THE CENTRAL DOT

「2030年、旅ってどうなっているんだろう?」第7回/UNIVERSITY of CREATIVITY主宰 市耒健太郎さん【後編】

2021.09.27
2030年には「旅」というものはどうなっているのでしょうか?
アフター・コロナの時代は、旅の仕方も、好みも、大きく変化していくことでしょう。
さまざまなジャンルで活躍する人たちに「2030年の旅(いまからだいたい10年後)ってどうなっているのか?」「その時に、大事な人に旅を贈るとしたら、どんな旅をつくる?」という話をwondertrunk & co.代表の岡本岳大がお伺いします。

前編はこちら

主客体を美しくほどくような瞬間へ

岡本
話は戻りますが、健太郎さんが最初に南アフリカに行った時の景色や色彩って、いまも鮮明に覚えていますか。

市耒
かれこれもう30年になるけど、昨日のことのように覚えているよ。

岡本
ぼくは、普段は気にも留めないけどふとした瞬間に「死」を思い起こすことがあって、そうすると感覚が研ぎ澄まされるというか、世の中がより美しく見えるような気がしてるんです。というのも、実は以前、血液のガンに罹り、会社を1年半くらい休んでいたことがあって。全身の血を全部入れ替えることで治癒したんですが、体内の免疫細胞が一度全部死んでしまったんで、しばらくは入退院を繰り返していました。

市耒
え、本当に?それは知らなかったです。

岡本
入院中は薬の副作用で髪も抜けた状態で無菌室で過ごすんですが、桜の時期、そこから見える桜がいつもとは違った風に見えたんです。なんとも表現できない美しさ…生命の美しさを感じたというか。芥川龍之介の言う「末期の目」で見るから自然が美しい、というような感覚です。あの感覚をもう一度味わいたいといつも思っているんですけど、なかなかないですね。山伏修業をやったときとか、コロナでずっとステイホームが続いた後久しぶりに公園に行った時は、近い感覚を覚えましたが。

市耒
・・・それはすごいな。まさに言葉にならない超越体験でしょうね。

岡本
何かのきっかけで感覚の扉が開いた時に、死とか命の循環、巡っていく季節といったものを感じることができると、それは自分の心の芯、脳随に深く入っていく…。そういう体験があるんじゃないかなと思ったんです。

市耒
岳ちゃんが無菌室から見た桜の景色は、すごすぎるな。もしかして主客体すら融解している感じなのかな。もしかしたら臨死体験と山岳信仰をなぞらえる修験道も近いところがあるかもしれないし、芸術家が「ゾーン」と呼ぶようなものも共通の感覚があるのかもしれない。旅もそうだけど、人生には、写真には記録できない記憶というか、意図できないタイミングで自分が世界と同化しちゃうかのように感じる忘れられない感覚があるよね。自分と世界がすっと重なって、主客体を美しくほどいていくような、ゆだねられる感覚が。ぜったいに写真には撮れない景色が、そこにはある。

リベラルアーツの結集として旅そのものを教育にできないか

岡本
旅の可能性という意味で、いま健太郎さんが特に関心のあるテーマはありますか?

市耒
ひとつは子供っぽくて恐縮ですがシャケ。数年前、お仕事でシャケのドキュメンタリーを撮らせてもらったんですけど、北海道の噴火湾の渓流で生まれたシャケが、孵化して稚魚になって、海に戻って暖流に乗ってハワイやカリフォルニアやアラスカまで行って、世界を3万キロも泳ぎきった後に、また生まれた自分の川にちゃんと戻ってきて、ぼろぼろになりながら遡上していくのを撮影してたのね。その時のシャケの顔がどうも忘れられないんだよね、そのワイルドなんだけど高貴な表情が。

ぼくはよく「エコ・エゴ・エロ」と言うんだけど、人間はとにかくエゴの記号性が強いでしょ。でも自然界は、生命欲求と種を繁栄させる環境をつくっていて、エゴはいっさいなくて、ものすごく強いエコ(社会性)とエロ(生命性)だけで成立している。その美しいカオスみたいなものを、なにかのヒントにできないかなって思っているんです。

岡本
面白いですね。

市耒
旅でいうと、現代の教育についてもよく考えます。ぼくはヒッピーみたいな親に育てられたから自然と都会を行き来しながら、文字通り野放しというか、自由に育ててもらった。今の子供を見ていると、いちばん多感な時期に、教室とか塾に閉じ込められて先生の一方的な話を聞き続けたり、夜まで「藤原鎌足が何年に生まれたか」を記憶させられるなんて、めちゃくちゃナンセンスだなと思ってる。たとえば子供が星に興味があれば、八ヶ岳にキャンプに行って、夜空を見上げながら旅人算やケプラーの法則を学んだ方がいいでしょ。旅には決まりきった教育の枠にとらわれない学びを提供できるような可能性がある。

岡本
確かにそうですよね。コロナ前、海外から来てくれたぼくらのお客さんにもミレニアル世代のファミリーもいましたが、教育的な意識が高く、旅の目的はレジャーだけではありません。おしなべて世の中の事象に対し関心が高く、時間もお金もかけて学ぼうという意識が強い。ぼくらは彼らのような層を「Educated Traveler(旅の経験が豊富で、学びの要素を重視する旅人)」と定義しています。

市耒
アメリカやヨーロッパにはギャップイヤーのようなシステムがあって、大学進学や就職の前に1年くらいブラブラできるからね。旅こそリベラルアーツの結集だという認識がある。だってアート、文学、社会学、ガストロノミーから経済学まですべてを旅から学べるんだよ。自分の足で世界の地面に立って、ほっつき歩いていろんな体験をして、自分の人生と世界を深い呼吸で見つめ直す。すると、どんな局面でも、借り物ではなく自分の血肉になった言葉で話せる。そういう言葉は若い子のでも重力がある。やはり日本の受験やシューカツを考えるとレール的な弊害が大きすぎるよね。

岡本
16世紀に行われていたグランドツアーも面白いなと思います。家庭教師を連れたイギリス貴族の子どもたちが、フランスやイタリアなどヨーロッパ大陸を数カ月から数年かけて回り各地の文化や言語を学ぶというもので、立派な当主になるための勉強の総仕上げをするという意味があった。近代の富裕層旅行の原点という見方もできるし、現代に通じる人生勉強の旅の象徴的なものです。教育と旅というのは切っても切り離せない関係という気がします。

市耒
未来の旅ということでいうと、ぼくは「発酵醸造未来フォーラム」という文化創生イベントをやっているのですが、世界の「菌ツアー」に興味があります。ぼくらの体は60兆の細胞からできているけど、そのうち免疫細胞は2兆あってその9割が腸にいる。だから病気も美容も性格もそれに影響されているといわれているくらい。ビオワイン、ぬか漬け、発酵肉と絡めたおいしい学びのツアーを企画
したいです。酒蔵も醤油蔵も、昔ながら超一点物のマエストロ系と、ステンレスに囲まれて化学反応の管理をきわめる科学系に二分されてきました。菌ツアーでは、一番古い伝統と最先端の科学、まさに最高のアート&サイエンスに発酵醸造では出会えるんです。

岡本
そういえばちょうどいま、琵琶湖近辺の鮒ずしのつくり手にお世話になっていて、福井、敦賀あたりから京都へと至る鯖街道の辺りの発酵文化を、新しい旅のテーマとしてリサーチしているところです。

市耒
旅で世界を刷新しようとしている岳ちゃんと一緒になにかやれると面白そうだよね。微視的な視点と巨視的な視点の旅がこれからの時代をつくっていく。自分の細胞のために旅をするのが微視的視点の旅だとしたら、10万年前の地球を体感するような巨視的な旅もいい。菌ツアーやろうよ。よく菌未来って言ってるんだけど(笑)。

岡本
あはは(笑)。縄文も発酵もぜひ一緒に何かやりたいですね。
すでにたくさんの旅のアイディアを語っていただきましたが、最後に改めて、2030年くらいに自分でやってみたい旅、あるいは誰かに贈りたい旅などはありますか。

市耒
人生そのものを旅と考えているひとと、人生の中の旅と考えているひとは違うよね。
本当にコロナはだれにとっても大変な時代だけど、遠隔でできることとできないことを見きわめたことによって、人類の生き方が「旅するように生きる」という可能性へと広がっていると感じています。特にクリエイティブクラスはこれからどんどんトライバル化していくはずです。今後、オフィスという物理的な屋根の意味はなくなります。デザインやエスキースやアイディアをぶつけあった方がいいクリエイティブな作業は、もっと集中的に会ってするようになる。でもそうでないときは物理的に一緒にいる必要はない。農業をやりながらでも都市のプロジェクトに参画できるし、発想を自由にするための企画作業は、極端なことをいうと旅をしながらでもいい。コロナはけっして悪いことだけじゃなくて、ぼくたちの働き方と生き方のパレットを大きく広げてくれていると思うんです。そんな創造的な生き方を支えるためのテックがこれからどんどん出てきます。GPSとバイオメトリックサーヴィスとクラウドを自由に使うことができれば、デザイナーの創造性をもっとも高めてくれるための「アートのような企画旅」なんて設計できるはず。旅と人生。どっちが筆で、どっちがキャンバスかすら分からなくなるような、ね。

市耒 健太郎
UNIVERSITY of CREATIVITY主宰

株式会社博報堂にてCMプラナーを経て、クリエイティブディレクター。デザインと次世代クリエイティブを融合する「恋する芸術と科学」ラボ設立。カルチャーマガジン「恋する芸術と科学」編集長。これまでの特集に「新しい世界制作の方法」「モノヅクリはモノガタリ」「君の言っていることはすべて正しいけど、面白くない」「エコ・エゴ・エロ」「Tokyo River Story」「非言語ゾーン」「食のシリコンバレー|JOZO2050」。発酵食べ歩きフェチが乗じて発酵醸造未来フォーラム代表。UNIVERSITY of CREATIVITY主宰。http://uoc.world

岡本 岳大
株式会社wondertrunk&co. 代表取締役共同CEO

2005年株式会社博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。国際観光学会会員。

FACEBOOK
でシェア

TWITTER
でシェア

関連するニュース・記事