博報堂のマーケティング知見を詰めこんだ、命を守る「災害広報」 とは|
Hakuhodo Showcase Vol.04 能登半島地震 石川県庁災害広報

博報堂が手がけた革新的なプロジェクトやクライアント事例を厳選してご紹介する連載「Hakuhodo Showcase」。最新のマーケティング戦略からクリエイティビティあふれるコミュニケーション手法、事業開発、社会実装のケースまで、担当したプラナーやクリエイターによる解説を交えてご紹介します。第4回は、2024年1月の能登半島地震発生直後に発足した災害広報チームの活動にフィーチャー。石川県の戦略広報監である中塚健也氏と博報堂チームの密な連携で走り抜けた1年半、そしてこれからの取り組みについてお話を聞きました。

「強い想い」とともに結成された、石川県庁×博報堂の災害広報対策チーム

-はじめに、自己紹介とこのチームが生まれた経緯について教えてください。

中塚:石川県の広報活動を統括する戦略広報監の中塚です。私自身、石川県金沢市の出身です。大手通信会社で34年間、広報・マーケティングの仕事をしたのち、3年前に現職に就きました。能登半島地震が起きたのが就任8ヶ月後。実は東日本大震災のとき内閣広報室に出向していて、災害対応の経験があったんです。そのとき、内閣広報官とともに情報発信のサポートをしてくれていたのが広告会社の専門家でした。災害時の情報発信にはプロの知見が必要だと痛感していましたので、同様のチームをつくりたいと思い河西さんにお声がけしました。

河西:お声がけいただいたクリエイティブディレクターの河西です。私は祖父母と母親が石川県小松市の出身で、自分のルーツとなる場所のお役に立ちたいと思い、数年前から小松市にある企業のお手伝いをしていました。その関係で小松市長の懇親会に参加したとき、たまたま出会ったのが中塚さん。その1ヶ月後に震災が起きたんです。
私は地方紙で東日本大震災に関わる広告をつくるなど、東日本大震災関連の業務にも携わっていましたし、自分の知見を少しでも役に立てられたらという想いで参加させていただきました。今回のチームには、同じように想いの強いメンバーを集めたいと考えてアサインしたのが小林と渡辺です。

小林:私は東日本大震災の後、東北大学災害科学国際研究所(IRIDES)と協働で「みんなの防災手帳」の開発に携わるなど、防災に関する仕事に携わってきました。そのときの知識やネットワークを活かせると感じましたし、通常業務で行なっている危機管理広報の知見も災害広報の現場に活かせると考えたんです。

渡辺:僕は宮城県石巻市の出身。中学生のときに被災し、震災で祖母を亡くしました。それからずっと、災害に対してなにか貢献したいという想いがあり、PR職の経験を災害対応に役立てたいと考えて参加させていただきました。

河西:我々3人に加えて、地元である北陸博報堂のメンバーも加えてチームをつくりました。博報堂DYホールディングスではグローバルパーパスのキーワードとして「Aspirations Unleashed」=「内なる想いを、解き放つ」と掲げており、今回もそれを重視しました。大変な現場になることが予想されましたし、一人ひとりの強い想いが一番重要だと考えたからです。

初動で重要視したSNS対応。誤情報を上書きする「攻めの投稿」と、安心をつくる「守りの投稿」

-具体的にはどのような対応をされたのでしょう?

河西:震災後すぐに中塚さんからご連絡をいただいて、次の週にはチームとともに現地入り。石川県庁広報課の隣の部屋に詰めて、日々メディア対応のサポートをさせていただきました。それ以外に、やはりいまの時代重要なのがSNSの対応でした。
たとえば、「金沢も大被害。行くな!」といった偽情報がSNS上に多く発生するようになります。それに対し、被害情報を正しく伝える発信を大量に行うことで、公式の投稿を拡散らせ、誤情報を上書きしていく。もともと私は企業のSNSなどでの情報拡散を生み出す仕事をしていますので、その技術を災害対応に活用することができました。

中塚:2024年時点ですでにスマートフォンの所有率は90%を超えていて、ほとんどの方がスマホで情報収集をされている。速報性と拡散性を考えると、SNSでの発信が非常に重要であることは明らかです。私は東日本大震災のとき、官邸の公式Twitter(当時、現在のX)を開設したメンバーの一人ですが、その頃はSNSの普及率が10%程度だったんですね。投稿も1日に1回ほどでしたが、能登半島地震のときは発生月の1ヶ月、地震関連だけで310本の投稿をしています。

-通常業務でのSNS運用と災害対応では異なる点も多かったと思います。

河西:もちろんそうですね。我々が普段やっている仕事が災害時にそのまま活かせるか、いわば日々の業務の真価が常に問われているような、一瞬も気を抜けない状況でした。しかし、小林は危機管理広報のプロですし、炎上対策の知見も含めてチームで臨むことができた。SNS上での正確な情報拡散によって誤情報を上書きする「攻めの投稿」と、安心をつくる「守りの投稿」。このふたつで、被災者や県民の不安を解消することに一役買えたと思っています。

自粛ムードを脱し、県全体の経済を元気づけるための「応援消費おねがいプロジェクト」

-メディア対応やSNS対応からスタートしたということですが、そのほかにはどんな取り組みをされましたか?

中塚:震災後の半月くらいはメディア対応や被害状況の発信がメインでしたが、第二段階として「応援消費おねがいプロジェクト」というものをスタートさせました。震災があった2024年は、3月16日に北陸新幹線が敦賀まで延伸するというタイミング。県内全線開通という観光においてのビッグチャンスがあったわけです。前の年からPR活動を進めていましたが、地震でそれどころではなくなってしまった。でも、実際延伸する地域の被害は少なく、予定通りに開通することになったんです。
しかし、地震後の自粛ムードは高まるばかり。このままでは石川県全体の経済が沈んでしまうということに危機感を覚えました。どうすれば被災者の感情に寄り添いながら、経済を元気づけることができるかというのが喫緊の課題になったわけです。

-被災者の心情に寄り添いながらも経済も活性化させるというむずかしい状況をどのようにクリアしたのでしょう?

渡辺:能登のために自粛するのではなく、能登を応援するために食べるんだ、買うんだというメッセージを軸にキャンペーンを設計しました。能登が大変なときに楽しんでいてはいけないという意識から生まれる自粛ムードだと感じたので、まずその心理を変えなくてはいけないと考えました。

中塚:石川県知事の記者会見でも、被災地以外の石川県の経済を活性化することが、ひいては早期の復興につながるということを明確にメッセージとして打ち出してもらいました。

河西:石川県に来ることで能登の応援になる、来られない人も石川のものを購入することで応援してほしい。そういう支援の仕方があるのだということを示すために「#能登のために」というメッセージを入れたロゴを作成して、自由にダウンロードできるようにしてもらったんです。通常は使用のための申請や審査といったプロセスが必要になるのですが、これは誰でもダウンロードできるようにしたというのが大きかったですね。地元でお店をやっている方が掲示してくださるなど、石川県内ではかなり多く見かけました。

渡辺:そうですね。さらに県外にも波及させるため、東京の石川県にゆかりのある店舗をまわって協力をお願いしたり、メディアで取り上げていただくなど県外のPR活動も行いました。その後、民間企業とのコラボレーションや、著名人が出演する動画なども広がっていくことになります。

河西:「応援消費おねがいプロジェクト」がスタートしたのが2月1日。地震発生から1ヶ月後という異例のスピード感でしたし、それくらい待ったなしの状況だったということですね。

支援者のメンタルヘルスを最優先に。最前線で被災者を支える職員を守り抜く取り組み

渡辺:待ったなしという意味では、被災者を支える職員のメンタルヘルスの問題というのも、今回取り組んだ重要な課題のひとつでした。

河西:そうですね。これは岩手日報の記者さんとの会話のなかで見つけた、隠れた社会問題でした。東日本大震災の経験をもとに、今後起こり得る問題を未来予測するためにヒアリングを行ったのですが、そのとき東日本大震災でも熊本地震でも、震災対応をされていた県や自治体の職員さんが過度な心労を苦にして自死されるという問題が起きていたことを知ったんです。私の周りの県庁職員さんからも、最近あまり眠れていないといった話を聞いていましたし、これはすぐに対応しなくてはいけないと考え、小林、渡辺を中心に動いてもらいました。

小林:震災直後の激務に加え、職員の方ご自身も被災していらしたり、ご家族や親戚が大変は被害を受けていらっしゃったりする方も多い。そのなかで、職務をまっとうするため仕事を優先しているという状況もあります。そういった職員の方の葛藤に目を向けなくてはと思いました。

-具体的にはどのような対応をされたのでしょう?

渡辺:産業医科大学の先生にご協力いただき、災害対応にあたる方のメンタルヘルスケアの重要性について12本の動画にまとめ、県の公式SNSで発信しました。
その動画の反響を受けて、県庁内でもメンタルヘルスケアの研修を実施したいという要望をいただき、管理者の方を対象に研修を実施しました。これらの取り組みもあって、現時点でも災害に起因する県庁職員の自死をゼロに防いでいる状況です。

中塚:県庁内でのインナーコミュニケーションにとどめず、まず外に発信したことにも意味があると思っています。県庁職員はもとより、能登地域の市や町の職員はさらに身近な環境で大変なご苦労をされていたはず。この活動も危機管理のひとつではありますが、たとえ杞憂であっても起こる前にアクションすることが大事。「ゼロにする」ということがとにかく重要なことだったと思います。

災害広報の知見を共有することが使命。これからも「復興」と「風化防止」に尽力したい

-SNSでの対応や地域経済の活性化、自治体職員のメンタルヘルスへのアクションなど、今回の災害広報で多くの学びが得られたのですね。

河西:そうですね。そして私たちはこれを伝えていかなければならない。今回の経験を今回だけの話に終わらせず、さらにその先に向かっていくため、この知見を共有することは使命だと考えています。手はじめに「災害広報で迷わないための15のヒント」という冊子をつくり、全国の自治体に共有しています。

中塚:この冊子は誰にでも読みやすいよう8ページにまとめたもので、災害広報の現場で実際に「何が起きたか」を伝えるためのもの。こう対応すべきというマニュアル的な内容はあえて載せていません。しかし、それでも十分に価値のある情報になっていると思います。博報堂さんとつくったこの冊子と併せて、個々のアクションの課題や改善の方向性を示した県の報告書を各都道府県に共有する取り組みを進めています。

-知見の共有など、現在もさまざまな活動を続けていらっしゃいますが、最後に今後の取り組みについてお聞かせください。

中塚:これまでの震災を経験した方に伺うと、みなさん2年目からは風化との闘いだとおっしゃいます。完全には抗えないものですが、少しでも風化のスピードを緩めることはできる。復興の様子を伝えるWeb動画を制作するといった広告的なアプローチもありますし、デジタルアーカイブの構築などさまざまな手段で取り組んでいきたいと考えています。

河西:おっしゃる通り、復興と風化防止というのが大きなテーマになりますよね。特に被害が大きかった地域だけでなく、半島全体を盛りあげることで地域創生にもつなげていきたいという想いがあります。

小林:災害大国である日本では、南海トラフ地震や首都直下地震への不安も高まっています。今回の知見を最大限に活かすため、そして市民の防災意識を高めるために何ができるかを考えていきたい。「みんなの防災手帳」もつくってから10年以上経っているので、能登半島地震の経験も踏まえてアップデートできたらいいなと考えています。

渡辺:僕たちが対応していた当時は、まだAIが今ほど当たり前のものではありませんでした。ただ、災害対応広報を取り巻く環境は、AIの登場によってかなり大きく変わってきていると感じます。
たとえば2025年11月には熊被害が大きな話題になりましたが、市街地に熊が出たように見えるAI生成画像が広がって、実際に混乱を招く場面もありました。
こうしたことを踏まえると、今後大きな災害が起きたときには、正しい情報を発信するだけではなくて、AIによる誤情報にどう対応し、どう打ち消していくかも、すごく大きな課題になってくると思っています。
今回得た知見も生かしながら、時代によって変わっていく災害時の課題にこれからどう向き合っていくべきか、引き続き考えていきたいです。

中塚:今回の取り組みを通じて伝えたいことは、大きな災害が起きたときプロの広報活動チームがあることは非常に重要であるということ。県の初動対応の検証委員会でも私が強調したことです。災害広報というのはいわば「命を守るマーケティング」なんです。メッセージを届けることで、いかに命を守る行動を促すことができるか。「人の心に深く届き、行動変容を生む」というマーケティングの知見が非常に有効だと思っています。今回、その専門家である博報堂さんの力を借りられたことは非常に大きかった。どうやって被災者の心、支援者の心を動かしていくかという部分にプロの仕事が活かされていると感じます。
防災や救助の分野には全国連携の仕組みが確立されていますが、広報にはまだそれがありません。広報にも災害時に全国の力を集めるという発想が必要だと考えています。

※肩書は取材当時のものです

中塚 健也 石川県 戦略広報監

石川県出身。東京大学法学部卒業後、NTTに入社。金沢支店勤務ののち、NTT広報室やNTT秘書室などを経て、内閣官房に出向。内閣広報室で東日本大震災に関わる政府の広報対応を担う。その後、NTTアメリカ シニアバイスプレジデント、NTTアド取締役などを経て現職。

河西 智彦 博報堂クリエイティブ局 クリエイティブディレクター

一橋大学卒。1999年入社。7年の営業経験・2回のクリエイティブ試験不合格を経てクリエイティブ職に職転。どんな予算でもクライアントの売上増を実現する方法論を確立したCD。戦略PR(ニュース化)やSNS拡散も武器とし、Yahooトップニュースは20回以上獲得。SNSのバズは50回以上。カンヌライオンズ金賞・ACCグランプリ・広告電通賞部門最高賞・日本マーケティングプロモーショナル大賞グランプリ。クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリスト。

小林 由夏 博報堂 PR局 シニア広報ディレクター

マーケティング局を経て広報・PR畑へ。マーコムの広報PRに加え、危機管理広報、トップ広報、大学広報、冠婚葬祭イベント、皇室系業務等、幅広い領域で活動。

渡辺 理央 博報堂 クリエイティブ局 PRプラナー

2020年博報堂入社  宮城県石巻市出身 災害対応やインナーコミュニケーションなどの専門的なPR領域から、PRを中心とした統合的なプラニング案件まで幅広く担当。 主な受賞歴に、ACCグランプリ、PRアワード2025グランプリ等。

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