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集金のキャッシュレス化で、お金の流れをなめらかに
エンペイ x HAKUHODO Fintex Base
(連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.8)

2021.12.03
#テクノロジー#フィンテック
近年様々なフィンテックサービスが登場し、日常的に利用する人も増えています。フィンテックサービスに関する生活者の意識・行動の調査研究を行うプロジェクト「HAKUHODO Fintex Base(博報堂フィンテックスベース)」のメンバーが、フィンテックを支える多様な分野の専門家とともに、新しい技術によってもたらされる新たな金融体験や価値を考える記事を連載でお届けします。
第8回となる今回は、保育園・幼稚園・学校などの集金業務支援サービス「エンペイ」を提供している株式会社エンペイ 代表取締役CEOの森脇潤一さんと、HAKUHODO Fintex Baseの山本が保育園・幼稚園の集金業務の実態や課題、キャッシュレス化によって実現できること、今後の展望などについて語り合いました。

株式会社エンペイ 代表取締役CEO/Founder
森脇 潤一氏

HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長
山本 洋平

キャッシュレスで、集金に関する業務をなくす

山本
私と森脇さんはキャリアで重なっているところが多いんですよね。森脇さんも以前博報堂に在籍されていたことがあって、その後転職された企業が、私の前職と同じ会社で。先日あるスタートアップのイベントに登壇された森脇さんのプレゼンを拝見して、ビジネスもとても興味深いうえに、個人的な共通点も多く、お話ししたいと思っておりました。
「エンペイ」のサービスは2020年11月に開始されたとのことで、ちょうど一周年ですね。どのようなきっかけで立ち上げられたのですか?

森脇
起業前に在籍していた会社で、アドテク(アドテクノロジー)やSaaSを使った新規事業の開発を担当する中で、保育園・幼稚園の業務を支援するSaaS事業の立ち上げに携わりました。その事業と「エンペイ」の開発を通して、日本で最も多くの保育園・幼稚園に足を運んだのではないかと思うくらい通ったのですが(笑)、その際、先生方が園児の親御さんから集金袋を受け取っている場面を何度も見ました。集金袋を預かり、入っているお金を確認して、記録を付けて……と全て手作業で行っていらして、これは大変な業務だなと思いました。そこで、集金をキャッシュレスにできれば、集金に関する業務をゼロにでき、先生はその時間を他の業務に当てられると考えたんです。

山本
たしかに、想像するとものすごい作業量ですよね。

森脇
そうなんです。私自身も子どもを授かり、保育園に預けるようになって、封筒にお金を入れて渡す当事者になりました。毎月2,450円を茶封筒に入れて持っていくのですが、私はほぼ現金を使わない生活をしているので、財布には現金が入っていないんです。ですから、集金袋に入れるためだけにお金をおろして、細かいお金を作るために買い物をして、といった手間が毎回発生して、保護者も大変だなと実感しています。

山本
私も全く同じ状況です。子どもが2人いるのですが、1人当たり毎月4枚の集金袋があるんですよ。仕事から夜遅くに疲れて帰った時、妻から「集金袋に入れる50円がないから、コンビニで買い物してくずしてきて」と言われて、「今からか~」とげんなりしたことが何回もあります(笑)。

幼稚園の集金袋

森脇
本当にそうですよね。園の先生も親御さんも大変な思いをされているとわかったことがきっかけになって、集金業務を支援する「エンペイ」を開発しました。

「エンペイ」のアイデアを思い付いたとき、これで起業すれば成功できるだろうなと思ったのですが、一方で、一度サービスを作ったら途中でやめるわけにはいかないので、本当にやり続けられるのだろうかという不安もあり自問自答していました。あらためて起業の目的を考えていた中で、「集金をキャッシュレス化し現場の負担を減らすことで、組織の生産性も上がり、それによって世の中のお金の流れがなめらかになるという好循環が生まれて、お金に困る人を減らすことにもつながるのではないか」という想いにいたりました。そうすれば、例えばコロナ禍で困っている個人事業主の方がすぐに融資を受けられない、子どもが学校や塾に行きたくてもいけない、といった問題がなくなっていくはずです。私自身、奨学金を受けて大学に行ったので、お金を借りられることのありがたさをよく知っています。そこで、「エンペイ」のようなサービスを作り、少しずつ拡大していって、最終的には困っている人にお金をお貸しする直接金融にまで行き着きたい、と考えて起業を決心しました。

必要なのは、現状の課題に気づいてもらうこと

山本
たしかに集金がキャッシュレスになったらすごく楽になりそうだなと想像できるのですが、そもそも保育園・幼稚園の先生方は、集金業務の負担を減らしたいしたいと考えていらっしゃるんでしょうか。

森脇
とても重要な業務ですし、長年その方法でやってこられていますので、今までのやり方を改善したいとか、他に適切な方法があるとはあまり考えていらっしゃいませんね。

山本
その意識を変えることは難しいと思うのですが、どのようにされているのですか。

森脇
これは過去にサービス開発をした時の経験が生きていまして、圧倒的に改善できたという実績を作り、実感してもらうことがとても大切です。「エンペイ」も正式リリースの前に、5つの園でテスト導入を行いました。その結果、先生の作業量は大きく減り、保護者の方にも楽になったと喜んでいただけました。園の方からは「利用料を払って引き続き利用したい」と言っていただくことができたんです。

山本
テスト導入で結果を出したのは素晴らしいですね。どのくらい経った頃に園は効果を実感したのでしょう。

森脇
検証では、ある程度の期間を経て効果が出てきた、というわけではなく、導入後すぐに園の方から「すごくいいです」と言っていただけました。そのため、検証期間の間で、より効果が出るように商品のチューニングをすると同時に、オペレーション体制の整備や、営業用の説明資料の作り込みといったこともしっかりと行いました。
その結果、正式に「エンペイ」をローンチした時には、園の課題をしっかり認識して営業できるようになっていました。生産性が上がるといった効率性をお伝えするだけでなく、「封筒でお金を預かると、先生方の心理的負担も大きいですよね……」と、何より先生方の気持ちに寄り添うことで信頼していただけるようになりました。

山本
なるほど、園の課題や現場の負担に向き合って、丁寧に準備を進められたからこそ、当初から受け入れられたのですね。
導入のハードルになっていることなどはありますか。

森脇
先ほどお話したことと重なるのですが、やはり意識をどれだけ変えていただけるかがポイントですね。集金業務をあえて改善する必要はない、と考えておられる施設もまだたくさんあります。いろいろとお伝えして、まず現状の課題に気付いていただくことが必要です。課題をしっかり把握していただければ、それを解決するためのソリューションはご用意していますので。

山本
集金業務の負荷が減れば、先生は教育活動により注力できますね。

森脇
そうなんです。請求書や明細書を作って、保護者の方に配布して、集金袋を集めて、中身を確認し、数十円・数百円足りずに確認し直す……といったことを毎回やるわけです。集計するとだいたい足りないんですよ。ですので、また足りない分を集める作業があって、お金が集まったら銀行に持っていき、締めの作業をする。本当に大変な業務です。これを先生がやらなくてはいけない合理的な理由はありませんよね。「エンペイ」を活用すれば金額の相違は100%起きないので、こういった業務はすべてなくなります。

歴史を作る先兵になる

山本
支払う側としても、いついくら払ったのかという記録が残るのはうれしいと思います。私も封筒を渡すとき、金額が間違ってないかなど不安に感じるときがありますので。
実際に、園から保護者にはどのように通知されて、保護者はどんな方法で支払うのでしょう。

森脇
集金する場合は、園側が管理画面に項目と金額を入力して送信すると、LINEを介して保護者に通知が届きます。支払い方法は、クレジットカードとLINE payに加え、コンビニ払いにも対応していて、クレジットカードとLINE payはクリックすれば支払い完了です。コンビニ払いは、現金払いしかしないという方向けにご用意していて、園には一銭も現金がないようにするためです。

山本
LINEで連絡がくるのはすごくいいですね。私の子供が通う幼稚園も、連絡は全てLINEです。デジタルに強くないという方も、LINE経由で通知が届くのであれば抵抗が少ないのではないかと思います。

森脇
おっしゃるとおりで、デジタルに抵抗があったり、わざわざ新しいアプリを入れたくないという方もたくさんいらっしゃいますので、あえて「エンペイ」専用アプリを作らず、ほとんどの方のスマホに入っているLINEを活用する方がいいだろうと考えました。
ただ、今後は専用アプリ上で請求から集金までを完結させる構想もあります。また、保護者の方にとって一番便利な支払い方法を選んでいただくために、さまざまなQRコード決済のプラットフォームからも支払えるようにするなど、手段を増やそうと思っています。

山本
現状では、支払い方法の比率はどのようになっているのでしょう。

森脇
75%がクレジットカード、18%がコンビニ払いで、残りの7%がLINE Payです。ただ、11月からQRコード決済の種類を増やすので、割合は大きく変わるだろうと思っています。

山本
我々HAKUHODO Fintex Baseはいろいろな定点調査を行っているのですが、その一つとして現金派かキャッシュレス派かを聴取しています。2019年2月時点では約半分が現金を使っていたのですが、21年2月には33%まで減りました。キャッシュレス派が大きく伸びていて、その中で特に利用している人が多いのがQRコード決済です。19年2月には1.7%だったのですが、21年2月には14.4%まで増えました。コロナ禍の影響もあるかと思いますが、キャッシュレス化は確かにどんどん進んでいます。

森脇
政府もキャッシュレスの普及を後押ししていますし、広がっていくのは間違いないですよね。20年先には恐らく現金はほぼなくなっていると思います。
社内でよく、「我々のサービスは、仮に自分たちが作らなかったとしても、10年後には誰かが同じサービスを作っているだろう」と話していて、いずれ必要になるなら我々が歴史を作る先兵になろう、と言ってるんです。競合サービスはまだありませんが、1社で独占するような市場ではないので、競合が現れることは気にしていません。むしろキャッシュレス比率を高めるために、市場を盛り上げるプレイヤーが増えてくれればと思っています。

集金におけるマイナスの業務をゼロに

山本
今後サービスを拡大していくことは考えていらっしゃいますか。

森脇
はい。小学生の子どもがいる社員によると、小学校でも集金袋で現金を持っていく機会は多いそうなので、小学校でも我々のサービスを使っていただけるのではないかと思っています。他にも学童施設や習い事など、集金袋で現金を集めているケースは今もたくさんありますので、そのようなところで活用いただけるようにしていきたいと思います。

山本
教育関係以外でも「エンペイ」は利用できるのでしょうか。

森脇
特定の会員向けに集金を行っている事業体であれば、教育関係以外でもご利用いただけると考えています。例えば、家賃の回収や新聞の集金、それから保険の掛け金も、一部では営業の方が加入者の家を回って集金しているケースもあるようですし、介護のデイサービスも現金の手渡しが一般的です。

山本
確かに現金で集金しているケースはまだたくさんありますよね。さまざまな現場で集金関連の作業がなくなれば、生産性の向上につながって、お金の流れもよりなめらかになりそうです。
それから、創業当時から寄付活動もされているのですよね。

森脇
はい、創業時から子ども支援関連のNPO法人に一定額を毎月寄付しています。教育現場を支援する事業を展開していることもあり、未来を支える子ども達を何かしらサポートができないかと考えて始めました。

山本
それは本当にすごいですね。創業当時は収益もまだ安定しないですし、開発コストや営業コストもかかる中、なかなかできないことだと思います。

森脇
もともとお金儲けしたくて起業したわけではなく、やりたいことがあって、それが自然に起業につながっていったという経緯からかもしれません。ただ、会社は社会の公器なので、立ち上げた以上はしっかり存続させなくていけないと思っていますし、寄付の金額はまだまだ少ないですが、少しずつ増やしていかれたらと思います。

山本
お話をうかがっていて、お金の流れをなめらかにするということは、心をなめらかにすることにもつながることがよくわかりました。

森脇
ありがとうございます。一度「エンペイ」を試していただいた保育園・幼稚園にサービスの継続意向を聞いたところ、「使い続けたい」と言ってくださった割合は95%でした。「なぜ今までこういうものがなかったんだろう」といった声をいただくこともあります。今後も、集金業務において困っていること、無駄なことといったマイナスの段階にあるものをゼロにしながら、お金の流れをなめらかにする支援をしていきたいと思っています。

山本
日常生活のなかで疑問を抱かずに行っていることは、まだまだ数多く存在すると思います。集金に関する業務もそのひとつで、氷山の一角に過ぎないはずです。アナログ業務のDX化がビジネス潮流になっていますが、お話をうかがって、実はどの業務にフォーカスをあてるかという選択眼を持つことがとても重要だと感じました。我々も、DX化は手段であるということを念頭に置きながら、生活者のなめらかな体験をさまざまな企業とともに実現していきたいと思います。
本日はありがとうございました。

森脇 潤一(もりわき・じゅんいち)氏
株式会社エンペイ 代表取締役社長CEO/Founder

広告会社を経て、大手メディアサービス会社でAdTech、SaaS、FinTech等、新規事業開発を担当。社内新規事業提案制度でグランプリを獲得。子育て支援SaaSの責任者として事業成長を牽引しEXIT。
経済産業省「グローバル起業家等育成プログラム,2016」シリコンバレー派遣メンバー。

山本 洋平(やまもと・ようへい)
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長

新卒で外資系大手SIer入社。その後、大手メディアサービス企業にてネット業界ブランディングに従事、総合広告会社を経て現職。システムからクリエイティブ・事業と振り幅の広いスキルを最大限に活かすフィールドを求め、博報堂に転身。現在は、通信・自動車・HR・Fintechとあらゆる業種を担当し、事業視点からのマーケティング戦略を策定するストラテジックプラニングディレクターとして活動。JAAA懸賞論文戦略プランニング部門2度受賞

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