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「成功するEC」と「失敗するEC」
──専門コンサルタントが語るECビジネスを成功に導く方法

2021.02.15
新型コロナウイルスの流行に伴って、ECの需要が急速に高まっています。メーカーをはじめとする企業が「ECシフト」の方針を明確にするケースも増えています。しかし、ECビジネスでの成功は決して簡単ではないと、博報堂ECコンサルティング部の桑嶋剛史は言います。「成功するEC」と「失敗するEC」。それを分け隔てる要因とは何なのでしょうか。数々の企業のEC戦略を支援している桑嶋に、ECビジネスを成功に導く方法について聞きました。

桑嶋剛史
博報堂 ECコンサルティング部 コンサルタント

コロナ禍によって加速したビジネスの「EC化」

──コロナショック下での巣ごもり需要もあって、EC市場が活況を呈しているようですね。

桑嶋
博報堂ECコンサルティング部のもとに寄せられるEC関連のご相談が非常に増えています。一昨年までは、こちらから「ECをやりませんか」とご提案をするケースが多かったのですが、流れが逆になった感じです。

ご相談の内容もとても幅広くなっています。これまで多かったのは、「既存のECモールの売上を伸ばしたい」といったピンポイントの相談でした。最近は、モールへの新規出店、自社ECの立ち上げ、D2Cブランドへのチャレンジなど、さまざまなご相談が寄せられます。自社のビジネスにおけるECの意味をあらためて捉え直している企業が多いように思います。

──ECコンサルティング部の仕事の領域も拡大しているのでしょうか。

桑嶋
おっしゃるとおりです。ECコンサルというと「ECサイトを最適化する人」といったイメージをもっている人も多いと思いますが、昨年以降、実店舗とECの融合や、事業におけるECのあり方をあらためて整理するなど、事業の戦略全体に関わらせていただくケースが増えています。「ECを軸とした事業コンサル」が現状に近いと言えます。

──クライアントの課題の本質を捉える力量が試されているとも言えそうですね。

桑嶋
それもまさにそのとおりですね。例えば、D2Cがここ最近のバズワードになっていることもあって、D2Cブランドビジネスをやりたいというご相談をよく受けるのですが、ご担当者のイメージをよくよくお聞きすると、実はやりたいことはD2Cではなく一般的なECビジネスであるといった場合もあります。また、企業としての課題が事業自体のデジタルトランスフォーメーション(DX)なのに、現場のご担当者がそれをECの文脈だけで捉えていらっしゃるケースも少なくありません。クライアントの課題をしっかりお聞きして、どのような方法がその課題解決に役立つかを見極めること。それがプロとしての僕たちの役割だと思っています。

──ECへの注目が集まっているのは、コロナショックが直接の要因なのか、それとも長期的なビジネスモデルの転換という流れの一環なのか、どちらなのでしょうか。

桑嶋
以前から進んでいた転換の動きがコロナ禍によって加速した、というのが正しい見方だと思います。コロナ以前から多くの企業がECに取り組んでいましたが、コロナショックによって、生活者が実店舗に行かなくなる/行けなくなるという状況がリアリティをもつようになり、多くの企業があらためてECの重要性に気づいたということです。ECを軸としたマーケティング戦略の再構築、あるいはECを活用したDXといった従来の課題に早急に取り組む必要がある。そんな危機感を多くの企業が抱えるようになったのだと思います。

ECは「魔法の箱」ではない

──どうすればECビジネスを成功させられるのか、あるいは失敗するECとはどのようなものか。そのポイントをお聞かせください。

桑嶋
ECビジネスに取り組むに当たって最も多い誤解が、ECを何でも解決してくれる「魔法の箱」と考えてしまうものです。例えば、自社ECは実店舗ビジネスに比べて、何もしなくても高い利益率が確保できるもの、というイメージがあります。流通を介さないぶん、コストを抑えられるというのがその理由です。

しかし、これは完全な誤解です。既存のスーパーマーケットやコンビニエンスストアに商品を置く場合、流通に支払うお金がもちろん発生しますが、集客は店舗側がやってくれます。メーカー側が誘客をする必要がないわけです。

それに対して、自社ECのビジネスでは自分たちで導線をつくり集客する必要があります。また、インターネット上には数々のECサイトがあるので、差別化を図る工夫をしなければなりません。そして何より、基盤システムや配送の整備など初期投資がかかります。しっかり考えられたECサイトでなければ、利益を上げることはできないということです。

ECによって利益率を上げたいというご相談以外にも、ECを既存流通に並ぶチャネルにしたい、ECで新しいブランドをつくりたいといったご相談もよくあります。中には、それらの課題をすべてまとめて解決できるのがECであると考えられているケースもあります。

──ECなら何でもできるというイメージがあるわけですね。

桑嶋
そうです。そのようなイメージが広まっている理由の一つは、ECの成功例だけが情報として流通していることです。しかし、成功例の陰にはその何倍もの失敗例があります。その事実を知っていただき、ECで取り組むことに優先順位をつけていただくことが極めて重要であると僕たちは考えています。

優先順位を決め、戦略を考える

──優先順位を決める方法をお聞かせください。

桑嶋
大切なのは課題から考えることです。経営、あるいはブランド戦略において最も重要で緊急度が高い課題は何か。売上を上げたいのか、利益率を改善したいのか、新しいブランドを立ち上げたいのか、テストマーケティングをしたいのか。それを決めた上で、その課題をECで解決するためのしっかりした事業計画をつくることが必要です。

例えば、最も優先順位が高い課題が「自社チャネルで新たな利益を上げること」だとします。一般に自社ECは初期投資型のビジネスで、安定的に利益を上げられるようになるまでは数年の時間を要します。ECサイトの立ち上げから始まり、決済や配送の仕組みづくり、コールセンターの体制づくり、誘客するための広告展開、CRM戦略──。そこにまずは投資し、ローンチ後はPDCAを回しながら、徐々にビジネスを安定化させ、数年後の黒字化を目指す。そうした自社ECの基本的なお作法をおさえつつ、課題にあった事業計画を作っていくことが大切です。あれもこれもやりたくなる気持ちをぐっと抑えることが、難しいですが、とても大事なことです。

一方で、売上を上げることが最重要課題であれば、自社ECをゼロから立ち上げるよりも、すでに出店しているECモールの販促策を強化したり、複数のモールの出店配分を見直したりする方法が有効な場合もあります。

──ECビジネスの事業戦略を立てる場合、従来の縦割りの組織構成が障壁になる場合もあると聞きます。

桑嶋
ECビジネスがECだけで完結するケースは、今後少なくなっていくと思います。OMO(Online Merges with Offline)と呼ばれるデジタルとリアルの融合の動きはより加速していきます。そうなると、従来のオンライン部門とオフライン部門の組織上の区分を見直す必要が出てきます。また、営業、マーケティング、販促、ブランド戦略といった部門を横断する戦略が求められるようになります。

理想的には、各部門を横につなぎながら、一つ上のレイヤーで全体の動きを管轄できる部署があることが望ましいと思います。DX推進やEC推進を横断で行い、決定権や実行力を持つ部門。そういった部門があれば、成功するEC戦略を描きやすくなると思います。

事業ファーストのコンサルティング

──博報堂のECコンサルティング部は、クライアントのECビジネスをどのように支援できるのでしょうか。

桑嶋
僕たちの一番の強みは、ECに関連するビジネスをトータルに見る視野があることだと考えています。ECモール、自社EC、D2Cビジネス、さらに従来からのオフラインマーケティングや広告戦略──。それらをすべて見渡しながら、クライアントの課題を整理し、フラットに解決法を考えていく。それができるECやDXのコンサルタントは、決して多くないと思います。ECの専門家だからといって、デジタルな世界に閉じるのではなく、オフラインへの想像力を常に持つ姿勢を大切にしていきたいです。

もう一つ、博報堂のECコンサルティング部の特徴は、誤解を恐れずに言えば、クライアントに「いい顔をしない」ことです。僕たちがいつも心がけているのは、「事業ファーストのコンサルティング」です。クライアントの事業課題は何で、それを解決するためにどのような戦略を立てる必要があるのか。それを徹底的に考える中で、クライアントに対して厳しいことをお伝えしなければならない場面もあります。あくまでも事業目線で「正論」を言うこと。甘い言葉でご担当者の機嫌をとったりしないこと。それがクライアントの事業の成功につながると僕たちは信じています。

もちろん、「言いっぱなし」にすることはありません。事業戦略を立てたあとも、博報堂DYグループ内のリソース、さらに社外パートナーのリソースを組み合わせながら、ECビジネスの実装、運用までをサポートしていきます。

──クライアントのECビジネスの成功に確実にコミットするコンサルティングということですね。

桑嶋
そのとおりです。もちろん、僕たちが常に正しい方法論を提示できるわけではありません。デジタルビジネスの変化のスピードは非常に速いので、現在の正解がすぐに正解でなくなる可能性は常にあります。クライアントのビジネスを支援しながら、僕たち自身が学び続けることが必要だと考えています。

桑嶋剛史(KUWAJIMA TAKESHI)
博報堂 ECコンサルティング部 コンサルタント

2015年博報堂入社。通販事業の運営チームを経て、現所属。食品・消費財・化粧品を中心に企業のEC支援を担当。米国Kepler社への短期出向後、2020年にチームに復帰。ECを軸とした、事業全体やデジタルトランスフォーメーションの戦略作成・コンサルティング業務に従事している。

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