4月22日、日本フィルハーモニー交響楽団の主催で開催される「耳で聴かない音楽会」。博報堂は、筑波大学准教授でメディアアーティストの落合陽一さん率いるピクシーダストテクノロジーズとともに、テクノロジーを活用した新しい聴覚補助システムを開発しています。
(ご参考:http://www.hakuhodo.co.jp/archives/announcement/45283
昨年「ORCHESTRA JACKET(オーケストラジャケット)」の開発でも協業した落合陽一さんと博報堂、そして日本フィルという異色のコラボレーションが実現した背景や、“聴覚障害のある方も楽しめる体験型コンサート”というまったく新しい形のコンサート設計にあたりこだわった点、今後の展望などについて、落合陽一さん、日本フィルの山岸淳子さん、博報堂の宇佐美雅俊にうかがいました。

一つのツイートから始まったプロジェクト

山岸:
もともと日本フィルでは、コンサートだけでなく教育活動や地域活動を通して、音楽の感動をさまざまな方と共有するための活動を展開してきたのですが、その中でも今回「耳で聴かない音楽会」が実現に至った背景には、大きく二つの出来事がありました。

日本フィルハーモニー交響楽団の山岸淳子さん。

一つは、落合さんと宇佐美さんが昨年4月に発表されたオーケストラジャケットを私自身が体験してみて、すごく感動したこと。展示会で試着させていただいたんですが、これはすごいなと衝撃を受け、落合さん、宇佐美さんとぜひ何かでご一緒できないかなと思っていました。二つ目は、デフサッカーの仲井健人選手もオーケストラジャケットを体験していて、SNSで「気づいたらリズムに乗っていた」「音楽に親しみのない僕らは欲しいなって終始言い合ってた」とその感想を語っていらしたこと。ご本人にお会いし、改めてそのときの感動をうかがって、これはぜひコンサートの形で実現させたいと思ったんです。

きっかけとなった仲井さんのツイート。

宇佐美:
このツイートを落合さんにも共有し、昨年の秋頃からプロジェクトが本格始動しました。そもそもオーケストラジャケットは世界に二つしかないですし、簡単に量産できるものでもありません。かつ体験するためには運営面で人手と時間がかかるという問題もありました。じゃあどうしようかという議論からスタートし、「空気で風船を振動させ、それに触ってもらえばいいのでは」と打合せで盛り上がって、風船だったら材料費もかからないし、たくさんの人に体験してもらえるねという話になり、そこからイメージを膨らませて「SOUND HUG」を新たに開発しました。「SOUND HUG」はオーケストラジャケットの簡易版ともいえるもので、テンポとリズムを振動と色の変化で感じられる風船型のデバイスです。聴覚障害のある方には、これを抱きかかえるように持っていただいて、名前の通り“音を抱きしめる”ことでコンサートを体験していただくことになります。

落合:
また、今回のコンサート設計には富士通さんにもご協力いただいています。Ontennaという装置なのですが、かつて科学技術振興機構(JST)の身体多様性に関するプロジェクトでご一緒したご縁で、普段から障害者の音楽環境整備のためにさまざまな取り組みを行っている本多達也さん(富士通)にサポートしていただくことができました。

山岸:
正直、ステージ上のミュージシャンにとっては、実際に体験してみないと一体何をやるのか想像がつかないのではないかなと思います。これまでも支援学校などでたくさん演奏はさせていただいてきましたが、聴覚障害がある方はその一部でした。今回は初めて、主な対象が聴覚障害のある方となるので、どんな風に感じていただけるかまったくわからないですし、非常に楽しみでもありますね。

本コンサートのために新たに開発した「SOUND HUG」。色も音に合わせ変化する。

面白い!楽しい!と感じてもらえるための工夫が必要 モノクロだった世界に色があふれるような感覚を味わってもらえたら

落合:
実は「耳が聞こえない」という言い方自体に語弊があって、彼らの多くが視覚でいうところの乱視のように、ものがぼやけて見える部分がある、というような状態なんですね。そうすると、“聞こえる”コアな部分だけで周波数帯域が聞こえた場合、それが果たして曲として成立するのか?というところが未知数なわけです。逆に言うとそれは、曲として成立しないものをその帯域で聞いたとして、果たして楽しくなれるだろうか?という疑問でもある。モザイクがかかったような、ぼやけた部分があったとして、そのままの状態で聞いて面白いと感じられるかどうか。そこが鍵だと思っています。

宇佐美:
この音域は聞こえる、聞こえないというのが人それぞれですしね。そういう課題については、筑波大学附属聴覚特別支援学校の山本カヨ子先生や生徒の皆さんにご協力いただきながら、現在フィードバックをいただいているところです。

落合:
おそらく生徒の皆さん、興味深いとは思ってくれていると思うんですが、僕らが頑張って詰めないといけないのは、いかに「興味深い」から「楽しい」に昇華させられるかの部分。会場でも、おそらく半分くらいの方には、大勢でひとつのものを実現しようとする、その一体感のようなものを面白がっていただけるのではないかなとは思うんです。それをどう生かすかが鍵なのかなと。

筑波大学准教授でメディアアーティストの落合陽一さん。

山岸:
おっしゃる通りで、私も心理的な部分はとても大きいのではないかと思います。そもそも、聴覚障害があるために、音楽に触れる機会、興味関心を持つ機会がほとんどなかった方も多いと思うんです。そんな方々にとって、こうしてみんなで一緒に聴く場を体験することで、何か新しい一歩を踏み出すことにもつながればいいなと思います。

宇佐美:
非常に象徴的だなと思ったのが、ある媒体の取材で「SOUND HUG」体験の感想を聞かれた聴覚障害の女性が、「モノクロの世界だったのが、色が入ってきたみたいに、鮮やかな世界になる」と答えていたこと。これを全員に感じていただくことができたら、本当にすごいことだなと思います。

博報堂の宇佐美雅俊。手前にはオーケストラジャケットの装置が並ぶ。

新たな挑戦に寄せられる期待 聞こえる人と聞こえない人が、より近づきあえる機会になるといい

山岸:
音楽業界の方からは、まず落合さんと日本フィルとの初コラボレーションということと、聴覚障害のある方を主な対象にするということで、どちらもいままでにない試みとして非常に高い関心を持っていただいています。

宇佐美:
一つの目的に向かって、さまざまな人たちが能動的に、このプロジェクトに集まってきてくれて、プロジェクト自体が雪だるま式にぐんぐん大きくなっているのを感じますね。

落合:
反響ということでいうと、恐らく科学技術振興機構(JST)を見ているような人は関心が高いと思いますし、それ以外にも、純粋に今まで見たことがないものを見てみたいという人も多いと思う。実は、ダンスミュージックの音楽プロデューサーであるマーティン・ギャリックスが手掛けた「コンサート・フォー・デフ」など、過去にも同じようなことに挑戦した人たちはいるんですね。でも我々はおそらくそれらとはまた全然違うロジックで動いている。さまざまな特徴ある音色を持つ楽器が集まり、響きあうというオーケストラの特性、あるいは美学といったものを、いかにテクノロジーで表現するかを考えているんです。聞こえることが当たり前ではない状況のなかで、オーケストラの奥深い魅力までも理解できるようなエッセンスを探っていく作業をしているともいえる。非常に面白いチャレンジですね。

山岸:
オーケストラの300年の歴史、メディアとしての在り方……。そういったことまでも落合さんが理解したうえで問題意識を共有してくださっているので、私たちとしても、ここから一緒にオーケストラの可能性をもっと追求してけるのではないかと信じています。

宇佐美:
ちなみに今回のコンサートでは、実際にオーケストラジャケットを着て指揮体験ができるコーナーも用意してます。自分が指揮棒を振った通りにオーケストラが演奏し、楽器ごとの音をすべてマイクで拾い、それがリアルタイムでオーケストラジャケットから聞こえてくるという仕組みです。

山岸:
できるだけビビッドな感じでやりたいですね。障害のある方が、ライブの音楽を自分でコントロールして自分のテンポでリアライズしていただくというのも今回の大きな目玉です。

落合:
繰り返しになりますが、「普段聞いたことのないものをこんな風に感じられて興味深い」とか「耳の聞こえる人にとってどうやらオーケストラは楽しいらしい」といった感想を持たれてはだめだと思うんです。わかる、のレベルから脱皮して、音楽を楽しんでいただけたらいいですね。

山岸:
私自身、このプロジェクトを通して聴覚に障害のある方を非常に身近に感じるようになりました。音楽を通して、またテクノロジーの力を借りて、互いがより近づきあえる機会にできたらいいなと思っています。

宇佐美:
きっかけは仲井健人さんの一つのツイートで、そこからここまで活動が広がっていっている。僕自身もそうですが、こういった活動が広がることで、たくさんの人にいままで知らなかった世界を知ってもらったり、考えてもみなかったようなことを考えるきっかけにしてもらえればすごく嬉しいです。