【コラム】「ブランディングはどこへ行くのか(4)ブランディングは簡単か?」

博報堂ブランドデザイン・宮澤が考えるブランディングとは?―全4回連載コラム

(Kellog BusinessStyle Japanコラム 「グローバル・リーダーの視点」より転載)

◆はじめに

みなさんは“ブランディング”と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょうか?

私が卒業したノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院は、特にマーケティング分野で有名で、卒業後にマーケティング関連のビジネスに携わる人が多数います。そんなケロッグの卒業生と同様に、私も、ブランドコンサルティングという領域を専業として仕事をしています。

そんな私から見た最近のブランディングについて連載しています。
前回までで、共創型の「オープン・ブランディング」の時代が到来していることを解説しました。このオープン・ブランディングでは、企業と生活者が対等な関係になって、一緒にビジネスを考えていくことがカギになります。そのためには、顧客と企業が本当の意味でフラットな関係にならなくてはいけません。

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あるアメリカ人のビジネスマンが、コスタリカの小さな漁村の桟橋で、漁師を乗せた小さなボートを発見した。ボートは大きなカジキマグロを数本乗せていた。
アメリカ人はコスタリカ人ティコが獲ったマグロを褒め、漁にどれだけ時間がかかったか訊ねると、漁師は「たいした時間じゃない」と言う。

もっと時間をかければもっと大漁になるじゃないか、とアメリカ人が訪ねると、ティコは「家族の分だけで十分だ」と言う。

では残った時間はなにをしているのか、とティコに訊ねると、彼は「遅くまで寝て、ちょっと漁をし、子どもと遊び、妻と昼寝をして、それから毎晩村をうろついてワインを飲み、友人とギターを弾いているのさ。これでも結構忙しいんだよ」と答えた。

アメリカ人はあざ笑って言った。

「私はウォールストリートのエグゼクティブだ、君の助けになれるよ。もっと長い時間漁をして、大きなボートを買い、ウェッブにも宣伝しよう。成長計画を立てて資金を調達し、ボートを増やせば漁船の艦隊だって持てるようになる。魚を中間業者じゃなく加工業者に直接売り、いずれ自分の加工工場を持って、商品を管理し、加工し、流通させることができる。この小さな漁村を離れて、コスタリカの首都サンホセに移り、やがてロサンゼルスやニューヨークにも行ける。漁獲から販売まで統合して、拡大した企業の仕事を第三者にアウトソーシングすることも可能だ」

漁師は訊ねた。
「旦那、それにはどれくらい時間がかかるんですか」
「15年から20年くらいだな」
「で、それからどうなるんで」
アメリカ人は笑って言った。
「それが重要なんだ。時が来たら、上場して、企業の株を売る、君は金持ちになる。数百万ドル稼げるぞ」
「なるほど、数百万ドルですか。で、それからどうするんで」
「小さな漁村に引退して、遅くまで眠り、ちょっと漁をして、子どもと遊び、妻と昼寝をし、毎晩村をうろついてワインを飲み、友人とギターが弾けるじゃないか」

出典:漁師ティコとウォールストリートのアナリスト ジャック・トラウト『大失敗!― 成功企業が陥った戦略ミステイクの教訓』より改変
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博報堂ブランドデザイン著 「ビジネス寓話50選」
ビジネス界の寓話を選別し、時代を展望する俯瞰的な視点を提供。

有名な話なので、ご存知の方も多いかと思います。偉そうなことを述べるアメリカ人も、結局行きつく先は今の漁師と同じじゃないか、というよくできたオチのついたジョークです。

しかし、私たちは本当にこの話を単なる冗談として聞き流してしまっていいのでしょうか。
さらなる発展を目指すあまり、私たちは本来手にしていた大事なものの価値がわからなくなっているのでは……?

そう私に感じさせるような声が、とりわけ震災以降、多く聞かれるようになりました。

そのビジネスに「志」はあるか?

博報堂でのミーティング風景

ブランディングにおいては、ビジョンを明確にする作業が欠かせません。ブランドビジョンとは、ブランドのあるべき将来像を共有・想像できる形として表現したもので、いわばそのブランドのゴール像です。震災以降、さまざまな企業からブランドのビジョンを見直したい、理念を再設定したいという問い合わせが急に多くなりました。話を伺うと、環境変化によって、今後の成長戦略をどう描いたらいいかわからなくなった、というのです。

日本の一人当たりGDPの伸びを見ると、90年頃まで右肩上がりに急成長した後、ここ20年はほぼ横ばいです。一方、生活満足度や幸福度を見るとずっとほぼ一定です。つまり、経済成長と幸福度はほとんど関係がなかったことがわかります。本来、企業活動や経済活動は、人々の暮らしや生活を豊かにするためにあったはずなのに、実はあまり関係していなかった。いつのまにか、手段が目的になってしまっていたのです。

そんな折、リーマンショックや震災によって少なからず経済活動に影響を受けたことで、
「あれ、なんのためにビジネスをしていたんだっけ? そもそもビジネスの目的はなんだっけ?」
と素朴に立ち止まって考える、そんな企業人や経営者が増えてきたように感じます。

右肩上がりの時代には、立ち止まる必要がなかったものが、今、企業は自社の本来の目的や存在意義に立ち返るべき時代を迎えているのです。

冒頭の寓話は、「ビジネスの目的とは何か」というテーマについて改めて考えさせてくれます。目的と手段が逆転したまま、そのビジネスを進めた結果、アメリカ人が果たして幸せを手に入れることができるかは気になるところです。ただ、私がブランディング的な視点でもっと気になるのは、そこではなく、このビジネスマンの「志」についてです。

統合マーケティングで著名なドン・シュルツ教授と

「志」という言葉には、(1)心に思い決めた目的や目標、という意味に加えて、(2)相手のためを思う気持ち、という意味が込められているそうです。「お志はうれしいのですが」などと使うときの、あの意味です。寓話におけるビジネスマンには確かに成功するという明確な個人の目標やゴール像はあっても、そこには相手や社会を思いやるような高い志を感じません。このビジネスに社会的な意義があるのか、周囲の人々を幸せにするのか、そんなことがまったく感じ取れないのです。志を感じないものに、人の心は動きませんし、彼を応援しようとも思わないでしょう。

Think Bravelyと「志」

ケロッグ経営大学院では、昨年から“Think Bravely”という新しいブランドタグラインを掲げられました。ここには、

「前提にとらわれず、勇気を持って新しいことにチャレンジしよう」

という意味が含まれています。しかし、単に新しいことに挑戦するという表層的な意味というよりは、ビジネスの目的やゴールそのものが根底から変わっていくこれからの難しい時代において、その目的や意義までもう一度戻って大胆にビジネスを設計し直せるか、そんなもっと深くて「志」の高い意味として私はとらえています。従来はお金を儲けることが、ビジネスの最終目的である事が当たり前でしたが、それすら疑問が呈されている時代だからです。

今、生活満足や幸福度と経済活動のずれが大きくなってきています。本来は、人々の「しあわせ」や満足の向上が目的で、そのために経済活動があったはずです。いつの間にか、企業は目的を見失っているような気がしてなりません。儲けるという営利行為を否定すべきではありませんが、今まで以上に企業活動の目的そのものが大切な時代が来ていると感じます。

言い換えれば、企業には、今一度ブランドビジョンという名の「独自のしあわせ観」の構築が求められています。何を「しあわせ」と考えるかは人それぞれですし、そもそも「しあわせ」の定義は一元化すべきものではありません。企業は、その企業ならではの独自の哲学と信念に基づいて「しあわせ」について真剣に考え抜くべきです。そして固有の理念や目標の設定し、その実現に取り組んでいこうとする高い「志」が必要だと考えます。

学生共創型プロジェクトBDラボ

しあわせとブランディング

実際に、最近これまでにない手法で成果を上げて注目を集めている企業は、いずれも従来とは一線を画したビジネススタイルを有し、その背後に強い「志」を感じさせます。

例えば「儲けよりも顧客の幸せが第一」と掲げ、莫大なコストを投じて24時間体制でコールセンターを運営しているオンラインビジネスが大成功したり、人件費を下げて商品を安く提供するために、顧客が一定時間店で働かなければ買い物ができないスーパーマーケットが世界的な話題になったり。あるいは、かつてはオン・オフを分けろといわれていましたが、社内恋愛を奨励する企業が急成長したり、成果主義に公然と反旗を翻し年功序列を掲げる企業が人気ランキングに挙がったり。従来のビジネスの常識では考えられなかった方法で伸びている例が出てきています。

ただし、これらはいずれも決して奇をてらった策ではなく、企業が「志」をしっかり持ち、それに基づいた施策であるからこそ成功しているのです。

この最終回のタイトルでは「幸せ」をあえて「しあわせ」とひらがなで表しました。
「しあわせ」は、人々の「志」を合わせた「志合わせ」と書くこともできます。

志を明確にし、他にはない「しあわせに関する理念と哲学」をはっきりと持ち、「志合わせ」を実現したブランドには、人びとが自然と集まり、仲間が生まれ、その結果社会に「しあわせ」が生み出されていきます。経済活動と幸福度合いの乖離が進む今だからこそ、志高く夢やビジョンを描き、その目的に向かって賛同する仲間を集め、その企業ならではのやり方で「しあわせ」を追求する。それこそが、これからのブランディングのあり方であり、そしてそれを率いるビジネスリーダーに強く求められる姿勢ではないでしょうか。

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