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YOASOBIのヒットの裏側とは データから見る、2020年代の音楽マーケティング

2021.04.01
Billboard JAPANが主催する、国内の音楽シーンの今と未来を考えていくウェビナー・シリーズ「Billboard JAPAN presents Music Insight」の第3回に、博報堂コンテンツビジネスラボの谷口由貴が登壇。2020年に大ブレイクしたYOASOBIのプロジェクトメンバーであるソニー・ミュージックエンタテインメントの屋代陽平氏、山本秀哉氏とともに、さまざまなデータを紐解きながら「2020年代の音楽マーケティング」について議論しました。

モデレーター:
Billboard JAPAN 植田匠人氏

パネリスト:
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 屋代陽平氏
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント 山本秀哉氏
博報堂コンテンツビジネスラボ 谷口由貴

■社内新規事業から生まれたYOASOBIというユニット

植田
まさに2020年を代表する楽曲となったYOASOBIの「夜に駆ける」を筆頭に、近年のヒットソングはどのように生まれ、どんな人が関わり、どのような過程を経て売れていくのか。弊社は以前から博報堂さんと音楽のヒットに関する共同研究を行っているので、その多角的なデータも交えながら本日は皆さんと考えていきたいと思います。まずはYOASOBIの担当チームである屋代さん、山本さん、プロジェクト誕生の経緯を教えていただけますか。

屋代
僕は普段YOASOBIというアーティストのスタッフである傍ら、monogatary.com(モノガタリードットコム)という小説投稿サイトの運営に携わっています。ユーザーに投稿いただいた小説をいろんなコンテンツに展開していくというビジネススキームで、ソニーミュージックの新規事業として立ち上げたのが2017年10月。その企画の一つとして、小説を音楽にするというユニットをつくってはどうだろうという発想が生まれ、同期の山本に相談しました。それから、僕がよく好きで見ていたニコニコ動画の週刊VOCALOIDランキングという番組でAyaseの曲に出会い、いいなと思って山本に知らせたんです。

山本
会社としても新人を発掘し育てていくという命題はつねにあったので、屋代とともにゼロベースで一緒につくっていきました。屋代から連絡を受け、Ayaseのいろんな曲を聴いてみるととにかく幅広くて柔軟性も感じられ、一緒にいろんなことに挑戦できそうだな、という肌感があった。そこでまず彼に声をかけ、一緒にボーカリストも探していき、ikuraと出会った。YOASOBIが所属するREDという部署は、これまでのレーベルの考え方に収まらないような実験的な事業に挑戦できるセクションなので、かなり自由度高く、フットワーク軽く動けています。

植田
YOASOBIはAyaseさんとikuraさんのユニット、そしてスタッフであるお2人というチーム構成ですが、屋代さん山本さんはそれぞれどういう役割を担っているんですか?

山本
僕らで明確に業務を分けているわけではありませんが、しいて言えば僕は音やクリエイティブ周りを、屋代は出版社などとのコミュニケーションやSNS運営を主に担当しています。

植田
屋代さんはmonogatary.com立ち上げ以前からの経験も役立ったと伺いました。

屋代
そうですね。入社してすぐは音楽配信のセクションにいて、配信商品をどう売っていくか、ウェブプロモーションをどう進めていくかなどを考えていました。その後、社内外での新規事業に取り組む経営企画グループというところにいて、さまざまな業界のプレーヤーの方とご一緒していった。デジタルで音楽を届けるということ、またYOASOBIとしてジャンルを越境していくという考え方に、当時の体験が活かせていると思います。

■データで振り返るYOASOBIの軌跡

植田
2020年Billboard JAPANの総合ソングチャート“HOT 100”で年間首位を獲得した「夜に駆ける」は、改めてどのように人々に認知されていったのでしょうか。ここからは谷口さんお願いします。

谷口
ではBillboardさんのチャートデータや弊社で持っているデータを組み合わせて、YOASOBIの過去1年を振り返ってみたいと思います。折れ線グラフはBillboardさんのデータで、CDやダウンロード、ストリーミング、ツイッター、YouTube、ラジオ、パソコンでCDを読み込んだ回数を示すルックアップといった指標をプロットしたもの。棒グラフはWikipediaのYOASOBI のページが週ごとにどれくらい見られたかを示しています。データは昨年1月から今年2月まで取得していますが、最初の1年はおそらくファンに認知された時期で、紅白後あたりからはエンゲージメントの時期になっていると見ています。「夜に駆ける」のリリースが2019年11月で、その後新曲のリリースごとに、ストリーミングチャートのポイント数を示す線が階段状に伸びている。紅白やEPの影響かはわかりませんが、今年に入ってからの伸び率はすごいですね。これまでのアーティストさんの場合、ストリーミングのチャートとWikipediaのPV数のピークはほぼ一致するんですが、YOASOBIの場合一致していません。おそらくストリーミングを利用する層とWikipediaを見る層が少しずれているからかと考えています。

植田
紅白を見て、気になってWikipediaのページを見た人というのは、普段からトレンドにアンテナを張っている層というよりも、レイトマジョリティ寄りなのかもしれません。

谷口
そうですね。また、「オールナイトニッポン」の初パーソナリティ担当だったり、「Mステ」初登場だったり、メディア露出のたびにWikipediaの値ははねる傾向があります。屋代さん、山本さんはこれをご覧になっていかがですか。

屋代
さまざまなデータをこうしてまとめてあるのを見るのは初めてなので新鮮です。振り返ると、初めてWikipediaのページができた2020年5月は僕らも盛り上がりましたね。「ハルジオン」がサントリーのエナジードリンクとの初めてのタイアップ曲となった頃で、認知が広がった感覚がありました。ほかにも、いくつかの番組への出演がグレーやホワイトの層に認知されるきっかけになった感じがわかりますね。

谷口
SNS運用において、マーケティング的視点で気を付けていることはありますか。

屋代
親しみやすさは重視しています。スタッフアカウントの強みは、Ayaseとikuraという個人とは違う、いわば中立的な立場でいられるところ。アーティスト目線で情報発信する場合もあるし、ファンと同じ目線でYOASOBIというユニットを見る場合もある。彼ら個人のアカウントに関しては完全に本人たちにまかせていて、公式アカウントはそれをサポートするような立ち位置です。

谷口
あとYouTubeの動きで不思議なのが、MVをアップしたタイミングともリリースとも重ならないタイミングに最大のピークが来ていることです。

植田
昨年の12月からBillboard JAPANのチャートではUGCを動画再生回数の合算からはずしたので、その影響はあるかもしれません。また歌ってみた、踊ってみたとか、ファンアートなど、インフルエンサー周辺での盛り上がりが8月くらいの立ち上がりに出ている気がしますね。ちなみに「夜に駆ける」は当初TikTokにおける盛り上がりが大きく、週間楽曲ランキング“TikTok HOT SONG Weekly Ranking”でも5月にはトップ20に食い込んできました。そこからYouTubeの数値の伸びにつながっている印象です。

谷口
なるほど。では曲別のストリーミングランキングの推移を見てみましょう。ストリーミングは新曲が出るタイミングでそのほかの曲も伸びる傾向がありますが、大晦日の辺りはほかの楽曲も一気に伸びています。そして「夜に駆ける」は半年以上ずっとランキング上位。すごいです。

植田
一昨年や昨年あたりはサブスク解禁された大御所アーティストさんが多数いたんですが、初週からトップテン入りする人はほぼいない。YOASOBIの場合新曲が出るたびに非常に高いピークが来ていて、ストリーミングの市場拡大はもちろん、「夜に駆ける」の強いけん引力が背景にあるのかなと思います。

谷口
YOASOBIのようにボカロP出身の方がメインストリームで花開くケースは少なくありません。ボカロPならではの強みは何でしょうか。

山本
ボカロPだからどうこうというのではなく、単純に一人で曲をつくってアップできる環境が整ってきたのだと思います。バンドで集まって音をとるよりも簡単ですから。一人でも音楽を出したいと思ったときにボカロという手段があったので使ったという。ある時期海外で、一人で完結できるヒップホップのラッパーがどんどん出てきたのに近い気がします。

屋代
ニコニコ動画だけのカルチャーに閉じていたら、こういう現象にはなっていなかったかもしれません。YouTubeが普及し、アルゴリズムも進化しておすすめの精度、信頼度が上がった。そこへ、ニコニコ動画が主戦場だったクリエイターたちが加わっていって、レベルの高いものが一気に発信されるようになったのかなと思います。

■小説の世界観を維持しつつ、100%伝わる歌詞に落とし込んでいく

谷口
ここからはSNS、特にツイッターの分析結果を見ていきます。これはInsight Intelligence Qという、ツイッターの全量データの一部を取得して過去1年間のツイート件数を出してくれるデータ分析ツールから作成したグラフです。YOASOBIというキーワードを指定すると、そのキーワードが入っているツイートを時系列で見ることができます。プロフィールからの推計ではありますが、10代男性が4分の1くらいを占めていて、若い人が多くツイートしている印象です。先ほど、SNSでのアーティストの発信には細かく戦略を決めていないとのことでしたが、彼らの素の部分が見られるという意味で、それもいい効果につながっているのかなと思いました。

続いて弊社の調査データ「コンテンツファン消費行動調査」に沿ってお話します。まず「年代別の音楽に対する重視点」を見ると、若い人ほど歌詞や世界観/コンセプトを重視していることがわかります。YOASOBIの楽曲をつくる際、若い子たちが反応するような何かを意識されていますか?

山本
10代は発信力のある世代で、そこからほかの世代に波及する可能性もあるので、彼らに刺さってほしいという思いはもちろんあります。ただ、世相的にもあまりハッピーなものを推し売りたくはないと考えていて、比較的切ない部分とかリアルな部分をしっかり伝えているところに共感してもらえているのかもしれません。小説の世界観を大切にはしていますが、何よりAyaseが言いたいことが100%伝わるよう、わかりやすく、きちんと歌詞に落とし込むことは意識していますね。

谷口
なるほど。それから世界観好きの人には、小説を思わせるストーリー性のある歌詞もきっと響きますよね。小説を音楽にするというアーティストコンセプト自体が受けているのもあるのかなと感じました。
続いて、我々のラボで行ったある実験について紹介させてください。複数の友人に「YOASOBIの『夜に駆ける』ってどういうシチュエーションの曲だと思う?」と聞いてみたところ、「高根の花の女性に対する男性の片想いの曲」とか「見えない不安に2人で立ち向かっている曲」とか、「カップルが喧嘩しても最後は仲直りする曲」とか、ばらばらな答えが返ってきました。その理由を私なりに考えたところ、あえて具体的なシチュエーションを描かずに抽象的な歌詞にすることで、リスナーは自分たちの体験や考えと重ね合わせやすくなり、それによって共感を得られているのではないかと。抽象的な歌詞によって生まれた余白が、共感を生む構造になっているのかなと勝手に解釈したのですがいかがでしょうか。

山本
共感を生むと言うことについてはすごく意識しています。ただ、そのために意図的に抽象的な歌詞にしているということはありません。そもそも小説がもとだし、文字数の制限、曲とのはまりなど、さまざまな制約のもとで歌詞に落とし込まなくてはならない。何よりAyaseの思いも入っていなくては、彼が書く意味がありません。いろんな要素があって結果的に抽象的になっているということだと思います。

谷口
すごく納得しました。ありがとうございます。

■「どう聴かれているか」という視点で楽曲をブラッシュアップさせていく

谷口
いまヒットの指標は、CDの売り上げからストリーミング再生数に変わってきています。もう少し分解すると、ヒットの新・方程式は、ストリーミングでのリスナー数×一人当たりの再生回数となる。何度も聴きたくなるような曲であれば必然的に一人上がりの再生回数は上がるわけですが、曲の中毒性について、何か工夫をされていますか。

山本
聴き心地はすごく大切にしています。脂っこいお肉はたまに食べると美味しいけど、何度も食べたくはならないのと同様に、何度も聴いてもらえるような耳ざわりのよさみたいなものは意識しています。それからAyaseのつくる曲は展開が複雑で、もう少し先まで聴いてみようと思わせるものがある。でもそれも狙いすましたわけではなくて、そういうメロディをつくる才能がAyaseにあって、そこを活かしていったら結果的によかった、という感じです。

植田
一方で、プロモーションにおいては、ファンとのエンゲージメントを深めるためにどんな工夫をされましたか。

屋代
YOASOBIは小説、音楽、MV、その他色んなメディアミックスで展開するのが前提なので、リリース時がピークではなく、その後も長いスパンで何度も聴いてもらえるようなきっかけづくりは気を使ってやってきました。それこそチャートで何位になったとか何回再生になったという情報はまめに発信し、YOASOBIのことを頭に浮かべてもらうようにしています。いまは楽曲が8曲ありますが、「あの曲いまどうなっているかな」と、まるで畑で育てている野菜の様子を見に行くような感覚で見に行くと、再生回数に変化があったりコメント欄に新しいコメントがあったりする。そういう話題を拾い、「いま野菜はこんな風に育ってます」と共有させていただく。それを見て美味しそうだと思った人が食べに来てくれたらいいなと。そういう感覚で、種まきと水やりをやっています。

山本
またEP「THE BOOK」については、全曲A面のつもりでMVもつくって出したので、リスナーにとってはどの曲も聴いたことがあるという状態がずっと続くことになり、アーティスト単位でリピートして聴いてくれている人が多いのかなと思います。結果として再生回数ランキングでも上位にい続けられているのかもしれません。

屋代
「THE BOOK」はルックアップの指標でもずっと上位ですが、レンタルできるタイミングと完全生産限定盤が品薄になるタイミングが偶然重なったせい。狙ってそうなったわけではありません。

谷口
なるほど。プレイリストマーケティングについてはどのようにお考えですか?

屋代
ありがたいことにいまはたくさんのプレイリストにYOASOBIの楽曲を入れていただいているので、特に何か狙うことはやっていません。どちらかというと、パッシブで聴かれているのか、お気に入りから聴かれているのか、検索して聴かれているのかといった比率を重視している。ただプレイリストもきっかけに過ぎないので、ここに入っているからこういう曲と一緒に聴いてもらっているとか、このプレイリスト経由で聴かれているのはきっとこういうことだとか、考える基点としては有効かなと思います。

谷口
納得です。YOASOBI の楽曲は当初TikTokでの広がりも大きかったわけですが、A&R視点でどういうメディアやプラットフォームに注目していますか。

山本
重視するのはプラットフォームよりも、ユーザーがどう聴いてくれるか。歌ってみた、踊ってみたなどの動画はたくさんあるけど、どんな曲なら歌ってみたくなるんだろうと考えたり、こういう風に使ってもらったり聴いてもらうためにも、曲と歌詞をこうしよう、といったことを意識している。

谷口
YOASOBIの曲は、素人が歌ったときでもバエるというか、上手に聴こえるような気がしていたんです。まさにそういうことなんですね。

山本
音楽って本来そういうものですよね。誰かと共有したり、勝手に体が動いたり、ふと口ずさみたくなるようなもの。そういう音楽を目指して、メロディや踊りやすさなどを考えることもあります。

■アーティストの音楽人生が豊かにならなければ意味がない

植田
最後に追加の質問にいくつかお答えいただけますか。「最初にヒットの手ごたえを感じたタイミングは」ということですが。

屋代
ありがたいことに、そう思った時には次のより素敵なことが待っているという日々が続いているので、到達したというような感覚はまだありません。

山本
もちろん「夜に駆ける」のヒットを実感することはありましたが、それと同時に、つねに次のことを考えながら走っている感覚。Ayaseとikuraという 2人のアーティストの音楽人生がちゃんと豊かにならなければそもそも僕らが関わっている意味がないので、日々出てくる課題に向き合いながら、もがいている感じです。

植田
「夜に駆ける」以降、リリースやプロモーションのプランなど、全体的なグランドスケジュールを立てられたのですか。

山本
このタイミングにした方がよりシナジーを生むだろうとか、過去の曲で想定外の反応があったりすると、それをふまえて別の曲をブラッシュアップすることもある。かなり柔軟に、状況に応じてこまごまと調整をしています。

屋代
おそらく過去最速で決めた事例は、1月に出た「CDTVライブ!ライブ!」で初披露した新曲「アンコール」のMVを、その後YouTubeでプレミア公開したとき。弊社のような環境だからときには各セクションの力を借りることもできるし、僕らのような規模感だからスピード感のある決断ができる。いずれにしてもメリットは非常に大きいです。

植田
海外展開についてはいかがですか。

屋代
最近はアジアからの反響も大きいですね。いまは配信サイトDSP上での展開、SNSでコメントを出すなど、まずは、しっかり認知を広げる下地づくりを地道に行っているところです。勝負ができるタイミングになったら、流れの中で動き出すかもしれません。基本的には海外も地続きだという考えでいます。

植田
なるほど。そろそろ時間もきましたので以上となります。
皆さん本日はどうもありがとうございました。

屋代 陽平氏
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント REDエージェント部

2012年ソニーミュージックグループ入社。音楽配信ビジネスを経たのち、2017年に小説投稿サイトmonogatary.comを立ち上げる。2019年、同サイトの企画の一貫でYOASOBIプロジェクトを発足。

山本 秀哉氏
株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント REDエージェント部

2012年ソニーミュージックグループ入社。CDやゲームのパッケージ制作業務を経て、現在はさまざまなアーティストの宣伝・制作業務に携わる。2019年よりYOASOBIプロジェクトの立ち上げに参画。

谷口 由貴
博報堂 コンテンツビジネスラボ

2017年博報堂入社。同年より研究開発局にて若者研究やARクラウドを用いたサービス開発に従事。また、コンテンツビジネスラボのメンバーとして、エンタメ領域のコンテンツ消費行動研究を行なっており、音楽分野担当として音楽ヒット分析等を行っている。2020年よりマーケティングシステムコンサルティング局にてマーケティングプラナーとしてサービス開発やプロダクト開発に従事。2021年より生活者エクスペリエンスクリエイティブ局所属。

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