ヒット習慣予報 vol.413『AI疲れとニュアンス回帰』
こんにちは。ヒット習慣メーカーズの佐藤諒平です。
先日、当コラムのネタが全然思いつかない私は、現実逃避をして、すこし先の旅行の計画を立てていました。宿の候補や現地の観光ルートを調べるべく、いつものようにAIチャットツールを開き、某所の「2泊3日のおすすめ旅行スケジュールを立ててください」と打ち込んだ時のことです。AIは数秒で着実なスケジュールを提案してくれました。しかし、その後結局、「本当にこの飛行機の便はあるのかな?」「このお店、本当にその時間営業しているかな?」と、一つひとつファクトチェックのために改めて調べ直している自分に気がつきました。
AIに頼って効率化したはずなのに、結局は人の目で確かめないと安心できない。「なんだか疲れるな……」とため息が出てしまいました。
この便利だけど、どこか心が消耗する感覚、どうやら私だけではないようで、実際、Googleトレンドで「AI疲れ」というキーワードの検索量を調べてみると、AIの普及とともに伸長し、その推移が最近より顕著になっていることが分かります。

前々回にメンバーの中林が紹介した『vol.411 ランダムにお任せ』も、すこし近い文脈にあったものですが、今回はさらにいろいろな分野での「AI疲れ」に着目し、AI利用のデジタルな完璧さの逆、人間の生っぽさを楽しむ新しい行動を『ニュアンス回帰』と称して、事例をご紹介したいと思います。
まず一つ目は、AIからの作品レコメンドの逆をいく「顔の見える選書」
あらゆる履歴から算出された味気ないAIレコメンドには疲れた(しかし新しい作品には出会いたい)生活者たちの間で、特定のジャンルを狂気的に愛する店員さんがいる「専門店」に行くことが人気のようです。
たとえば、私は先日とある「ミステリ専門書店」に訪れたのですが、店員さんにミステリの中でも特に自分の好みのジャンルや設定を話すと、私の好みを踏まえたものと、店員さん自身がそのジャンルで好きな作品を、熱心に選んで教えてくれました。ある種、店員さんの主観的な熱量もあったかもしれませんが、AIのレコメンドでは味わえなかった安心感と作品へのワクワクがそこにはありました。

二つ目は、AI代筆の逆をいく「ボイスメモトーク」
チャットやメールの返信を、AIが「最もスマートで失礼のない文章」に生成してくれる時代になりました。自動で返信案をつくってくれるチャットツールやメールサービスも少なくありません。しかし、届くメッセージがどれも整いすぎていて、「相手の感情や本音がどこにあるか分からない」という、テキストへの疑問や寂しさを抱く人も増えています。そして、その真逆ともいえるのが、仲の良い間柄で、あえて文字入力をやめ、「えーっとね、」「あ、そういえばさ、」といった言い淀みや笑い声もそのまま乗った「数秒のボイスメモ」を送り合う行動です。まだ一部で現れ始めているものですが、文字にすると考えすぎることから解放されるとともに、人となりが伝わる楽しさがあるようです。

三つ目は、AI要約の逆をいく「無編集-長尺コンテンツ没頭」
AIが物語も、ビジネス書も、ニュースも、望む行数以内で内容を要約して一瞬で教えてくれるようになりました。しかし、その「構成や結論だけ」をタイパよく摂取し続けることに対し、違和感や飽きを覚える方も少なくないようです。そして、その真逆の行動ともいえる、昨今の生活者に見られるのが、あえて要約や倍速再生をオフにし、編集もほとんどない、長時間のポッドキャストの雑談をそのまま聴いたり、数万字におよぶロングインタビューをじっくり読んだりする行動です。私も知人の勧めでポッドキャストを最近さまざま聞くようになったのですが、AIであれば削ぎ落とされるであろう「結論に関係のない無駄話」や「脱線のプロセス」にこそ、その人の魅力や話の面白さが詰まっていて、非効率だけども、それこそがハマるポイントだと感じています。
このようなAI利用の逆をいくようなニュアンス回帰が見られるようになったのは、冒頭ご説明したような「AI疲れ」が理由だと考えていますが、そもそもAI疲れはどこからくるのでしょうか。
一説には、生成AIから出される情報の過多、提示された複数の案を比較しどれが良いか判断し続ける負荷、そして何よりAIがもたらす隙のない正解や最適化に、一周回って食傷気味になり始めていることなどが所謂「AI疲れ」ではないかと言われています。
さらに、疲れにつながるポイントと考えられるのが、自己決定感。心理的に人間は自分の行動をやらされるのではなく、自分の意志で選んでいると感じたい欲求があり、それは幸福度に関わると言われています。(※)自分で調べたり、生身の人とのコミュニケーションの中で決めていったりする時とは大きく異なり、AIでは自分の意志で選んでいる実感を得られづらいことが、徐々にAI疲れにつながり、またAI利用の逆をいく今回ご紹介したような生活者の行動増加にも至っているのではないか、と考えます。
※ 幸福感と自己決定―日本における実証研究(西村和雄, 八木匡)
https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/18090006.html
今回も最後にすこし、当コラムのテーマで新たなビジネスチャンスを考えてみました。
『AI疲れとニュアンス回帰』のビジネスチャンス例
■ リクルートサービスを展開している企業と書店を展開している企業が共同で経営し、両方の社員から色々な角度のおすすめを聞くことができる、“お仕事・業界マンガ”の“専門店”
■ AIを使ってチャットの文を考えるような機会をなくし、ボイスメモのチャットや、数分間の通話のみをコミュニケーションの手段とした新しい“生声限定”マッチングアプリ
■ AI要約やレビューを排除し、信頼できる仲間内でおすすめのお店情報をシェアできる、マップアプリの新機能
など…
「AI疲れ」というのはなんだか過渡期らしいワードだと感じます。
着目しておいてなんですが、あっという間にAIはさらなる進化をして、情報の精度や絞り込み、レコメンドの仕方さえも変わっていくことで、疲れを感じさせないようになる気もしています。
ただそれでもなお、人の熱量やニュアンスによって、買うこと・決めることの価値は無くなりはしないのだろうと個人的には思ってしまいます。(これは願望でしょうか…?)
▼「ヒット習慣予報」とは?
モノからコトへと消費のあり方が変わりゆく中で、「ヒット商品」よりも「ヒット習慣」を生み出していこう、と鼻息荒く立ち上がった「ヒット習慣メーカーズ」が展開する連載コラム。
感度の高いユーザーのソーシャルアカウントや購買データの分析、情報鮮度が高い複数のメディアの人気記事などを分析し、これから来そうなヒット習慣を予測するという、あたらしくも大胆なチャレンジです。

佐藤 諒平(さとう・りょうへい)
新潟博報堂
ヒット習慣メーカーズ メンバー
2020年 新潟博報堂に入社。2023年より2年博報堂に出向後 帰任し、地域で一人前のマーケター・プラナーを目指して修行中。すきなミステリのジャンルは「日常の謎」。ミステリ専門書店でおすすめしてもらったものから順にゆっくり週末読もうと楽しみにしています。