資本主義は、つくれる。
――生活者のしあわせから、企業と経済のルールを捉え直す

私たちが暮らす社会は、「資本主義」という仕組みの上に成り立っています。この仕組みにより、新しい技術や豊かな暮らしが生まれ、社会は発展してきました。一方で、売上や利益が伸びても、働く人や地域、自然の豊かさまで増えているとは限らないのも現状です。
企業が本当に増やすべき「資本」とは、お金だけなのでしょうか。博報堂は、企業フィロソフィーである「生活者発想」を起点に、資本主義を内側からよりよいものへ更新する道筋を探る「生活者発想による資本主義研究プロジェクト」を始動しました。(リリースはこちら
本連載『生活者発想でほどく「資本」の未来』では、生活者の「しあわせ」を真ん中に、資本主義や資本のあり方を見直していく過程を連載形式でお送りしていきます。連載初回となる今回は、統括責任者の宮澤正憲とプロジェクトリーダーの竹内慶に、プロジェクト立ち上げの背景と、生活者発想で「資本」を捉え直す意味、そして企業経営への活用可能性を聞きました。

資本主義という「ルール」を、マイナーチェンジする

――「生活者発想による資本主義研究」とは、どのような研究なのでしょうか。

竹内 研究プロジェクトの説明の前に、まず「生活者発想」について少しお話させてください。生活者発想は、博報堂DYグループが長年大切にしてきた哲学です。時代や社会の変化を受けて、私たちはこれを「生活者のしあわせを真ん中に、未来を創造する哲学」と改めて定義しました。人を消費者やユーザーとして限定的に見るのではなく、矛盾や葛藤も含めて生きる一人の人間として、全方位から捉える。そのうえで、よりよい未来を構想し、実装まで進める考え方です。

企業の経営や事業も、生活者と切り離されているわけではありません。顧客だけでなく、社員・従業員、経営者、株主、投資家、取引先、企業が立地する地域の人々も生活者です。資本主義や、それを成り立たせるさまざまな資本にも、必ず生活者が存在し、関わっています。ならば、生活者発想を経営や事業だけでなく、資本主義そのものへ広げられるのではないか。「生活者発想による資本主義研究プロジェクト」は、生活者のしあわせに貢献する経営や事業のあり方を、構想だけでなく実践まで含めて探ろうとする活動です。

――なぜ今、資本主義そのものを研究する必要があると考えたのでしょうか。

宮澤 4、5年ほど前から、経営者や研究者と話すなかで、ビジネスのルールが少しずつ変わり始めていると感じていました。企業は、経済価値だけでなく、社会価値も同時に生み出すことが求められてきているからです。ビジネスルールが変わることにともないマーケティングにも変化が求められています。

私たちは主にマーケティング分野での仕事をしてきましたので、マーケティングをどう変えるべきかについては長く議論してきました。ただ、マーケティングだけを変えようとしても、その上位にあるビジネスが変わらなければ難しい。もっと遡れば、ビジネスのルールを形づくるさらに上位の「資本主義とは何か」という問いへ行き着きます。このプロジェクトでは資本主義をゼロから否定するのではなく、スポーツのルールが時代に合わせて変わるように、現代に合う形へマイナーチェンジできないか。そんな視点を持って取り組み始めました。その方向性の一つが、「人」や無形の価値に目を向けることだと考えています。

竹内 企業の現場でも、生活者とともに価値をつくる必要性は高まっています。生活者は情報の受け手や消費者にとどまらず、自ら発信し、ブランドを応援し、参加する存在になりました。社会価値は、生活者の集まりである社会にとっての価値でもあります。マーケティング、ブランド、事業、経営、そして資本主義は、別々の議論ではなく地続きなのだと思います。

「資本」を、お金から価値の源泉へ

――「資本主義」は壮大で難解な研究テーマのように思われます。研究はどこから始めたのでしょうか。

竹内 まず、「〇〇資本」と呼ばれてきたものを、生活者の側から棚卸ししました。資本主義という言葉は巨大で、日々の暮らしから遠く、手触りがないように感じられます。しかし、金融資本も人的資本も、生活者が生み出したり、生活者が関わったりすることで成り立っています。そこで、「資本」という言葉が歴史のなかでどう広がってきたのかもたどりました。

当初は、お金や工場、設備など、目に見える豊かさを生むものが資本の中心でした。その後、経済や市場が複雑になるにつれ、人的資本、知的資本、関係資本、文化資本、デジタル資本、自然資本などへ対象が広がってきた。これらの「資本」を、関係する生活者の側から、そして「生活者の幸せを増やす源泉」という視点から再考し、4つの要素で整理しました。

――4つの要素について、教えてください。

竹内 まず、一つ目は「生活者の内的なリソースや他者とのつながり」です。知識、スキル、健康、創造性といった人の内的な力と、人と人との信頼やつながりです。これまで議論されてきた資本のなかでは、人的資本や知的資本、関係資本などが該当します。二つ目は「生活者が他者とともに生み出すさまざまな意味」です。仕事のやりがい、ブランドの物語、地域や組織の文化など、人々が関わり合うなかで生み出される無形のものが中心で、文化資本などが当てはまります。また三つ目の「生活者がつくり生活者を支える有形・無形の人工物」は、貨幣や設備、制度といった、生活者がつくり、暮らしや企業活動を支える有形・無形の人工物です。金融資本や技術資本、社会資本、近年ではデジタル資本などが該当すると考えています。そして四つ目は「生活者を包み込むより大きな環境」です。自然資本や環境資本に代表される、自然や風土、そして次世代へつなぐ時間軸など、私たちを取り囲むより大きな環境を指します。

これら4つの要素はいずれも「生活者が関わり、生活者の幸せを増やす源泉」であることから、「生活者資本」と呼ぶことにしました。この資本に関わる生活者が、他者・他の存在とともに、豊かさや活力、幸せを育んでいってほしいという想いを込めています。

――4つの要素のうち、どれが最も重要なのでしょうか。

竹内 どれかが最も重要ということはなく、むしろ、多元的な資本がつながり、循環するネットワークとして捉えることが重要です。「金融資本の次は人的資本」というように、一つの正解へ置き換えるのではありません。人の力やつながりが意味や文化を生み、技術や制度がその動きを支え、自然や時間のなかで次の価値へつながっていく。単独で存在する資本のあいだに関係をつくり、循環させることに意味があります。

宮澤 これまでの資本主義は、有形のものを中心に発展してきました。もちろん、お金や設備は重要です。ただ、モノがあるだけでしあわせが生まれるわけではない。それを人がどう使い、どんな意味を見いだすかによって初めて価値になります。これからは無形の資本にも光を当てながら、全体の構成と循環を考える必要があります。

資本主義を「外から批判する」のではなく、「中からよくする」

――資本主義は多くの研究者が論じています。博報堂が取り組む意義はどこにありますか。

宮澤 資本主義の研究は哲学、社会学、歴史学など様々なジャンルの視点から積み重ねられてきました。一方で、資本主義のメインプレイヤーである企業で働く人からは、あまり資本主義の議論はなされません。そのため、どうしても自分の仕事とは遠い議論に見えがちです。でも実際には、資本主義、ビジネス、マーケティングや日々の業務は地続きです。資本主義の真ん中にいる私たちのような側から、そのつながりを翻訳し、実務へ落とし込むことに意味があると考えています。

博報堂は多様な業界の多様な企業と仕事をしているため、ビジネスを比較的横断して見られる立場にあります。資本主義の真ん中にいるからこそ、「ここは変えた方がよいのではないか」と声を上げられる。外から批判するだけでなく、内側からよくしていく。それがこのプロジェクトをすすめる上での私たちの立ち位置です。

竹内 広告会社の仕事は、離れている資本をつなぎ、循環させる仕事としても捉えられます。地域の催しが都市から人を動かしたり、企業が生み出した意味を社会へ届けたり、組織のなかで人と知識を混ぜて新しい意味を生んだりする。直接モノを生産しないからこそ、資本と資本のあいだに関係をつくることができるのではないでしょうか。

宮澤 ネクスト資本主義の議論のなかでよく取り上げられるステークホルダー資本主義なども近い考え方です。ですが、ステークホルダーは「企業にとっての関係者」という企業側からの視点がどうしても強くなってしまいます。私たちは、まず生活者の側に立ち、本気でしあわせを増やすにはどうすればよいかを真剣に考えてみたい。40年以上、生活者発想を掲げてきた博報堂には、その問いを引き受ける意味と責任があると思っています。

売上だけではない、企業ごとの「豊かな資本」を育てる

――研究プロジェクトを進めることで、企業経営にはどのような提案ができそうですか。

宮澤 一つは、経営のものさしを複数にすることです。売上や利益は不可欠ですが、「生活者のしあわせが増えたか」といった第二、第三の指標も持つ。短期的な経済価値だけでなく、中長期的な経済価値と社会価値を同時に見ることで、企業のルールや意思決定は変わっていくはずです。

目先の利益が少し低くても、生活者のしあわせを大きく高める企業は、長い目で見れば信頼や共感を獲得し、結果として中長期的な経済価値向上にもつながるでしょう。反対に、収益が高くても生活者にとって価値が高くない企業は、中長期では選ばれにくくなる。たとえば「この商品は、孫の世代にも残したいものか」という長い時間軸の問いをKPIに置けば、商品のつくり方も企業の舵取りも変わります。

竹内 大切なのは、すべての企業や組織に同じ指標を当てはめないことです。文化や楽しさを豊かにする企業・組織もあれば、社会の基盤を支える企業・組織、自然環境を豊かにする企業・組織もある。それぞれが、自社らしい方法で生活者の幸せの源泉となる資本を育てればよい。多様な資本が花開く社会を、さまざまな企業や組織と一緒につくっていきたいと思います。

宮澤 生活者発想は、これからの時代に仕事そのものをうみだすための哲学ともいえます。現在の経営者の中には、短期的な利益だけでなく長期的な企業のあり方に強い関心を持っている人も少なくありません。また、若い世代の人たちも、社会価値に対する意識が高い人が多い。多くの人がなんとなくビジネスの仕方に違和感を覚えながらも、現場の多くでは明日の売上目標に追われてしまっています。その違和感を小さくしながら、評価や仕組みそのものを変える提案も、この研究の役割だと考えています。

「資本主義は、つくれる。」という希望

――最後に、この研究にかける思いを聞かせてください。

竹内 私は長く、日本文化や哲学、歴史学、人類学等々のいわゆるリベラルアーツを、ブランド経営やビジネスにどう結びつけられるかを考えてきました。生活者発想で資本主義を研究することは、その延長にある大きなテーマです。難しい研究ですが、現場の人が共感し、使えるものにしなければ意味がありません。東洋的、日本的な価値観も手がかりにしながら、前向きに、楽しみながら進めていきたいと思います。

宮澤 企業やマーケティングは、本来、世の中をよくするからこそ支持され、そこにお金という対価がついてくるものであるはずです。現状の日本ではGDPが増えても、必ずしも幸せ度があがってはいません。その目的と結果を、もう一度正しい順番へ戻すことはできないかと考えています。多くの企業人は資本主義の真ん中で日々の業務を営んでいます。だからこそ資本主義を、自分たちとは関係のない、天から降ってきたルールだと思わない方がいい。私は「資本主義は、つくれる。」と捉え直すことが大切だと思っています。

自分たちの行動によって、資本主義を少しだけでもよくできる。そう考える人が増え、一緒に動くムーブメントになれば、社会や企業は確かに少しずつよい方に変わっていくはずです。このプロジェクトも、完成した答えを示すためではなく、企業や研究者、さまざまな生活者と対話しながら、その可能性をひらいていく“場”にしたいと考えます。共感してくださる方々と、ぜひ共に研究し、実践させてもらえればと思います。

※肩書は取材当時のものです

宮澤 正憲
博報堂執行役員 研究デザインセンター長
東京大学教養学部教養教育高度化機構 特任教授

東京大学文学部心理学科卒業。博報堂に入社後、マーケティング局にて食品、自動車、トイレタリー、流通など多様な業種の企画立案業務に従事。2001年に米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)卒業後、ブランド及びイノベーションの企画・コンサルティングを行う次世代型専門組織「博報堂ブランド・イノベーションデザイン」を立上げ、多彩なビジネス領域において実務コンサルテーションを行うと共に、ビジネスにおける新手法やナレッジに関する研究も行っている。
同時に東京大学にて共創型授業「ブランドデザインスタジオ」や大学生を対象にした企画コンテストBranCo!を運営するなどブランド×高等教育をテーマに教育活動も推進。
『東大教養学部が教える考える力の鍛え方』『「応援したくなる企業」の時代』など著者多数。 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 客員教授。

竹内 慶
博報堂 生活者発想技術研究所 所長

2001年博報堂入社。マーケティング部門を経て、2004年よりブランドデザイン専門組織の立ち上げに参画。約20年にわたり多様なクライアント企業のブランドづくりとイノベーション支援の業務に従事し、2024年9月から現職。「リベラルアーツ×ビジネス」「アートシンキング×デザインシンキング」など、領域横断型のアプローチを推進する。オーストリアを拠点とする文化芸術機関アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトでは、博報堂側のリーダーを務める。
主な著書に『ブランドらしさのつくり方』(共著、2006年、ダイヤモンド社)。
東京大学文学部行動文化学科(社会学専修課程)卒業。
立教大学大学院ビジネスデザイン研究科 客員准教授。

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