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クッキーレス時代のDX 生活者に愛されるブランドはなぜ必要か(連載:愛されるDXはカタチにできるのか Vol.6)

2021.10.28
                     永川(上)・小林(左)・渡邊(右)

「広告朝日」の新連載「愛されるDXはカタチにできるのか」の第6回、生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクター 永川智也/ 博報堂DYメディアパートナーズ プラットフォーマー戦略局 データアナリスト 小林昂平/ 同局 メディアプロデューサー 渡邊一平の記事が掲載されました。

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。
連載第6回の話者は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクターの永川智也と博報堂DYメディアパートナーズ プラットフォーマー戦略局の小林昂平、同・渡邊一平。永川は小林や渡邊とともに、プラットフォーマーのデータやツールと生活者発想のクリエイティブを掛け合わせ、新しいソリューションやサービスの開発を行っています。そんな3人に「クッキーレス時代のクリエイティブ」というテーマで、クッキーレスの本質を捉えて取り組むべきことについて聞きました。

データは企業のものから生活者のものへ

──クッキーレス時代の到来に向けて、企業はどう対応すべきなのでしょうか。

永川:まず、サード・パーティー・クッキーを活用したマーケティングを行っている企業にとって、クッキーレスは重大な問題です。ただ、これはプラットフォーマーにとっても重大な問題ですので、大規模なプラットフォーマーを中心に代替え手法が開発されることが予測されます。今後は、代替の手法が出ては、規制が厳しくなっていくことを繰り返す、いわゆる「イタチごっこ」になるのではと思われます。企業側は、プラットフォーマーが打ち出してくる代替えの手法に対応し続けるための体制を整えておくべきでしょう。

しかし、それはあくまでも短期的な対応で、クッキーレスの背景にある本質的な課題を解決することはできません。

                             永川

渡邊:そもそも、データは生活者のものなので、今後、企業は「私のデータを使ってもいい」と生活者に同意を得なければなりません。短期的な対応をしながらも、生活者からデータ使用の許諾を得るためにはどうすればいいのか。その中長期的な対応も考えていく必要があります。

小林:2022年には改正個人情報保護法が全面施行され、個人に関するデータの利用が制限・規制されることが決まっています。短期的な課題を解決していくことはもちろんですが、今後は、法律に則って生活者のデータを集めていく必要があり、それを見据えたビジネスやサービスを私たちは考えていくべきだと思っています。

──クッキーレスによって、どのような変化が起きるのでしょうか。

永川:私は三つの変化があると思っています。一つは、マーケティングの手法の変化です。ひと昔前、デジタルマーケティングでは「枠(※)から人へ」という考え方が主流でした。しかし、データ活用が制限され、「人」へのターゲティングが制限されるようになると、「人から枠へ」の揺り戻しがくると思います。とはいえ、単に昔と同様の「枠」に戻るのではなく、これからは「人も枠も、どちらも大事になる」と考えています。そのときに重要なのが、気持ちの盛り上がりを「枠」で捉えることです。
※枠…広告枠 人…サイト訪問者のこと

──気持ちの盛り上がりは、どのように捉えるのでしょうか。

永川:方法は二つあります。一つは、気持ちが盛り上がっている瞬間(モーメント)を捉らえることです。

例えば、家の購入を検討している人の気持ちが盛り上がっている瞬間をより確実に捉えられるのは、不動産サイトに訪れている人に広告を出すことです。例え不動産に興味があっても、続きを早くみたいドラマを動画サービスで視聴しているときに不動産の広告が出てきても、スルーされる可能性は高いと思います。このように、当たり前ですが、不動産に興味のある「人」に加えて、気持ちの盛り上がりを捉えるために不動産サイトに「枠」を確保することが広告効果を上げるためには大切になります。

渡邊:ニュースサイトの広告枠を管理するメディア側でも、AIによってニュースの内容がポジティブなのか、ネガティブなのかといったような文脈や意味合いを読み取って、ターゲティングができるコンテキシャルターゲティングという手法も出てきており、技術としても発展が進んでいます。

永川:極端に言えば、子どもの不幸なニュース記事を読んでいるとき、その横に新築情報の広告が表示されても、たとえ不動産に興味を持っている人であっても、クリックしたいと思う人は少なく、子どものための募金に関する広告のほうが、ニュースの記事との親和性があって目を引くと思います。それが「気持ちが盛り上がっている瞬間を捉える」ということです。以前からある手法ですが、最近はAIの技術も発達し、より精度の高いマッチングができるので、再注目されています。

──この記事には、この広告が合うだろうとAIが判断するということですか。

永川:そうです。かつては「子ども」という単語のみで判断していたので、ニュースの内容問わず、子どもに関連する広告が表示されていました。しかし、今はニュースの文脈を読み取った上で、記事のトーンにあったより最適な広告が表示されるため、以前よりも気持ちの盛り上がりの瞬間を捉えられるようになっています。

──気持ちの盛り上がりを捉える、もう一つの手法についても教えてください。

永川:もう一つは、企業側が気持ちの盛り上がりも作り、その瞬間も捉えるというものです。一つ目の手法の課題は、あくまでも気持ちの盛り上がりは広告を見る人にゆだねているので、どちらかと言うと受動的。パイが限られていたり、レッドオーシャンになりがちだったりもします。

一方、動画や記事などのコンテンツで気持ちを盛り上げ、その瞬間を捉えるということは、ニーズをつくり、つくったニーズが生まれた瞬間を捉えることになります。いわゆるコンテンツマーケティング、インフルエンサーマーケティング、優れたマス広告のクリエイティブやPR活動などですが、この手法が確立できると競合が少ないため、自社に有利に導きやすくなります。

小林:いずれの手法も以前からあるものですが、今後は個人に関連するデータの利用が難しくなることで、人を特定せずに適切な広告を配信する技術としてコンテンツやモーメントを捉える手法が見直され始めています。

                             小林

永川:この手法には生活者の気持ちを盛り上げるためのクリエイティブが必要で、私たちの腕の見せ所です。今までのマスクリエイティブやPR、SEOなどに加え、例えば、生活者の悩みに答える記事や動画をサイトやSNSで展開し、検索してきた人の自社への気持ちを盛り上げたり、クリエイターとしてのインフルエンサーを尊重し、彼らとファンに受容されやすいクリエイティブを一緒に制作してもいいと思います。これらの手法を用いる場合もクリエイティブを展開するためのより有利な「枠」や「場」の確保が、自明のことですが大切になります。

愛されなければDXも成功しない

──クッキーレスがもたらす三つの変化の二つ目は何でしょうか。

永川:二つ目の変化は、データを持たない企業は、データを持つ企業に合わせるしかなくなることです。クッキーレスに伴い、プラットフォーマーや企業は、各社が持っているデータを社外に持ち出すことができなくなります。各社を「国」に例えてみるとイメージしやすいと思います。これまでデータは各国を自由に行き来できていました。しかし、国境が閉じてしまい、データが国境を越えられなくなった。それがクッキーレスの状態です。国内で自社のデータを使うことはできますが、相手の国では使えなくなる。その代替手段の一つとして注目されているのが、データクリーンルームです。

──データクリーンルームとは、どういったものなのでしょうか。

渡邊:通常、企業はプラットフォーマー上で広告を配信し、プラットフォーマーが購買や申込みなどのコンバージョンを計測、効果を検証していました。しかし、コンバージョンしたデータは、もともとは企業のものなので、クッキーレスの環境ではプラットフォーマー側での計測が困難になります。

そのため、企業のコンバージョンしたデータと、広告を配信したプラットフォーマーのデータをつなぎ合わせるための、安全性の高い場所(環境)が必要になりました。それが、データクリーンルームです。

永川:プラットフォーマーと企業が、個別にデータをやりとりするためのデータクリーンルームをどこに作るか。通常の国境のように中間地点につくることは難しく、情報が漏洩しないように、どちらかの“国”の中で行うのですが、プラットフォーマーがデータを持ち出すことは、あまり期待できそうにありません。データを持ち出すためには、自分たちのユーザーの許可が必要なので、メリットがないからです。

つまり、プラットフォーマーに自社のデータを提供しなければ、データクリーンルームは成立しない。要するに、膨大なデータを持ち、分析するノウハウもある企業がより強くなり、データを持っていなかったり、活用がうまくいっていなかったりする企業は従うしかなくなるかもしれないということです。

──プラットフォーマーにデータを提供するために、企業は自分たちのユーザーに「データの使用許諾」を得る必要があるのですね。

永川:そうです。既に、各企業は許諾を取り始めていますよね。今は、許諾のためのポップアップが表れても、「よく分からないから、いいか」とOKボタンを押す人は多いでしょう。しかし、クッキーという言葉を携帯電話の電話番号に置き換えたとしたら、途端に反応は変わるはずです。アクセスしたWebサイトで「あなたの携帯番号を活用してもいいですか」と聞かれたら、嫌だと思う人がほとんどではないでしょうか。

けれども、20年くらい前には、個人間で物を売買したり、仲間を集ったりするための雑誌があり、個人の携帯電話の電話番号が掲載されていました。日本中、どこにでも電話帳もあり、誰でも簡単に他人の電話番号を調べることができました。そのことに抵抗がなかったのは、個人情報に対するリテラシーが低かったからです。

今後、携帯電話番号に対する意識と同じように、クッキーをはじめ、個人情報に関する生活者のリテラシーが上がることはほぼ間違いないでしょう。それに伴い、データの使用許諾を得ることが難しくなると思います。

──許諾を得るためには、どうしたらいいのでしょうか。

永川:どんな会社だったら、自分の携帯電話の電話番号を使ってもらってもいいと思えるでしょうか。この連載の「愛されるDX」というテーマで考えると、愛されている企業であるかどうかということになります。企業は生活者から愛されていなければ、データの使用許諾はもらえない。つまり、生活者に愛されていない企業は、目指すDXができなくなるかもしれないということです。それが、クッキーレスに象徴されるデータが企業から生活者のものになることがもたらす三つ目の最も本質的な変化です。

では、どういう会社が愛されるのか。「愛される」を分かりやすく言うと、生活者が企業のファン=推しであるかどうかだと思います。例えば、推しのアーティストやアイドルから「あなたのデータが私が目指すことを本気で実現するためには必要なので、是非使わせてほしい」と言われたら、断わる人は少ないと思います。

──生活者に愛される=推しになってもらうために、企業は何をすべきなのでしょうか。

永川:その企業の推しになりたいと思わせる、ファクトが必要だと思います。その企業が何を成し遂げようとしているのか。まずは、WHY(なぜ)を明確にして伝えることが大切です。そして、データを預けることで、自分にとっても社会や世界にとっても、将来いいことがあるかもしれない。そう感じさせる企業であることが重要なのではないでしょうか。その上で、データを預けたことで生活者が実感できるなんらかのプラス体験を提供できるとより理想的です。愛されるための基準は、少なくとも有名とか会社の規模が大きいといったことではないと思います。最近、パーパスが注目されているのも、データ起点ではないですが、企業活動において愛されることが重要になってきていることと関係しているのかもしれません。

──ブランディングとは違うのでしょうか。

永川:ブランディングという言葉は人によって捉え方が違いますが、認知やイメージを高めていくことをブランディングとしているのであれば異なります。ブランドの活動に能動的に参加したい、関わりたいと思う人を増やすことが重要です。その参加の仕方の一つの形態として、購買や口コミなどとともにデータの提供があると考えています。少し例えはよくないかもしれませんが、いい人が必ずしも恋愛対象にはならないのと同じかもしれません。

少なくとも自社のDXのために顧客のデータを集めるという発想では、参加したいという人は増えないと思います。こういう意味のあるサービスを提供したいから、データが必要なんだというメッセージを発信することが大切です。その上でデータ利用の許諾をいただき、プラットフォーマーと連携してサービスを広げていく。主従の発想を逆転させることが必要だと思います。

小林:今後、データを第三者に渡すことは、ハードルが高くなると思います。そのためにも、まずは自社でデータをしっかり蓄えることが大切です。自社のデータを自社の顧客のために使うことは、今後も侵されることはありません。私たち広告会社としても「広告」の領域だけではなく、クライアントの顧客データを活用したマーケティングやサービス開発などの領域にも注力しており、機械学習モデルの構築やCRM施策の実施なども実績があります。

──企業のデータを預かるとき、課題に感じていることはありますか。

小林:データがサイロ化されており、分析を行うまでのデータの整理に時間がかかることに課題を感じています。データを取得していても、部署ごとにデータを管理していて、各データを1つに集約するまでに社内の調整や技術的な問題が発生してしまうケースが多いです。

──今後はどういった領域にチャレンジしていきたいですか。

渡邊:これまでは、プラットフォーマーのデータをクライアントのマーケティングに生かし、課題を解決するためのソリューションを作ることに従事していました。最近は、その一歩先まで踏み込み、データを活用して、顧客に新しい価値と一緒にデータを返していくサービスなども考えています。プラットフォーマーのデータにクリエイティビティを加えて、愛されるカタチで生活者に提供する。そんな挑戦もしていきたい。

                             渡邊

永川:生活者にデータを返すという発想は、面白い。ただ単に興味のある情報を届けるということではなく、銀行のように、データを預けてもらったら利子をつけて何か返すとか。この利子くらいまで生活者が実感できるようなものができると、なにか可能性がありそうですね。

渡邊:まだ具体的な構想には至っていないのですが、例えば、健康に関するデータを企業に預けたら、健康状態との差分や、どんな食生活・運動をした方が良いか、などのその企業が保有するデータや技術と掛け合わせてこそ出せるパーソナライズの健康状態との差分や、どんな食生活・運動をした方が良いか、などのその企業が保有するデータや技術と掛け合わせてこそ出せるパーソナライズの新しい示唆が戻ってくるとか・・・。

永川:データを預けると、本当に有益だと感じられる情報や体験がバックされるのはいいですよね。

そういったサービスを生み出しやすくするために、情報銀行がフォーカスされていますし、小さな企業がいくつも集まり、プラットフォーマーに対抗する第三勢力になる動きも活性化しつつあるようです。ただ、本質的には、自身のデータを喜んで預けてもらえる状態を作り出せなければ、結局、有効なデータ活用は難しくなります。

炎上やリスクを避けるための嫌われない広告は、嫌われない代わりに、関心も持たれない可能性は高い。それよりも、もしかしたら一部からは嫌われるかもしれないけど、他方からは支持がある。自分たちの個性や主張をしっかり打ち出していくことも、データ活用という意味合いにおいては、必要かもしれません。

自社の推しをつくるためにはどうしたらいいか=生活者の情報を使わせてもらうためにはどうしたらいいか。そういう視点で考えていくことが、クッキーレスに象徴される、生活者がデータの利活用権をもつ時代のマーケティングDXを成功させる上で、大切だと思います。

永川 智也(えがわ・ともや)
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 チームリーダー

報道ディレクター、サイバーエージェント、ヤフーを経て博報堂へ。 データ活用とマスメディアも含むインフルエンサー連携による企業成長支援を行う。MBA(経営学修士号)取得。

小林 昂平(こばやし・こうへい)
博報堂DYメディアパートナーズ プラットフォーマー戦略局 データアナリスト

2017年株式会社博報堂DYデジタル入社。1年目からデータアナリティクス業務に従事し通信・自動車・アパレルなどのクライアントに対してデータ取得~分析・効果検証までを一気通貫で支援。現在はプラットフォーマーのソリューションを活用した新規サービス開発やデータ活用の支援などに従事。

渡邊 一平(わたなべ・いっぺい)
博報堂DYメディアパートナーズ プラットフォーマー戦略局 メディアプロデューサー

2019年株式会社博報堂DYメディアパートナーズ入社。入社以来、デジタルプラットフォーマーと向きあい、メディアプロデュース業務や分析ソリューションの開発に従事。現在はプラットフォーマーのデータやテクノロジーを活用したクリエイティブソリューションの実装も担当。

※「ウェブ広告朝日」より転載
(21-3049 朝日新聞社に無断で転載することを禁じます)

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