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アルスフェス2021の見どころ・新しい世界を見つめる視点-イノベーションに向けた3つの補助線から・(アルスフェス2021直前解説 Vol.3)

2021.09.06
#アルスエレクトロニカ#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
2014年からアルスエレクトロニカと「アートシンキング」を日本社会に実装する目的で協働している、博報堂アートシンキング・プロジェクト。そのメンバーが、間もなく開催される「アルスエレクトロニカ・フェスティバル2021」のポイントを短期集中でお伝えしていきます。
第3回は博報堂ブランド・イノベーションデザインの劉思妤が、Prix Ars Electronica(プリ・アルスエレクトロニカ)の今年の受賞作品から、アートが社会に問いかける意義について解説します。
※アルスエレクトロニカは、オーストリア・リンツ市を拠点とする世界的な文化・芸術機関です。博報堂は、アルスエレクトロニカ内の組織でR&D・コンサルティング機能を有するアルスエレクトロニカ・フューチャーラボと、2014年度より提携し、協業しています。

こんにちは。アルスエレクトロニカと博報堂による「アートシンキングプロジェクト」メンバーの劉と申します。
前回の記事「アルスフェス2021の見どころ・地続きの自然へ・(アルスフェス2021直前解説 Vol.2)」に次ぎ、今回もプリ・アルスエレクトロニカの今年の受賞作品から、アートが社会に問いかける意義を探っていきます。

我々が接するアートには様々なジャンルがありますが、プリ・アルスエレクトロニカには主にメディアアートを中心とする作品が集まっています。受賞アーティストたちはテクノロジーを駆使した作品を通して、社会に問いかけを行い、我々に新しい世界観を気づかせてくれる存在です。昨年のアルスエレクトロニカ ・フェスティバル2020 レポートでもご紹介したように、アルスエレクトロニカに集うアートに、次の3つの意義を我々は見出しています。
・ Art as Journalism:いま起きていることを知る
・ Art as a Compass:進むべき方向を指し示す
・ Art as a Catalyst:私たちを触発し、意志に力を与える
今回は、上記の3つの意義に照らし合わせながら、作品を紹介します。

- Art as Journalism:いま起きていることを知る –

現代社会で起きている様々な問題に着目し、題材として取り上げることで人々の視点を課題に集め、広く議論を巻き起こす。そんなアーティストのジャーナリズムを感じる作品として、AI&ライフアート部門のHonorary Mentions 受賞作品から『Capture』を紹介します。
『Capture』はPaolo Cirio氏による作品で、彼は過去に何度もプリ・アルスエレクトロニカで受賞し、キャリアを通して情報社会における個人情報の扱いや民主主義の意味への疑問を作品に反映してきたメディアアーティストです。
彼はフランスのデモ活動中に撮影された写真を収集し、その写真を顔認証ソフトウェアで処理することで何千人もの警察官の顔を抽出し、本人の同意を得ずにオンライン上で公開、かつそれぞれの名前を特定可能なクラウドソーシングを構築しました。またその警察官たちの写真をポスターとしてパリの街中に貼りました。この一連のアート活動は、警察への攻撃ではなく、権力の非対称性について、また顔認識と人工知能の潜在的な悪用について疑問を投げかけています。このような新しい技術へのプライバシーに関する規制がないが故に引き起こされる問題を、挑発的に世の中へ訴えています。

Capture / Paolo
Cirio Credit: Paolo Cirio

AIとプライバシーの問題は、かねてから議論が行われてきました。顔認証システムは個人を特定して、行動を追跡・監視するツールとして、間違った用途で使われる場合は社会に深刻な影響を与えることが考えられます。日本ではまだ浸透されていませんが、ヨーロッパでは既に警察など法執行機関によって明確な規制が必要と議論されています。その実態を踏まえ、この『Capture』は、AIの開発と利用に関する倫理原則が整備されていない中、個人データの流出リスクやアルゴリズムによるバイアスの助長はどのような課題が生じ得るのかに警鐘を鳴らしています。
昨今我々の日常生活において、スマートフォンで顔認証を行うことが当たり前になってきています。これからAIに頼り、膨大なデータから瞬時に最適な答えを導き出すことを期待してしまいますが、生活者に対しての情報モラルや人権への配慮、自社のデータやアルゴリズムの取り組みに関する説明責任はさらに重要となります。今後実際に起きうる問題をこの作品は示し、我々に対処すべき課題を投げかけているのです。

- Art as a Compass:進むべき方向を指し示す –

デジタルミュージック&サウンドアート部門のGolden Nica受賞作品から『Convergence』を紹介したいと思います。
『Convergence』は演奏者が自分自身の特徴を学習したAIアバターと共演する音楽パフォーマンスで、作曲家、AI専門家、演奏家、国立音響音楽研究所によって行われる共同プロジェクトです。
この作品には複雑なAI技術が使われ、収集したデータを一度圧縮し、重要な特徴量だけを残し復元処理をするアルゴリズムが表現方法に使用されています。それによってスキャンされたチェロの音はそれに似た人間の叫び声へ、スキャンされた演奏家の顔は少しぼやけた顔へと変換されるなど、時には、我々の予想が追いつかない新たなイメージが出力され、私達が見ている世界とは異なった世界、AIが見ている世界が可視化されます。また、性別・顔の特徴が全く違う演奏者Aから演奏者Bまでのイメージ生成されるプロセスが可視化されている様は、人間とAIが協働する様子をリアルタイムで見ているような錯覚を得ます。
パフォーマンスでは、そういった演奏者たちの表情や動作や声などの素材をできるだけ多くデータセットに蓄積した後、演奏者がステージに上がり、背後にあるスクリーンに映りだされるAIアバターと共演します。

Convergence / Alexander Schubert
Credit: Alexander Schubert

この写真は、演奏者たちの背後にあるスクリーンにAIのパラメータによって変換された、知っている本人の顔とは少し違う存在が生成されており、美しいけれど、どこか不気味さが残るパフォーマンスが映し出されています。
アーティストたちはこの作品を通じて、AIアバターによって人間の知覚が揺らぐ様を可視化し、人間同士のコミュニケーション間での心的世界でも同じことが起きているのではないかと、鋭く問いを投げかけています。我々の知覚はゆるぎないものではなく、実は目に見えない複数のパラメータに操作されている背景が浮かび上がってくるのです。人同士とのコミュニケーション、またロボティクスや新しい技術と我々が向き合う際に、生活者の知覚への影響、新しい関係構築のあり方、AIへどんな値を入力すべきかを、考えさせてくれる作品ではないでしょうか。

- Art as a Catalyst:私たちを触発し、意志に力を与える

最後に、コンピューターアニメーション部門のAwards of Distinction受賞作品から『AIVA』を紹介したいと思います。
この作品は、架空の初の女性ロボットアーティスト「Ai-Da」を主人公としたドキュメンタリー形式の映像作品です。主人公のAIVAは30代半ばの女性ヒューマノイドロボットアーティストという設定で、アートの世界にもっと多様性をもたらす目的で、シスジェンダー男性(生まれたときに割り当てられた性別と性同一性が一致し、それに従って生きる男性)のエンジニアチームによって開発された存在です。映像はAIVAが男性ヌードモデルに様々な姿勢を指示しながら、キャンバスにスケッチを描くシーンから始まり、最後に彼女は大成功したアーティストとして個展が開催され、彼女の周りにはギャラリストと彼女を生み出したエンジニアチームが集まり、膨大な収益がもたらされるという、ハッピーエンドで締めくくられます。

AIVA / Veneta Androva
Credit: Veneta Androva

この『AIVA』では、芸術の分野において男性中心的な価値観が主流となっていること、そしてAI分野における女性視点の欠如に焦点を当てています。ただ、男女不平等社会を強く批判する、また男性の支配に抑圧される女性たちの現実を告発といった深刻なムードは作品にはなく、ジェンダー・バイアスの問いをユーモアなストーリーで天才女性AIアーティストの成功話を描きながら投げかけています。『AIVA』を通して、ジェンダーに関する固定観念が無意識に商品・サービスに反映していないか、女性生活者の視点を欠けていないのか、またその境界線を超えるクリエイティビティについて、改めて考えることができるのではないでしょうか。

最後に

Art as Journalism:いま起きていることを知る
Art as a Compass:進むべき方向を指し示す
Art as a Catalyst:私たちを触発し、意志に力を与える
こうしてメディアアートを通して、我々は現代社会を取り巻く課題を知り、未来を見据える視点を得て、そこから我々の意志へ力を与えてくれるような、様々な気づきを得ることができます。不確実性が高まる時代に、アートの効能がますます重要になってきました。ぜひこのアルスエレクトロニカに集まる作品から、また我々の提唱するアートシンキングを通じて、社会をより良くする為に必要となる視点を獲得しませんか。

※この記事は、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnoteで掲載された記事をもとに編集したものです。

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