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HAKUHODO DESIGN永井一史リレー対談
「デザイン経営の実装と実践」
Vol.4「デザインの力で組織文化を“体験中心”にシフトする」
ゲスト:松岡文弥氏(サムスン電子本社 Digital Appliances Business, Lifestyle Labs 常務/デザイナー)

2020.02.03
#デザイン経営
2018年、政府の「デザイン経営」宣言により、「デザイン」が企業価値に直結するものとして認知され、事業創造に取り入れる会社も目立つようになりました。その一方、「デザイン」は広い概念で定義がまちまちなこともあり、まだ広く浸透しているとはいえません。
そこで、「デザイン経営」宣言の策定に政府委員として関わったHAKUHODO DESIGN代表の永井一史がホストとなり、一線の経営者・デザイナーの方々をゲストに迎えたリレー対談を実施。経営の現場に「デザイン」を取り入れている方々との対話を通して、「デザイン経営の実装と実践」における課題と可能性を探ります。

2019年9月12日に行われた第4回では、韓国のサムスン電子でLifestyle Labsの常務を務める、デザイナーの松岡文弥氏が登壇しました。

■「妻と子以外はすべて変えろ」

永井:デザイン性が高く評価されるサムスン電子でデザイナーとして活躍されている松岡さんに、サムスン電子がなぜデザインに注力するようになり、どのように「デザイン経営」を実践されているのかぜひお話をうかがいたいと思い、本日ご登壇いただきました。
さっそく、サムスン電子がデザインに力を入れるようになった背景からうかがえますでしょうか?

松岡:実は韓国は、国を挙げてデザインに力を入れています。国際的な競争力を高めるための国家戦略として、デザインに注目しているんですね。サムスン電子も90年代からデザイン力の向上を経営課題としてきました。

1996年の「デザイン革命」では「21世紀はデザイン戦略が企業価値を決める」と打ち出し、さらに2005年の「第二のデザイン革新」では「サムスンの次世代中核戦略はデザインである」として、今後のデザインは“サムスンらしさ”を創出するだけでなく、企業の哲学と文化を伝えるものにアップデートしなければならないと宣言したのです。

サムスンはもともとデザインにあまり力を入れていませんでした。それがこれほど劇的に方針を転換したのは、デザイン顧問を務められていた福田民郎さん(現日本京都工芸繊維大学名誉教授)の有名な「福田レポート」の衝撃があります。

1993年にイ・ゴンヒ会長に提出されたこのレポートで、福田さんは「サムスンには優れたデザインを開発する人材や技術が不足しており、このままでは世界に通用する企業にならない」と指摘されました。これが「妻と子以外はすべて変えろ」という言葉で代弁される「新経営宣言」につながったのです。

永井:しかし、デザイナーの提言に経営者がそれほどビビッドに反応されるのは珍しいですよね。

松岡:イ会長は福田レポートを受け取る前にアメリカの大手量販店を視察されていて、そこでのサムスン製品の扱いに愕然としたそうなんです。パッと店内を見渡しても自社の製品が見つからなくて、隅っこのほうでホコリを被っていたくらいの扱いだった。それを見て、「どうしてこんなことになった」と。だから、デザイン力の不足に対する危機感は下地としてあったのだと思います。

永井:当時、福田さんが提言をして実際に取り入れられた代表的な施策はありますか?

松岡:学校と制度だと思います。新経営宣言を受けて、サムスン電子は1995年に「SADI(Samsung Art and Design Institute)」という芸術とデザインの専門学校を設立しました。デザインの教育を受けて来なかった人もゼロから学ぶことができる人材育成機関で、ここを卒業した人がサムスンのデザイナーになることも珍しくありません。

また、「サムスン・デザインメンバーシップ・プログラム」という大学生を対象にした次世代のデザイン人材育成を目的にした支援制度もあります。このプログラムの一期生が今、サムスン電子の副社長を務めています。

永井:僕も「福田レポート」を読んだことがありますが、デザインを企業戦略の中核に据えるためには、外部デザイナーを使っているだけではダメで、インハウスで育てなければならないと書かれていたことを覚えています。まさにそれを実現した施策ですね。

松岡:製造業って、どうしても事業部の影響力が強いじゃないですか。当時のサムスンはデザイナーが事業部の下請け的な役割になっていたそうです。それを変えなければ、先行する日本企業に追いつくことはできない。福田さんは日本企業におけるデザイナーの立場もご存知だったでしょうから、そういうメッセージを込められたのだと思います。

■デザインに粘り強く投資を続けた組織力

永井:デザイナーを事業部の下請けという役割から脱却させ、デザインを企業の中核に据えるために、サムスンは実際にどのようなことに取り組んだのでしょう?

松岡:まず組織の構造を大きく変えました。象徴的なものが「デザイン経営センター」です。2001年に各事業部に散っていたデザイナーを一か所に集めることで生まれました。私が勤務しているのはソウル市内のR&Dセンターで、製品デザインの研究や開発はすべてここから始まります。

永井:これは事業部から独立した組織なのでしょうか?

松岡:はい、デザイン経営センターは事業部から独立しています。ただ、私は去年までVD事業部というテレビやオーディオの部署にいて、今年からはライフスタイルラボという家電事業部に所属しています。組織としては事業部の中にあるのですが、オフィスが事業部とは別の場所にあるんですね。そうすることで既存の製品ラインナップに囚われない自由な提案ができるようになっています。

永井:サムスン電子のデザイナーは何人ほど?

松岡:デザイン組織に属するメンバーは全体で1500人ほどいます。私が勤務しているソウルのR&Dセンターでは、デザイナーは60%で、残りの40%はリサーチャーなどさまざまな分野の専門家たちになります。

永井:それはすごい。おそらく今、世界でもっともデザイナーを抱えている企業ではないでしょうか。

松岡:それだけデザインに力を入れているということですね。さて、ここから今日の本題です。「デザインの力で組織文化を“体験中心”にシフトする」とはどういうことか?

サムスン電子は組織力が強く、トップダウンで成長してきた企業です。ただ、外から見ていると、デザインの存在感は薄いという印象がありました。ところが、ある時期から突如として変わったんです。私は当時前職のソニーでテレビのデザインをやっていたからよく覚えていますが、「CES(Consumer Electronics Show=電子機器の見本市)」に行くと、まずサムスンの新製品を見るという人が一気に増えたんです。

永井:その変化を感じたのはいつ頃からでしたか?

松岡:人によって違うとは思いますが、私の場合は2007年です。「Bordeaux Plus(ボルドー プラス)」という液晶テレビシリーズが発表された頃です。テレビのデザインにボルドーのワイングラスの曲線を取り入れたモデルで、非常に高級感がありました。

テレビのデザインは、「いかにして画面が消えているときに価値を与えるか?」が永遠のテーマなんですよ。その意味で「Bordeaux Plus」のデザインは家電製品としての利便性を追求するだけでなく、お部屋のインテリアとして自然に溶け込むものになっていました。工業デザインのひとつの理想形だと感じましたね。

永井:僕もグッドデザイン賞の審査員をしていて、ある時期からサムスンのデザインが本当に極端な変わり方をしたのを覚えています。5年くらいで「あ、サムスン頑張っているな」が「お、これはいいな」になり、気が付くとあっという間に他社の製品を抜き去ってしまった。

松岡:よくわかります。何より私が圧倒されたのは、デザインそのものというより、こういう結果が出るまで粘り強く投資を続けた組織力です。前職からその変化を見ていて、「敵ながらあっぱれ」というより、背中がどんどん遠のいていくような感覚を抱いていました。

■モノの先にある体験について議論する文化へ

松岡:そして今、デザインはモノの色やカタチを整えるだけでなく、その先にあるライフスタイルや経験価値の提供といったことまで踏み込んで提案する必要があります。ここまで見ていただいたように、サムスンはトップダウンによって成功を収めてきました。しかし、経験価値の提供といったことを考えると、トップダウンによってものづくりをすることは難しくなっていきます。経験価値は言葉や数字で表すことができるものではありませんから。

永井:なぜ、トップダウンのものづくりだと経験価値を提供することが難しいのか、もう少し詳しくご説明いただけますか?

松岡:たとえば、次の製品ではこのスペックを目指すとトップが宣言して、それに沿ってものづくりをしていく。これは組織の中で共有されやすいですよね。しかし、“心地いい”とか“楽しい”といった漠然としたイメージを共有することは大変です。今は色やカタチの先にある、経験の価値もデザインしていかないといけない。そうしなければ、モノの価値が所有から体験へと移り変わっている時代に対応できなくなってきました。

これがデザイナーであれば、体験の価値を伝達するために、いろんな手段でイメージを“五感化”することができます。言葉では説明しきれないイメージを見て、触れるものとして提示する。そうすることで提供したい経験価値を具体的に示すことができ、組織の中で共有できるようになります。

そのためにもトップダウンではなく、みんなで理想の体験を議論するような文化にならないといけない。スペック追求のものづくりから、体験追求のものづくりに変わっていこうとすると、必然的に企業文化もトップダウンから変わっていくのだと思います。

永井:体験を追求することによって企業文化が変わる、とは具体的にどのようなことですか?

松岡:これは私自身もそうですが、ものづくりの企業では「価値があるのはモノだ」というマインドを多くの人が持っています。しかし、それが当たり前になっていると、「いくらにするのか」「どう作るのか」という議論に終始していまい、体験について議論することができません。だから、そのマインドを変える。今のユーザーはモノの先にある経験価値を求めているのだから、我々自身がその大切さを理解して、モノではなく体験を議論しよう。そういう文化に変わっていくということですね。

■体験を追求するために「コンセプトを極端に振る」

永井:経験価値を創造するために、具体的にどんなことに取り組んでこられたのでしょう?

松岡:サムスン電子に入社した私はVD事業部の中で、近未来の商品提案をするミッションを与えられました。既存の製品ラインナップから距離を置いて、ゼロベースで提案する仕事です。最初は通訳も含めてたった5人のチームでしたが、まず驚いたのは、社内に有能なデザイナーがたくさんいたことです。

永井:それは日本企業と比べても優秀ですか?

松岡:そうですね。表現力や造形力が高くて、先ほどお話しした人材育成の効果を実感しました。ただ、すごく有能ではあるのですが、残念ながらトップダウンの文化が長かったせいもあって、「モノではなく体験を考えようと言われても、何がやりたいのかわからない。これに意味はあるのか」という反発もありました。最初の5人のうちの1人は早い段階でグループを離れてしまいました。

でも、逆に面白がって私たちのチームへの異動を希望するデザイナーも少なくなかったんです。最終的には社内でも異動が最難関のグループになりました。実は多くのデザイナーが、「自由に発想してみたい」という思いを潜在的に持っていたんです。

このチームで私が決めていたのは、「コンセプトを極端に振る」ということです。それは単に極端なことをやろうという意味ではなく、魅力と問題提起が一体になったアイデアを出していくということです。そのためにいくつかのことを心がけました。

まず、「今できること」の積み上げでは考えない。それよりもワクワクする体験をゴールにして考える。次がパッションを優先する。私は魅力的なアイデアはロジックとデータの外にあると信じています。それに情報や知識がありすぎると手が止まってしまう。だから、「個人の情熱から出発しよう」と。

最後は、小さく濃密に思考する。人数が増えると、調整ばかりでうまくいかないんですよ。アイデア出しは数人だけで十分。そしてアイデアが出たらチームを作ってプロトタイピングを進める。チームの外に共有する必要はありません。そうすることで余計な会議がなくなり、作ることに集中できるようになるんです。

永井:そこから生まれた提案は、どちらかといえば既存の製品に対する問題提起に軸足があるのでしょうか?

松岡:そうなんですが、提案の先に具体的な製品が見えないといけません。なぜなら、私たちは事業部の中のグループですから。トップが製品化のボタンを押したくなるような仕掛けが必要なんです。「これはアートです」と言ってしまうと、「そうですか」で終わります。だから、「これがビジネスになったら面白そう」と感じさせる提案を目指しました。

■デザイン経営の成果とは「企業内の意識変化」

松岡:その後、私は「FXD(Future Experience Design)」という、もっと大きなプロジェクトチームを立ち上げることになりました。「未来の体験をデザインする」という意味の部署です。デザイナーやエンジニア、ストラテジストなどが所属する混成チームで、トップ直属の組織でした。「開発や企画に事前確認やすり合わせは一切いらない。できたものを直接見せてほしい」と言われたのが非常にありがたく、純粋に未来の体験を追求していくことができました。

ただ、組織の滑り出しは非常に大変でした。デザイナーの組織にエンジニアが加わるかたちだったので、仕事の進め方でぶつかることが多々あったんです。デザイナーはイメージを大切にするけど、エンジニアは仕様書を要求する。でも、何度もぶつかるうちに、徐々に一体感が生まれていきました。

永井:それは何かきっかけがあったのでしょうか?

松岡:どちらかというと、エンジニアがデザインに興味を持って、デザイナーの仕事を理解するようになったんです。それこそデザイナーに仕様書を要求していたエンジニアが、「面白いアイデアがあるから、実現できるかどうかわからないけどやってみたい」と言い出したときには、成長を感じて泣きそうになりました(笑)。

最後に取り組んだプロジェクトが、今年の「CES」で発表したマイクロLEDのモジュール式モニターです。ユーザーが自分でモジュールを組み立てることで、自由にサイズを変えることができるテレビです。これは今年のイノベーション・アワードを受賞しています。

これが終わって家電事業部の中の「ライフスタイルラボ」に異動したのですが、実は私の後任は、なんと最初の5人だけのチームのときに、「何がやりたいのか理解できない」と言って離れていってしまった人だったんです。異動の際に、「あのときは意味がわからなかったけど、今は松岡さんがやっていることの重要性がわかります」と言ってくれて、また涙が出そうになりました(笑)。

永井:本当に企業文化が変わっていったのですね。最後に、それだけ先端的なデザイン活動を実践している企業で活躍されている松岡さんから見て、「デザイン経営」の意義をどのように考えていらっしゃいますか?

松岡:繰り返しになりますが、ものづくり企業の意識が従来のままだと、経験価値を理解して創造していくのは難しいと思います。しかし、デザインを経営の中心に据えることで、イメージを五感化して共有したり伝達できたりするようになる。それをずっと継続していくと、社員の意識が変わり、組織文化も変わって、経験価値をユーザーに提供できるようになっていく。デザインを通してこういう意識変化を起こすことが、デザイン経営の成果だと考えています。

だから、ぜひみなさんもデザイナーと一緒に五感化に挑戦して、企業が実現したい未来のメッセージを伝えてほしいですね。

永井:ユーザーに求められる経験価値を創造するために、デザインが重要な役割を果たしているのですね。理想の経験価値を追求していく中で、トップダウンではなく、みんなで議論しながらアイデアを出し合える企業文化に変わっていった。サムスン電子が急速な成長を遂げた背景にある「デザイン経営」について詳しくうかがうことができました。本日はありがとうございました。

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