THE CENTRAL DOT

敏感であるためには、毛を剃るべし。
鹿毛康司×音部大輔×井上大輔×太田郁子が語る「New Normalにおけるマーケティング」 
【アドテック東京2021レポート】

2021.12.06
#アドテック東京2021#マーケティング
これまで経験したことのないパンデミックと、それによりもたらされた生活のシフトは、人々の価値観や感覚に大きな影響を与えています。それに伴い、よく耳にするようになった「New Normal」というワード。従来の常識が壊され、新しいスタンダードが定着していく、その変化の激しいなかで、マーケターはどのような視点を持つべきでしょうか。New Normalとは何なのか、“Norm”を捉えること自体がナンセンスでは。マーケターは顧客の変化を察知するセンサーであるべき、ではそのために何が大事か? 稀代のマーケター4名が集い、議論しました。

本稿では11月1日、2日に開催されたアドテック東京2021のセッション「「New Normalにおけるマーケティングとは?」論の最終回答」の模様をお届けします。

モデレーター
鹿毛康司
株式会社かげこうじ事務所代表 マーケター、クリエイター エステー株式会社 コミュニケーションアドバイザー グロービス経営大学院教授

音部大輔
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役

井上大輔
ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部 メディア統括部 統括部長

太田郁子
博報堂ケトル 代表取締役社長 共同CEO/エグゼクティブクリエイティブディレクター

「ライバルと共創する」というNew Normal

鹿毛
モデレーターの鹿毛です。マーケターとクリエイター、そして大学講師もやっております。さて「New Normal」をテーマに本セッションでは、まずお三方がそれぞれ現状をどのように捉えているか、プレゼンをいただきます。それから、ディスカッションを進めていければと思っております。では早速、音部さん、New Normalとは何でしょう?

音部
はい。突然ですが、New Normalをひも解くために、19世紀後半のイギリスで起きた「工業暗化」という事象について少し紹介したいと思います。産業革命によって大気中の煙が増えたところ、白かったオオシモフリエダシャクという蛾に黒い個体が増えた……ということがありました。
この蛾はもともと白っぽいコケの生えた樹林帯に住んでいて、白い個体である限り、全然目立たないので鳥に捕食されずに済んだんですね。そうやって子孫を残してきた。一方、黒い個体が生まれても鳥に捕食されるので、黒い個体は少なかったんです。つまり、白い個体が有利でした。
ところが産業革命が起こり、大気中の煙が増えて樹皮も黒く汚れ、白い個体が目立つようになってしまったんです。すると今度は白い個体が鳥に捕食されやすくなり、黒い個体が生存に有利になった。結果、今度は黒い個体が増えていった……と言われています。

ただ、見方を変えると、もともと黒い個体もいたんですよね。顕在化するには、環境が整っていなかっただけ。それと同じように、New Normalもコロナ禍をきっかけに新たに出現した習慣や様式、価値観などではなく、すでに発生していたのでないかと私は思っています。
New Normalと言えるものが表出した、と感じたできごとが、今年のオリンピックの中にありました。従来からの種目の選手達は、それこそ選手生命を賭けて競技に臨んでいますよね。ところが今回初めて正式種目に加わったスケートボードやスポーツクライミングは、そうした感じがあまりなかった気がしました。逆に、プレーヤー同士で壁の攻略を相談したり、ライバルの挑戦を皆で讃えたり、という姿が印象的でした。
もちろん、たとえば柔道などのように相手に打ち勝つことがゴールのような競技と、これらの競技は環境設定が違うので、その影響もあると思います。ただ、彼ら新しい選手に見た協働や共創の文化は、パーパスが重視される潮流や全員でSDGsの達成を目指すべき現状とも重なり、これがNew Normalなのかもしれない、と思ったのです。

個と個で向き合い、仲間になる「関係性の再構築」が重要に

鹿毛
なるほど。変化って、そう簡単にはつかめない。太田さん、先ほどの白い蛾と黒い蛾からの音部さんの話、どう思います?

太田
環境が変わると、目立たなかった部分が目立つようになるというお話は、博報堂ケトルや博報堂自体の面々に重なりましたね。もともと割と多様性が保たれている会社だと思っていて、変化が起こると「今だ」と食いついてくるハングリー精神の高い若手がいたりします。

鹿毛
では、太田さんが考えるNew Normalとは?

太田
前提として、私たちも次の変化に対応したいと常日頃から思っています。博報堂ケトルはクリエイティブエージェンシーとして「手口ニュートラル」を掲げ、課題解決のためにはどんなことでも挑戦する精神で戦ってきましたが、最近は特に広告以外の領域にもネットワークをつくりつつあります。それも、変化への対応のひとつです。

New Normalというお題をいただいて、あえて「昔と今とで違うとしたら何が違うのだろう」と考えました。基本的に人に相対する仕事なので、本質は変わらないはず。でも、それで終わらせて鈍感なまま過ぎるのはどうか、という鹿毛さんの提言に対して私が思ったのは、「ブランドパーパスブームに、小手先で乗っかるのはもうやめにしませんか?」ということです。

この数年、やはり「ブランドパーパス」という言葉がマーケティング界隈のバズワードになりすぎてしまっていた気がします。とりあえずそう掲げておけば“ソーシャルグッド”に見え、ファンが増えるだろうといった活動もあって、もったいないとも思っていました。

鹿毛
小手先の、とはつまり「その言葉を使えば自動的にうまくいくようなものじゃない」ということ?

太田
そうなんです。これは広告会社側も流れに乗っている部分があるので、自戒を込めての意見ですが。もちろん、ブランドパーパスは企業にとってとても大事です。特にこのコロナ禍においてはインナー(社員や従業員)に対して、パーパスを打ち出す意義が大きかったと思います。
同時に今、いろいろな業界の“際(きわ)”が溶けていっています。自動車業界でも、自動車メーカーの競合が同じ自動車メーカーに限らず、多方面から現れている。そうした変化を乗り切るために、異業種も含めて仲間を集め、皆でマーケティングを仕掛けていくのがこれからの時代のマーケティングなのでは、とも思うんです。
まさに先ほど音部さんがおっしゃった、協調や共創の姿勢ですよね。そうすると、ブランドパーパスとは自社のためだけじゃなく、仲間を集めるときに役立つ表明とも言えると思って。企業と企業が密接になるときの“のりしろ”でもある。そうしたものをどうつくるかが重要になっていく……マーケティングにおいてはそれがNew Normalになるんじゃないか、と考えました。

鹿毛
そうなると、何が重要になりますか?

太田
関係性の再構築」ではないかと。いろいろな人を仲間にして、皆でビジョンを実現したり、全員に利益がある仕組みをつくったりするのがこれからのマーケティングだとしたら、従来の受発注関係だったり上司・部下といった上下関係も改める必要がありそうだと思いました。たとえばクライアント企業の皆さまにも、広告会社をもっと仲間として捉えていただいてもいいのではないかと。今まで関係があった人たちを同じ目標に向かう仲間として捉え、プロジェクトにとって何をしてくれる人なのかという観点で見直すと、新しいつながりや新しい解決策が生まれるのではと考えています。

相手にアクセスする「心のパスポート」を持てるか

鹿毛
冒頭の音部さんの話ですが、これをひとことで言うと何でしょう、と聞いたところこう言われたんですよね。「マーケティングは連携と共創の活動になる」。これはほぼ、太田さんの語ったことと同じだと思いました。

音部
昔も連携と共創をしていたようにも思うんですが、昔はもっと内製化していただろうな、と。3社4社の広告会社とやりとりするといったことは、20年前はあまりなかったと思う。それに、私や鹿毛さんのように「一人でマーケティングに携わる」という働き方も、成り立たなかったんじゃないでしょうか。つまり、1社では完結できない。それが黒い蛾のように顕在化しつつあるのが今なのではないかと思います。

太田
その連携の輪に入れてもらうには、自分も何か差し出すものがないといけない。役員だろうが新人だろうが、その点がフラットに問われているのかもしれないです。

鹿毛
井上さん、どうですか?

井上
今の話で思い出したエピソードがあって。学生時代に一人旅をしていたときにウィーンのユースホステルで、とあるおじいちゃんと相部屋になったんですね。私が日本からグレン・グールドというピアニストのCDを持って来ていたのを見て、「自分もとても好きなんだ」と。そうしてそのCDを指して「ダイスケ、これは僕の心へのパスポートだ」と言ったんです。

鹿毛
相手の心にアクセスしたり、聞く耳を持ってもらえたりするような?

井上
そうですね。共創するとき、個人と個人や企業と個人がつながるときって、そんな「心のパスポート」が必要なんじゃないかと。そして、それがブランドパーパスになる。パスポートがないとつながれない時代だから、パーパスの重要性が増しているのかな、という気がしました。

スタンダードなどない=「No Normal」思考の重要性

鹿毛
ここで、そもそもNew Normalの「Norm」とは何だということを少し共有したいと思います。規範だったり、平均的なこと、皆が「当たり前だよね」と思うことが「Norm」ですね。Zoom会議なんかは、もうすっかりNormです。New Normalについて、井上さんはどうお考えでしょうか?

井上
何らかの状況をNew Normalだと捉え、それに適合しきっている状態は、かなり危険なのではと思っています。Norm自体を「ある」と思わない、「No Normal思考」が大事なんじゃないか……というのが今の見解です。
たとえばこの1、2年で複数の習慣が“新しい生活様式”として定着し、手の消毒などが当たり前になりました。でも、それをしておけば万全かというと違いますよね。Normalは、どんどん変わっていく。
それを前述のお二人の議論に結び付けると、個々のつながりや企業間共創が大事になった場合、だんだん局地戦になっていきますよね。俯瞰すると大きな川でも、局地で見ると小さな渦が無数にあるとしたら、より変化は激しくなるのでは。なので、No Normal思考がなおさら大事になるように思いました。

太田
今後はNormalというのはあり得ないのだ、と聞くと、これまでのラーニングが生かせないような恐怖感がありますね。明日にはまた違うNew Normalが現れるなら、PDCAをしようとしても意味がない。

鹿毛
恐怖心って、僕もすごく共感します。世の中どうなるか不安だから、どうしたってNormをつくりたいし、見つけたい。だから皆、アフターコロナだウィズコロナだと言っているのかもしれないね。
そうすると、そんな状況でマーケターはどうあるべきなんだろう、井上さん?

井上
マーケターは過敏であれ」と、挙げさせてもらいました。Normがないというのは一種の警句的な話で、実際にはあるんだと思います。ただ、非常に短命になっているからNo Normalっぽく見えるという話で。変わるものと変わらないものがある中で、変わるものも視点が違うと変化の仕方も違って見えるし、その変化のスピードもすさまじい。
加えて先ほどのような局地戦も起こると、具体的にマーケターに求められるのは「敏感である」こと。それを通り越して、過敏であるくらいの感度を持つべきだと思います。

マーケターって、常にお客さんの近くにいる人です。もともとその変化を感じ取るセンサーの役割がある。それで感じ取ったものを経営に上げて次の動きをつくるのが、理想的な現場と経営の役割分担ですが、現場としては今の時代、もう赤ちゃんの肌くらい敏感肌でなければ、と思うんです。

鹿毛
じゃあ、そんな話を受けて音部さん、どうでしょう?

音部
ベイビースキンね。私が初めて毛髪を剃ったとき、40年間、頭髪に守られていた部分が露出して、一夜にして過敏になったんですよ。もう、一滴でも霧雨が降ったらすぐに気づきます。気温の変化にも、ものすごく敏感になる。同じような髪型の人は、1年目や2年目は冬が寒くてしんどいとおっしゃる。
何が言いたいかというと、皆、ベイビースキンは持っているんです。でも、プロテクトされている。センシティブになろうと思ったらどうすべきかというと「毛を剃れ」です。

Normalっていうのは、それを聞いても驚かない、ということですよね。当たり前になっている。その思い込みがつまり毛髪で、センシティブなセンサーは頭皮です。普通じゃん、当たり前じゃんと思うことを自分の感覚から取り除いてみると、皆、すごくセンシティブなセンサーが現れるんじゃないでしょうか。

敏感であるために、常識を問い直そう

鹿毛
自分が「普通だ」と思っていることは、それを疑おうとは考えないんだよね。バイアスどころか、洗脳されちゃっている。太田さんは、まさしく過敏になって世の中を見ることを仕事にしていると思うんだけど。

太田
そうですね、ケトルはそういう集団です。そうあるように日頃から意識しているので、きっと皆さんの組織でも実践していただけることが多いんじゃないかと思います。
たとえば、ケトルでは年に1回合宿をするんですが、「恥をかく」ことをとても大事にしています。例えば合宿にお笑い芸人を招いて大喜利を学んだりすると、いつもはとてもスマートな人が、全然おもしろくなくて滑ったり。大人になるほど経験値が増えて恥をかく機会が減りますが、そうするとどんどん恥をかくのが怖くなります。それを強制的に取り払うのって、まさに「毛を剃る」ことかなと。

鹿毛
自分のなかの壁を壊す、常識を壊すのは大事ですね。そもそも世の中の常識って何なんだと、考え直す必要があると思います。当たり前っていうけど、本当にそうなのか。

井上
そうですね。敏感になるには、まずは自分が鈍感であることを自覚しなきゃいけない。それが第一歩だと思います。会社や業界の常識とは、従前の繰り返しであり、Normであり、自分たちに鈍化をもたらしている。

音部
どこが鈍感になっているのかのヒントのひとつは、繰り返しにあるのかもしれません。作業とか文章化、分析、活動。頻度の高いものが全部ダメなわけじゃないですが、繰り返していることは強くなるから、それだけ分厚く、鈍感になっていると思います。

鹿毛
僕は新卒で本当は広告業界に入りたかったんだけど、結果的に入らなかったから、エステーで業界の常識に左右されない企画ができたと思います。太田さん、ずっと広告業界にいる立場としてどう? 前例のないことをやっているのがケトルだったけど、もはやブランドになって、ケトルらしさに捕らわれている、と感じることはないんでしょうか。

太田
そうですね、ずっといろいろな常識を壊してきたと思いますが、おっしゃるように「ケトルらしい」の常識に自らが閉じこもってしまっていると気づく場面もなくはないです。例えば新しくケトルに入ってくる人は本来は新しい手口をもたらす人のはずなのに、「自分はケトルらしいのか」という呪いに捕らわれてしまう。

鹿毛
呪い、ですね。それはいろいろなところで起きていそうです。
New Normalから呪いまで広がりました。New Normalにおけるマーケティング、というお題を掲げたわけですが、それは「変化への対応だ!」とお題目のように30年間言い続けて変化できなかった世代を反面教師にしてほしいところもあります。皆さんには、変わること、変わっていないことを、自分たちの目でちゃんと確認しながら進んでいってほしい。最後にお三方からひとことずつ、お願いできますか?

井上
過敏であるべき、と書きましたが、そのためにはまず鈍感であることを自覚し、繰り返していることは何なのかを突き詰めるべき。それがすなわち、毛を剃ることになるのだと思います。

太田
New Normalということを改めて考えたとき、実はちょっと俯瞰すると、騒いでいるのは毛髪の多い大人なんじゃないかなと。たとえば子どもなんかは、5分もすれば新しい状況や習慣になじんで、自分をアップデートすることができます。大人ほど、恥をかくことを恐れて変化に対応できないので、恥をかくことを恐れなければ少しの変化にも動じなくなるのかな、と思います。

音部
私は「連携し、共創する」ことを今一度、挙げておきたいですね。そのためには、お互いにどこへ行きたいのか、どうやって連携できるのかが見えたほうがいい。相手を敵・味方で捉えず、自分がコミュニティにどう貢献するのかという観点も含めて“大きな絵”を見ることがこれから大事になっていくのではと思います。

鹿毛
お三方ともありがとうございました。今日この時間を何らかのヒントに、皆さんが自分の頭で考えて、明日の未来を担っていただくことを期待しています。

鹿毛康司
株式会社かげこうじ事務所代表 マーケター、クリエイター エステー株式会社 コミュニケーションアドバイザー グロービス経営大学院教授

企業のマーケティング、特にコミュニケーション戦略立案からクリエイティブづくりまでの首尾一貫とした活動をおこなっています。実務家視点とMBA理論を重ね合わせたマーケティング論を提供する活動もおこなってきました。2011年震災直後の「ミゲル少年と西川貴教の消臭力CM」はクリエイティブ力とSNS展開で社会現象となりました。エステーでは17年間にわたり宣伝責任者として、またクリエイターとして実際のCMプランニング、監督、音楽づくりなどを担当してきました。自ら中の人としてSNSで発信したりコンテンツマーケティングも展開したりと、既存メディアとネットメディアの融合を目指しています。

音部大輔
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役

17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング組織強化やビジネスの回復・伸長をマーケティング担当副社長やCMOとして主導。2018年より独立し、現職。NHKや関西電力をはじめ、国内外の多様なクライアントにマーケティング組織強化やブランド戦略などを支援。博士(経営学 神戸大学)。 著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)、『The Art of Marketingマーケティングの技法―パーセプションフロー®・モデル全解説』(宣伝会議)がある。

井上大輔
ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部 メディア統括部 統括部長

アウディ・ジャパン、ユニリーバ、ニュージーランド航空などでデジタル&マスマーケティングのマネージャーを歴任。ヤフーMS統括本部マーケティング本部長を経て現職。著書に「マーケターのように生きろ(東洋経済新報社)」など

太田郁子
博報堂ケトル 代表取締役社長 共同CEO/エグゼクティブクリエイティブディレクター

2001年に博報堂に入社。ストラテジックプラナーとして、様々な企業の経営戦略、マーケティング戦略の立案や商品開発に参画。2012年PR発想で統合コミュニケーションを実施する博報堂ケトルに参加。ストラテジックプランニングを軸足とする強いターゲットインサイトの発掘と、PR的な合意形成スキルを融合し、新しい形の統合コミュニケーションを得意とする。2015年に博報堂ケトルにPR専門チームを設立、そのリーダーを務める。2019年10月より同職。

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事