感覚の旅 第5回
「感覚」がひらく、AI時代の創造性
~博報堂・人材開発室と考える生活者発想のみらい~

デジタルやバーチャル、AIが生活に深く入り込み、日常の多くが“画面越し”に完結するようになった今、生活者はあらためて身体性を伴った自分の感覚で得られる体験を求めるようになっています。
Humanity Labは2026年9月、体験型プログラム「感覚発想Workshop」の提供開始を発表しました。今回はこのプログラムを取り入れて研修を実施した、博報堂DYホールディングス グループ人材開発室(以下・人材開発室)室長の坪井克諭と荒井自如と共に、AI・デジタル化が進む現代の人材開発にとって、感覚と身体性が持つ可能性を探りました。
「非日常」の入口をつくる
金:人材開発室では、人材育成において、何を大切にしているのでしょうか?
荒井:例えば、私たちが取り組んでいる「カルチャー創生コミュニティ」は、生活者発想を真ん中に置いたプログラムです。博報堂DYグループのさまざまな会社から30人ほどのメンバーが集まり、9カ月かけて活動しており、今年で4年目の取り組みになります。生活者発想を学ぶだけでなく、実践して自分のなかに取り入れること、そして会社の枠を超えた対話とつながりを生み、グループ全体に良いカルチャーを創りだしていくことを大切にしています。
金:生活者発想を、知識として学ぶだけでなく、自分自身のものにしていくわけですね。
荒井:生活者発想は、本来「自分」と「世の中」の両方を見る幅広さを持ったものです。けれども、皆さんと接すると「自分」の側が弱くなっている人も多く見受けられます。客観的なデータを分析した上で、自分はどう思うのか。生活のなかで持った違和感を仕事にどう活かすのか。「仕事でこういうことをしてもいいんだ」という感覚や自信を掴んでもらうために、普段の業務から離れた「非日常」の入口をつくろうとしています。
金:その非日常をつくる1つが今も机の上にある法螺貝なんですか?
坪井:私はプライベートで山伏の修行をしており、法螺貝は、もともと山伏が山中での合図や儀礼に使ってきたものです。私自身、法螺貝の音が人の意識やその場の空気に与える影響を感じてきました。研修でも、法螺貝を吹くことで、参加者が普段の仕事の延長線上にある意識から少し離れ、自分の感覚に目を向けるきっかけになればと思っています。
荒井:坪井さんにプログラムのイントロで法螺貝を吹いてもらうことがあって、今年度の初回もそうでした。参加者からは「まず法螺貝を聞いて『普通の研修と違うぞ』と思った」という声があがっていました。みんなの心が一回ほぐれて、「こんなに自由でいいんだ。じゃあ自分を出していこう」という感覚につながっていたと思います。
坪井:今年度はそれを受けて、ラップで自己紹介してくれた参加者も出て、個性あふれる場になりましたね(笑)。

金:なるほど。単に参加者を驚かせるためではなく、音を通じて普段の意識から離れ、自分の感覚に立ち返るきっかけをつくっているのですね。「自由に発想してください」と言葉で伝えるだけでなく、身体で感じることから場の空気が変わっていくというのは、とても興味深いです。
坪井:こうした場づくりは、このプログラムだけではありません。30代のグループ会社社員を主な対象とした「Growth Action Program(GAP)」では、イノベーションの現場に足を運ぶ「イノベーショントリップ」を行っています。今年の訪問先のひとつは、長崎の五島列島で、浮体式洋上風力発電やドローン物流の現場を体感してきました。
また「カルチャー創生ラボ(通称:京大ラボ)」では、月に一回京都に足を運び、京都大学の出口康夫教授とともに、企業哲学としての生活者発想を探究するなど、哲学対話を重ねています。現地での対話はもちろん、行き帰りの新幹線で、その日の議論を考えたり振り返ったりする時間も、ラボメンバーにとって大切な機会になっているみたいです。
荒井:非日常の「行為」を体感してもらうことに加えて、いつものオフィスから物理的に一度「離れてみる」ことも、普段とは異なる気づきにつながると感じます。
AI時代だからこそ、自分の感覚を大切に。
金:AIやデジタル化が進んだ今、こうした身体的な体験や、自分自身と向き合うことの価値は変わってきているのでしょうか。
坪井:人材開発室でもAIやデジタル化に対応する取り組みを行っていて、荒井さんには全社員を対象とした実践型のAI研修も担当してもらっています。リモート会議が普及して移動時間を有効に使えるようになったのは便利ですし、すでに関係性ができていれば、リモートでも十分に打ち合わせができます。
ただ、リアルな場で顔を合わせ、身体性や感覚も含めて信頼し合い、分かり合うことも大切です。もともと博報堂には、タウンウオッチングのように現場に足を運んで刺激を受けたり、KJ法を用いて本質を考え抜いたりするカルチャーがありました。デジタルも含む様々なメディアや情報源から得られる二次情報だけではなく、現場で一次情報を感じ取り、自分自身を掘り下げてゼロ次情報を見出す。それが創造性や発想の源泉になります。

荒井:私自身、AIにもデジタル化にもポジティブです。ただ、それらが普及したことで、現場での体験や自分自身の掘り下げが自然発生しにくくなっているとも感じます。30分刻みでミーティングが入るような毎日のなかでは、よほど意識しないとオフィスの外へ一次情報を取りに行ったり、自分の感情を掘り下げたりするのが難しいのではないでしょうか。
坪井:検索技術が発展し、AIも調べてくれるようになって、「必要な情報は座っていても手に入る」と感じがちです。でも、感覚的な情報や現場の情報のすべてが、データ化され検索できるようになっているわけではありません。だからこそ、リアルな実際の現場で五感を使って感じたことを、自分の判断の中心に置いてほしいと思います。
金:情報をたくさん集めるだけでなく、それを自分がどう感じたのかまで含めて考える。「情報の自分ごと化」とも言えそうですし、生活者発想にもつながりますね。
坪井:そうした気づきを、非日常の場で得るだけで終わらせず、日々の仕事にも活かしていきたいですね。一度の体験で何かがすべて変わるわけではありませんが、そのきっかけはつくれると思っています。
感覚から発想する、新たな試み。
金:人材開発室が大切にしていることと、Humanity Labが取り組んできた感覚の研究は、重なる部分が多いと感じます。さまざまなアプローチがあるなかで、感覚から発想する体験に関心を持っていただいたのは、なぜだったのでしょうか。
坪井:社員のクリエイティビティを引き出そうと考えたとき、発想法やフレームワークを活用するアプローチももちろん大事です。ただ、そこで大事になってくるのが、一人ひとりが感じたことや感覚をベースにするアプローチで、オリジナリティは個々の感覚や感受性の違いから生まれるはずです。
荒井:はい。「カルチャー創生コミュニティ」のキックオフに、まず生活者発想について座学とグループディスカッションを行い、その後に感覚発想Workshopを体験する流れでした。
金:今回のWorkshopでは、まず瞑想で自分を整え、ビールのおいしさを増幅させる音楽「CROSSMODAL : BEER」を体験して、感覚の驚きを味わってもらいました。それから自分の手で鉛筆を削り、スマホやパソコンではなく手書きで書いてみる。さらに、音で発想を刺激する「HASSO SOUND」と、人間の感覚特性を活用した発想ヒント集「Humanity TIPS」を使ってアイデアを考え、グループで発表してもらいました。
荒井:今年の「カルチャー創生コミュニティ」では、感覚発想Workshopが加わり、オフィスにいながら普段とはかなり違うことを行い、自分の感覚が変わる体験をしてもらえたのがよかったと思います。

金:私たちも、生活者発想における感覚の役割を改めて考えるきっかけになりました。自分が何をどう感じているのかは、普段なかなか言葉にできません。でも、科学的な研究を手がかりに、自分自身の感覚に気づき、捉え直すことができる。そうした感覚への気づきを、新しい発想につなげていくことが、Humanity Labにできる貢献の一つではないかと感じています。

スキルと感覚の掛け算で、人の可能性を広げる。
金:今回は発想の場での取り組みでしたが、人材開発という視点から見ると、感覚にはもっと広い可能性がありそうですね。
坪井:仕事上必要なスキルは、心が揺れ動いているときでも発揮できないと困りますよね。でも、どんなときも同じように力を発揮してほしいなら、人ではなくAIに頼んだほうがいい、とも言えます。むしろ感情が揺れ動くことを前提に、「こういう条件やタイミングだからこそ、爆発的にスキルを発揮できる」というようなことがわかってくると面白いですよね。スキル開発を、感性や感覚との掛け算で考えるアプローチもあり得ると思います。
荒井:スキル開発では「どう学んだか」に意識が向きますが、学んだ後にどう発揮するか、ということにも目を向けられそうです。
坪井:例えば、プルースト効果を狙って、研修中に常に香りを焚いておいて、あとあと思い出したいときに同じ香り焚いてスキルアップ、というやり方はあるかもしれないですね(笑)。
荒井:研修が終わった瞬間から薄れていく記憶を、五感を使って呼び起こすというアプローチができたら面白そうです。

金:感覚発想Workshopは、「それぞれの場所に持ち帰る体験を提供できる」という、生活者発想の枠組みにおける価値もあると思いました。 また、人材開発室が、「人同士が場や感覚を身体的に共有する」ことを大切にして研修をつくっていることが実感できて、Humanity Labの活動の意義もより強く感じられました。
坪井:感覚や感性は「人らしさの由縁」ですから、博報堂にとって必要不可欠な研究領域だと思います。仕事のための空間づくりをしている方から聞いた話ですが、仕事が合理的だからといって、働く場所まで合理的にしてしまうと、つまらない場所になって人が来たくなくなるそうです。仕事の枠のなかだけで考えると、仕事はうまくいかないんですね。
同じように、「生活者発想」という形で、「ビジネス」のなかに「生活」というもっと大きな枠を取り込んでいるのが博報堂の面白さです。Humanity Labの活動にも、仕事を超えた可能性がある。そこにポテンシャルを感じますし、僕が好きなところです。
金:感覚は、仕事と生活をつなぐ入口にもなり得るものだと思います。研究を土台に、その入口を広げていけるよう、これからも取り組んでいきます。本日はありがとうございました。

※肩書は取材当時のものです

坪井 克諭
博報堂DYホールディングス グループ人材開発室長
1997年博報堂入社。入社以来、自動車/食品/飲料/情報機器/トイレタリー/通信/教育など幅広い領域のマーケティング戦略立案を担当。2007-2013年は中国広州の海外拠点に駐在。2016年に約10カ月の育休を取得し、育児をしつつ保育士の資格も取得。2024年からグループ人材開発室に異動となり、2025年より現職。共著に『SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』(宣伝会議)。

荒井 自如
博報堂DYホールディングス グループ人材開発室
2012年に株式会社博報堂へ入社。ビジネスプロデュース職として飲料・日用品領域を担当後、生活総合研究所、2度の産育休を経て現職へ。現在は研修の企画・運営に加え、博報堂DYグループ横断のコミュニティ型研修を担当。対話型鑑賞をはじめ、アートやさまざまな体験を媒介とした場づくりを通じて、一人ひとりの想いや価値観を引き出し、多様な視点が交わる人材・組織開発のあり方を探っている。

金 じょんひょん
博報堂生活者発想技術研究所/Humanity Labリーダー
2024年より生活者発想技術研究所。研究・技術にクリエイティブをかけ合わせ、新たな体験を創造する業務をメインに従事し、プロダクトやサービス、研究開発を幅広く取り組む。書くを楽しむボード「Write More」やビールのおいしさを増幅させる音楽「CROSSMODAL : BEER」、呼吸するクッション「fufuly」などを開発。CES Innovation awardsを始め、Innovative Technologies、d&adなど、国内外で受賞多数。日本バーチャルリアリティ学会理事。