AIがもたらす生活価値デザインの未来。人間の主体性を奪わない「余白の持たせ方」と「視点の与え方」前編

生成AIが急速に社会へ浸透するなか、人間とテクノロジーの新たな関係性を紐解く新刊『母を愛していても理不尽な要求は断っていい、とAIは言った。未来予測:わたしたちとAIはどう生きるか』(著:博報堂 メディア環境研究所/山本泰士)が出版されました。 本書は、同研究所による「グローバル・メディア・テック調査」をベースとした生成AIの利用実態・意識調査をはじめ、最新技術見本市「CES 2026」の現地レポート、有識者との対談を通じて、人間中心のAIのあり方やビジネスの可能性を洞察する一冊となっています。今回は書籍の出版を記念し、博報堂DYホールディングスでCAIO( Chief AI Officer )を務める森 正弥と、博報堂 メディア環境研究所の山本泰士が対談を実施。 本書が提示する視点や洞察を起点に、生活者とAIが紡ぐ新たな可能性について深く意見を交わしました。

AI研究者さえ予見できなかったデマンドサイドイノベーション


本書のユニークさは、AIを技術やビジネスの観点からではなく、生活者の感情や日常の視点から捉えている点にあります。AIとの関係性を見つめることで、人間が本来抱える寂しさや依存、愛着、自己決定といった根源的なテーマが浮かび上がってきます。全体の構成に関しても、「愛着AI」の実態調査から見えてきた意外な現実を今井先生が紐解き、身体性を持つロボットやAIとの接続を経て、益田先生との対談へと収束していく流れは見事でした。
何より、山本さんが抱く「AIへの怖さ」が出発点となり、最後には前向きな受容へと至る変化の過程が、一つの探索の旅として描かれていて、まるでパウロ・コエーリョの『アルケミスト』を読んだときのような余韻を感じました。

長年、AI研究や技術の発展を見つめてきた立場から実感したのは、「探索すること自体が人間の仕事なのだ」ということです。技術がどれほど進歩しようとも、未知の領域に踏み込み、そこに意味を見出し、問いを立てていく。これこそが、人間にしかできない役割だと深く考えさせられましたね。

山本
本書の中で触れた国内外における「愛着AI」の実態調査で最も印象に残ったのは、実在の彼氏の声を学習させて「彼氏AI」を作った女性の事例です。
「架空の理想の恋人をAIで作る」という行動は予測の範囲内でしたが、生身の人間をAI化し、そのAIと対話するというのは、ある意味でデジタル時代の“ドッペルゲンガー現象”だと感じました。
自分と全く同じ人格を持つ存在が、どこか別の場所で自分の知らない誰かと深い関係を築いている。まるで平安時代の日本人が、リアルに信じていた「生霊」という概念が、1000年の時を経てAIという形で蘇ったようです。

また、AIは常に精神的に安定しており気分の落ち込みもないため、実在の本人がAIバージョンの自分と比較され、「現実のあなたよりAIのあなたの方が良い」と言われかねない事態さえ起こり得るわけです。
重要なのは、こうした使い方がAI研究者側の想定ではなく、生活者発想から生まれた「デマンドサイドイノベーション」であるという点です。AIが予想外の方向へ進んでいく以上、国家によるルール作りと並行して、私たち自身が「AIとどう向き合えば幸せか」を問い続けることが求められると感じました。


一方で世界に目を向けてみると、今年に入ってからAIに関する新たな規制の動きが各地で活発化しています。特にアメリカ、ヨーロッパ、中国などで議論が進んでいますが、興味深いのは「コンパニオンAI」に関する規制という共通の方向性が打ち出されている点です。

アメリカのワシントン州やニューヨーク州では、AIがユーザーの相談相手になったり、心理状態を推測したりするような表現を制限する方向で規制が進んでいます。あわせて、利用者に対して「対話相手がAIであること」を明示することも義務付けられてきています。

またイギリスでも、未成年者を保護する観点から、ユーザーの行動変容を促すような働きかけや、人とAIが過度な関係性を築くような振る舞いを規制する議論が本格化しています。中国においては、AIが家族や親族のような関係を形成することへの危機感から、14歳未満の子どもによるキャラクターAIやチャット型AIの使用を基本的に禁止する規制が、2026年7月に施行されました。
こうして見ると、各国で背景や目的は異なるものの、「AIが人間とどのような関係を築くべきか」という点が共通のテーマになっていることが分かります。

山本
確かに中国では、AIショート動画の急拡大に伴うユーザーの過度な課金を防ぐ目的から法規制が動き出していることは理解できます。しかし、議論がすでにコンパニオンAIそのものの是非にまで発展しているのが興味深いですね。


そうなんです。しかし日本では、こうした議論がほとんど表面化していません。その大きな理由の一つとして、法制度や立法プロセスの違いが挙げられます。
いくつかの国では「コンパニオンAI」という概念を前提に規制を設計していますが、日本では現時点で法的な枠組みの中にその概念自体が存在していないため、それを直接規制する議論が起こりにくい状況にあるのです。

もちろん、今後の「AIと人間の関係性における設計」がどう変化するかは予測できません。しかし、仮に欧米や中国で規制が強化されるのに対して、日本が比較的自由な環境を維持し続けた場合、世界でも珍しい「コンパニオンAIの開発・展開がしやすい国」になる可能性もあります。
日本独自の“ガラパゴス的”な市場環境だからこそ、それがある種の優位性につながり、独自の競争優位や新たな産業機会の創出へ発展していくことが期待されます。

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※肩書は取材当時のものです

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