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Z世代のキーワード「ヘルシー」を、デザインシンキングの実践から探る ―デザイン・リサーチ・プロジェクト 「銭湯で、“これからのヘルシー”を考える」 レポート 

2021.05.17
#リサーチ#博報堂ブランド・イノベーションデザイン
「銭湯で、“これからのヘルシー”を考える」プロジェクトは、デザインの力によってイノベーティブな「これからのヘルシー」を構想し社会実装することを目的に、博報堂ブランド・イノベーションデザイン、東京大学生産技術研究所のDLXデザインラボ、博報堂グループのSEEDATAが共同で企画しました。三菱地所株式会社、日本たばこ産業株式会社(JT)、株式会社Xenomaの参画、東京・高円寺にある「小杉湯」の協力を得て、2020年2月より一連のフィールドワーク、ワークショップとプロトタイピングを実施。同年12月には小杉湯にて、試作品の展示と簡易なヒアリングを通したオープンリサーチを行いました。本レポートでは、プロジェクトの内容とリサーチを通じて見えてきた「これからのヘルシー」についてご紹介します。

銭湯で現代の「ヘルシー」を考える

今、一部の20代の生活者を中心に、「ネットの炎上文化はヘルシーじゃない」「背伸びをしないヘルシーな考えが主流になっている」といったように、「ヘルシー」が物事のあるべき姿や、身の丈にあった行動などを表す形容詞として使われ始めています。従来ヘルシーという言葉は、身体的・精神的な健康を示していましたが、上記の意味を考察してみると、個人のレベルでは、心身ともに健康な状態かつ、我慢のないのびのびとした毎日を過ごすこと、社会のレベルでは、誰かが自分の心を殺したり、精神をすり減らしたりすることのないフェアな関係性を指しているように思います。

「ヘルシー」という考え方が、今後の未来を考える上での重要なキーワードになっていくと考え、本プロジェクトのテーマに決めました。奇しくもこのプロジェクトの開始直後に世界的に流行したCovid-19によって、改めて自分にとって、社会にとってのヘルシーとはいったい何かを見つめなおす機会ともなりました。

ヘルシーを考察するのにふさわしい場所を考えたとき、ここ数年、とくに若者の間で人気となっている銭湯が挙がりました。銭湯の数は年々減少していますが、IT技術の発展で過密で早急な働き方を求められ、常にスマホで誰かと繋がっている現代人にとって、銭湯は身体の疲れを癒すだけではなく、忙しい日常から解放され、内省したり、スイッチをオフにしたりする場所として、新たな役割を担っています。

私たちは、現代の銭湯にはヘルシーなあり方、ヘルシーな時間の過ごし方を、よりよく理解するヒントがあるのではないか?と考えました。
本プロジェクトではデザインシンキングという手法を通じて、今、再び注目を浴びている銭湯とそこにいる人々を観察することで、現代の暮らしにおける銭湯の持つ役割や価値を見出し、そこからヘルシーなサービスや商品を作ることを目指しました。

プロセスとアプローチ方法:情報の発散と収束を繰り返すことで、リアルな発見がアイデアになっていく

プロジェクトは、「ヘルシー」について掘り下げるための「デザインリサーチ」から始まり、抽象的なインサイトを明確なコンセプトにするための「アイディエーション」、それを具体化する「プロトタイプ開発」、そして作品展示を通して仮説検証するための「オープンリサーチ」という大きく4つのプロセスで構成されます。
(※プロセスの中で大切になってくる考え方については、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnoteの記事(リンク)で詳しく解説しています。)

1)デザインリサーチ:エスノグラフィックな視点で、銭湯のありのままの姿を書き取る

デザインリサーチでは、銭湯でのフィールドワークと、銭湯の常連さんへのインタビューを行いました。

フィールドワークは、所属企業もバラバラの5~6人がチームを組み、早風呂チームと遅風呂チームに分かれて実施しました。初めに小杉湯3代目の平松祐介さんに館内をご案内いただきながら小杉湯の歴史についてお伺いし、その後、小杉湯の常連さんへの30分のインタビューと行動観察を行いました。
インタビューでは、銭湯に通い始めたきっかけや、銭湯に来る理由、小杉湯の気に入っている点、帰宅後の過ごし方など、チームで事前に決めた内容を質問しながら、気になった部分を深掘りしていきます。顔なじみの人と会える社交の場、日常の中のちょっとした贅沢や癒しの時間、疲れやストレスをリセットする場所…彼らにとって銭湯は、ただ体を清潔に保つための場所ではなく、実に多様な意味を持つ場所だということが分かりました。

次に、実際に観察者も一般のお客さんに混じって入浴しながら、銭湯内での行動や会話、持ち物など、様々な視点から行動観察を行います。最初は話しかけることに戸惑いを感じつつも、銭湯特有の親近感や話しやすさもあり、裸同士でお客さんと楽しそうに会話をする姿もありました。観察後は、見聞きした内容や気づいたことを忘れないうちにフィールドノートに書き出します。

2)アイディエーション:気付きを予想外のものと組み合わせ、生まれたアイデアを自分の手で形にしてみる

Covid-19の流行により、プロジェクトは半年お休みとなり、当初対面で行う予定だったワークショップはオンラインで2日に分けて実施しました。フィールドワークで発見したさまざまな視点の気づきを持ち寄るために、6〜7名ごとに4つのチームを再編成しました。

Day1はアイデアの発散。
まずはアイデアの種となるキーワードをふせんに書き出します。お題は「最近ヘルシーに感じた瞬間」と「小杉湯を観察して気になったこと」。身の周りの事柄やフィールドワークでの見聞を分析することで、どのような要素が「ヘルシー」な状態に繋がっているのかを少しずつ明らかにしていきました。
その後、100種類のシーンや感情などのキーワードが書かれた「ラモジャモカード」とふせんの内容を組み合わせることで、参加者は短時間で数多くの「ヘルシー」を実現するプロダクト・サービスのアイデアを考え、イラストや文字で表現します。チーム内でも方向性が全く異なる、面白いアイデアが沢山飛び出しました。

左:DXLデザインラボから提供されたラモジャモカードの一例。今回はオンライン版ツールを活用
右:参加者の作ったアイデアの一例

Day2までの宿題として、メンバーは自分の身の回りのものを用いてダーティープロトタイプを作成しました。たとえば、瓶の中に石などを配置してテラリウムを作り、そこに天気を取得するセンサーに見立てたスマホの充電器を接続した「天気テラリウム」、「液晶画面が見えなくなるメガネ」など。
「自分だったらどう使うか」「もっとこんな機能が欲しい」など、実際のユーザーと使用シーンを考えながら機能やデザインをブラッシュアップしていき、メンバーのアイデアの中から具現化するものをひとつに絞ります。その後、アイデアの持つ価値と、「ヘルシー」な体験を強化する要素など、熱い議論が交わされました。

参加者の制作したダーティープロトタイプの一例

日頃、アイデア発想の業務に携わらないメンバーも多い中、自分の目で観察したことや感じたことから、ディスカッションし、自分の手や頭を使って実際のプロダクトやサービスなどを生み出すプロセスを体験することも、本プロジェクトの目的のひとつ。プロセスの中でプロダクトやサービスが磨かれていく楽しさと、生みの苦しみを感じられる刺激的な内容となりました。

3)プロトタイプ開発:自分らしく生き、心地よく他者と付き合うことを目指した4つのアイデア

上記で各チームひとつに絞られたアイデアをベースに、東京大学生産技術研究所のメンバーがより精緻なプロトタイプを作成しました。

■「天気テラリウム」

数時間後の天気を表現してくれるテラリウム。スマートフォンから正確なデジタル情報を得るのではなく、自然を眺めるように、自らの五感を介して、自ら解釈し、少し先の天気を知ることができます。自身とは異なるリズムを身近に感じることで、自らの感覚を再認識できる作品です。

■「ring-ring」

電波を妨害しスマホの通信をオフする時間をつくることで、デジタルデトックスを助ける指輪です。家族や友人、大切な人と過ごす時間にも、ついつい目を向けてしまうスマホ。本来あったはずの人と人とのつながりを深め、輪になって対話するような心地よい団欒の時間を持っていたい。そんな願いから生まれた作品です。

■「ハッピーみかん!」

銭湯を訪れた人に、会話のきっかけをくれる合言葉「ハッピーみかん!」。水風呂の奥で偶然出会った2人が声を合わせて唱えると、大きなみかん型ボックスから"冷凍みかん"が出てきます。銭湯は「会社員」や「母」といった”肩書”を脱いで、皆が素の姿になれる場所。いつもとは一味違った裸の付き合いを後押しします。

■「STAR TRACE」

アプリ上で目標にしたい人や習慣を選ぶと、その人のルーティンスケジュールと習慣的に使っているアイテムが自宅に届き、追体験できるというサービスです。継続することで日々のルーティンが生まれ、それを同じコミュニティ内にシェアすることでモチベーションや自己肯定感が高まります。

4)オープンリサーチで交わる多様なヘルシー観

「小杉湯」の定休日、脱衣所や浴室をお借りして、それぞれのチームが作成した4つのプロトタイプの展示を行いました。
来場者はアイディエーション活動に興味がある方から、小杉湯の常連さん、ご近所の方などさまざま。普段はお湯が張られ銭湯として使われる空間に、服を着たまま訪れる面白さに、来場者は日頃撮影できない銭湯内部の写真を撮ったり、フィールドワークのように銭湯内を観察するなどして楽しむ様子が見られました。

展示会場となった小杉湯から発想を得て、さまざまなプロダクトが誕生していることに驚き、興味を持ってくださる方や、そのプロダクトが体現している「ヘルシー」に共感したり、実際に使ってみたいと答えてくださる方も。
小杉湯の菅原理之さんは、「ヘルシーの定義を読んで、感銘を受けました。銭湯の価値は、SNSや会社などの普段の関係性を崩しつつ、新たな関係性を繋ぐことにあるのだと気づきました」と話してくださいました。

来場者の方へは感想を直接聞くだけではなく、「4コマ漫画」の形でも残してもらいました。プロダクトを自分ならどう使うか、その人なりのヘルシー観が垣間見えるような内容が印象的です。

           左は「ring-ring」、右は「STAR TRACE」に紐づけた4コマ漫画

プロダクトのアイデアは、ひとりの頭の中で考え完結するのではなく、多くの人の目に触れ、解釈されることで、新たな価値を発見し、ブラッシュアップされて成長していくものだと実感できるオープンリサーチでした。

これからのヘルシーとは

このような時代にあって、私たちが小杉湯でのフィールドワークと常連の方へのインタビューを通して考えた「これからのヘルシー」とは、私たち一人一人が、「自分の存在を、自分との関わり、そして、他者との関わりの中で肯定できる状態」ということです。そこには3つのポイントがあります。

1)自分の感覚を信じること

在宅しながらスクリーンと長時間向き合うような近ごろの生活とは対照的に、銭湯では水や光、音の響き、湯気など、五感に対して心地よい刺激がありました。まず五感や身体に立ち返って、自分自身の状態を見つめ、そこから物事を判断していくことで、他人や社会が決めた正義や意味ではなく、自らの思いや感覚を信じることができるのではないでしょうか。また、そのことが、他人と異なる自分を認める・肯定することに繋がるのだと考えます。

2)他者をラベルづけせず、まるごと見つめること

人間は常に変化していく存在ですが、しばしばそのことを忘れて人に接してしまいます。相手に自分が知らない一面があることを意識する、そのためのゆとりや落ち着きが必要かもしれません。こうした態度は、翻って、自分自身にも返ってくるでしょう。他者の目に映った、固定化された一側面を自分だと思い込むのではなく、自分の異なる可能性に目を向け、意識し、それを肯定できるようになるのではないでしょうか。

3)理想とする世界を見つけ、そこに仮住まいすること

今の時代は、メディアを通して、様々な人物・風景・世界に触れることができます。そして、それを自分の世界に取り込み、生活を作り変えていく工夫ができれば、よりよい方向へ変わっていくことができるかもしれません。例えば、誰かのルーティンを生活に取り入れるように、理想の生活を自分の身体で実際になぞり、追ってみることで、自分の感覚の置き所がわかってきます。そのためにも、変化を恐れず、理想を仮置きしていくくらいの軽やかな態度が重要なのかもしれません。

「これからのヘルシー」のための8つのルール

小杉湯でのデザインリサーチや日々の暮らしでの気づきから、プロトタイプまでを振り返り、ヘルシーであるための/ヘルシーな社会や関係を築くヒントを8つのルールにまとめました。

今回のプロジェクトでは、業種も職種も超えた多様な方々と議論を重ね、フィールドワークやインタビュー、ワークショップ、プロトタイプ開発を行ってきました。その中で「これからのヘルシー」を考察、発見するとともに、デザインシンキングの意義を実感し、新しいアイデアを創出する際のヒントを多く見つけることができました。参加していただいた企業の皆さまからは、「今回のプロジェクトの経験、デザインシンキングの視点を今後の業務にも活かしていきたい」という言葉をいただきました。

藤本 月穂(ふじもと・つきほ)
博報堂ブランド・イノベーションデザイン イノベーションプラナー

東京大学工学部建築学科卒/同大学院新領域創成科学研究科社会文化環境学専攻修了。建築構造を学び、素材と構造の新たな関係や、複雑な3次元構造の自動生成を研究。
まだ無いものを計画し作っていくという建築と広告の共通点を手掛かりに、現在は博報堂ブランド・イノベーションデザインにて、リサーチ活動、ブランドビジョン策定や新規商品・サービス開発支援などに従事。

※この記事は、博報堂ブランド・イノベーションデザインのnote(リンク)で掲載された「銭湯で、“これからのヘルシーを考える”」プロジェクトのレポート第1回、第2回をもとに編集したものです。

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