博報堂クロスバウンド・ビジネス・ラボの外国籍スタッフが解説「クロスバウンド成功の鍵」
~「物」の獲得から「物語」の獲得へ アメリカ人訪日客が求める「自分だけの特別な体験」~

連載コラム「クロスバウンド成功の鍵」は中国、韓国、タイ、インドと続く第5弾として、アメリカ人訪日客について焦点を当てていきたいと思います。 近年の訪日インバウンド市場はオーバーツーリズムなどの背景を受け、日本政府は「客数の拡大」路線から、「1人あたりの旅行消費額を上げ、地方へ分散させる」ことを目的とした「体験の質」の向上へとシフトチェンジを図っています。 その中で、これまでの主流だった「爆買い」や「有名観光地巡り」とは一線を画し、独自の滞在スタイルで存在感を放っているのがアメリカからの旅行者です。博報堂クロスバウンド・ビジネス・ラボの「5カ国インバウンド顧客購買意識調査」(2025年3月)に基づくと「滞在日数」および「平均消費額」において共に、他5カ国に比べて1位となっています。

本稿では、上述の意識調査データと私自身の実体験を交えながら、インバウンドにおけるアメリカ人訪日客の市場の可能性と攻略のヒントを解説します。
アメリカ人訪日客の3大変化
1. 「物語(ストーリー)」を付加価値にする購買行動
2. 「定番」を脱却した、「自分だけのミッション」
3. 日本の「当たり前」を取り込むクロスバウンド消費
アメリカ人訪日客の特徴的な購買行動とその背景
アメリカ人旅行者が日本に求めるものの根底には、単なるトレンドをなぞるだけでは満たされない「(他とは違う)自分だけの特別な体験」への強い願望があります。
彼らの行動原理のベースにあるのは個人主義です。「みんなが行く定番の観光地」を巡るパッケージツアーや、団体バスで景色を眺めるだけの受動的な旅行には魅力を感じず、「自分が本当にやりたいことは何か」という明確な目的(ミッション)を持って日本を訪れる傾向があります。 アメリカ人から見て日本は距離的にも文化的にも非常に遠く、まさに「異世界」です。人生でそう何度も訪れないだろう遠い国だからこそ、表面的な流行を追いかけるだけでは投資に見合わず、より深く濃い「本物の異文化体験」を求めるのは必然と言えます。流行のスポットに足を運ぶにしても、ただ消費して終わるのではなく、自分の足で歩き、迷い、偶発的な出会いを楽しみながら「自分だけの解釈」を持ち帰ろうとします。彼らにとっての日本旅行とは、誰かが作ったトレンドに乗ることではなく、「私だけの特別な物語(ストーリー)」を能動的に獲得しに来ることだと考えられます。


特別な体験のキーは「ストーリー性」
前述の通り、アメリカ人旅行者が日本でのショッピングにおいて「時間をかけて商品に出会う」ことを重視する背景には、買い物を通じて能動的な偶発性(セレンディピティ)を求めているという心理があると考えられます。 現代のアメリカでは、小売店やネット通販における効率化が進んでおり、目的の既製品を最短距離で手に入れることが常識化しています。しかし、彼らが日本旅行で求めているのは、その真逆の体験です。原宿の路地裏にある古着屋を巡ったり、カオスな陳列の店に迷い込んだりする「あえて時間をかけるプロセス」そのものを、非日常のエンターテインメントとして楽しんでいるのです。 つまり、彼らにとって重要なのは「商品Aを手に入れた」という結果だけではありません。「どのようにしてその商品Aに巡り合ったのか」という、購入に至るまでの過程(ストーリー)にこそ最大の価値を見出しています。 自分の足で歩き回り、自分の感性に刺さる運命の品を掘り当てる。この探求のプロセスが伴うことで、単なるお土産は「自分だけの宝物」へと昇華します。彼らが日本から持ち帰りたいものは、商品以上にこの「ストーリー性」にあると言えます。

アメリカ人訪日客の購買行動はアジア人と異なる
訪日観光客の買い物のイメージといえば、アジア圏の旅行者による医薬品やハイブランドの「爆買い」のイメージが強い向きもありますが、アメリカ人のベクトルは異なります。彼らは定番モノの大量獲得ではなく、「カルチャー体験」と「帰国後の日常に取り込むこと」に重きを置いています。
商材カテゴリーとして特に顕著なのがアパレルです。彼らが目指すのは免税店ではなく、ニッチな古着屋や高品質な国産デニムのショップです。そういった「ファッションの聖地」で運命の一着を探す一方、歴史的円安を背景に、日本を代表する大衆向けアパレルブランドも「驚異的なコスパ」で人気を集めているのも事実です。このワクワク感やお買い得は「日本の店舗」という現場でしか味わえません。

一方で、食品へのアプローチも独特です。コンビニ食やお菓子類など日本人からすれば「当たり前」のクオリティに感動し、そういった日本スタンダードに驚く体験を楽しんでいます。
アジア顧客が日本でしか買えないモノを「持ち帰る」のに対し、アメリカ人は帰国後の生活にも取り込める品の開拓だったり、日本でしか味わえない「体験が伴う購買」に重きを置くというスタイルを持っていると考えられます。
アメリカ人訪日客を攻略するための視点
1. 購入プロセスをエンタメ化し、その「物語(ストーリー)」を付加価値にする
プロセスをエンタメとして楽しんでいることから、例えば、商品をただ分かりやすく綺麗に並べるのではなく、探索するワクワク感や「宝探し」のような体験を空間としてデザインすることが有効と考えられます。購入という結果だけでなく、「どのようにしてその商品に巡り合ったのか」というストーリーを提供することを意識するのが良いかもしれません。

2. ステレオタイプの脱却、「当たり前」の提案
日米両国の文化をバックグラウンドに持つ私にとって、日本人が日常的に消費している「当たり前」を再確認してみることは、非常に意義深いことだと感じています。
アメリカ人が日本に感動を覚えるのは、なにもサムライ・寿司・富士山・アニメ・寺社仏閣といったステレオタイプなものだけではありません。彼らを真に魅了しているのは、日本人が感覚的に持っている「質に対する意識の高さ」だと思います。
例えばコンビニの食品や文房具に限らず、他国発祥のデニムやピザ(タコスでさえも!)日本の感覚で徹底的にアップデートされた結果、世界から注目の的になっています。
つまり、ステレオタイプを押し付けるのではなく、既にある日本人の「当たり前」を、彼らの帰国後に生活をアップデートできる品としてそのまま提案することが鍵となるのです。

3. 「自分だけの特別感」の演出
個人の感性や興味に合わせてカスタマイズできる体験や、ニッチで深掘りされたコンテンツを提供することが効果的です。万人向けの画一的なサービスではなく、自分の価値観に合った「他とは違う体験」を提供することで、強い満足感を生み出すことができます。

オリジナルファッション(自分の名前を日本語で刺繍した靴やスカジャンなど)
和雑貨(自分でデザイン制作した箸、うちわ、タオルなど)
4. 「クロスバウンド」視点による、帰国後の継続的な購買・接点創出
アメリカ人は「帰国後も日常に取り込める品」を開拓したい意識を持っています。そのため、帰国後も継続的な消費につなげる仕組み作りが不可欠です。
例えば、日本の店舗で購入する際にお店のSNSをフォローしてもらい、商品情報やブランド訴求をし続けることで、ブランドへの愛着を継続的に形成します。加えて、在日のアメリカ人インフルエンサーとコラボして発信するのも非常に効果的と考えます。
SNSをブランドとの接点としつつ、ECへ遷移させる動線を作り「日本で見つけたあのお気に入り品/ブランド」を、自国でもリピート購入できる仕組みを設けることで旅行中の一過性の消費で終わらせず長期的なファン化と購買促進させられる可能性があります。

※肩書は取材当時のものです

神谷 寛
博報堂クロスバウンド・ビジネス・ラボ メンバー
茨城県出身、日本(母)とアメリカ(父)ミックス。幼少期から父の影響でアメリカ文化に触れて育ち、高校時代は単身アメリカ・カナダで過ごす。前職は商社にてJICAやJBIC等と共にバングラデシュ政府に対する発電プラント開発事業に従事。2018年に博報堂入社後、グローバルブランディング/マーケティング施策を筆頭に、国内外の大手ブランドのあらゆる課題解決に注力している。