あとは、企業だけじゃなくて、例えば学校。専門学校生とか高校生とか、進学・就職する前にこういうプログラムを一回やってみるというのもいいかなと思います。自分の何かをアウトプットするということは、これからの時代に絶対必要なので、ある種の訓練というか経験というのは一回踏んでおくべきかな。唯一のアウトプットが履歴書だけというのは非常に残念ですよね。

兎洞:履歴書も「じぶんのきほん」を書く欄があるといいですよね。「じぶんのきほん」社会インフラ説(笑)。このプログラムが普及してもらうことは一つの目標ですが、意味合い的には、一度自分を見直して、そのうえで信頼関係で結ばれた仲間と仕事をしていくことが、本当に当たり前になっていけばいいなと思っています。

◆プロフィール

松浦弥太郎

1965年東京生まれ。エッセイスト、編集者。十代で渡米。アメリカ書店文化に触れ、エムアンドカンパニーブックセラーズをスタート。2003年、セレクトブック書店「COWBOOKS」を中目黒にオープン。2005年から『暮しの手帖』の編集長を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。現在は(株)おいしい健康・共同CEOに就任。ユニクロとの協働サイト「LifeWear Story 100」の責任編集を手掛ける。「今日もていねいに」「考え方のコツ」「100の基本」他、著書多数。

兎洞武揚
博報堂ブランド・イノベーションデザイン 副代表

1969年生まれ。筑波大学卒業。1992年、㈱博報堂入社、マーケティング業務に携わる。2002年より、博報堂ブランドデザインにおいて、ビジョンの自分事化や組織の関係の質を高めるインターナルな組織開発の実践を担う。企業の今後の在り方として、経済インパクトと社会インパクトの双方を創出する進化に強い関心を持ち、2011年、企業、行政、NPO、アカデミアなど、マルチステークホルダープロセスによるソーシャルイノベーションの実践プロジェクト「bemo!」を立ち上げ、現在に至る。 主なプロジェクトとして、フードロスチャレンジプロジェクト、未来教育会議、かいしゃほいくえん、SDGs OPEN 2030 PROJECT、未来を変える買い物 「EARTH MALL」など。