若手!クリエイターが挑む!ソーシャルテーマvol.21
コピーライターとしての覚悟を胸に挑んだ、タイガー魔法瓶「魔法のかまどごはん」新聞広告

クリエイティブの力で世の中に新しい視点をもたらし、社会課題の解決に挑む博報堂の若手メンバーにフィーチャーする連載企画。今回ご紹介するのは、防災の日に掲載されたタイガー魔法瓶「魔法のかまどごはん」の新聞広告。宮城県で東日本大震災を経験したコピーライターの木村瑳月は、その実感に基づいたコピーを完成させ、第63回 JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクールのメダリストにも選ばれました。背景にある想いやこだわった点、これから目指したいことなどについて聞きました。

「魔法のかまどごはん」新聞広告とは
「魔法のかまどごはん」は、電気やガスが使えない環境でも使用できる、タイガー魔法瓶が2023年に発売した炊飯器。2024年9月1日の「防災の日」には、「この新聞を燃やしてください。」というコピーと共に掲載された新聞広告が反響を呼んだ。2025年の「防災の日」にも、再び新聞広告を掲出。全面黒色の背景の中、火が灯されたかまどを中央に配置したデザインと、木村瑳月による「電気もつかない不安の中で、ごはんが炊けるという希望。」というコピーが、見る者に強い印象を残した。

きっかけは、「物語化」に対する被災者としての気づきと考察を論じた論文

―木村さんが、「魔法のかまどごはん」の新聞広告に携わることになった経緯について教えてください。

木村
実は私は、昨年のJAAAの第54回懸賞論文において、「東日本大震災からみる『物語化』の暴力性と私たちの使命」と題した論文を応募し、入選させていただいていました。たまたまそれを見たCDの安藤宏治さんが、2025年の防災の日に出す新聞広告に参加しないかと声を掛けてくれたのが始まりです。
第54回 懸賞論文 受賞者 木村 瑳月氏 - JAAA 一般社団法人 日本広告業協会

―論文の内容について、簡単に教えていただけますか。

木村
私は宮城県で生まれ育ち、小学6年生の時に東日本大震災が起きました。その後、復興支援のためのさまざまなプロジェクトや動きがありましたが、被災者である私たちが“辛い体験をした子どもたち”としてひとくくりにされることで、あったはずの楽しかった経験がなかったことにされ、「大人が感動するための材料にされる」「勝手な震災物語に収れんされてしまう」といった違和感や憤りを感じていました。

その後も東日本大震災をめぐっては、報道や映画、小説といったあらゆるメディアにおいて「物語化」が行われ、”消費”されていきましたが、その「物語化」は、ややもすると、肝心の当事者の想いを置き去りにし、さらには記憶や経験を漂白し、奪ってしまうほどの暴力性をはらんでいます。「物語化」に多く携わる広告業界はその暴力性をよく知っておくべきだし、自分ごと化を促し「未来を紡ぐための物語」を生み出すことにこそ、広告業界の真の役割があるはずだと論じました。

―コピーライターとしての木村さんの実経験に基づいた言葉と、想いや覚悟をCDの安藤さんは買われたということですね。

防災の日の新聞広告そのものについては、どういったコンセプト、テーマが掲げられていましたか。

木村
「魔法のかまどごはん」はタイガー魔法瓶の100周年記念モデルとして、社内公募のアイデアをもとに2023年に誕生しました。安藤さんが手掛けた2024年の防災の日の新聞広告は、「この新聞を燃やしてください。」というコピーとともに、新聞紙が一部あればごはんが炊けるという商品特性をキャッチ―に伝えるものとなっていました。2年目となる2025年は、継続的にメッセージを出し続けるというブランド自体の姿勢が伝わるもの、また、物性価値より少しレイヤーを上げ、防災そのものの大切さが伝わるものにしようというお話でした。

―コピーで特にこだわった点はどこですか。

木村
15年前の一被災者だったとき、私は被災地に向けられてくるメッセージに対して不信感を持っていました。そんな自分がコピーライターとしてどんな言葉を書くべきか、かなり悩みました。

そんな中、ふと被災した時の食事の記憶を振り返ってみたところ、停電してガスも使えない家で、ろうそくの灯りだけを頼りに家族で鍋を囲み、小さなガスコンロでご飯を炊いた記憶が鮮明によみがえってきたんです。特に鍋のふたを開けたときの白米の輝きの印象が強かったので、そのシーンを再現できたらいいなと考え、結果的に「電気もつかない不安の中で、ごはんが炊けるという希望。」というコピーにたどり着きました。

―クライアントやチームとはどんな議論を行いましたか。

木村
「こういう経験をもとに、こういう言葉やビジュアルにしたい」というこちらの希望と、企業として打ち出したい物性価値の部分で、クライアントさんとはとても建設的な議論ができました。デザインに関して言えば、最初はお茶碗に炊きたてのごはんが入っていて、湯気が灯りのように見えるといった案だったんですが、クライアントさんの意見を受け、安心感や希望を表現しつつも、商品そのものの価値もしっかりと打ち出すような形になりました。

開発者の想いや熱意もこぼさずに生活者に届けることができた

―木村さんのコピーが掲載された新聞広告は、「第63回 JAA広告賞 消費者が選んだ広告コンクール」のメダリストに選ばれました。そうした社会的評価についてはどう感じられましたか。

木村
自分の言葉がきちんと生活者の方々に届いたということがわかってとても嬉しかったし、「自分は間違っていなかった」と感じ、自信にもつながりました。広告業界内で評価されることも大きいですが、やはり「消費者が実際に選んだ」という点が、自分の中では大きかったですね。

―今回のコピーを手掛けるうえで苦心した点や、成長できたと思える点はありますか。

木村
やっぱり自分が経験したことを言葉にするからこそ、受け取った人の感じ方、受け止め方について、考えすぎてしまって。「ここまで言ってもいいのか」「これは発信すべきことだろうか」とかなり悩みました。特に論文でコピーライターとしての意志を表明している手前、その責任をひしひしと感じながら言葉を探っていきました。

―実体験が持つ言葉の強さを活かしながらも、生活者に届けるためには客観的な視点も必要ですから、バランスが難しそうですね。

木村
まさに、最初につくったコピーはもう少し実体験に寄った、パーソナルな視点の感じられる言葉のニュアンスがあったんですが、安藤さんやクライアントさんに見ていただきながら、より多くの人に届けるためのニュートラルな言葉にチューニングしていきました。

たとえば、現場の情景を表す「暗闇の中」という表現を、心情を表す「不安の中」にすることで、体験した人やこれから体験するかもしれない人の気持ちに寄り添えるのではないか、といった意見がありました。ほかにも、最初は入れていなかった「希望」という言葉をあえてきちんと入れてみたり……議論しながら細かくブラッシュアップしていきました。

―一番嬉しかったことは何ですか。

木村
「消費者が選んだ広告コンクール」でメダリストに選ばれたことはもちろんですが、その授賞式でお会いした開発者の方に、「つくり手としての想いが伝わって嬉しかった」と言っていただけたときは感激しました。クライアントさんの熱意をきちんとこぼさずに言葉にできたということがわかって、とても嬉しかったですね。

“あの時の自分”にきちんと受け止めてもらえる言葉を紡いでいきたい

―改めて、クリエイティビティは社会課題の解決にどのように貢献できるとお考えですか。

木村
規模の大きいイベントや予算をかけた年間プランなどに限らず、こうした新聞広告も、生活者にメッセージをしっかりと届ける手段になるということが今回よくわかりました。コピーライターとして、これからもそういう切り口から社会課題解決に臨んでいくような仕事ができればいいですね。今回のようにインパクトのある広告だと目に留めてもらいやすいですし、メッセージそのもので関心を引き寄せることができるという意味で、新聞広告だからこその「伝える力」は確かにあると感じています。

―今後も、防災に限らず、社会課題解決につながるような仕事をしていかれたいですか。

木村
もちろんです。今回は特に、「15年前、2011年のあの時を生きていた自分自身がこの言葉を受け取ったらどう思うか」ということを一つの軸として取り組むことができました。あの時の自分に向けたメッセージとして、きちんと届けられる言葉、受け止めてもらえる言葉をこれからも探っていきたいと思います。

―将来はどんなコピーライターを目指していきたいですか。

木村
私がコピーライターとしてよりどころとしている広告が2つあります。一つは、Yahoo!JAPANによる防災啓発プロジェクト「ちょうどこの高さ。」。岩手県大船渡市で観測された最大津波の16.7mの高さを、銀座ソニービルの壁面に示したもので、見る人の目線をきちんと上に動かすという動的なアクションにしっかりとつながるものでした。そんな、実際の行動を促す力のあるコピーが、これからはますます求められるようになると思います。

もう一つは、岩手日報社が行っている「『最後だとわかっていたなら』企画」です。特に「ごめんね。」を言えず後悔が残っている遺族の方々をテーマにした広告などは、同情を誘う物語にしてしまうのではなく、「だからこそ日頃から、大切な人を想い感謝を伝えよう」という未来に向けたメッセージに昇華させています。紙一重の難しいバランスとは思いますが、そういった針の穴に糸を通すようなメッセージングを目指して、これからも言葉を磨いていきたいと思います。

※肩書は取材当時のものです

木村 瑳月
博報堂 クリエイティブ局 コピーライター

23年入社。宮城県出身。芯のある、強い言葉が軸になる企画を目指しています。主な受賞歴:JAAA懸賞論文入選、 JAA広告賞メダリスト、ACCラジオオーディオ部門アンダー29/ファイナリスト、BOVA協賛企業賞など。

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