自由があふれる時代の「ちょうどいい不自由」のつくり方|若者研究所『自由過多』出版記念インタビュー

博報堂の若者研究所が8月に出版した『自由過多 「なんでもできる」時代を迷わず生きる技術』。クォーターライフ・クライシス(20代半ばから30代前半にかけて訪れる、漠然とした不安や焦り)に着目し、若者たちとの対話からその要因や乗り越え方を探る一冊です。 「仕事は嫌いじゃない。人間関係も悪くない。なにかが欠けているわけではないはずなのに、『このままでいいのだろうか?』という思いが、消えない…」そんな漠然とした不安の原因を「自由過多」と捉えた筆者ふたりに、この本に込めた想いをききました。

山崎茜 若者研究所 研究員 / 生活者発想技術研究所 研究員
ボヴェ啓吾 若者研究所 代表 / 生活者発想技術研究所 上席研究員
「若者による若者のための若者論」がつくりたかった
-はじめにお二人の自己紹介と、若者研究所の活動について教えてください。
ボヴェ:2007年に博報堂に入社して、マーケティングやブランディングの仕事を中心に続けてきました。2019年からは若者研究所での活動もスタートし、代表を務めています。
若者研究所は、大学生を中心にした学生研究員とともにさまざまなテーマについて議論し、時代の空気や人の価値観の変化を探究する組織。そこで得られた知見をクライアントの商品開発やブランディングなどに活かすといった活動も行っています。
山崎:私は2022年に新卒で入社して、一年目から若者研究所の活動に参加していました。はじめはブランドコンサルティングを行う部署に所属していたのですが、いまは若者研究をはじめ、生活者発想のための研究開発を専門にしています。
-今回このテーマで書籍を出すことになったきっかけは?
ボヴェ:編集者の方からクォーターライフ・クライシスをテーマに書籍を出しませんかとお話をいただいたんです。そのとき、これは「若者による、若者のための若者論ができるかもしれない」と感じました。
これまで大人世代に向けて「いまの若者はこう考えていますよ」と伝える本や、大人が若者世代になにかを説くような書籍はあっても、「若者による若者のための若者論」は意外になかった。
若者研究所としても、彼ら世代の意見を世の中に活かすだけでなく、なにか若者のためになるアウトプットをして還元したいという思いがありました。この本を書くにあたっては、若者世代当事者である山崎さんに中心になってほしいと考えて、実際ほとんどのパートを彼女が執筆しています。

-依頼を受けたときの山崎さんの率直な感想は?
山崎:私自身、仕事やプライベートに対する不安について同世代の友人と話すことも多いですし、まさにクォーターライフ・クライシスど真ん中。テーマ自体はとても共感できました。取り組む意義があるなと思う反面、本当に私が書いていいのだろうかという不安もありましたね。とても複雑な問題に対して「どう乗り越えればいいのか」のヒントを提示する本にしたかったので、悩みながら手探りではじめたというのが正直なところです。
「不安」と「自由」が結びつくという発見。「自由過多」は社会の話にできるキーワード
-「自由過多」というタイトルはどのように生まれたのでしょうか?
ボヴェ:はじめからこの言葉が立っていたわけではなく「レールのない世界の歩き方」のようなテーマで書き進めていました。打ち合わせを重ねるなかで編集者さんが出してくれたのが「自由過多」というキーワード。選択肢や可能性が多すぎるからこそ、かえって迷いや焦りが生じてしまう。そんな現代の苦しさを突き詰めると、自由が多すぎること、つまり「自由過多」が原因なのではないかという発見でした。
-かなりセンセーショナルなタイトルにも思えます。
ボヴェ:そうですね。正直「自由過多」と言い切ることへの怖さはありました。ヤングケアラーなど、さまざまな環境で苦しさを感じている方もいらっしゃいますし、自由というのは現代の価値観の柱。長い歴史のなかで先人たちが努力の末に獲得してきたものです。もちろん、それを否定したいわけではありません。ただ、自由があふれる時代に、その扱い方がわからずに苦しんでいる方がたくさんいることも事実。
この本のなかで僕らが大切にしたかったのは「これはあなた個人の問題ではなく、私たちみんなの問題なんだ」というメッセージです。「自由過多」という言葉は、一個人の話ではなく、社会の話にできるキーワードだと感じて、この言葉を選びました。
山崎:クォーターライフ・クライシスはよく「将来への漠然とした不安」と表現されますが、その「不安」が「自由」と結びつくことにハッとさせられますよね。自由はすばらしいものだし、それを手にすることができている私たち世代はすごく幸せ。だからこそ、自由によって生じるモヤモヤを言い出しにくいという構造が生まれていると思います。
でも、これは個人で抱え込まなくてもいい、社会の流れ。自分が弱いから、実力がないから悩むのではない、ということを明らかにしたいと思って書き進めました。

SNS上で勝手につくりあげられる、理想の「合成人間」
-具体的にはどのような内容になっているのでしょうか?
ボヴェ:まずは「自由過多」という時代の背景や、それがなぜ苦しさにつながっているのかを解き明かし、後半ではその悩みに対してどのように向き合っていけばいいかを示しています。これまでの若者研究所の活動から紐解いた内容に加えて、この本のために新規でインタビューも行いました。
-本の中ではさまざまなエピソードが紹介されていますが、とくに印象的なものはありましたか?
ボヴェ:僕がなるほどと思ったのは「勝手に合成された『完璧な誰か』と自分を比べてしまう」という一節。SNSのタイムラインには、日々たくさんの素敵な人たちの生き方が流れてきますよね。確信を持って道を進んでいるAさん、自分のペースを守って暮らしているBさん…それぞれは別の人格なのに、頭の中で勝手に合成して一人の完璧な人間をつくりあげてしまう。そして「あの人みたいになれない」と苦しんでしまうというのは、いまの時代ならではの葛藤だと感じました。山崎さんが言語化してくれて、ハッとさせられたことのひとつです。
山崎:これは今回のインタビューで本当によく出てきたエピソードでした。切り抜きの情報だとわかっていながら、自分に足りない要素にばかり目がいって、理想的な部分を勝手に合成した完璧な人間をつくりあげてしまう。そもそも存在しない人には勝てるはずもないですし、比べる必要もないんです。
意図的に自由を減らす「ちょうどいい不自由」のつくり方
-後半では、実践できるワークなどを交えながら前に進むためのヒントが示されていますね。
山崎:そうですね。「自由過多」というキーワードが生まれたのと同時に、じゃあその自由を意図的に減らしていけばいいんだという考え方が生まれました。本の中で「ちょうどいい不自由」と表現している部分です。
考えすぎをやめて、ぜったいに譲れないものだけを決める、自分ではどうしようもできないことで悩むのをやめるなど、ちょっとしたことで悩みの数って減るんですよね。モヤモヤでいっぱいになった部屋の窓を開けて換気するみたいに、気持ちを軽くさせるヒントをいくつかのワークという形で紹介しています。

-どんなワークが紹介されているのか、簡単なものを教えてもらえますか?
山崎:手軽にはじめられるものでは「セルフ天気予報ワーク」がおすすめです。これは、今日の自分の「波」を知って、その時々に合わせて行動を変えてみようというワークです。

毎日同じように頑張る必要はないし、波が高いときは勢いに乗って進む、波が低い日は無理せず休む。自分の状態に合わせて調整すればいいと思えたら、頑張れない日があっても落ち込む必要がなくなるはずです。
執筆を通じて「漠然とした不安」が「漠然とした希望」に
-はじめに「クォーターライフ・クライシスど真ん中」とおっしゃっていましたが、この本をまとめる過程、そして書き終えた後で山崎さん自身にどんな変化がありましたか?
山崎:書き終えたことで「これでクライシスから抜け出せた!」ということはないのですが(笑)、本当にいろいろな人の話を聞かせていただくなかで、漠然とした希望みたいなものを感じたんですよね。傍から見たら人生を謳歌しているように見えている人でも、みなさん悩みの途中にいて、完全に乗り越えられているわけではない。それでも前を向いている人がキラキラして見えるんだと気づいたんです。
自分自身、環境の変化が訪れるたびに読み返そうと思える本ができましたし、それはとても意義があることだったと思います。
-ボヴェさんは大人世代の視点から見ていかがですか?
ボヴェ:いま山崎さんが言った「漠然とした希望」というのはすごくいい言葉ですよね。未来を見通すことはできないけれど、まぁなんとかなるんじゃないかと思えるだけでいい。考えてみればクォーターライフ・クライシスの後にはミドルエイジ・クライシスが待っていますし(笑)、どんな世代においてもどう生きればいいかは悩ましい問題なんです。
ミドルエイジになるとさまざまな責任やしがらみも加わって自由であると言い切れない人も多いかと思いますが、それでもこの時代に生きている僕らはいろいろな選択肢がある。もしかしたら定年を迎えて仕事を辞めた後には、若者世代と同じような自由過多を感じるかもしれません。どんな世代にとっても、自分の目の前に広がった自由を不安なく面白がってもらうためのヒントになっているのではないでしょうか。

かけがえのない自由を享受するため。いつでも読み返せるお守りのような存在に
-最後に、『自由過多』に興味を持ってくださった読者の方にメッセージをお願いします。
山崎:この本はわかりやすさにこだわって執筆しているので、まずは気軽に手にとっていただきたいです。最初に読んで納得していただける部分もあると思いますし、なにか悩んだときに読み返してもらうとまた新しい発見がある本。ライフステージが変わったり、読む時々で刺さるポイントが変わってくると思うので、お守りのように近くに置いておいていただけたら嬉しいです。
ボヴェ:昔、誰かの言葉で「人生は解決すべき問題ではなく、経験すべき神秘である」というような表現があって、それがすごくいいなと思ったんですよね。どうやったら生き抜けるかという攻略型の思考ではなく、その時々の状況を感情も含めて味わう。それは、AIにはできない、人間が生きる意味だと思います。
自由というのは本当にかけがいのないもの。それをおそれず、安易に手放さず、享受するため、この本を役立てていただけたら幸いです。

※肩書は取材当時のものです

山崎 茜
株式会社博報堂 若者研究所研究員。生活者発想技術研究所研究員。
東京大学法学部卒。2022年博報堂入社。博報堂ブランド・イノベーションデザイン局を経て、2024年より現職。 現在は生活者発想技術研究所にて若者研究を中心に、次世代ブランド論、生活者の「葛藤」の探索などの生活者調査を行い、ナレッジ・ソリューション開発に従事。海外在住経験と高い英語力を背景に、グローバルな視点から日本の若者の価値観を分析することを得意とする。研究員であると同時に、自身もZ世代の若者。

ボヴェ 啓吾
株式会社博報堂 若者研究所代表。生活者発想技術研究所上席研究員。
東京大学教養学部客員准教授。法政大学社会学部社会学科卒。2007年博報堂入社。マーケティング局にて企画立案業務に従事した後、博報堂ブランド・イノベーションデザイン局にてブランドコンサルティングや商品・事業開発の支援を実施。東京大学教養学部「ブランドデザインスタジオ」の講師など、若者との共創プロジェクトを多く実施し、2019年より若者研究所代表。生活者発想を軸とした多様な研究開発を行っている。家と写真と猫が好き。