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生活者に長く愛される企業・ブランドであり続けるために、効率化が前提となる時代の価値創造目線のカタチとは(連載:愛されるDXはカタチにできるのか Vol.1)

2021.08.31
左から小野・茂呂

「広告朝日」の新連載「愛されるDXはカタチにできるのか」の第1回、生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 局長 エグゼクティブクリエイティブディレクター 茂呂譲治/クリエイティブディレクター プロダクトデザイナー 「広告」編集長 小野直紀の記事が掲載されました。

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 局長 エグゼクティブクリエイティブディレクター 茂呂譲治/ 博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 クリエイティブディレクター プロダクトデザイナー 「広告」編集長 小野直紀

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。記念すべき第1回は、生活者エクスペリエンスクリエイティブ局・局長/エグゼクティブクリエイティブディレクターの茂呂譲治と同・クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナーの小野直紀が登場。目指したいことや「愛されるDX」の可能性について伺いました。

大事にしたいのは、生活者の心を動かす体験づくりを起点にしたビジネスの再構築

──生活者エクスペリエンスクリエイティブ局(以下、XC局)について教えてください。

茂呂:テクノロジーの進化によって、生活者と企業と社会は常時接続しているような状態となりました。あわせて、今回のCOVID-19の影響により、日常生活もビジネスも大きく変わりました。そのような前提にたった時、企業はそもそもの存在意義にくわえ、売り方、届け方、伝え方にいたるまで従来のやり方を変える必要があります。僕たちXC局が大事にしたいのは、生活者の心を動かす体験づくりを起点にした、企業・ブランド・サービスの変革、組織改革、サプライチェーンも含めたビジネスの再構築です。生活者には、クライアント企業にとっての顧客、そして社内の方々(インナー)など各種ステークホルダーも含まれます。

広告も含めたデジタルとリアルの生活者体験、企業の新しい存在意義、事業のアクション等、構想〜発想〜実装に向き合うために、XC局は、従来の広告クリエイター人材にくわえ、事業コンサルタントやテクニカルディレクター、プロジェクトマネージャー、UXUIアートディレクターなど、多彩な専門性をもつ人材約100人から構成されています。これまでの常識にとらわれず、先進的な取り組みに挑戦している人材が集まっていて、小野もその一人です。

                              茂呂

──小野さんは、どういった経緯でXC局に所属されたのですか。

小野:僕は「monom(モノム)」というプロダクト開発チームを立ち上げ、クリエイティブディレクター兼プロダクトデザイナーとして活動しています。現在は、XC局に所属しながら、新規事業室に複属しています。それと併せて、博報堂が約70年前から発行し続けている「広告」という雑誌の編集長もしています。広告の編集長に就任したのは、2019年。これまで季刊誌だったのですが、年1〜2回の発行に変えて、現在4冊目を制作中です。

──小野さんが所属されていることからも、XC局が多様な部門であることが分かります。

茂呂:小野は、自社事業として愛されるプロダクトをカタチにして世の中に送りだしています。さらにそのデータをもとにした次のビジネス展開までつくっており、そのようなプロジェクトを複数動かしながら、同時に雑誌の編集長までつとめていて、もはや「何屋さんですか?」という感じです(笑)。でも面白いですよね。こういう人材の多様性の掛け算から新しい取組みが生まれています。

小野:以前は、コピーライターとして広告を制作していました。そのときも、人間の根本的な心理から考えていました。こういう体験をしたら、どういう気持ちになるか。想像を膨らませて、広告にして世の中に打ち出す。うまくいくこともあれば、失敗することもある。それらを繰り返してきた経験を生かし、今はプロダクトや事業をつくっています。

茂呂:XC局には小野のように、コピーライター出身のプロダクトデザイナーもいるし、事業会社出身のテクニカルディレクターもいる。それぞれ最初に培ってきたコアなスキルをベースに、デジタル常時接続時代における生活者体験をどう構築するか。小野は、まさにそれを実践していますね。

                              小野

──この連載は「愛されるDX」というテーマを掲げています。愛されるDXとは、一体どういったものなのでしょうか。

茂呂:XC局のミッションは「愛されるDXをカタチにする。クリエイティブの力で、生活者接点すべてを心動かす体験にぬり替える」です。DXの効率化に向き合いながらも、僕たちは長きにわたり生活者や社会に愛される価値創造の目線も大事にしています。それが「愛される」という言葉に込めた思いです。

そして、僕たちはクリエイティブの組織なので、構想だけでなく、カタチにしていく。さらには、顧客だろうがインナーだろうが心を動かす体験を用意しないと何もはじまらないのでそこにもこだわる。それが、僕たちの存在意義であり、このテーマにこめた思いです。

──仕組みを用意するコンサルティングとの違いですね。クライアント側の経営層からは、具体的にどういった相談が多いのですか。

茂呂:経営層の方々からは、まさにこの効率と価値創造の両輪をどのように進めるかといった相談が多いです。短期売上拡大・収益化とサステナブルな活動をどのようなバランスで見ていけばいいか、そのために経営層と現場層、既存部門と新規部門を有効に連携させる仕組みをどうつくるかなどです。DXはこれらのテーマにすべて紐づいていますね。

ここにおいては構想や仕組みだけでなく、やはり顧客やインナーのモチベーションをどのようにつくるか、つくり続けるかといった生活者への洞察力や、同時にカタチまで見せながらクライアントとイメージを共有していけるという部分で、クリエイティブ組織の我々がプロジェクト初期から呼んでいただけている理由かもしれません。もちろん、僕らだけでは完結しないこともあるので、社内他組織は当然のこと、コンサルティング会社を含め、他業種の方々と連携して進めるプロジェクトも多いですよ。各社の強みを発揮しながら共創型で推進する業務は今後も増えていくと思います。

──小野さんに質問です。広告とプロダクト、それぞれ作るときの考え方は違うものなのでしょうか。

小野:象徴的(シンボリック)であることと、馴染む(アダプティブ)ということ。ものづくりにおいて、それらは共存できると思っています。広告は、いかに目立ち、コンセプトを象徴的に提示することができるかが大切です。だけど、プロダクトを通じた体験はそれだけでは成立しません。生活の中に馴染み、一緒に過ごしていくことで、ようやく愛着が湧いてくる。そうしたプロセスをイメージして設計することが、プロダクトデザインには必要です。

広告とプロダクトではアウトプットするものは違いますが、「人がどう感じるか」を考えることは、基本的には同じです。「広告のコピー」は、いつ、誰に言われるか。プロダクトも、その人の生きている時間の連続、瞬間瞬間でどう体験していくか。広告会社で経験を積んだから、そう考えるのかもしれませんが、僕としては意識することはさほど変わりません。

愛されるDXに欠かせないことは、データを人と社会に馴染ませる編集力

──monomが開発し、2016年12月に発売した「Pechat(ペチャット)」は、「愛されるDX」というテーマと一致しますね。

小野:「これ、すごい!」と心が動く瞬間、「ワオ! モーメント」をつくることと、使いやすい、つまり意識せずとも使えること。それらを織り混ぜて設計することが、プロダクトには大事だと思っています。「ワオ! モーメント」のようなものが象徴的な部分で、無意識に使ってしまうのが馴染む部分です。

                              Pechat

Pechatは、ぬいぐるみにつけるボタン型のスピーカーで、ぬいぐるみを通して子どもとおしゃべりすることができるのですが、発売当初と現在では機能が異なります。ブルートゥーススピーカーを活用したプロダクトなので、ユーザーのニーズに合わせて専用アプリをアップデートしているのです。機能を変化させた理由のひとつは、出産祝いとして購入する人が多いことが分かったからです。

子どもとぬいぐるみがおしゃべりできるようになるというのがポイントなのですが、赤ちゃんはまだ話せません。そこで、赤ちゃんとぬいぐるみの接点を考えてみました。例えば、赤ちゃんが泣いたら、ぬいぐるみがあやしてくれるとか、赤ちゃんが物音を立てたら、キッチンで料理をしているお母さんにお知らせするとか、そういった体験があったら便利だろうと考え、「あかちゃんモード」という新しい機能を追加しました。

他にも、イヤイヤ期の子どもに役立ったという声があったので、専門家の監修のもと、イヤイヤ期専用のセリフ集も追加しました。こうした声を拾うために、最初からリクエスト機能をアプリに付けていました。あがってくるリクエストは毎週確認し、機能の更新を検討しています。そうやって、少しずつ世の中に馴染んでいくのだと思います。

──愛されるプロダクトになるために、意識していることは。

小野:茂呂が最初に効率化だけではないという話をしたと思いますが、僕も効率化に替わる新しい何か、「効率化のオルタナティブ」について考えています。効率化によって得られるものは、成長や利益などが挙げられると思います。それはビジネスの手段として必要なこと。ただ、クライアントが掲げている大きな目標は、利益だけではないはずです。

ビジネス自体も手段と言えます。大きな社会的目標があり、そこに少しでも近づくために、ビジネスがある。つまり、僕たちはクライアントがビジネスによって叶えたい大きな目標に貢献すべきなのだと思います。そのためには、数字だけじゃない部分も知る必要がある。それで、効率化のオルタナティブを考えているのです。その行き着く先は、社会や人だと思います。社会や人をちゃんと見る。効率だけを追求したり、ビジネスの成長だけを見ていたりすると、社会や人が見えにくくなってしまう。クライアントにとって、もっと必要な何かがあるはず。それがなにか明快には言えないけれど、博報堂で働く僕たちは、直感的に感じています。

そういった考え方を大事にしつつ、DXも取り組む。あらゆるものが数値化され、視覚化されるので、それをうまく活用する。僕は効率化を図るための仕事は好きではありませんが、両方やるべきだと考えています。数字を達成しながら、非効率に見えることも取り入れる。非効率だから愛されるものができるとは限りませんが、数字はおろそかにせず、人間的なとことも大事にしていくのが、僕たち博報堂のやり方だと思います。

茂呂:デジタル化によって、多くのものが測定可能になりました。しかし「愛される」って、測定不可能な要素も多いですよね。私たちは、そんな測定不可能な世界にも意味があると信じています。もちろん、測定可能な結果を見ながら、次の愛される体験をつくっていくアプローチはすべきで、小野が開発したPechatは、生活者のリアクションをみながら次の打ち手を考えていく。これは、まさに数値化されたデータを見ながら、愛されるための次の体験づくりです。私たちのDNA「生活者発想」や「クリエイティビティ」も時代にあわせて、大きくアップデートする必要があります。

──monomが手掛けた「ウェアラブル英会話教師ELI(エリ)」も、ユーザーとともに進化するイノベーティブなプロダクトですね。

小野:ELIは、5年くらい開発を続けている洋服の襟に付ける小型のマイクデバイスです。自分が会話した声を記録して解析し、アプリ上で自分にフィードバックしてくれるので、自分らしい言葉づかいで英会話を学ぶことができます。ペチャットと同様、アプリをアップデートすればユーザーの要望に応えていくことができます。さらに営業支援ツールなどへの展開も考えています。営業先でどんな風に話したか、言うべきことを分かりやすく伝えているかなど、自分で自分にフィードバックすることもできます。生活者がより豊かさを保つために、何ができるか。便利なだけなら、僕らが作らなくてもいいとさえ思っています。

──作って終わりではなく、継続してコミットしていくことが、愛されるDXには必要そうですね。

小野:人付き合いに例えると、分かりやすいと思います。知らない人が、とてもいいことを言っても、1回限りでは、その人のことを慕うことはないと思います。何度も話を聞いてくれたり、たまに怒ってくれたり、どうでもいい話もしたりすることで、関係性は築かれていきますよね。プロダクトも、継続的な関係性を築いていこうとするならば、売り上げや顧客の反応だけを見るのではなく、ブランドと人、人とモノの関係性も大事にすべきだと考えています。

──数値化できない価値創造に取り組むとき、クライアントとはどうやって関係性を高めていくのですか。

茂呂:生活者と企業、社会が常につながっているように、僕らもクライアントと常時接続することが増えました。オリエンテーションがあって、1ヶ月後にプレゼンみたいな世界ももちろんあるのですが、今はまるでテニスでラリーをしているような感覚で、お互いの考えをポンポンとやりとりしていく。クライアントのオフィスに席を置かしてもらうこともあるし、オンラインでやりとりすることも珍しくない。そういったラリーのような会話を重ねていく中で、数値化できない価値も共有されていきます。

──クライアントと常時接続となって、クリエイティブチームがこれまで以上に意識することや、強化しているスキルなどはあるのですか。

小野:僕らは客観的に、俯瞰してクライアントのことを見て、冷静に分析したり、自由に発想したりできます。そんないい意味での第三者的な視点を意識的に持つことは、クライアントとのつながりが密接になるほど必要だと思います。

あと、クライアントとは意見を言い合える関係性を築くことを大切にしています。共通の目的に、一緒に向かっていく。そういったスタンスで仕事に取り組むほうが、クライアントにとっても僕らにとってもメリットは多いと思っています。

──今後、さらにデジタル化は加速すると思います。そんな中、デジタル化に対する強化は必要なのでしょうか。

小野:効率化すべきことと、してはいけないことの見極めが重要になると思います。例えば、打ち合わせも効率的であるべき内容もありますが、1日じっくり時間をかけて話したほうがいいテーマもありますよね。効率的に仕事をするだけでは培われないチーム力もあるだろうし、発想のジャンプも雑談から生まれることも多い。創造のためにも、効率化すべきでないことは何か。それを考えることが重要だと思います。

そもそも、これまでの経験からも、仕事が面白いと思える状況のほうが、結果としていいものが生まれることが多い。仕事のために仕事をしているわけじゃないですからね。効率化の追求だけでなく、非効率なやりとりについても考えるべきなのだと思います。僕の場合は、効率化だけを求める人とは仕事をしません。非効率な部分に対する価値をわかっている人と向き合いたい。そのほうが、お互いの能力を発揮できるような気がします。

茂呂:デジタルの施策を強化するのではなく、デジタルが浸透した生活やビジネスを前提とした企業の存在意義、組織、戦略、生活者体験をつくりなおすという意識を従来以上に強くもつということが大切かなと思います。僕たちも生活者発想、クリエイティビティというベースを大事にしながら、時代にあわせアップデートさせ、あり方そのものも、変化していきたいと思います。

茂呂 譲治(もろ・じょうじ)
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 局長
エグゼクティブクリエイティブディレクター

2011年博報堂に中途入社。デジタル時代の企業変革から実装まで向き合うクリエイティブ組織を率い、自らも複数企業のパートナーとして多様な課題に向き合う。
社内プロジェクトでは、社内外複数企業と連携し、メディア、テクノロジーを中心としたソリューション開発や体制づくりも牽引。

小野 直紀(おの・なおき)
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 クリエイティブディレクター
プロダクトデザイナー

2008年博報堂入社。空間デザイナー、コピーライターを経てプロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom」を設立。社外では家具、照明などのデザインを行なうデザインスタジオ「YOY」を主宰。
2019年より博報堂が発行する雑誌『広告』編集長。

※「ウェブ広告朝日」より転載
(21-2858/朝日新聞社に無断で転載することを禁じます)

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